「古関裕而秘曲集~社歌・企業ソング編~」

「古関裕而秘曲集~社歌・企業ソング編~」が到着。昨晩から聴いていますが、さすがの古関マニアになっている私といえど、全部聴くのは結構辛かったです。何故かというと、7割方ほとんど同じような曲調で、曲が始まった途端、「ああ、またか」という感じです。多くの場合社歌とか校歌はヘ長調で、たまにト長調やハ長調といった感じでしょうが、古関の場合はこれに加えて多くが2拍子の行進曲です。実際、このCDの中に入っているので、サビがほとんど一緒というのもあります。
その中で面白かったのは、
(1)賀茂鶴酒造の社歌、歌っているのが何と村田英雄
(2)福島トヨタ自動車社歌、歌詞の中に「走るクラウン颯爽と」というのがあり、車名が出て来るのは珍しいかなと。自動車ショー歌は例外として。
(3)関彰商事社歌、これは曲がどうというより、最初会社に入って1年ぐらい茨城県下館市(現在筑西市)にいて、この会社は下館に本社があってガソリンスタンドとかやっている会社で懐かしいというだけです。
(4)山一証券社歌、これは古関の奥さんが株の名人で、売買に山一証券を使っていた縁で頼まれたのではないかと思います。
(5)かわしんの歌、地元の川崎信用金庫の社歌。「モットゥはフレッシュ アンド ヒューマン」と社歌に英語が出て来るのは珍しいかなと思います。
(6)北野建設の歌、なんとロ短調の社歌。何でも社長が特攻隊の生き残りで、戦争中に古関の軍事歌謡を好んで歌っていたからだそうです。
(7)エースの歌、カバンのエースの社歌ですが、何とムード歌謡になっていて、歌詞も「正しい商売(あきない)をつらぬきつらぬきつらぬきとおしてほしいのよ」と女性からの呼びかけになっています。社長がムード歌謡が好きでこうなったのだとか。古関の唯一のムード歌謡です。
(8)日立物流社歌、この会社も昔よく付き合いましたが、古関の最後の社歌だそうです。

「古関裕而 秘曲集 歌謡曲編」

「古関裕而 秘曲集 歌謡曲編」を聴きました。この歌謡曲編以外に12月23日には「社歌編」も発売されます。古関裕而の評伝を書き、また「エール」で風俗考証を担当した刑部芳則氏の企画で、氏が蒐集されたSPレコードその他の貴重な音源を初CD化したものがほとんどです。(一部既発のCDに入っているものもあり。)古関裕而が生涯で作曲した曲は、ラジオドラマの伴奏なども含めて5,000曲以上と言われていますが(正確な数は古関裕而本人も確認していないようです)、その内音源としてこれまで聴くことが出来るのはせいぜい150ぐらい、楽譜だけのを合わせても200がいいところでした。そういう状況なので未発売の音源が聴けるようになるのは非常に嬉しいです。
ディスク1は純粋な歌謡曲ですべて戦争前、戦争中のものです。そしてほぼすべてあまりヒットしなかったものですが、それは曲が悪かったからではおそらく無く、その時々の時代の好みと合わなかったということだと思います。そういう中で古関が苦労して色々な曲を作っており、決して本人の好みではない古賀メロディー調のものまで作っていたことが確認出来ます。音丸の「鳴門しぶき」が入っていなかったのは残念ですが。
ディスク2は軍事歌謡です。音丸や小梅など女性4人での三味線伴奏での「露営の歌」とか、コロンビアが「露営の歌」の大ヒットの2匹目のドジョウを狙った「続露営の歌」などの貴重な曲が聴けます。それ以外にも「露営の歌」風のが色々作られていたのも確認出来ます。「歌と兵隊」は引用されている曲が面白く、「戦友」「元寇」、「露営の歌」、「雪の進軍」などの有名軍歌・唱歌が散りばめられています。ただ刑部氏がこうした引用を行ったのが(同時代の歌謡曲の作曲家では)古関以外は皆無と言っているのは明らかな間違いです。大体が古関がプッチーニの「蝶々夫人」のハミングコーラスを間奏で引用している「雨のオランダ坂」は、その前に同じ渡辺はま子で「長崎のお蝶さん」があり、作曲は竹岡信幸で、こちらは間奏に「ある晴れた日に」を引用しています。「君が代」の引用も、それが本当に「君が代」なのか、軍艦マーチの中に入っている「海ゆかば」の信時潔のではないバージョンの引用なのかは分りかねますが、他にもあります。後はちょっと感動したのは「よくぞ送って下さった」で、これは大平洋戦争開戦の直前に駐米大使として活躍した斎藤博大使が、結核のため米国で亡くなったことに対し、大統領であったルーズヴェルトは斎藤の死を惜しみ、わざわざ巡洋艦アストリア号で遺骨を日本にまで送り届けたことに対する返歌のようなものです。「大米国よ ありがとう」という歌詞の曲が戦争開始の2年前に歌われていたということはある種の感慨を覚えざるを得ません。
しかし古関裕而に限ったことではなく、こうした大衆と密着した芸術を全て記録して残すというのはなかなか行われていません。私もずっと白井喬二の作品を追いかけていますが、8割ぐらいの所で止まっていてそこから先はなかなか大変です。

