白井喬二の「文学者の発言」

jpeg000-94白井喬二の「文学者の発言」を読了。昭和21年9月という、太平洋戦争に負けて1年ちょっとで出された本です。わざと、「従軍作家より国民へ捧ぐ」に続けて読みました。戦争中、軍部の宣伝役として利用され、また「瑞穂太平記」のようなある意味時局迎合的な小説を書いていた白井が、戦後すぐにどのような発言をしているかに興味ありました。白井は自分自身があまり戦争に協力した、とは思っていなかったようで、講演などもほとんどしていない、と書いています。もちろん白井の時局迎合ぶりは、吉川英治のような露骨なものでなかったのは確かですが。(吉川英治の「宮本武蔵」には戦前版と戦後版があり、今読まれているのは戦後版の方です。戦後版は戦前版に比べると、武蔵が愛国心について語る場面などで、大幅な削除が行われているとのことです。)
収録されている中では「具体案ばかりの発言」が面白く、そのタイトル通り、本当に具体案がいくつも提案されています。その中には、ラジオで国会のやりとりを中継しろ、などというのもあります。実際にラジオの国会中継が実現するのは1952年なので、かなり先見の明があります。また、国が「翻訳局」みたいなものを作って、全国に翻訳図書館を作って国民の教育に資するようにせよ、などもなかなかうなずける提案です。さらには、小学校の初等から論理学を教えろ、という提案もしています。
戦後は「大衆」の時代になり、大衆文芸の創始者である白井にとっては我が世の春が来た筈ですが、事実としては戦後は白井は忘れられた作家になってしまいます。ある意味歴史の皮肉のようです。

白井喬二の「従軍作家より国民へ捧ぐ」

jpeg000-93白井喬二の「従軍作家より国民へ捧ぐ」を読了。昭和13年(1938年)11月に平凡社から出たもの。この年の8月に、白井はいわゆるペン部隊の一人として、陸海軍と内閣情報室がお膳立てした、文士の中国戦線視察に参加し、その時の体験を綴ったものです。参加した文士の中で真っ先に手記を出版したのが白井喬二です。なお、この時の経緯は、陸海軍と内閣情報室はあくまでお膳立てであり、「ご希望があれば…」という感じで慫慂したら、呼び出された文士全員が手を挙げた、ということが真相のようです。白井は陸軍班に入れられ、中国南方戦線の各地を回りますが、単に戦争の跡を視察したというに留まらず、揚子江を船で遡行していた時には敵の激しい砲撃を受け、危うく船が被弾しかけたりしていますし、上海から、爆撃に行く爆撃機に同乗したりしています。この「ペン部隊」以降、文士の戦争描写は、否が応でも肯定的なものばかりに成ってしまいます。文中、おそらく軍の検閲で削除されたと思われる箇所がいくつかあって、生々しさを感じます。なお、本書の後に、子供向けの従軍記として「愛児通信」というものが出版されることが巻末に予告されていますが、国会図書館で検索しても出てこず、実際に出版されたかどうか不明です。

三遊亭圓生の「無精床、弥次郎」

jpeg000-83本日の落語、三遊亭圓生の「無精床、弥次郎」。
「無精床」はタイトル通り、無精な親方のいる床屋の噺です。顔に載せる手ぬぐいは熱すぎるし、頭を濡らす水の桶にはボウフラがわいている、挙げ句の果ては客の顔を切ってしまうけど、「なあに、縫うほどじゃない」というひどいオチ。
「弥次郎」は嘘ばかりついている男の噺で、奥州に武者修行に行った時に恐山を夜中に越えようとしたら山賊に襲われ、三間(=5.5m)四方の石を小脇に抱えては岩をちぎっては投げ、と無茶苦茶。続いて大イノシシに襲われたが、イノシシのキ○タマをつかんで悶絶させると、腹の中から子イノシシが16匹出てきて、四四十六だという。おい、そりゃ雄のイノシシだろう、と突っ込むと「そこが畜生の浅ましさ」でごまかしてしまいます。

