「ゴールデンカムイ」と「まつろわぬもの」

シクルシイ(和気市夫)の「まつろわぬもの」を古書で再購入。以前紹介していますが、引っ越しの時にどこかに行ってしまって買い直したもの。何故そうしたかというと、最近通勤中の暇つぶしに電子書籍で「ゴールデンカムイ」を4巻ぐらいまで読みました。この漫画、色んなアイヌの風俗を初めて漫画で紹介したという点では評価しますが、しかしある意味きれい事過ぎると感じました。シクルシイこと和気市夫は二つの名前が示すようにアイヌ(母親)と日本人(父親)の混血です。
まずは臭い。シクルシイが自分の生まれたアイヌのコタンの家でまず思い出すのが臭いだそうで、匂いではないのは、アイヌの家では湖の魚の干物、各種獣肉の生肉などが保管してあって、それらが混じり合ってなんとも言えない悪臭を発して、それが体臭にも染みこんで、当時の日本人からは「アイヌは臭い」と言われていたとこの本にあります。なのでゴールデンカムイの不死身の杉本が最初にコタンに行ってアシリパの家に入った時の反応は「く、臭え、何だこの臭い…」であるべきと思います。残念ながら現在のどんなバーチャルなメディアも臭いを的確に伝えることは出来ません。
またゴールデンカムイではアイヌが他民族との混血に寛容であったみたいなことが書いてありますが、これも本当でしょうか。元々和人はいなかった北海道(蝦夷地)に明治になって和人が大量に入って来て、土地の登記が出来ないアイヌを騙してその土地を奪い、ということで、当時のアイヌで日本人と結婚する人が多かったのはある意味自衛のためやむを得ずという要素があったのだと思います。それがゴールデンカムイでのアシリパと杉本の関係は、ある意味ディズニーの「ポカホンタス」だと思いました。ちなみに「まつろわぬもの」ではシクルシイの美人の姉と、和人の良家の男性が恋に落ちますが、男性の親戚一同が「アイヌの血をうちの家系に入れるとは!」と反対した結果、二人は心中します。
この「まつろわぬもの」はこの他にも当時のアイヌがどのように和人から扱われていたか多数のエピソードが出て来ますので、ゴールデンカムイに疑問を感じたら読んでみることをお勧めします。

キャプテン2:墨谷高校が甲子園出場決定

キャプテン2、ついに墨谷高校が甲子園出場決定。フィクションと分っていてもじーんと来ます。ちばあきおさんが悩んでいて結局自殺したというのは知らずに、何故「プレイボール」があんな中途半端な終わり方をしたんだろうとずっと思っていましたが、ようやくそれが晴れました。ちばあきおさんへのいい供養になるのでは。正直、甲子園大会はもう良くてここで終わってもいいです。

古谷三敏の「BAR レモンハート」

古谷三敏さんの「BAR レモンハート」全37巻を揃えました。元々ほとんど持っていましたが、最後の2巻と途中で歯抜けになっていた3巻を購入して全部揃えました。なお最終巻の2話は、アシスタントの作画によります。またこれまで出てきたお酒のリストが付いています。更にはマスターとメガネさんが初登場するダメ親父の回も収録されています。(古谷さんは2021年12月に亡くなられています。)
私のお酒の知識の7割はこの漫画で得ています。またこの漫画で紹介されたことで日本での売上が増えたお酒も沢山あるように思います。たとえばジンのボンベイ・サファイアとか。

井上雄彦の”THE FIRST SLAM DUNK”

「The First Slam Dunk」を観て来ました。スラムダンクは、途中まで単行本で読んでてその後中断し、しかし完結した時に最終巻を読んだという程度で、特に大ファンという訳ではありませんが、良く出来た漫画だと思っていました。何で今さら5度目のアニメ映画化なのかと思いましたが、お話しは原作の最後の山王工業戦を描いたもので、当然最後の試合の決着の仕方は知っていましたが、それでも改めて感動しました。また山王工業戦だけだと単調になるのを避けるためか、湘北のメンバーではある意味一番地味な宮城リョータをフィーチャーするものになっていました。この辺は原作者の井上雄彦のこだわりでしょうか。ちなみに監督も井上雄彦自身です。そのため、アニメで良くある原作のコミックと違う、はほとんど感じなかったです。観客は現役世代として40代以上が多いかと予想していましたが、意外に若い人が多く混んでいました。(コナンの新作アニメほどじゃないですが。)