「社歌」というCD


キングレコードより出ている「社歌」というCDを聴きました。弓狩匡純さんというジャーナリストが日本の200社あまりの社歌を調べて、その中からの抜粋でCD化したものです。中には純粋な社歌ではなく「ととべんきのうた」みたいに、歌詞にTOTOが入っていても、TOTOとまったく関係無い外部で作られた曲や、マキタの電動ドリルを使ったドリル奏法というのをやっていたMr. Bigというロックミュージシャンがマキタに感謝して送った英語の曲など、色んなものが含まれています。印象に残ったものでは、鉄道ファンには有名みたいなJR九州の「浪漫鉄道」、土岐善麿と橋本國彦のコンビによるなんとワルツの社歌の「資生堂社歌」、とてもさわかな大同生命保険の「夢直行便」、いかにも古関裕而な「東宝株式会社社歌」、ほとんど戦隊シリーズの主題歌みたいな日本ブレイク工業「社歌」、いかにも正当な社歌である「ユニ・チャームグループ社歌」などです。
弓狩さんがライナーに書かれていますが、社歌がありそれを大切にしている会社は不況に強く好況の時は元気がある、というのは分るような気がします。今「エンゲージメント」ということが叫ばれ、社員の参加意識が低いことが多くの企業で問題になっていますが、社歌というのはこれ以上なく簡単に自分の企業の理念を示し、それを社員に徹底するのに最良の手段の一つだと思います。今私がいる会社にも社歌があって、朝礼の時とかに歌っていました。しかし数年前に社名を変更し、社歌には旧社名が入っているため歌われなくなりました。実は先日発見したのですが、この社歌のサビの部分と古関裕而さんの「高原列車は行く」の「高原列車はララララ行くよ」の所、非常に綺麗につながります。

古関裕而作曲の社歌や企業ソングCD

もう少しで「エール」もおしまいです。古関裕而の作曲した曲は生涯で5000曲以上と言われていますが、その内実際に聴けるのは楽譜だけのものを含めて私の知る限りではせいぜい200ちょっとです。残りの内、校歌や社歌がかなり多くあるのですが、古関裕而作曲の社歌や企業ソングを集めたCDが12月23日に発売されます!私は速攻で予約しました。山崎製パンとか山一証券とか象印マホービンとか鈴木自動車とか、期待しています。山一証券は古関の奥さんの金子さんが、ある種の株の名人のマダムとして有名で、山一証券から株を買っていた関係で古関が社歌を作曲しています。

倉田喜弘の「日本レコード文化史」

倉田喜弘の「日本レコード文化史」を読了。元は1979年に出た本のようです。なので丁度コンパクトディスクが登場する所で終っています。日本にフォノグラムが入って来たのが1879年とのことなので、それから丁度100年目に書かれた本です。その100年の歴史で結構色んな資料をあたっていて、情報源として貴重です。1979年から41年経っている訳ですが、その141年の間に、フォノグラム(蝋管式)→円盤形蓄音機(SPレコード)→電気録音によるSP→LP(Long Play)→LPのステレオ→(LPの4チャンネル)→コンパクトディスク→ダウンロード音源、と目まぐるしく変って来ています。私が生まれた1960年代初期は既にLPの時代で、SPというものを所有したことは一度もありません。(神田の中古屋で見たことはあります。)
円盤形蓄音機とSPレコードの歴史で興味深いのは、音楽だけでなく、結構政治家が自分の演説などを広めるのに使っていたということです。そういえば、大平洋戦争のいわゆる天皇による終戦の詔勅も、直接放送用マイクに喋ったのではなく、レコードにしたと聞きました。
後は戦前のレコード業界の事情が良く分るのが貴重で、最初は5000枚も売れると大ヒットだったのが、古関裕而がコロンビアに専属の作曲家で入った時は5万枚はいかないとヒットとは言えない、というのもこの本で裏付けが取れました。
しかし、日本人ほどこのレコードやCDというものを愛した国民はいないのではないでしょうか。世界の主流は既にダウンロード音源や定額聴き放題サービスに移行している中、日本だけがまだCDがそれなりに売れています。最近さらにブルーレイオーディオとかも出ていますが、個人的にはこれ以上円盤ものの音源を増やしたいとは思わなくなっています。