獅子文六の「信子」

獅子文六の「信子」を読了。「悦ちゃん」で人気作家になった文六が昭和13年から15年にかけて「主婦之友」に連載したもの。以前紹介した「胡椒息子」が「坊ちゃん」の設定をそのまま使っていましたが、この「信子」はさらにそのまんま女性主人公版の「坊ちゃん」です。解説によると、冒頭の汽車で上京するシーンは三四郎の影響もあるそうです。この小説の中では主人公が「胡椒息子」の映画を観て、自分と似ていると思うなんてシーンがあります。九州の大分(獅子文六の父の故郷です)から上京した小宮山信子が、教師として働き始めた女子校で、校長と校主-教頭の二派の間の争いにまきこまれるという展開で、ほぼそのまんま「坊ちゃん」です。違うのはその女子校の移転と校長の辞任を巡って生徒が騒ぎ出して大騒ぎになるという展開で、下村湖人の「次郎物語」の第五部あたりにもそんな展開があったような記憶があります。まあ時局柄とでも言うべきでしょうか。「胡椒息子」はあまり感心しませんでしたが、この「信子」も途中までは「坊ちゃん」の亜流振りが鼻についてあまり楽しめなかったのですが、後半の展開はなかなか良く、不覚にもちょっと涙してしまいました。「悦ちゃん」と同じくこの頃の文六の展開の巧さが光っています。ただ、大団円の話がちょっとデウス・エクス・マキーナ的ですが、まあ大衆小説というのはこういうものです。なお、NHKがこの「信子」と獅子文六の別の小説の「おばあさん」をくっつけて「信子とおばあちゃん」という昭和44年の朝の連続ドラマを作り、原作とまったく違う話になり獅子文六が憤慨していたみたいです。今年放映された「悦ちゃん」のTVドラマの台本もかなりひどかったですが、NHKは昔からそういうことをやっていたんですね。