NHK杯戦囲碁 陳嘉鋭9段 対 芝野虎丸3段

本日のNHK杯戦の囲碁は黒番が陳嘉鋭9段、白番が芝野虎丸3段の対局です。陳嘉鋭9段は中国出身の棋士で、世界アマ選手権で優勝した後関西棋院でプロになり、本因坊リーグ、名人リーグにも参加したことのある強豪です。一方の芝野虎丸3段は、洪道場出身でまだ17歳ですが、ポスト井山裕太の最有力の一人です。対戦は黒が上辺に展開したのに白が右上隅にかかっていき、黒がそれを一間に高くはさんで、早くも競いあいになりました。その後上辺から延びた白を黒が攻める手を打った所、白は出切りという最強の手で応えました。黒は白の気合に押されたのか、切られた石を捨てました。この時、せっかく捨てたのなら押しも決めるべきだったと思いますが、黒はここで手を抜いて右下隅のかかりに転じました。すかさず白は中央の黒にノゾキを決め、更に上辺から延びた石からコスみ、黒がケイマに飛んだのを強引に切断に行きました。この結果、黒は中央に弱石を2つ抱えることになり、白が打ちやすくなりました。その後黒は中央の白と右下隅の白を分離しましたが、右辺と中央と両方しのがなくてはいけなくなりました。白は右辺に手を付けていき、結果として黒6子を先手で打ち抜くという戦果を上げました。黒は右辺の半分がようやく右上隅に連絡しただけで、ここで白が地合も優勢になりました。白はその後も緩まず、下辺を攻め、また先手で左辺に回り取り残された黒を攻めました。この攻防で白は地を稼ぎ、左下隅も大きくまとまって勝勢になりました。最後は中央の黒の眼を取って活きをなくし、ここで黒の投了となりました。ともかく芝野3段の強烈な攻めと手所での正確な読みが光った一局でした。

白井喬二の「築城秘話」(エッセイ)

白井喬二のエッセイ、「築城秘話」を読了。中央公論の昭和7年10月号に掲載されたもの。「富士に立つ影」で、築城師同士の争いを描いたので、人々は白井は築城術にかけては専門家だと思って、秘話に類する話を聞きたがり、それに応えて書いたものと思われます。ただ、内容は白井らしく怪しげな文献にもよっていて、かなり眉唾物です。少しうなずけるのは、全国の城は全部設計が違っていて二つとして同じものはない、というのと、東京(江戸)は、「国堅固」の城ではなく、もし某国と戦いになって飛行機戦になるなら、帝都は甲州に移した方がいい、などの論を紹介している所です。築城の学はその当時でも、陸軍大学や士官学校での正式な科目となっていたそうです。

白井喬二の「江戸市民の夢」

白井喬二の「江戸市民の夢」を読了。文藝倶楽部で1928年2月から12月まで連載された作品。老大工の金剛寺の厳八というのが主人公です。この厳八が仕事で江戸に向かう途中で、ある城主の調練所に、まさに銃殺されそうになって調練所から逃げだそうとしている武士を見つけ、大工の腕で窓の鉄棒を切ってその武士を助け出します。で、その武士が活躍するかというと、全然大したことなくて、活躍するのは厳八の方です。大工としての腕はきわめて確かな上に、交渉事でも抜かりはなく、ある悪旗本が偽の工事を発注して、手付金の1万両を払うのに、贋金で払おうとしたのを、その上を行ってまんまと本物の1万両を持っていってしまいます。その金を取り返そうと、旗本の手の者が追ってきた時には、川へ飛び込んで30分も潜って逃げて無事です。この老大工、生涯童貞で、何と大工になる前は三十六回も職業を変え、その中の一つは手品師だったという、何とも理解不能の人物です。そうやって引っ張って、最後はどうなるかと思ったら実に意外な結末でした。ですが、ストーリーとしてはある意味無茶苦茶で出来はあまり良くないと思います。

矢貴書店の「評判 講談の泉」昭和24年5月号

これが、白井喬二の「金色奉行」が連載されていた、「評判 講談の泉」という雑誌です。昭和24年の5月号です。白井喬二の他に、山岡荘八の名前も見えますから、決していい加減な雑誌ではなかったのかもしれませんが、別冊大附録が「特ダネ 情痴犯罪秘帖」ですから、内容は推して知るべし。1ページめくると、女性が裸でスポーツに興じているイラスト。どう見てもカストリ雑誌にしか見えません。
と思って調べてみたら、この雑誌を出していた矢貴書店という出版社は、後に桃源社を創業した、矢貴東司が作った書店だということがわかりました。桃源社は国枝史郎の「神州纐纈城」を初めて完全な単行本にして出してその真価を知らしめた出版社ですし、白井喬二の本も出しています。

昭和26年の「別冊 モダン日本」

白井喬二の「十両物語」という作品が載っている、昭和26年の「別冊 モダン日本」というのを古書店から買いましたが、確かに巻頭が白井喬二なのですが、グラビアに安っぽいヌードが載っていて、これはいわゆるカストリ雑誌なのでは、と思います。もう一冊、昭和24年の「評判 講談の泉」というのも買い、こちらは白井の「金色奉行」が連載されていたのですが、これもカストリ雑誌ぽいです。白井喬二ほどの作家がカストリ雑誌に書いていたとは…ちょっとショックです。
「モダン日本」自体は戦前からあって、決してカストリ雑誌ではなかったようです。しかしそうした雑誌ですら戦後はエロ路線に走っていたという証拠ですね。
Wikipediaの「カストリ雑誌」の項には、カストリ雑誌の例としてこの「別冊モダン日本」が挙げられています。この「別冊モダン日本」を編集していたのは吉行淳之介だということです。びっくり。