小池一夫・叶精作の「オークション・ハウス」

小池一夫・叶精作の「オークション・ハウス」を読了。このコンビの作品は「実験人形ダミー・オスカー」「BROTHERS-ブラザーズ」「魔物語 愛しのベティ」などがありますが、最後のを除いて、やたらとSEXシーンが出てくるのが特徴で、この作品も同じです。これを読んだきっかけは先週土曜日カーナビの取り付けで待ち時間が3時間半もあったんで、コンビニで最初の2巻を買って読んだら面白かったので、後も読んだものです。前半は敵討ちがメインで、フェルメールの「レースを編む女」をオークションで落札した主人公の両親が3人組の殺し屋に虐殺され絵も奪われたのに復讐するという話です。小池一夫は元々大衆小説家志望で、山手樹一郎の弟子でした。そういう意味では敵討ちというのは、実に大衆小説的ではあります。後は主人公がフェルメールの贋作で有名なハンス・メヘーレンの息子の弟子になり、自身も贋作技術を身に付けたため、真作と贋作の見分けが非常に上手い、という設定も面白いです。しかしまともなのは、この電子版で15巻ぐらいの敵討ちが完了するまでで、後は蛇足としかいいようがなく、主人公は(ゴルゴ13+007)÷2のような何でもありのスーパーヒーローになり、また行く先々で恋人を作り妻にして、最後は妻が14人とかになります。また主人公の背中は次々に襲ってくる敵との戦いで傷だらけになり、ますますゴルゴ13化しています。ちなみに小池一夫は「子連れ狼」がヒットする前はそのゴルゴ13のさいとうプロにいたのであり、ゴルゴ13の原作も何本か書いています。なのでゴルゴ13的スーパーマンを描写するのは非常に得意です。また作画の叶精作もさいとうプロ出身です。しかし、途中から主人公がヤマト拳法という秘拳の継承者で、それを習った人が連合艦隊の南雲中将だとか、またその拳法の別の継承者がヒトラーとその娘だとか(「ブラザーズ」でもヒトラーがサイボーグ{HEM}として蘇るという話しがあります)、この辺りに来るともう笑うしかないです。敵討ちで終らせておけばA級作品だったと思います。

手塚治虫の「ネオ・ファウスト」

手塚治虫の「ネオ・ファウスト」を読了。これも手塚の遺作の一つで、第二部に入った所で中断したままになっています。
手塚治虫はその生涯でゲーテのファウストを3度漫画化しています。最初が世界名作劇場の漫画版的なもので、子供向けのごく普通のもの、2回目は何と舞台を江戸時代の日本にしてしまったもの。そして3回目がこれです。3回目の特徴は、
(1)掲載誌が朝日ジャーナル、ということもあって時代が1969-1970年の学生紛争の頃に設定されています。全共闘世代が読者に多かったんでしょう。
(2)メフィストフェレスが女性です。なのでファウストこと一ノ関博士が若返った坂出が恋するマリ(グレートヒェン)に嫉妬したりします。
(3)一ノ関博士の専攻が生命工学で、若返った坂出はバイオテクノロジーで生物を自由自在に作り出そうという野望を持ちます。これも掲載当時の時代を感じさせます。

手塚の娘である手塚るみ子は、一ノ関博士の「若返ってもう一度人生をやり直したい」というのは死を目前にした手塚自身の願望であったとしていますが、それはそうだと思います。
ファウストのニ部は単なるキリスト教的道徳の話を超えて、古代ギリシアや東洋も含めた壮大な話になります。手塚にはそっちの方が本領を発揮出来たんじゃないかと思い、中断未完となってしまったのは残念です。

手塚治虫の「陽だまりの樹」

手塚治虫の「陽だまりの樹」を読了。これも学生時代にリアルタイムで読んでいました。作中に出てきてタイトルにもなっている「陽だまりの樹」(日当たりも良く、風もあまり吹かない庭にあった大木が、いつの間にか中が虫に食われてボロボロになり、ある時の地震で真っ二つに倒れたもの、作中での徳川幕府の象徴)のシーンが妙に記憶に残っています。それが今勤めている会社の姿ともちょっと重なっている所があります。
主人公二人の内、手塚良仙は手塚治虫の曽祖父(ひいじいさん)です。女好きでちゃらんぽらんな人物に描かれていますが、手塚が自分の先祖を格好良く描くのを遠慮したからではなく、ある程度事実だったようです。もう一人の伊武谷万二郎は、愚直でまっすぐである意味古武士の良さを保った武士ですが、結局滅び行く幕府と運命を共にします。漫画の幕末にありがちなように、西郷隆盛や坂本龍馬など有名人が登場しますが、それに寄りかからず手塚らしく重厚な物語を語りきっています。

