三遊亭圓生の「ちきり伊勢屋」(上)

jpeg000-29本日の落語、三遊亭圓生の「ちきり伊勢屋(上)」。
上下でCD2枚、(上)だけで70分以上もかかる長いお噺です。
よく当たるので評判の易の先生に、間もなく死んでしまうことを予言された伊勢屋の主人がどういう行動を取ったか、というお噺です。上下両方をやるのは圓生ぐらいではないかと思います。

白井喬二の「雪麿一本刀」(上)

jpeg000-28白井喬二の「雪麿一本刀」(上)を読了。昭和31年から32年にかけて京都新聞に1年半連載されたもの。タイトルからもわかるように、雪麿という主人公が刀を執って剣の腕をひたすら奮っていく話です。「国を愛すされど女も」の大鳥逸平、「神曲 左甚五郎と影の剣士」の森十太郎と同じく、雪麿も何故強いのかがよくわからない(剣はちょっと習っただけで後は自己流)のに、次から次に現れる名剣士達をばったばったと倒していくという展開です。白井喬二も戦前の初期の作品では「新撰組」の独楽勝負、「兵学大講義」での兵学勝負、そして「富士に立つ影」での築城術での勝負のように、チャンバラに頼らないストーリー展開を主として来たのですが、戦後の作品は一転してチャンバラ主体の話が多くなったようです。後もう一つの特徴は、エロチックなお話しが多く含まれるようになったことで、雪麿の養父の為永春歌が、16歳の美人の弟子の裸絵を描いて、あげくの果てはその女性を犯してしまおうとしたりします。さらにはお壺という中年女性が出てきて雪麿を誘惑したりします。白井喬二も戦後になって、自己流の制約を取っ払って、伸び伸びと書いているように思います。

丸根賛太郞監督の「狐の呉れた赤ん坊」

jpeg000-25丸根賛太郞監督の1945年(戦後)の作品、「狐の呉れた赤ん坊」を観ました。橘公子の実際の銀幕での姿を見たくて買ったDVDですが、実に泣けるいい映画でした。戦後の撮影でGHQにチャンバラを禁じられているため、斬り合いのシーンは一ヵ所も出てきません。荒くれ者が子供を可愛がるというのは、同じ阪妻の「無法松の一生」と共通しています。最後のシーンで、善太がある大名のご落胤であることがわかって、本当の父親である大名に会いに行くために、大井川を渡ろうとして、蓮台に載せた立派な駕籠が用意されているのに、善太が「ちゃんの肩車がいい」と言うのが泣かせます。(善太を拾って育てた張り子の寅は大井川の川渡しの人足です。)
目的の橘公子もまあ可愛かったです。

NHK杯戦囲碁 溝上知親9段 対 村川大介8段

jpeg000-36本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が溝上知親9段、白番が村川大介8段の対戦。黒は上辺に模様を作り、白が消しに行き、黒はそれを受けずに右辺をさらに拡げました。このタイミングで白は下辺の黒の眼を取って黒を攻めたてました。黒は中央に進出しましたが、ここで白が左辺の黒石に付けたのが、いわゆるもたれ攻めです。この攻めで白は地を稼ぐことが出来ました。ここまでは白がうまく打っていましたが、その後上辺の黒を攻めたのがちょっとまずく、黒はこの上辺を捨てて中央を大きく囲いました。その後更に黒は上辺右側の石も捨て、その代わり中央に80目近い巨大な模様が出来ました。しかし白の確定地も大きく、勝負は右辺と下辺の白の生死になりました。黒はどちらかを取れれば勝ちでした。その折衝では、両方が劫になる可能性がありましたが、溝上9段は劫材が足らないと見て、結局下辺の白の尻尾を取っただけに終わり、白は両方をしのぎました。これで白がわずかに優勢で、結局白の3目半勝ちでした。振り替わりに次ぐ振り替わりで、プロらしい見ごたえのある碁でした。

白井喬二の「寶永山の話」

jpeg000-27白井喬二の初期の短篇集である「寶永山の話」を読了。入っている話は、寶永山の話、月影銀五郎、本朝名笛傳、築城變、老子鐘、九段燈と湯島燈、拝領陣、遠雷門工事、油屋圓次の死、剣脈賢愚傳、青桐證人、鳳凰を探す、獅人面のぞき、芍薬畸人、ばっさい、闘鶏は悪いか、猿の方が貴い、神體師弟彫、國入り三吉、目明き藤五郎、邪魂草。読後感は一言で言えば、「奇妙な味」としかいいようがない内容です。白井喬二はおそらく実際には存在していないと思われる怪しげな出典文献を次から次に繰りだして、奇妙なお話を語ります。出てくる人物は白井喬二の趣味と見えて、何かの技術を持った職人みたいな人が多いですね。「富士に立つ影」に先駆けて、築城師も既に登場します。後は門作りの名人だったり、彫刻師だったり、水門作りの名人だったり。ただ、全体的に中篇・長篇と比べると、白井喬二の短篇はあまりうまくないように思います。お話がただ奇妙だ、に終わってしまっていてもう一ひねりがないように思います。