読売新聞社の「第二十期 棋聖決定七番勝負 激闘譜 棋聖 小林覚 挑戦者本因坊 趙治勲」

読売新聞社の「第二十期 棋聖決定七番勝負 激闘譜 棋聖 小林覚 挑戦者本因坊 趙治勲」を読了。趙治勲と小林覚の、3年に渡る棋聖戦での激闘の2年目です。棋聖戦というのは不思議な棋戦で、一度棋聖になった棋士は何期も続けて棋聖を防衛するケースが多く、2016年まで棋聖戦は40回行われていますが、棋聖になった棋士はわずか9人です。(藤沢秀行、趙治勲、小林光一、小林覚、王立誠、山下敬吾、羽根直樹、張栩、井山裕太)趙治勲名誉名人は、19期に小林覚に2勝4敗で敗れ棋聖位を渡してから、すぐに次の年に挑戦者になって晴れ舞台に帰ってきます。これは簡単にできそうでなかなかできないことです。棋聖戦の40年の歴史で趙治勲名誉名人だけです。19期の棋聖戦では、小林覚が木谷門下の棋士で初めての年下の挑戦者ということがあって、色々気持ちの上で戦いに徹しきれない点があったのと、また秒読みで多く間違えたのが趙の敗因でしたが、この20期はそれをきっちり修正してきます。出だしこそ小林が1勝しましたが、その後趙が3連勝します。しかし、小林もその後粘り、ついに3勝3敗のタイにこぎつけます。こういう場合、最終局は追いついてきた方が有利な場合が多いのですが、この時の趙は黒の小林の大模様に斬り込んでいくような手を打ち、見事しのぎきって勝ちを納めます。小林覚は残念ながら防衛ならず1期で棋聖の地位を明け渡してしまいます。しかし、次の年、再度挑戦者として趙の前に立ちはだかったのは小林でした。

獅子文六の「コーヒーと恋愛」

獅子文六の「コーヒーと恋愛」を読了。元々、「可否道」(かひどう)というタイトルで、1962年から1963年の読売新聞に連載されたものです。タイトルにもあるように、「コーヒー」が重要な役割を負っていて、主人公の坂井モエ子は、43歳のTV女優で、美人ではないけど脇役をやらせるとピカイチという、今で言えば市原悦子みたいな感じです。モエ子はこの時代としては珍しく、本格的なコーヒーを自分で入れており、コーヒーを入れる名手です。そんな関係で「可否会」(かひかい)というコーヒーマニアが集まる会の会員にもなっています。一緒に暮らしていた、8歳年下で新劇の劇団で装置担当だけどほとんどヒモみたいな勉ちゃんが、16歳年下のアンナという女優の元に行ってしまいます。一人になったモエ子に色んなドタバタが、というまあいかにも獅子文六という作品です。ただ、もう70歳を超えてからの作品で、ちょっと展開がもたもたするような所もあります。ただ、ちょっと面白かったのは初期のTV局の舞台裏が書かれていることで、この辺りは小林信彦の小説でおなじみの世界です。また、今はあまりインスタントコーヒーを飲む人も少なくなりましたが、この時代はインスタントコーヒーが10種類くらいも発売されていたのだとか。(そういえば三木鶏郎のCDに、森永インスタントコーヒーのCMソングが入っていました。これが、Dance in the kitchen, kiss in the kitchen という感じでとても洒落た名曲なんですが。森永は1960年に日本で初めてのインスタントコーヒーを売り出しています。輸入物のネスカフェはもっと早く1953年から日本に入っています。)
また、ちょっと嬉しかったのは、私は「おちゃをいれる」は「お茶を入れる」という表記が一番いいと過去に書いています。
獅子文六もこの小説の中で、「コーヒー」は「入れる」だと断言してくれています。

読売新聞社の「第十九期棋聖決定七番勝負 激闘譜 趙治勲棋聖 小林覚9段」

読売新聞社の「第十九期棋聖決定七番勝負 激闘譜」を読了。趙治勲棋聖に、小林覚が挑戦したもの。実はこの19期、20期、30期はこの2人の3年連続の対決になります。囲碁の7大タイトルでの3年連続同一カードは、以前紹介した本因坊戦での趙治勲対小林光一、そしてこの棋聖戦での趙治勲対小林覚、天元戦での河野臨対山下敬吾、そして再び棋聖戦でつい最近の井山裕太対山下敬吾というのがあります。
小林覚はこの時棋聖初挑戦で、4勝2敗で見事に趙治勲から棋聖を奪取します。趙治勲名誉名人がそれまで戦ってきた同じ木谷一門の棋士は、大竹英雄、加藤正夫、武宮正樹、小林光一などすべて年上でした。しかしながらこの時初めて、同じ木谷一門の棋士で3歳年下の挑戦者を迎えます。これでやりにくかったのか、趙治勲名誉名人らしい粘りがなく、1日目で投了せざるを得ない見損じをしたり、またシチョウを見落としたりして、特に秒読みになった時の正確さが無くなったと言われました。大して小林覚は読みがさえ、2勝2敗の後、あっさり連勝して、大タイトルを手にします。

獅子文六の「青春怪談」

獅子文六の「青春怪談」を読了。獅子文六の9回目か10回目の新聞小説(読売新聞)で、本人は「世間の標準からいって、多く書いたともいえないであろう。」なんて言ってますが、十分多いですよ、先生!というかこんなにたくさん新聞小説を書いた作家って他にいるんでしょうか。「悦ちゃん」の時も感じたんですが、獅子文六の小説に出てくるキャラクターはどれも現代でも十分通用しそうなくらい「新しい」です。主人公の宇都宮慎一は、現代風に言えば「草食系男子」、絶世の美男子に生まれていながら、性にはまったくがつがつしておらず、幼馴染みで男性的なバレリーナ志望の奥村千春とは仲良くつきあっていますが、情熱的に一緒になろうという感じではなく、亡くなった父親が残したお金を元手に高利貸しになろうと冷静に計算したりしています。お話しは、この慎一と千春が、自分達が一緒になる前に、慎一の母親(未亡人)と千春の父親(男やもめ)をくっつけてしまおうと画策するのですが、そうこうしている内に、自分達の仲もそれを妬む人間が出てきて、ドタバタに巻き込まれます。どんな展開になっても、最後は獅子文六のことだからハッピーエンドでまとめてくれるだろうと期待して裏切られません。後半部の「男性とは、女性とは」という問いかけも非常に現代的です。
昭和29年に連載されたもので、小林信彦風に言えば、本当に平和だった戦後の一時期が終わって朝鮮戦争が起こり、日本が逆コースを歩み始めたと言われた頃で、この年に自衛隊が発足しています。また第五福竜丸の死の灰の事件があり、初代ゴジラが封切られた年でもあります。
カバーのイラスト(高橋由季)もなかなかいいです。