手塚治虫の「グリンゴ」

手塚治虫の「グリンゴ」を読了。これは手塚の正真正銘の遺作です。確かビッグコミックだったと思いますが、連載をリアルタイムで読んでいました。主人公の名前は「日本人」=ひもとひとし、つまり「にほんじん」です。手塚の人生の最後になって日本と日本人を改めて書こうとしたものです。その日本が南米のある大国に総合商社の支店長として赴任し、派閥のボスの失脚でたちまち左遷され、政府軍とゲリラが年中戦っている国へ飛ばされ、そこでレアメタルの鉱脈を発見して功績を挙げるものの、ゲリラがアメリカの援助を受けた政府軍に敗れ、ジャングルの中を逃げている時にインディオの部族に助けてもらい、最後は日本人ブラジル移民の「勝ち組」がジャングル奥地に作った村に捕まって…とかなり波瀾万丈のストーリーです。そして主人公が背が低いものの、相撲が得意で、というのが手塚漫画の主人公としてはかなりユニークです。その主人公が日本人村で奉納相撲に出て10人抜きすればフランス系カナダ人である奥さんと娘がその村で受け入れられる、その試合が始る直前で惜しくも終ってしまいます。手塚はこの連載中に一度入院し、開腹手術して手の施しようのない胃がんであることが分り(本人は知らされず)一度退院してまた入院し最後の方はベッドの上で描いて連載を続けます。巨匠に合掌です。本当に最後まで読みたかった作品でした。最後の日本人村ですが、手塚にとって戦時中の振り返りたくない記憶であるのと同時に、それでも懐かしさを抑えきれない、そういうものとして描写されているような気がします。

手塚治虫の「アドルフに告ぐ」

手塚治虫「アドルフに告ぐ」を読了。私の大学生時代に連載されていたものですが、掲載誌が週刊文春で漫画誌ではなかった関係で未読でした。総じて手塚の晩年の大人向けは重厚な名作が多いですが、これも「まあ」 その一つに入ります。
物語の中心になっているのは「アドルフ・ヒトラーにユダヤ人の血が混じっている」ことを証拠付ける文書です。ちなみに、この説は機密だったのではなく、第2次世界大戦中から連合国の間でも知られており、例えばアメリカに亡命したユダヤ人作曲家のクルト・ヴァイル(カート・ワイル、「マック・ザ・ナイフ」や「セプテンバー・ソング」で有名です)は、1942年に「シッケルグルーバー」という歌曲に曲を付けています。


その歌詞の内容はまさにヒトラーの父方の祖母の姓がシッケルグルーバーで、その子であるアロイス(ヒトラーの父)にユダヤ人の血が流れている=同時にヒトラーにも、ことを揶揄したものです。ちなみにヒトラー自身も自分の血統についてははっきりしたことは知らず、こうした噂が出てから調査させたようです。それに関係した一人の弁護士がニュルンベルク裁判の時に、ヒトラーの祖母が働いていたのはユダヤ人の家で、そこの息子の一人とヒトラーの祖母の間に生まれた私生児がヒトラーの父である、という証言をしています。この証言はその後の調査で、その街にユダヤ人が住んでおらず、またヒトラーの祖母が働いていた家もユダヤ人ではなかったことが分り、虚偽とされています。ちなみについ最近ロシアがユダヤ人が大統領であるウクライナをナチ扱いする理由として、ヒトラー=ユダヤ人説をまた持ち出し、イスラエルとウクライナがそれに激しく抗議しており、現代まで生き続けている風説です。

そういう意味で物語の中心を成す文書は、歴史的には存在しませんし、またお話の全体が史実に基づく以上、ヒトラーがユダヤ人の血統であることを暴かれて失脚する、などということは起こる筈が無いので、その辺りが今一つと思います。更には峠草平という主人公兼狂言回しが、最後までその文書を隠し通すだけであり、何故さっさと公表される手段を取らないのか、場合によっては英米ソ他のスパイに売っても良かった筈ですが、最後まで疑問が残るまま、ヒトラーが死んで文書は無意味になります。
ただ、同じアドルフという名前を持つ日本人とドイツ人の混血と、ユダヤ人が、幼馴染みでありながら対立する立場にしたのは手法としては上手く、その二人が最後はイスラエルとPLOに別れて殺し合う、というのもさすがに手塚らしいスケール感があります。

村上もとかの「フイチン再見!」

また村上もとかで、「フイチン再見!」を読みました。
「フイチンさん」は上田としこの漫画で、連載当時手塚治虫の「リボンの騎士」に負けない人気を誇った作品です。私はさすがにこの漫画の連載時は幼児であり、また少女マンガを読む習慣も高校生になるまで無かったので、「フイチンさん」も上田としこも知りませんでした。しかし村上もとかは私より10歳年上であり、幼少の頃女の子の遊び友達の家にあった「フイチンさん」をリアルタイムで読んでいます。また「龍-RON-」でハルビンが出てくる話を書くときに、ハルビンで生まれ育った上田としこにインタビューして、それで上田としこの波乱に富んだ人生を知ってこの作品となったということです。「フイチンさん」が人気絶頂の頃、その担当の編集長が、中国大使館から抗議が来ることを恐れて連載をストップしようとする、というのが出てきます。確かにフイチンさんの絵を最初見た時に、現在ではタブー視されている「細くてつり上がった目」という類型的な中国女性描写なので、ちょっと危なさを感じました。しかし実際には中国から抗議は来たりせず、「フイチンさん」は上田としこの代表作として残りました。上田としこは「サザエさん」の長谷川町子の3つ上であり、この2人が女性の漫画家という職業ジャンルを確立したのだと思います。また上田としこは手塚治虫のある意味盟友で、お互いに励まし合う関係だったようです。村上もとかの作品らしく、読後感がとても爽やかです。