NHK杯戦囲碁 河野臨9段 対 柳時熏9段

jpeg000-99本日のNHK杯戦の囲碁は黒が河野臨9段、白が柳時熏9段で、タイトル経験者同士の重厚な組み合わせです。特に河野9段は棋聖戦の挑戦者にも決まり、好調です。布石は黒が右上隅、右下隅とも同じ方向の小目という珍しいもの。右上隅のツケヒキ定石で黒が一間に開いて受ける代わりに覗くのはよく見かけますが、付けていったのが珍しい打ち方です。黒はさらにそこから延びて覗きましたが、白は継がずに左を押しました。白からは、黒を切断する手が残りましたが、黒はそれを守らずに中央にケイマしました。白はすかさず右辺に割り打ちし、黒が隅から詰めたのに二間に開き、黒が上から圧迫してきたのに対し、更に上に二間に開いて黒の切断を狙いました。結局黒は守る手を打たざるを得なくなり、右辺の白を固めてしまいました。この結果は白がうまく打っています。黒は挽回のため、多少無理気味でしたが上辺に深く打ち込みました。この黒に対し白は上から圧迫し、黒は左辺になだれ込んで活きにいきました。白は左辺の眼を取りつつ、劫付きですが、黒の切断にいきました。これに対し、黒は白の中央で二間に飛んでいる所を切断にいき、逆襲しました。白は中央の黒の囲みを切断して下辺の黒模様になだれ込みました。結果として攻め合いになり白は劫を継いで黒を切断し上辺の黒を取りました。しかし下辺の白は一手違いで取られてしまいました。お互いにすごい抜き後ができましたが、この別れはほぼ互角でした。寄せに入って右上隅に黒が先着したのが大きく右辺の白が多少寄り付かれてしまいました。これで黒が優勢になったようで、終わってみたら黒の2目半勝ちでした。プロらしい好局でした。

白井喬二の「斬るな剣」

jpeg000-92白井喬二の「斬るな剣」を読了。1933年に改造社の改造文庫で出たもの。「斬るな剣」、「悪華落人」、「国入り三吉」、「職追ひ剣」、「或日の大膳」、「薫風の髭噺」、「油屋円次の死」、「邪魂草」、「和睦」、「目明き藤五郎」を収録。「斬るな剣」、「悪華落人」、「和睦」の3作のみ未読で後は既に読んでいます。
「斬るな剣」は、なかなか不思議な話で、父親が生涯かけて作り出した新式の狼煙が領主に採用されて、報奨金も出ることになり、またお召し抱えということになって代官がやってきますが、何故かその父親が屠腹して死んでしまいます。父の遺書によると、昔父が仕官していた時に酒の上の喧嘩である者を斬り、逐電しますが、その時に父に公金拐帯の嫌疑をかぶせたものがあり、父は戻ってきてその噂を流した者も斬って再度逐電します。ところが今度やって来た代官がその斬った者の甥だということで、顔を合わせることができなくて自害したものでした。長男の仟之丞は父の今際の際に、生涯に一度しか剣を振るってはならないという遺言を受けます。その後、その代官が無理矢理やって来て、仟之丞の父が死んだことを知り、また仇であることも知ります。そこで仟之丞とその弟の百次郎がその代官と対立しますが、代官は逃げていきます。ところが、その代官が誰かに殺されてしまい、その容疑が兄弟にかかります。兄弟はそれぞれ逃げて、二人が別々に、ごろつきの博打打ちの世話になりますが、実はその片方は亡父に公金拐帯の濡れ衣を着せた者で、もう片方は代官殺しの真犯人ですが、兄弟の二人ともがその両方の博打打ちに世話になってその義理で、博打打ちを斬ることができない、という話です。仟之丞が剣の腕をふるえなくて葛藤する所は面白いですが、全体としては話が途中で腰砕けになっているような印象を受けます。
「悪華落人」は、赤穂浪士の討ち入りの時に、浅野家の家老藤井又左衛門の邸宅に吉良家からの間者として入り込んで、そのうちに吉良上野介が討ち入られて死んでしまい、そのため自分の身分もばれて逃げ出した男の話です。この設定自体がかなり変わっています。
「和睦」は若き日の伊達政宗の物語で、政宗の父の伊達輝宗と戦った二本松右京之進が和睦と称して、その会見で輝宗を人質に取って逃げたのを、政宗が輝宗が刺されるのを承知で右京之進を追いかけ、結局これを討つ話です。