トスカニーニ

クラシック音楽を聴き始めて42年になります。この間に買い集めたレコードとCDはちゃんと数えていませんが、おそらく5,000枚を超します。好きな指揮者も年齢と共に変遷してきましたが、現時点での評価は、何といってもアルトゥーロ・トスカニーニこそ最高の指揮者だと思っています。昔はフルトヴェングラーの方を高く評価していましたが、数を聴くとフルトヴェングラーはツボにはまると素晴らしい演奏をしますが、ある意味凡演も多くあります。それに比べるとトスカニーニは現在残されている演奏はどれをとっても凡演などなくすべてが水準以上です。話をベートーヴェンの交響曲に限定しても、現在ベートーヴェンの交響曲全集を50種類以上持っていますが、その中での圧倒的No.1は写真に写っているトスカニーニのNBC交響楽団との1939年の連続演奏会のライブです。1番から9番までどれをとっても珠玉の出来です。また、フルトヴェングラーがイタリアオペラを指揮したという話は知りませんが、トスカニーニはイタリアオペラからスタートしながら、ワーグナーまでカバーしており、しかもそれが素晴らしい出来です。トスカニーニは当時それほど一般的ではなかったマーラーやブルックナーは振っていませんが、それ以外のレパートリーはきわめて広く、苦手というものが存在しません。トスカニーニの特長で良く言われるのがテンポの正確さで、同じ曲を何回振っても1秒も時間が狂わなかったというのは有名な逸話です。しかもそうやって正確なテンポを守りながら、トスカニーニの音楽は窮屈さや堅苦しさとは無縁の生き生きした活力に満ちています。上記の1939年のベートーヴェン交響曲連続演奏会はまさにその典型です。

三木鶏郎のこと

三木鶏郎(みき・とりろう)ってご存知ですか?戦後に活躍した作曲家・作詞家・放送作家等々のきわめて多芸多才な天才肌の人で、日本で初めてコマーシャルソング(小西六の「僕はアマチュアカメラマン」、TVではなくラジオ用)を作詞・作曲した人です。CMソングでは「明るいナショナル」「キリンレモン」「ミツワ石鹸」「グロンサン」「マルキン自転車」「ルル」「グリコ・アーモンドチョコレート」等々、私の世代でこれらのCMを知らない人はほとんどいないと思います。初期のアニメのテーマソングも手がけ、「鉄人28号」や「トムとジェリー」「遊星仮面」などが三木によるものです。弟子には永六輔や野坂昭如、いずみたく、中村メイコ、なべおさみなどがおり、色んな人材を育てました。
作詞での特長はいわゆるオノマトペの使い方がとても上手い人でした。日本語はオノマトペが豊かなのが一つの特長ですが、鉄人28号の主題歌での「バババババーンと弾が来る、ダダダダダーンと破裂する」とかミツワ石鹸のCMでの「ワ、ワ、ワー、輪が三つ」とかマルキン自転車のCMでの「マルキン自転車、ホイのホイのホイ」とか、枚挙に暇がありません。またほとんどの曲が長調で短調が少ないのも特長です。作曲については大学時代の同期に柴田南雄がおり、自身は諸井三郎に師事した本格派です。TV番組については、1960年代に隆盛を極めるバラエティー番組の元を(ラジオのバラエティーで)作った人と言えると思います。永六輔や野坂昭如は最初はTVの構成作家として活躍し、その2人を育てたのが三木です。

