白井喬二の「洪水図絵」

jpeg000-103白井喬二の「洪水図絵」を読了。昭和16年に出版されたもの。「洪水図絵」、「贋花」、「つばくろ槍」、「蛍扇」、「出世外伝」、「妬心の園」、「子とろ殺陣」、「火紋」を収録。このうち「妬心の園」は「沈鐘と佳人」にも収録されていたものです。ある経済的に行き詰まった武士が、妻があるのに独身と偽ってある裕福な家の養子になって、妻には三ヶ月以内に迎えに来ると言います。しかし、実際は別の女を嫁に取らされそうになります。必死に断っていたのですが、ふとしたすれ違いで妻が浮気をしていると勘違いし、かっとなって別の女と結婚してしまうという話です。
「洪水図絵」には戦前の白井には珍しくちょっとエロチックな描写があります。「そのくせ、死んだ先夫鴫野義介の愛撫の名残らしい性の技巧をも心得た」という表現が出てきます。
いずれの作品も白井らしくちょっとひねってあって楽しめる作品です。

白井喬二の「河上彦齋」

jpeg000-100白井喬二の「河上彦齋」(かわかみ・げんさい)を読了。1943年(昭和18年)の出版。この時期の白井喬二の作品にありがちな、時局迎合的な小説。河上彦斎は、幕末の肥後の藩士で、人斬りで知られ、佐久間象山を斬り殺したのが河上彦斎です。徹底した尊王攘夷の人で、長州藩と一緒になって蛤御門の変で戦ったり、高杉晋作を助けて奇兵隊に参加したりしています。その後肥後藩に戻りますが投獄され、明治になってから恩赦で許されます。しかし、明治政府が開国の方針を採ったのに対し、一貫して攘夷を主張し続けたので疎まれるようになり、ついには無実の罪を着せられ、東京で死刑になります。白井はこの河上彦斎を何か理想の人のように描いていて、そこが時局迎合的です。もっとも国を挙げて「攘夷」を実行中に書かれたものですから、やむを得ないのかもしれませんが。私は読んでいませんが、「るろうに剣心」という漫画の主人公がこの河上彦斎をモデルにしたんだそうです。

白井喬二の「伊賀之介飄々剣」

jpeg000-97白井喬二の「伊賀之介飄々剣」(上・下)を読了。1961年(昭和36年)に桃源社から出版されたもの。例によって、戦後の作品なのか、戦前の作品がこの時初めて単行本化されたものかがわかりませんが、読んだ感じではちょっとした濡れ場が出てくることもあり、戦後の作品のように思います。(確証はありませんが、京都新聞に1958年12月-1959年10月の間掲載された『弱法師』が初出ではないかと思います。何故かというと、作中で主人公のあだ名が「弱法師」だからです。)終わり方が非常に唐突で、余韻がなく、惜しい所で名作になり損ねています。素晴らしいのは設定で、主人公の氏名がなんと「徳川伊賀之介」です。徳川家康の6男である忠輝の息子という設定です。家康の孫です。この伊賀之介が若い時に、商人の娘であるお関を見初め、恋に陥ります。この恋のため、伊賀之介は高貴な身分を捨てて臣籍降下してお関と一緒になることを願いますが、将軍家の血が汚れるという「血統派」がこれを阻み、お関を監禁して無理矢理絶縁状を書かせようとしますが、お関はこれを拒み自害して果てます。「血統派」はこれに留まらず、お関の一家を将軍家を騒がした不届き者として斬殺します。全体の話は伊賀之介のこの「血統派」に対する復讐の物語です。お関の一家には幼い時に他家に養女に出されていた瀬浪がおり、この者だけが生き残って、伊賀之介は秘かに見守っていましたが、ある時瀬浪が腰元として召し抱えられることになり、その家から伊賀之介こそが瀬浪の一家を目茶苦茶にした張本人だと嘘を吹き込まれ、伊賀之介を付け狙うことになります。伊賀之介は、血統派の刺客からも付け狙われますが、名刀は町人になった自分にはふさわしくないと町人差しに換え、それを補うために花札に金属を貼り合わせた飛び道具を自分で考案し、それをもって刺客達と渡り合います。最後は、お関の一家に手を下した張本人の3人を見事討ち取るのですが、誤解が解けて一緒に住むことになった伊賀之介と瀬浪がこれからどうなるのかとか、伊賀之介の親の忠輝が2代将軍秀忠から、伊賀之介をどこかに閉じ込めるか討ち取れと命令されて、それがどうなるのかとか、色んなことが未解決で終わり、それが非常に残念です。おそらく白井喬二晩年の作品で、これ以上書き続ける根気がわかなかったのかと推測します。非常に惜しい作品です。

白井喬二の「東亜英傑伝」全8巻の内容

白井喬二が戦争中に出した「東亜英傑伝」全8巻のうち、一部の内容が分からなかったのですが、今日判明しました。前に読んだ「釈迦・日蓮」もこのシリーズの1冊でした。何故分かったかというと、白井による序文がまったく同じなんです。以下、8巻の内容。
豊臣秀吉・成吉思汗
北條時宗・忽必烈(クビライ)
中江藤樹・孔子
山田長政・張騫
西郷と勝安芳・孫文
小村寿太郎・汪精衛
伊藤博文・袁世凱
釈迦・日蓮
汪精衛は汪兆銘のことです。人物の選択に時代が出ています。
小学生用の国語教科書などを出していた田中宋栄堂から出ています。

白井喬二の「伊達事変」

jpeg000-96白井喬二の「伊達事変」(前・後)を読了。いわゆる「伊達騒動」を舞台にして、主人公三澤頼母の恋と人生を描くもの。「伊達騒動」を扱った小説としては山本周五郎の「樅ノ木は残った」が有名で、事件の張本人とされてきた原田甲斐を善人のように描き、NHKの大河ドラマにもなりました。(1970年)この大河ドラマ、見ていた筈ですが記憶にありません。しかし、原田甲斐が善人で伊達騒動が老中酒井雅楽頭の陰謀であったとするのは、歴史の書き換えのように思います。白井喬二は原田甲斐について、「兵部大輔(伊達宗勝)の傀儡」とばっさり斬っています。
主人公である三澤頼母は、妹が伊達輝宗の側室であったためあてがい扶持をもらって暮らしていました。許嫁である駒北庄八郎の娘である雪乃が突然江戸屋敷へ出府することになり、頼母との結婚が曖昧にされます。実は雪乃は藩主輝宗のご乱行の実態を探るために、江戸に送り込まれたのでした。頼母には望四郎という弟がいますが、これが無頼の徒で、頼母に金をせびったり、頼母を敵の手に売り渡したりと碌なことをしません。ですが、本音型の人間で何故か憎めない役どころになっています。頼母自身は、白井作品の主人公としては中途半端な設定で、剣は弱くはありませんが、そこそこで、また正義感からというより自分の恋情一本で行動します。伊達藩が色々大騒ぎになるのですが、頼母自身はそのためには主体的には行動せず、むしろ輝宗を諫める諌死役を強制されそうになったりと、政争の中で翻弄されます。ついには刃傷沙汰を起こして捕まって10年間牢に入れられたりします。色々あって、牢を出た頼母は、雪乃と再会し、そこで雪乃が実は自分を救ってくれたことを知り、満足して死ぬ(敵討ちに狙われていました)筈でしたが、生き延びた所で小説は終わります。昭和17年の出版で、脱字が多く、またページが10ページくらい重複していたりと、本としての品質が非常に悪いです。