小林信彦の「ハートブレイク・キッズ」

ハートブレイクキッズ小林信彦の「ハートブレイク・キッズ」を読了。再読かと思いましたが、たぶんまだ読んでなかったようです。1991年に出版されたもので、雑誌JJに1年間連載されたものです。掲載誌が掲載誌だけに、小林信彦作品としては珍しく女性の読者を強く意識したものです。女性に好評だった作品の「極東セレナーデ」の時に身につけた、若い女性のしゃべり言葉がこの作品でも使われています。文庫版の解説の小森収が書いているように、この作品は「小林信彦の小説の様々な定跡のパッチワーク」だと思います。具体的にはその解説にも書いてありますが、前述の「極東セレナーデ」「夢の砦」「紳士同盟」などです。他にも、主人公の恋人になる男の職業が放送作家、また出身が下町で、あることがきっかけで没落している、など、小林信彦によくある設定のオンパレードです。ただ、どれもこれも中途半端にごちゃまぜ、という感じで、決してよく出来た作品ではないと思います。

林家正蔵の「中村仲蔵、普段の袴、ぞろぞろ」

jpeg000 163本日の落語、八代目林家正蔵(林家彦六)の「中村仲蔵、普段の袴、ぞろぞろ」。
八代目林家正蔵は初めて聴きますが、「中村仲蔵」は1965年の録音でなかなか良かったです。ところが、「普段の袴」が1978年、「ぞろぞろ」が1980年の両方とも晩年の録音で、これがある種「老残」といった感じで、語りがスローすぎて、噺の中身がさっぱり頭に入ってきません。いつも志ん朝の快速なテンポを聴き慣れているから余計です。聴きようによっては味があるのかもしれませんが…

池井戸潤の「陸王」

jpeg000 171池井戸潤の最新作「陸王」を読了。埼玉県行田市にある創業100年の足袋メーカーこはぜ屋が、新規事業として足袋を応用したスポーツシューズの開発に着手し…とくれば、最近の池井戸潤得意の「下町ロケット」パターンです。ですが、新作としてそれなりにはワンパターンを逃れる工夫はしてあって、一つは茂木という怪我をしてどん底に落ちた長距離ランナーが復活する話をからめたことです。二つ目は、この手の池井戸作品のパターンとして、こはぜ屋には次から次に危機が訪れますが、最後に訪れた最大の危機を脱するためにこはぜ屋が採った手段がちょっと今までのパターンにはなく新しいと思います。三つ目は社長の息子の大地が、就職面接にことごとく失敗して、仕方なくいやいやこはぜ屋で仕事をしていたのが、新製品の開発に関わる内に成長していく、ビルドゥングスロマンとしての一面です。全体的に傑作とは思いませんが、まあまあ楽しめる作品でした。少なくとも今読売新聞に連載している「花咲舞が黙ってない」よりはずっとまし。

古今亭志ん朝の「水屋の富、五人廻し」

jpeg000 161今日の落語、古今亭志ん朝の「水屋の富、五人廻し」です。
「水屋の富」は、富くじを当てて800両を手にした水屋が、それを床下に隠しておくが、いつ盗られるかと夜も眠れず、心底疲れ果てる。結局、隣に住んでいるヤクザにお金を持って行かれてしまったが、これで苦労の種がなくなったと安心するというサゲです。
「五人廻し」は、吉原の女郎がいっぺんに五人の客を相手にするが、なかなか女郎の相手をしてもらえない待たされた客が、廓の若い者にあれこれと文句を言う。その文句の言い方がそれぞれ特色があって、その演じ分けが肝心な噺です。志ん朝はこういう演じ分けが本当に上手いです。

白井喬二の「富士に立つ影」(総評)

白井喬二の「富士に立つ影」を読了しましたが、以前10巻まで読んだ「大菩薩峠」と比べると、小説としてのまとまりは「富士に立つ影」の方がずっと上だと思います。「大菩薩峠」は最初の方こそ話がとんとんと進みますが、途中で停滞して、時間の進み方も極度に遅くなります。それに比べると「富士に立つ影」は三代七十年の時間的経過がはっきりしていて、話の進行では時が十年くらい飛んだりします。
ですが「富士に立つ影」が完璧な作品かというとそうは思いません。解決されていない謎とかつじつまの合わない箇所がいくつもあります。例えば、第一巻で、怪我をして行方不明になった佐藤菊太郎の行方を追い求めて、喜連川門下の侍二人が登場しますが、この二人は熊木伯典が赤針流の跡継ぎになるにあたって何か不正を行ったのを突き止めて、その証拠を持って伯典を問い詰めるのですが、結局二人とも伯典に殺されて、その不正がなんだったのかは明らかにされないままです。また、小里が蛇蝎のように嫌っていた伯典の妻になるのも、お染の身代わりになったとしてもかなり不自然です。また、熊木伯典と佐藤菊太郎の年齢も、第一巻では伯典が中年から初老の男として描かれるのに対し、佐藤菊太郎は二十代前半として描かれていて、明らかに年齢差がありますが、第二巻以降はこの年齢差が曖昧になります。
まあそうは言っても、「富士に立つ影」はやはり大衆文芸の傑作と思います。

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