チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」(新国立劇場)

新国立劇場で「エフゲニー・オネーギン」を観てきました。(主催者が使っている表記は「エウゲニ・オネーギン」)新作のようですが、素晴らしい公演であり、歌手のほぼ全てが良く、また演出も1922年のスタニスラフスキーの演出をベースにして一部を現代風に改良したもので、非常にオーソドックスでかつ神経の行き届いたもので、このオペラを本当に楽しむことが出来ました。演出で気付いた点では、第1幕のタチアーナが地味な格好をした田舎娘として登場するのに対し、第3幕の舞踏会では、他の参加者が地味な黒と白のドレスを着ているのに対し、タチアーナ一人が真っ赤なドレスで登場し、他から際立って目立つようにしています。そしてその次の場では、愛を告げるオネーギンに対し、自分もまたオネーギンを愛していると言う時にはその赤いドレスを脱ぎ捨て地味な服に戻っています。また第2幕の舞踏会では、レンスキーがオネーギンにオリガを取られてしまって激高するのに、オリガが自家製のジャムをスプーンにすくって、これでも舐めて落ち着きないとやるのが非常にユーモラスで、またロシアらしさを良く出していました。
オネーギンは、日本風に言えば「高等遊民」であり、働かずにおそらく貴族の地位と世襲の財産でぶらぶらしているのであり、教養はあるのでしょうが、観る人には好かれないキャラクターです。また舞踏会で集まった人から悪口を言われたことへの腹いせで、友人であるレンスキーの恋人のオリガ(タチアーナの妹)を口説き、結果としてレンスキーと決闘する羽目になります。しかもその決闘で結局レンスキーを撃ち殺してしまいますので、ますます救いがありません。(「インテリ」という言葉はロシア語のインテリゲンツィアから来ていますが、その言葉には最初から「理解されにくい少数者、大衆から浮いた存在」といったネガティブな意味合いがあったと思います。)その一方でタチアーナは「貞淑なロシア女性」の理想として多くのロシア人に愛されているのだそうですが、オネーギンが嫌われキャラでその対照で得をしている部分がありますし、また「貞淑」を美徳とするのは、ある意味非常に男性的視点による一方的な美化のように思います。
もしこのお話がイタリアオペラだったら、タチアーナはオネーギンの今さらながらの求愛に、それでも心が動いて誘惑に堕ちてしまい、二人はいい仲になり、それに気がついたグレーミン公爵が二人が不倫している現場に押し入って二人をピストルで射殺しておしまい、ということに間違いなくなると思います。(例えばザンドナイの「フランチェスカ・ダ・リミニ」とか。)そういう意味ではこのオペラはオペラの中では異色の作品であり、特異な位置を占めていると思います。
歌手は本当に良かったですね。オネーギン役のワシリー・ラデュークは素晴らしい演技でしたし、またタチアーナ役のエフゲニア・ムラーヴェワは美人で背もあり、タチアーナ役がはまり役と思います。またレンスキー役もグレーミン公爵役も本当に良かったです。

混声合唱団 日立コール・ファミリエ 第20回記念演奏会

日立コール・ファミリエのコンサート。もう13回連続で毎年行っています。今回は第20回記念演奏会とのことで、パンフレットにこれまでの曲目リスト(下の写真)が入っていました。それによるとおそらく2007年からです。最初に勤めた日立系の会社の上司3名がこの合唱団のメンバーです。例年6月にあるのですが今年はお誘いがなく、高齢の指揮者の方(木村義昭さん)が病気になられたとかを心配しましたが、まったくもってお元気そのもので杞憂でした。例年6月なのが9月になったのは、東京オリンピックのせいで会場が混んでいて取れなかったということみたいです。
本日の演奏曲目は、佐藤眞の「蔵王」とヴィヴァルディの「グローリア ミサ」です。どちらも以前やっており2回目です。開催時期が後倒しになり、練習時間がいつもより長く取れたためか、特に「蔵王」の方はいい出来だと思いました。「蔵王」でおじいさん役でソロを歌った人も良かったです。

