「大菩薩峠」の漫画版(画:一峰大二)

中里介山の「大菩薩峠」の漫画版(作画:一峰大二)を読了。きちんと調べた訳ではありませんが、「大菩薩峠」の漫画版はこれが唯一のものではないかと思います。一峰大二は不思議な漫画家で、ほとんどの作品がオリジナルではなく、TVのもののコミカライズ版で、「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「スペクトルマン」など色々あります。でこの「大菩薩峠」の漫画版は一峰大二が23歳の時のものと帯にありますから、1958年か1959年に出たものということになります。内容は原作のちくま文庫版で言うと第5巻くらいまでで、駒井能登守が甲府勤番を辞めるぐらいまでを扱っています。原作そのままではなく、たとえばお浜は宇都木文之丞の妻ではなく妹にされています。またお君やお銀様も登場しません。原作では駒井能登守が神尾主膳によって甲府勤番を辞めさせられるのは、被差別部落出身であったお君を愛人としたことを暴かれてですが、この漫画版ではそもそもお君自体が出てこないため、机龍之助の辻斬りなど、甲府の治安を維持できなかったから、にされています。また原作では宇都木兵馬と机龍之助の斬り合いは最初の1回だけですが、この漫画版では何度も出てきて、最後も兵馬が龍之助に負けて、慢心和尚に試合を止められるという終わり方になっています。そういう訳でお勧めの漫画版という内容ではないですが、長大な「大菩薩峠」への入門としては漫画版もいいのではないかと思います。

P.S.その後検索して調べたら「ふくしま政美」による漫画もあるようです。

コージィ城倉の「プレイボール2」

グランドジャンプに連載中の、コージィ城倉の「プレイボール2」の中の1シーン(上)です。オリジナルの「キャプテン」の第6巻に出てくるシーン(下)とまったく一緒。監督が青葉中学の監督から東実高校の監督に変わっているだけ。確かに連載の前に「何も足さない、何も引かない」と言っていたけど、これはさすがにやり過ぎでは。まあオリジナルの「キャプテン」「プレイボール」のファンからこういう指摘が出ることはは100も承知でやっているんでしょうが。

高森日佐志の「弔花を編む 歿後三十年、梶原一騎の周辺」

高森日佐志の「弔花を編む 歿後三十年、梶原一騎の周辺」を読了。筆者は梶原一騎の実弟です。「ワル」の原作者の真樹日佐夫が梶原の実弟ということは知っていましたが、その下にさらに弟さんがいたことは知りませんでした。その三男の日佐志が実父高森龍夫や梶原一騎などについて思い出を書いたものです。
まず梶原作品にイエス・キリストが登場する理由が分かりました。実父の高森龍夫は若い頃神学校で牧師を目指したほどのクリスチャンでした。しかし、周囲にはそれを隠し、葬儀の時にそれが明らかになって回りの者が驚いた、となっています。梶原一騎自身がクリスチャンだったとはどこにも書いてありませんが、一騎自身の葬式も最初仏式でやるかどうかもめて、結局父親と同じキリスト教式の葬儀になったそうです。
梶原の作品では、巨人の星の星一徹、柔道一直線の車周作のように、実力を持ちながら世に受け入れられない人物がかなりの迫真性をもって登場しますが、それは実父の龍夫の人生がそういうものだったからのようです。
また、梶原の自伝的漫画「男の星座」は、梶原が「巨人の星」で有名になる前に梶原の死により終わっていますが、この本ではその始まりの様子が書かれていました。講談社は漫画に吉川英治の「宮本武蔵」のような人間ドラマを持ち込もうとしていたとのことで、私は梶原作品に大衆文学のストーリーテリングの影響を感じるのはやはり間違っていなかったと思います。
またこれは遺族サイドからの証言なので割り引いて考えるべきでしょうが、梶原の晩年の裁判沙汰は、ショーケン(萩原健一)が覚醒剤で逮捕され、その黒幕が梶原一騎だと警察が思い込んで、無理矢理に案件を作り出して起訴した、とされています。元々梶原一騎自身は中学生の頃から掻っ払いや万引きを繰り返していて(梶原の中学生時代は戦後の混乱期で、大人も皆闇取引をやっていたり、風紀の乱れていた時代でした)、ずっと道徳家を装っていてそれが世間にばれたということではなく、以前も書きましたが、梶原自身は常に善と悪との間で揺れ動いていて悩み苦しんでいたのだと思います。最初の奥さんであった篤子さんも、梶原をそういう「複雑な人間」と描写しています。

