白井喬二の「黒衣宰相 天海僧正」(3)

白井喬二の「黒衣宰相 天海僧正」、また古書店で「大法輪」のバックナンバー15冊を入手し、その分を読みました。連載の、第4、25、30、32、49,52~55、65、71、78~80、82回の分です。
前回まで14回分でしたから、今回のを入れて29回で、全体の35%までになりました。お陰で話が大分つながってきました。前回までは「地味な話」と思っていましたが、今回の分を読んだら、さすがに白井喬二らしい面白さが随所に出てきたように思います。
まずは、天海がまだ随風という名前だったころ、武田信玄の元を訪れて、そこで法話の講師となり、挑戦してくる他の僧の論争をことごとく論破していく様子が実に白井らしいです。
この天海の論争の力がさらに如実に表れるのが、徳川家康が亡くなった時のことで、家康の自身の葬り方についての遺言が三重になって、どのように処理すればいいか大騒ぎとなる中で、天海が政治力と論争力を発揮します。梵舜という、ある意味で天海と政治力を張り合う僧侶が家康から、吉田神道で葬るように仰せつかったと主張します。これに対し、天海は家康が元気な時に、死後は山王一実神道に従って祭るようにと言われたと主張します。家康の直接の葬儀自体は、梵舜の主張を認めて吉田神道によって久能山に葬ったのですが、その後永久に家康を祭るのに対しては、天海が山王一実神道で日光に祭ることを強く主張します。吉田神道で明神として祭るという説の梵舜に対し、豊臣秀吉が死後明神で祭られて、その後その神社が次々と取り壊されたことを挙げて、梵舜に対して豊臣に加担して謀反を起こすのかと脅迫し、結局山王一実神道での日光で祭ることを承知させます。
さらに面白いのは、天海がそもそも仏門に入ったのは、父葦名景光をその家老の峰淵玄蕃が秘かに毒殺し、その敵を討とうとして玄蕃を襲撃するのですが、それが失敗して竜興寺の僧舜幸法印に預けられ、僧侶となったのがきっかけです。連載第52回では、その玄蕃(ずっと獄中にいましたが98歳になってもまだ元気でした)を梵舜が江戸に呼び寄せ、家康の前で天海の父親殺しの話を暴いて、天海を陥れるのに利用しようとします。しかし、その玄蕃はある意味とんでもない人物で、悪の権化として、一切の善を否定し自分の悪行をまったく反省しない、一種の逆の意味の悟りを開いたような人物として描写され、天海と対照の位置に置かされます。
ともかく、白井は、一般的には「黒衣の宰相」と呼ばれているように、三代の徳川将軍の後ろにいて何か陰謀をふるっていたようなイメージのある天海を徹頭徹尾立派な僧侶、立派な人物として描いています。そこが非常に白井らしいです。

白井喬二の「黒衣宰相 天海僧正」(2)

白井喬二の「黒衣宰相 天海僧正」を、「大法輪」連載の10回分読了しました。連載の第42~43、45~47、61~63、73~74回です。先日読んだのが連載第5~8回ですから、これで合計14回分です。全体の連載回数が83回ですから、約17%を読んだことになります。
連載の第42回では、既に天海は徳川家康のブレーンのような存在になっています。天海がどのようにして家康の信用を得るようになったのが興味がある所ですが、そこは判然としません。天海の業績として特筆されるべきなのは、細川藤孝(幽斎)と共に、徳川幕府の政治の根幹を成す、各種の諸法度と呼ばれる法律を整備したことではないかと思います。家康の軍事的な才能はTVの大河ドラマなどでも良く扱われますが、実際は政治的な才能の方が上だと思いますが、その政治的才能は天海や幽斎のような適材に仕事を任せていることにも現れていると思います。
ただ、14回分読んでの率直な感想は、話がかなり地味だということです。白井はこの天海という出生の謎に包まれた人物のかなり地道な評伝に徹しているように思います。ただ、最終的な評価は全83回を通して読まない限り差し控えるべきで、将来リタイアして毎日国会図書館に通って「大法輪」のバックナンバーを読んでいくしかないですね。

昭和37年の「人物往来 歴史読本」の企業広告

もう一つ、昭和37年の「人物往来 歴史読本」の広告ネタ。この頃の広告は、何故か社長名が堂々と記載されていることが多いです。それも小さな会社ならわからないでもないですが、小野田セメントや信越化学といった大会社まで。

この信越化学の社長の「小坂徳三郎」ってどこかで聴いた名前だと思ったら、自民党で運輸大臣までやった大物政治家でした!総裁候補だったんだけど、運輸大臣の時に国鉄の改革に消極的で中曽根などと対立して総裁にはなれなかったみたいです。

昭和37年の「人物往来 歴史読本」の総理府広報室の広告

また昭和37年の「人物往来 歴史読本」の広告ネタ。何と総理府広報室の広告が裏表紙見返りに掲載されています。それによると、テレビやラジオの冠番組まで持ち、グラフ誌まで出していたようです。今はせいぜい安倍総理のTwitterぐらいですが、当時はかなり積極的に広報していたのですね。

白井喬二の「捕物にっぽん志」(連載第22回)

白井喬二の「捕物にっぽん志」の連載第22回を読了。「歴史読本」の昭和38年3月号です。この回1回で完結しているお話で、明治9年に起きた「萩の乱」の首謀者である前原一誠を扱ったものです。まずは白井のお父さんがこの乱の時に官軍の警備隊士であって、前原一誠を捕らえるのに参加していたことが語られます。そして法廷で前原一誠が常に堂々とした態度であった事が語られます。
しかし、反乱の首謀者としての前原一誠ははなはだお粗末としか言いようがなく、身内の部下が木戸孝允のスパイとなって情報が筒抜けになっている事に気がつかず、また神風連の乱や秋月の乱、そして鹿児島の西郷隆盛との連携もうまく行かずあっという間に鎮圧されてしまいます。もっとも前原の先祖は尼子十勇士の一人だということで、父親との関わりもあって白井は同情を込めて描いています。