新国立劇場でのワーグナーの「タンホイザー」公演

1月27日(日)に、新国立劇場で「タンホイザー」を観てきました。2週連続のTOEIC受験の後の、まあいわゆる自分へのご褒美です。このオペラは、ともかく音楽が全てのオペラの中で一番好きです。お話自体は、いかにもワーグナー的なエロスとアガペーの葛藤、聖なる女性による救い、で無茶苦茶面白いという訳ではありませんが、3時間を超える長さを、25分休憩が2回あったせいもあって、退屈せずに観ることが出来ました。
歌手の中ではエリーザベトを歌ったソプラノのリエネ・キンチャが出色の出来栄えでした。この方知らなかったのですが、2012年ぐらいから活躍しており、欧州では引っ張りだこのようです。ラトヴィアの出身です。何より声が良く通るのが素晴らしいです。また身長も、4人の小姓の日本人歌手よりも頭一つ分高く、ステージでは非常に見栄えがします。
タンホイザー(ハインリヒ)役のテノールのトルステン・ケールは、まあ良くあるおデブで髭のテノールで、私が好きなタイプではありませんが、まあまあでした。
日本人歌手の中では領主ヘルマンを演じた妻屋秀和が良かったです。身長もソプラノに負けておらず、こちらも中々目立っていました。
ヴォルフラムを歌った、ローマン・トレーケルについては、私はこの人の「冬の旅」のCDを持っていますが、ちょっと神経質過ぎて線が細いような印象を受けました。
このオペラは、2007年に新国立劇場10周年を記念した公演のリバイバルみたいですが、演出は奇をてらわずオーソドックスで好感が持てました。ハインリヒが歌合戦で思わず肉体愛を賛美する場面では、場が凍り付く感じを、照明を赤にして表現していて、とても分かりやすかったです。
オペラ、次は2019年10月の「エフゲーニー・オネーギン」を観に行きたいです。これも好きなオペラです。

ワーグナーのタンホイザーの話の矛盾点

昨日の新国立劇場でのタンホイザー公演は非常に良かったですが、その感想は別途アップします。
公演中に思っていたのは、ワーグナーが作ったお話の矛盾点です。このオペラの中に「ヴァルトブルク城の歌合戦」というのが出てきて、これは史的事実で、またヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデという、ドイツの吟遊詩人(ミンネゼンガー)でもっとも有名な詩人がこの歌合戦に参加したのも事実です。
問題は、フォーゲルヴァイデの立ち位置で、オペラではハインリヒ(タンホイザー)が肉体的愛(エロス)を精神的愛(アガペー)よりも上にしたのに対し、フォーゲルヴァイデは精神的な愛を最上位とする詩人としてハインリッヒを非難する側として登場します。これは、ワーグナーのフェイク歴史といってしまえばそれまでですが、事実とはまるで逆です。フォーゲルヴァイデこそ、ハインリヒと同じ肉体的愛を訴えた詩人でした。
フォーゲルヴァイデの代表的な詩は、ドイツ人ならおそらく誰でも知っている「ウンダー・デア・リンデン(菩提樹の樹の下で)」です。この詩の内容は、どこにでもいる庶民の若い娘が、彼との性愛の楽しみ(菩提樹の樹の下で彼とエッチした)を歌っているものです。ついでに言うと、この詩の中に「彼と1000回もキスしたの」というのが出てきます。これは、明らかに古代ローマの詩人カトゥルスの有名な詩(「カルミナ」第5)のもじり(本歌取り)です。このカトゥルスの詩は、愛人レスビア(当時の高級娼婦だったと言われています)に対するある種の赤裸々な愛を歌ったもので、これも精神的な愛より肉体的愛の要素が強いものです。当時のミンネザングと呼ばれた吟遊詩人の詩は、「高いミンネ」(hohe Minne)と呼ばれた、高貴な婦人への献身的な愛(ミンネは「愛」の意味です)を歌うものが主流でした。それに対して、フォーゲルヴァイデは「低いミンネ (niedere Minne)」というものを提唱し、貴婦人ではなく庶民の娘を登場させ、精神的な愛ではなく、直接的な性愛の喜びを歌っています。
つまり、タンホイザーにおけるハインリヒの主張はほとんどそのままフォーゲルヴァイデの主張であり、それがハインリヒの反対派に回っているのはきわめて変だということです。

下の写真は、そのヴァルトブルク城の中に飾ってある、歌合戦の絵です。(2004年にヴァルトブルク城に行っています。この城はルターが最初にドイツ語聖書を訳した場所としても有名です。)