梶原一騎原作、小島剛夕画の「斬殺者 宮本武蔵異聞」

梶原一騎原作、小島剛夕画の「斬殺者 宮本武蔵異聞」を読みました。
梶原一騎が初めて成年誌である漫画ゴラクに連載した作品で、まだ梶原が高森朝雄の名前で「あしたのジョー」を少年マガジンに連載していた頃のものです。
この作品は梶原作品としては一般にはあまり知られておらず、私も今回初めて読みましたが、かなりの傑作でした。何より吉川英治の「宮本武蔵」の設定をかなりの部分借りながら、吉川とはまったく違う武蔵像を描いています。そしてその武蔵像が私には実際の武蔵に近いのではないかと思います。
まず、吉川英治の武蔵の設定を借りていると言うのは、沢庵和尚が出てきて、武蔵を昔一本杉に吊したなどと言っています。また、宍戸梅軒の息子という宍戸蕃六というのが登場します。さすがにヒロインであるお通は出てきませんが、その代わりに、ロザリアお吟という切支丹の女性が登場し、この女性が最後までストーリーに大きくからみます。主人公は、竹馬の友であった吉岡又七郎を武蔵に斬殺され、武蔵を敵と付け狙い、またお吟に恋して何とか自分のものとしてやろうという無門鬼千代です。この主人公である鬼千代が武蔵の剣を、幼かった又七郎を一刀両断にした外道の剣とし、武蔵に勝つために自分も外道の道を歩みます。また、お吟をガードする者として、元力士という設定のペドロ盤嶽というのが登場します。この名前はたぶん白井喬二の「盤嶽の一生」から取ったのだろう、と嬉しくなりました。
漫画の原作者として、梶原一騎と小池一夫は二大巨頭ですが、この二人とも大衆小説から大きな影響を受けていると思います。小池一夫は何より元々大衆小説作家の山手樹一郎(「桃太郎侍」で有名)の弟子で、最初は大衆小説作家志望でした。ところがそちらではなかなか目が出ない内に、漫画原作で当ててそちらで大家となります。しかしそのストーリーテリングの手法が大衆小説の手法であることはまず間違いないと思います。梶原一騎はこれに対し、小池一夫ほど明確に大衆小説とのつながりは不明ですが、まずは「巨人の星」の星一徹が自分の息子を鍛えて自分が果たせなかった夢を息子に遂げさせようとするのは、子母沢寛の「父子鷹」の影響だと言われています。(「父子鷹」は勝小吉が息子である勝海舟を厳しく育てる話です。)また、侍ジャイアンツで「侍ニッポン」の映画の主題歌が登場します。この「斬殺者」も吉川武蔵をベースにしており、梶原一騎が大衆小説の色々な作品を読んで、そのストーリー展開の手法を身につけているのは、まず間違いないと思います。
吉川英治の武蔵では、武蔵は徹頭徹尾「求道者」として描かれており、逆に言えば武蔵の剣がどういう点ですごかったのかということは、ほとんど描かれていません。この梶原の「斬殺者」では、武蔵が「剣は自分が斬られないでいかに相手を斬るかということだけ」という風に割切って、ただその人殺しの技術を徹底して磨いていく「斬殺者」として描写されています。また、飛んでいる蝿を箸で捕まえるというのは、講談その他で有名ですが、この漫画では何と飛んでいる蝿の羽だけを箸でむしり取ると、より過激に描写されています。また何で蝿がたかるのかというと、女性を寄せ付けないために、衣服に魚の臓物を塗りたくっているという設定です。ちょっとやり過ぎのような気もしますが、この武蔵の描写は、吉川武蔵より、実際の姿にむしろ近かったのではないかと私は思います。
ヒロインのロザリアお吟は、日本人とスペイン人の混血という設定で絶世の美女です。そして梶原作品では「愛と誠」の早乙女愛、「太陽の恋人」の天地真理(有名な歌手の天地真理はこの漫画のヒロインの名前をもらったものです)と同じく、「聖女」として描かれています。このお吟が、道ばたに捨てられていた、梅毒持ちの遊女が死にかかっているのを、その顔の膿を口で吸い出してやる、というエピソードが描かれます。(この話の元は明らかに光明皇后がハンセン病の患者の膿を口で吸ったというものですが。)聖なる女性による救済、という意味では、今度はワーグナーと同じです。
また逆に淫乱な女性として、徳川家康の孫娘である千姫が登場します。この千姫が淫乱な女性であるという設定も、講談や大衆小説ではおなじみのもので、「吉田通れば二階から招く しかも鹿の子の振り袖で」という唄で有名です。(千姫は二度目の夫と死に別れた後、吉田御殿という屋敷に住み、その二階から男を誘って屋敷に引き込んでいると噂されました。元は東海道の吉田宿に飯盛り女が多かったことを歌ったものですが。)
またこの作品では、ヒロインのお吟は、悪鬼羅刹のような武蔵の中に、何故かイエス・キリストの姿を見出します。そして全体を通じて、悪と正義の葛藤ということがテーマになっています。このテーマは、梶原の「タイガーマスク」で特に顕著で、梶原自身、少年院に入れられたりした不良少年で、しかしながらその一方である種の正義や聖なる行為への強い憧れが見受けられます。タイガーマスクでは主人公がプロレスで反則をやるやらないで深く悩みます。またそのタイガーマスクでも、プロレスで孤児のためにお金を稼ぐ主人公が、イエス・キリストと重ねられていました。「ミッション・バラバ」という元暴力団員でキリスト教の牧師になった方達の団体がありますが、梶原一騎とこの「ミッション・バラバ」の牧師さん達とは共通するものを感じます。
全体に、成年誌に連載されただけあって、エロ・グロ・ナンセンスではなく、エロ・グロ・バイオレンスというトーンが強く、梶原の後年の「カラテ地獄変」などの作品と共通点があります。しかし、そういう悪を描く一方で、お吟という究極の善を描くという作品です。第二巻でお吟の出生の秘密が明らかになり、悪と善がそこで交錯します。
色々書きましたが、全体では梶原の特色が良く出た、きわめて中身の濃い作品となっており、結末のまとめ方も見事と思います。
なお、小島剛夕による武蔵の絵ですが、この武蔵は白土三平がモデルになっているそうです。実際にインターネットで白土の写真を見たら確かにそっくりです。小島剛夕は元、白土三平のアシスタントで、「カムイ伝」の絵は実際は多くが小島剛夕のものだと言われています。

