サインはV

 

 

 

 

昔のバレーの話を調べていると、何といっても懐かしくなるのがこれで、「サインはV」です。1969年10月から70年の8月まで放映されており、常に30%以上の視聴率を取っていた人気番組でした。女子のバレーを扱ったTVにはアニメの「アタックNo.1」もありますが、こちらは明確に女の子向けという感じで、一般的な人気では「サインはV」の方が上だったと思います。原作は漫画ですが、主人公の所属するチームが立木武蔵で、誰が考えても日立武蔵がモデルです。TVでは少しぼかして立木大和になっていました。ライバルが漫画ではニチボーでそのまんま、TVではレインボーに変えられていました。主人公の朝丘ユミが岡田可愛、ジュン・サンダースが范文雀で、范文雀は顔の黒塗りで黒人と日本人のハーフという設定で、今なら完全にアウトです。TVで感心するのは、結構立木大和のチーム他がちゃんとバレーをやっていること。その証拠に立木大和のキャプテン役だった岸ユキは、東洋の魔女が引退後に結成したフジクラブに入っていますから、それなりにきちんと練習したんだと思います。NHKの大河ドラマの「いだてん」の学芸会みたいなバレーのシーンとは大違いです。なお、立木大和の朝丘ユミとジュン・サンダースが繰り出す必殺技の「X攻撃」ですが、撮影はトランポリンを用いてやっています。しかし松平康隆監督によれば、当時の全日本の森田や横田に後10cmくらいジャンプ力があれば可能な技だそうです。実際にキューバとか南米のチームにはそれ位のジャンプ力を持った選手はいたと思いますから、決して荒唐無稽な技ではないと思います。実際に現在のバレーでは、シンクロ攻撃とか同時多発攻撃と言われていますが、リベロという守備役が受けたボールをセッターがトスし、残りの4人が全員ジャンプして誰が攻撃するかを分からなくする、という攻撃が存在し、ある意味X攻撃の延長戦上の技のように思います。

植木金矢の「時代劇画傑作選」

植木金矢の「時代劇画傑作選」を読みました。吾妻ひでおと前後するように97歳で亡くなられた劇画界の長老でした。私はお名前を存じ上げなかったのですが、Amazonで絵を見て興味がわいたので買ってみたものです。「風雲鞍馬秘帖」という鞍馬天狗もの(?)で一世を風靡された方です。第一印象としてはすごく好きなタイプの絵ですが、惜しむらくは時代小説の挿絵の絵であり、劇画に必要な動きの描写が今一つで全体に静的に思えます。収録されている作品の中では、巌流島の決闘の武蔵の相手の佐々木小次郎が、若者ではなくその師匠の69歳の老人であった、というのがちょっと面白いです。良い所は無駄な線が少ないということです。私は現在週刊文春で新撰組ものを描いている森秀樹の絵が苦手です。何がというと余分な線が多すぎて汚い感じがするからです。そこに行くと、植木さんの絵は綺麗で無駄がありません。

田河水泡の「のらくろ」の連載の終わりは?

現在、川崎で「のらくろ展」が行われています。それに関連して一言。1967年の私の子供時代に「のらくろ漫画全集」全10巻が出て、戦前ののらくろが復刻されました。(ちなみにその後アニメにもなりました。)その最後の巻が「のらくろ探検隊」でのらくろが軍隊を退役して大陸で鉱山を探すという話でした。(この巻だけ家にありました。残りの巻は図書館で借りて読みました。余談ですが、のらくろの協力者数人の内、一人{一匹}は明らかにある民族をモデルにしたものでした。のらくろがその人に何が得意かと聞いたら「私の得意なのは嘘をつくことです。」と答えるという、かなり際どい描写がありました。)
それで「のらくろ探検隊」はのらくろの一行が石炭か何かの鉱山を発見し、のらくろはその権利を惜しげも無く協力者3人{3匹}に与え、自分はまた新しい鉱山を探しに行くというところで終わっていました。私はこれがのらくろの最後だと思っていました。
ところが写真は、先日古書店で入手した大日本雄弁会講談社の「少年倶楽部」昭和16年新年号ですが、タイトルは「のらくろ鉱山」となっており、のらくろが満州で鉱山経営をしているという話でした。「のらくろ探検隊」にはこんな話は入っていませんでした。とすると、のらくろの連載は1967年に全集に入っているものの後、まだ続きがあったということになります。ただのらくろは、(1)日本の軍隊を犬に例えた(2)のらくろが二等兵から最終的には大尉、とありえない出世をする、などで軍部の覚えは目出度くなかったようです。おそらく、この昭和16年のどこかで連載は終わったんだと思います。(少年倶楽部自体、紙不足でページ数を減らさざるを得なかったようです。)全集に入っていない理由は、途中で終わって話が完結していないからではないかと思います。

吾妻ひでおの漫画で「イドの怪物」が出てきたもの

吾妻ひでおの漫画で、「禁断の惑星」の「イドの怪物」が出てきたもの。パラレル狂室の⑤の「怪物」(吾妻ひでお、奇想天外社「パラレル狂室 SFギャグ傑作集」、1979年)です。これを初めて読んだのは実に40年前ですが、我ながら良く覚えているものです。シオドア・スタージョンの「人間以上」を知ったのも吾妻ひでおの漫画からです。(同じ「パラレル狂室」に「いもむし以上」って言うパロディ作品が収録されています。)

ハンナ・バーベラアニメの日本における受容について

昨日の「トムとジェリー展」で思ったこと。1960年代にハンナ・バーベラのアニメがほとんど毎年のように日本で放送されました。その時日本側のスタッフが単に吹き替えで日本語化して、ということだけではなくて、かなり工夫をしているということです。単純にタイトルだけだって、「チキチキマシン猛レース」は元はWacky racesで「いかれたレース」という意味です。また「スーパースリー」も原題のThe impossiblesよりいいと思います。(原題は、Mission impossible スパイ大作戦 のもじりでしょう。)
また、主題歌も全部日本側で独自に作っています。逆の例で、日本の「マッハGoGoGo」がアメリカに輸出されていてかなりの人気だったのですが、主題歌はアメリカ風にアレンジされてはいますが、元のままです。
さらには「大魔王シャザーン」のシャザーンのセリフの「ハイハイサー」とか「パパラパー」とかはすべて日本側が付け加えた物のようです。さらにはこの「シャザーン」の第1回分については日本語吹き替えを2種類作り、どちらが良いか検討することまでやっていたみたいです。ジャパニメーションに対するハンナ・バーベラアニメの影響は誰も否定出来ないと思いますが、その過程ではこんな日本側スタッフの努力があったのであり、頭が下がります。1960年代は小林信彦が言うように、日本のテレビの黄金時代でした。