トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(下)

トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(下)を読了。予想通りブッデンブローク家は次第に没落していき、当主トーマスは年齢を重ねるに連れ、次第に厭世的になり、やがてショーペンハウアーの厭世哲学に救いを見いだします。しかし、歯の治療の失敗が原因で、濡れた路上で転倒して頭を強打し、まだ50歳にもならない年齢で命を落とします。後を継ぐべきハンノはまだ若く、かつ芸術家気質で、結局ブッデンブローク商会は100年の歴史の後で解散となります。愛すべきトーニは、これらすべての一家の没落を最後まで見守るという役を演じます。最後の希望だったハンノも、物語の最後で突然…という終わり方をしていてある意味救いようのない結末ですが、不思議と陰惨な感じはしません。それはブッデンブローク家というある一家だけの滅亡というより、産業革命や宗教改革で生まれた市民層そのものが没落していく話だからかもしれません。トーマス・マンの年譜が最後についていますが、意外だったのがマンがいわゆるインテリではなく、ギムナジウム出身ではないことです。この小説中のハンノと同じく、マンも学校とはきわめて相性が悪かったようです。北杜夫がマンの小説の中で、何故これを最高傑作としているのかが、今回読んでみてももう一つ判然としませんでした。

トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(中)

トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(中)を読了。父のコンズル・ブッデンブロークの死後、その長男トーマスはブッデンブローク商会を継ぎ、そこそこの安定成長を実現します。その弟のクリスチアンは遊び人で何の仕事をやっても長続きせず、身を持ち崩して行きます。妹の愛すべきトーニは、最初の夫と別れた後、今度こそ心の美しい(容貌は大したことがない)男性を見つけ再婚しますが、その男性の郷里であるミュンヘンになじめず、また夫がトーニの持参金を得ると仕事をやめてぶらぶらしだし、挙げ句の果ては小間使いに手を出し、その不倫の現場をトーニに見られ、トーニはまたも出戻りになってしまいます。一方でトーマスは仕事で着実な成果を上げる一方で参事官に選ばれ市の政治にも参加します。
こういった感じで、中巻は、ブッデンブローク一家が繁栄しながらも、あちこちに影が忍び寄ってきて、やがてこの一家が没落していくのではないかという予感を抱かせます。特に、トーマスの一粒種のハンノが、その母親のゲルダがヴァイオリニストである血を引き、音楽を熱愛し商売に関心を示さず、ここでブッデンブローク家の跡継ぎに異分子が現れます。この小説は、マン自身の家系をモデルにしているということですが、このハンノの設定は、マン自身の経験が投影されているのでしょうか。それ以外に、この小説は普仏戦争の当時のドイツの社会の雰囲気とか、北ドイツの人が、南部のミュンヘンの人をどうみていたのか、といったことも教えてくれます。

津田山の昔

「大衆文藝」の第二巻第五号(昭和2年3月)の裏表紙裏にあった、玉川電車の広告です。これは2000年まであった東急新玉川線の昔の姿です。(現在は東急新玉川線は東急田園都市線に取り込まれています。)
私は南武線の久地駅が最寄り駅なのですが、久地駅から川崎方面への次の駅が津田山駅です。この広告によると何と津田山には「津田山遊園地」があったみたいです!(ちなみに現在は川崎市営墓地です…)調べて見たら、元々は七面山と言った山をこの玉川電車の津田社長という人が開発して遊園地にしたみたいです。で津田社長の名前を取って、七面山から津田山に名前が変えられたのだとか。ちなみに駅の名前も、最初は「日本ヒューム管前停留場」でした。現在の日本ヒュームの川崎工場が1940年にここに作られたからです。
また、玉川電車の昭和2年の渋谷から二子玉川までの運賃は16銭です。現在の田園都市線での同じ区間の料金は195円です。倍率で約120倍です。意外と上がっていないように思います。現在では鉄道料金は多分他に比べて割安なんでしょう。

トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(上)

トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」(上)を読了。北杜夫の「楡家の人びと」をいつか読もうと思っていますが、その前にはまずこれを、ということで読み始めているものです。訳者の望月市恵は、旧制松本高校で北杜夫のドイツ語の先生だった人です。「どくとるマンボウ青春記」に、北杜夫らが「太陽党」(Die Sonnepartei)を結成すると、Die Sonnenparteiの方がいいよ、と言ってくれるドイツ語の先生が登場しますが、それが望月市恵です。ただ個人的には、この望月さんの訳はイマイチで、低地ドイツ語やその他のドイツ語のバリエーションや、フランス語が混ざった会話を苦労して訳しているのはわかるのですが、今一つこなれていないという感じがします。といっても今さらドイツ語で読もうなどとはさらさら思いませんが…
物語は19世紀の北ドイツのリューベックで、裕福な商人の一家だったブッデンブローク家が段々と没落していく様子を描いた長篇です。上巻ではコンズル・ブッデンブロークの娘のトーニが中心で、意に染まないが裕福な商人から結婚を申し込まれ、それを断って時間稼ぎをしている内に、モルテンという医者の卵の青年と本当の恋をするけど、結局親の勧める裕福な商人との結婚を承諾する。そして二人の間には娘が生まれるが、ところがその裕福な商人の正体は…という展開です。

白井喬二の「華鬘(げまん)の香爐」(贋花)

白井喬二の「華鬘(げまん)の香爐」を読了。読切小説倶楽部昭和26年4月号に載っているもので、ヤフオクで見つけて、白井喬二のまだ読んでいない作品だと思って落札したのですが…半分くらい読んだ所で、「うん?」とこの話既に読んでいるという思いが。慌てて、白井喬二のこれまで読んだ本をひっくり返してみたら、昭和16年に出た短篇集「洪水図絵」に入っている「贋花」が改題されただけでした…
物語は、ある庄屋が飢饉の救済の金に充てようと、家宝である「華鬘の香炉」を300両で売ろうとするが、大金だけに、鑑定書を買おうとした殿様から要求されます。庄屋は50両の手数料で、人を介して近くの高僧に鑑定書を頼むのですが、ところが…という話です。白井喬二の戦争の頃の作品は、短篇集「侍匣」の多くの話が戦後の短篇集「ほととぎす」で再利用されていますが、今回のケースもそれみたいです。