ハンス・シュミット=イッセルシュテットの30枚組ボックス

ハンス・シュミット=イッセルシュテットの30枚組ボックス(VENIAS)を聴き終わりました。イッセルシュテットのブルックナーとかマーラーを初めて聴きました。それより驚きだったのがベートーヴェンの第9で、1951年12月の北ドイツ放送響との録音です。イッセルシュテットのベートーヴェンというと、なんといってもウィーンフィルとの最初のステレオでのベートーヴェンの交響曲全集が有名ですが、そちらの演奏はきわめて手堅いオーソドックスな演奏でした。しかしこの北ドイツ放送響との録音は、北ドイツ放送響自体(設立された当初は北西ドイツ放送響)がイッセルシュテット自身が一から作り上げた手兵です。そのためなのか、ウィーンフィルの第9と比べるとかなり自由に弾けた感じで演奏しており、「え、これがイッセルシュテット?」という感じがします。同じような話がバルビローリにもあって、ブラームスの交響曲第1番で、ウィーンフィルとの録音は大人しく、手兵のハレ交響楽団との演奏はかなり弾けています。またそのブラームスの交響曲第1番の演奏で、私が200種類以上聴いてベスト1と思っているのは、フルトヴェングラーがこの北ドイツ放送響を指揮した録音です。もしかすると、この演奏はフルトヴェングラーだけの手柄ではなく、北ドイツ放送響の応答性が非常に貢献しているのではないかと思うようになりました。その北ドイツ放送響をそこまで育てたのがイッセルシュテットであり、昔から好きな指揮者ですが、改めてその実力を見直しました。イッセルシュテットはカール・ベームと同じく日本で一番評価されているように思います。(実際にWikipediaの記述はドイツ語や英語のページより日本語のページの方が量が多いです。)

トスカニーニ

クラシック音楽を聴き始めて42年になります。この間に買い集めたレコードとCDはちゃんと数えていませんが、おそらく5,000枚を超します。好きな指揮者も年齢と共に変遷してきましたが、現時点での評価は、何といってもアルトゥーロ・トスカニーニこそ最高の指揮者だと思っています。昔はフルトヴェングラーの方を高く評価していましたが、数を聴くとフルトヴェングラーはツボにはまると素晴らしい演奏をしますが、ある意味凡演も多くあります。それに比べるとトスカニーニは現在残されている演奏はどれをとっても凡演などなくすべてが水準以上です。話をベートーヴェンの交響曲に限定しても、現在ベートーヴェンの交響曲全集を50種類以上持っていますが、その中での圧倒的No.1は写真に写っているトスカニーニのNBC交響楽団との1939年の連続演奏会のライブです。1番から9番までどれをとっても珠玉の出来です。また、フルトヴェングラーがイタリアオペラを指揮したという話は知りませんが、トスカニーニはイタリアオペラからスタートしながら、ワーグナーまでカバーしており、しかもそれが素晴らしい出来です。トスカニーニは当時それほど一般的ではなかったマーラーやブルックナーは振っていませんが、それ以外のレパートリーはきわめて広く、苦手というものが存在しません。トスカニーニの特長で良く言われるのがテンポの正確さで、同じ曲を何回振っても1秒も時間が狂わなかったというのは有名な逸話です。しかもそうやって正確なテンポを守りながら、トスカニーニの音楽は窮屈さや堅苦しさとは無縁の生き生きした活力に満ちています。上記の1939年のベートーヴェン交響曲連続演奏会はまさにその典型です。

三木鶏郎のこと

三木鶏郎(みき・とりろう)ってご存知ですか?戦後に活躍した作曲家・作詞家・放送作家等々のきわめて多芸多才な天才肌の人で、日本で初めてコマーシャルソング(小西六の「僕はアマチュアカメラマン」、TVではなくラジオ用)を作詞・作曲した人です。CMソングでは「明るいナショナル」「キリンレモン」「ミツワ石鹸」「グロンサン」「マルキン自転車」「ルル」「グリコ・アーモンドチョコレート」等々、私の世代でこれらのCMを知らない人はほとんどいないと思います。初期のアニメのテーマソングも手がけ、「鉄人28号」や「トムとジェリー」「遊星仮面」などが三木によるものです。弟子には永六輔や野坂昭如、いずみたく、中村メイコ、なべおさみなどがおり、色んな人材を育てました。
作詞での特長はいわゆるオノマトペの使い方がとても上手い人でした。日本語はオノマトペが豊かなのが一つの特長ですが、鉄人28号の主題歌での「バババババーンと弾が来る、ダダダダダーンと破裂する」とかミツワ石鹸のCMでの「ワ、ワ、ワー、輪が三つ」とかマルキン自転車のCMでの「マルキン自転車、ホイのホイのホイ」とか、枚挙に暇がありません。またほとんどの曲が長調で短調が少ないのも特長です。作曲については大学時代の同期に柴田南雄がおり、自身は諸井三郎に師事した本格派です。TV番組については、1960年代に隆盛を極めるバラエティー番組の元を(ラジオのバラエティーで)作った人と言えると思います。永六輔や野坂昭如は最初はTVの構成作家として活躍し、その2人を育てたのが三木です。