ちばてつやの「おれは鉄兵」と村上もとかの「六三四の剣」

今まで誰も指摘しているのを見たことがありませんが、ちばてつやの「おれは鉄兵」と村上もとかの「六三四の剣」には結構共通項があります。といっても、「六三四の剣」の方が後なので、村上もとかがちばてつやの影響を受けているというのが正しいのでしょう。むしろオマージュと言ってもいいかもしれません。ちばてつやは村上もとかの漫画のファンのようなので、別にちばてつやも何も気にしていないと思います。

(1)「六三四の剣」で六三四が小学生の時に中学校の剣道部に武者修行に行って、そこで出会う剣道部の主将が、「おれは鉄兵」の東大寺学園剣道部の一人にそっくり。(2)「おれは鉄兵」で鉄兵は、中学生大会の個人戦で、菊池と対決するのに、菊池のお祖父さんに、「竹刀を弾き飛ばされないように」というヒントを受け、それが「巻技」だと思って急遽その技を身につけます。「六三四の剣」では小学生の大会で、東堂修羅が六三四との対戦で追い詰められて「巻技」を使います。
(3)「おれは鉄兵」では結局菊池の取って置きの技は巻技ではなく「木の葉落とし」でした。この「木の葉落とし」は「打ち落とし」(面打ち落とし面)です。「六三四の剣」で高校生の大会で修羅がこの技を決め技とします。