NHK杯戦囲碁 村川大介8段 対 趙善津9段

本日のNHK杯戦の囲碁は高校野球の関係で1時間遅れの放送です。黒番が村川大介8段、白番が趙善津9段の対局です。どちらもタイトル経験者です。布石では村川8段が右下隅でかかってきた白にいきなりコスミツケたのが昔ではあり得ない打ち方でAIの影響です。また左上隅の白の星に対してこれまたいきなり三々に入ったのもやはりAIの打ち方です。このようにAIは確実にプロの打ち方を変えつつあります。その左上隅は白が黒のツケに手を抜いて左辺に開いたので、黒が跳ね出してここで戦いになりました。劫材としてはお互いに損コウを打つしかなく、白が劫材で這いではなくケイマにすべったため、黒は受けずに劫を解消しました。この結果、黒は左上隅で実利を取り、白は右下隅で切り離した黒をどう攻めるかが焦点になりました。白は黒を上手く攻め、上辺から中央にいい模様を築きました。黒はその間右下隅の石と左下隅の石が弱い石同士連絡することができました。黒は弱い石がなくなり、後は白模様をどれだけ削減するかが勝負でしたが、黒が白模様に進出した隙をついて白は黒の一間トビに割り込んで、黒の連絡の薄みを突いて形を整えに行きました。黒は下から切って当てていれば無事でしたが、そうすると白の形が厚く、左下隅に侵入されて勝てないとみて、上から当てて頑張りました。白は右下隅からの黒を切断して活きを強制し、上辺も目一杯の手を打って頑張りました。黒は左下隅と上辺の白模様に侵入した一団がつながりましたが、全体の眼がはっきりしませんでした。黒は左上隅で取られていた黒2子を利用して劫で白を切断に行き、これでしのごうとしましたが、結局劫の振り替わりでは白がはっきり優勢で、黒は謝る手を打ち、劫は白がつなぎました。しかし謝った手を打ってもなお黒の活きははっきりせず、隅に眼を作ろうとしましたが上手くいかず、黒の一団は死んでしまい、ここで投了となりました。趙9段の厚みを活かした鋭い攻めが光った一局でした。

白井喬二の「元禄快挙」

白井喬二の「元禄快挙」を読了、と言っていいのか…非常に惜しい傑作で、読んでいる途中で「これは白井喬二の小説ベスト10をまた書き換えなければいけないな」と思っていたのですが、何と前篇で終わってしまい、後篇が書かれていません!連載としてはサンデー毎日で1925年11月から翌3月までですが、何故途中で終わってしまったのか、白井喬二の自伝にも何も説明がありません。1925年から26年にかけては、「新撰組」も「富士に立つ影」も出版されており(「富士に立つ影」は逐次刊行中)、白井喬二の人気も絶頂期です。おそらく非常に多忙だったため、後篇に取りかかれなくなりそのままになってしまったのではないかと推測しますが、非常に残念です。
まずタイトルが人を喰っています。「新撰組」というタイトルで近藤勇や沖田総司はほんの脇役にして独楽師の争いを書いた白井らしいですが、「元禄快挙」と聴けば誰もが「忠臣蔵」だろうと思います。(実際にそう勘違いしているWebサイトがありました。)しかし、この小説には赤穂浪士の話はまったく出てきません。それでは何の話かと言うと、お祭りの山車を二つの町で作って、それの出来映えを競うというのがメインで、それに兵学者の剣持楽山が一方に味方し、もう一方は老中柳沢保明(柳沢吉保)を中心とする一派で、金持ちの商人や怪しげな手品師がからみます。ある時、剣持楽山を含む7人の古老、かつて江戸でそれぞれ活躍した武士、が柳沢保明から「武仙講」というものをやるから江戸へ出仕せよというお達しが来て、7人は江戸へ集まります。その7人の中には、大村春道も含まれています。大村は「兵学大講義」の登場人物で、師である諏訪友山と一緒に由井正雪と軍学の戦いをした人で、この物語ではその老後の姿が描かれます。剣持楽山と大村春道は友情を育みます。実は柳沢保明の7人の呼出しは、これらの古老を利用して「敵討ち禁止」の令を出そうとした陰謀でした。剣持楽山と大村春道はそれぞれこの陰謀に気付き、口実をつけて柳沢保明の招きの席から退席します。楽山はこの集まりに出る前に、偶然山車大工の美濃吉と知り合い、その知り合いである大村右近の敵討ちを手伝うことになります。しかし柳沢保明の陰謀を調べていくと、実はその大村右近の敵と狙う武士が、柳沢保明の愛妾の父親であることが判明し、「敵討ち禁止令」と話がつながっていきます。この敵討ちに加えてもう一方で、山車大工の名人美濃吉の師匠であって現在は病に伏せっている大鏡左行の一番弟子の大八が、金に目がくらんで柳沢保明一派の手伝いをして金に飽かした山車を造ることになります。それに対抗して美濃吉が、元々大鏡左行が長年山車を造っていた町を助けて山車をこしらえることになり、話は結局山車造りの職人同士の戦いという、「新撰組」と良く似た展開になります。
白井喬二が後篇を書かなかったのは、「新撰組」と似た展開にちょっと途中で興醒めになったのかもしれません。極めて残念な作品です。