徳島には1996年から2005年まで9年間住みましたが、
(1)鳴門の鳥居龍蔵記念館
(2)眉山の上にあったモラエス記念館
(3)眉山山麓の蜂須賀家の儒教式墓地(万年山墓所)
の3つとも行ったことがある人って地元の人でも少ないのではないでしょうか。そもそも(2)はもう無くなっているみたいです。(1)は鳴門の妙見山公園の近く。鳥居龍蔵は戦前の人類学者・考古学者・民俗学者で東アジア各地を発掘調査した実学の人。(3)は通常のロープウェイの方とは全く逆の方向に歩く登山道があり、それ沿いにあります。江戸時代が一番儒教が盛んだったので、徳島以外にも岡山などに儒教式の墓地があります。
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草津温泉(3回目)

一泊二日で草津温泉に行って来ました。3回目です。前回は6年前でその時に黒電話があって驚いたのですが、今回その時の宿とは違う宿なのにまた(まだ)黒電話がありました。内装に金をかけなくてもいくらでも客は来るから、ということなんでしょうね。ちょっと呆れました。ググると「レトロ感を演出している」などと書いているサイトがありましたが、そんなの完全な後付け説明でしょ。
伊豆山温泉
水上温泉郷
榛名湖、榛名山
伊香保温泉、3度目の正直
日本ラジオ博物館4回目
尖石縄文遺跡
一泊二日で信州に行き、茅野市の尖石の縄文遺跡に行って来ました。[尖石」の名は2枚目の写真の自然石より。見つかっている住居跡が大体100で、1軒?当たり5人(実際はもっと多い?)住んでいたとすると、少なくとも500人程度の集落があったということです。見通しの良い小高い開けた土地で、九州で「原(ばる・はる)」とか「丸」と呼ばれている地名も元々こういう所だったんだろうと思います。この茅野市の八ヶ岳の麓から諏訪湖にかけておびただしい数の縄文遺跡があります。おそらくは黒曜石の産地なんで、それを掘り出して加工して日本のあちらこちらと取引きしていたんだと思います。馬鹿でかい縄文式土器も、千葉の加曽利貝塚とかだと製塩用に海水を煮るものだったんですが、こちらは海が無いので、塩は交易で手に入れていたんじゃないかと思います。また今はこの辺り冬は結構寒冷ですが、縄文中期は温暖で丁度良い気候だったんでしょう。それから住居跡は微妙に四畳半サイズですね。日本人には昔からこのサイズがくつろげるサイズだったのでしょうか。







猿橋
西島三重子聖地巡礼2:池上線


西島三重子聖地巡礼のその2で、千渡世橋と同じ日に池上線の池上駅に行って池上線に乗って雪が谷大塚まで行ってまた池上に戻って来ました。(雪が谷大塚は以前の会社の上司が住んでいた街なので興味があった。)首都圏に住むようになって44年になりますが、これまで池上線に乗ったことがなく、今回が初乗車です。本当に小さな3両編成の最高速度80Kmの電車で、これなら上京してから44年乗ったことが無いのもうなづけます。ちなみに今は最新のステンレス電車で、「古い電車」「(ドアの所の)すきま風」という趣は全くなかったです。(池上)駅を歩いて商店街を抜けて踏み切りを渡って、というのも確かに池上駅周辺の風景であることが納得出来ました。










