水無飴とボンタンアメ(山本夏彦の「二流の愉しみ」)

山本夏彦の「二流の愉しみ」を取り寄せて、「『水無飴』始末記」を再読。今村の水無飴は明治時代に、森永のキャラメルに遅れること数年で出たもので、元になっているのは熊本の朝鮮飴(求肥飴、今でも熊本で売っています)だということです。これでセイカ食品のボンタンアメと、水無飴が似ている理由が判明しました。ボンタンアメも元々、セイカ食品の社員が朝鮮飴を一口サイズに切って遊んでいた所から思いついたもので、ベースは朝鮮飴です。水無飴の説明は、「餅米と水飴と砂糖からなり、それをキャラメル大にかためて、それを一つ一つを白いかたくり粉でまぶして、蝋紙のかわりにオブラートで包んだもの。オブラートごと食べる。」とあり、ボンタンの果汁が入っていないだけで、基本的にボンタンアメと同じです。ボンタンアメの発売開始は大正年間ですから、オブラートで包むなどは先行していた水無飴を真似たのではないかと思います。

鹿児島の菓子「春駒」

獅子文六の「海軍」の中で、主人公が鹿児島の菓子「春駒」を食べるシーンがあり、懐かしくなって取り寄せてみました。(私は高校の3年間は鹿児島市で過ごしました。)さすがのAmazonでも扱っていなくて、「明石家」という、これまた鹿児島の菓子でもっとも有名な「軽羹」で有名な店のWeb通販で買いました。「春駒」は元々「ウマンマラ」(馬のアレ)と呼ばれていましたが、島津久光が「春駒」に改めたのだそうです。他の地域のお菓子でいえば、外郎(ういろう)に近いですが、米粉と小豆を練って固めた素朴な味です。

富山ブラック

DSC_0058富山に来たので、何とか富山ブラックを食べられないかと思いましたが、ぶらぶら歩いていたら偶然、元祖富山ブラックの大喜という店に遭遇しました。で、食べてみましたが、強烈に塩辛いです。スープだけでなく、メンマも。私的にはちょっと、という味でした。