「新・北斎展」と「奇想の系譜展」

12日(火)は、お休みを取って2つの美術展をはしごしてきました。一つが六本木ヒルズの森美術館で行われている「新・北斎展」。もう一つは上野の東京都美術館で行われている「奇想の系譜展」です。チケットはこの2つをセット販売しているのをWebで購入しました。実は「新・北斎展」は先日9日の土曜日に一度行ったのですが、入るまで40分待ちとのことで、AEONの英会話の授業に間に合わなくなるので断念し、今日改めて仕切り直したものです。今日は平日なのでさすがに40分待ちは無かったですが、それでも15分待ちでした。北斎はしばらく前の「北斎とジャポニズム」展も行っていますが、あの時も相当の人出でゆっくり観られませんでした。今回はそれに比べるとマシでした。北斎は天才ですが、ともかく描いた量がすごいと思います。大体において天才はイコール多作であるように思います。
「奇想の系譜展」はこの本を学生時代に読んでおり、また最近Eigoxのレッスンで、大学で美術史を学んだという先生相手に日本の画家を紹介しており、この本に出てくる6人も全てカバーしています。そういう意味で観たことのある絵が多かったのですが、この展示会の準備で初めて発見されたものというのも結構あり、その中に意外な大作があるのに驚きました。また一つの大きな発見は屏風絵は、画集に載っているようにフラットに並べて観るのではなく、折り曲げて立てた形で観ないといけない、ということでした。以前から日本の絵画で遠近法の発達がなかったのは何故なんだろうと考え続けていましたが、屏風絵では折りたたんだ状態で観ることにより、それ自体が絵の立体感や奥行きを増す効果があります。画家も当然それを意識して描いています。曾我蕭白の「群仙図屏風」なんかは特に、平面では観てはいけない作品ではないかと思いました。しかも屏風絵は折りたたむ角度を変えることで、同じ絵を違った見方でも観ることができます。そういうのが逆に日本画で遠近法を発達させるのを阻害したんじゃないかな、と思い始めました。

Childhood

The following is an essay that I wrote as an assignment for an English school AEON:

Topic: Childhood
Style: Casual

Let me start with one picture of Tusguharu Foujita (Leonard Foujita) that I found in his exhibition held in September:

The picture was drawn in 1958 and 1959 and was titled “The Machine Age”.
It may draw nostalgic reaction from people born in around that time. (I was born in 1961.) Most toys shown in this picture are quite familiar to me, such as tin toys (I had one of Astro Boy at home), remote-controlled cars, toy cars (in Japan they were called “minicars”), HO scale train models, and so on.
As the title of the picture shows, the 1960’s were really “the machine age”, and Japan was just in the midst of high-speed economic growth. In my childhood, I believed so many things were common knowledge without any doubt such as:
(1) Economics will grow eternally.
(2) No music, no life (sorry Tower Records)
(3) Human beings will soon reach Mars, Jupiter, or Saturn.
(4) Flying cars will be available within several decades, at the latest by the 21st century.
(5) Animation films or dramas are mostly Sci-Fi based.
(6) Students are attending universities not to study, but to join political movements or some protests.
(7) The whole world will perish soon with nuclear weapons.
All of these expectations were revealed to be untrue, in the 1970’s or later. (The last one was fortunately proven to be not true.) I gradually started to think that the 1960’s were actually very unique, strange, but energetic periods that are completely different from the 1970’s, 80’s, or later. I also knew that there had been some “spiritual” people claiming that the 1960’s had been the start of “new age”.
I am currently addicted to watch Sci-Fi based old TV dramas from the 1960’s. I have so far bought DVDs or Blue-rays: the four series of Irwin Allen dramas (Voyage to the Bottom of the Sea, Lost in Space, The Time Tunnel, and Land of The Giants), two of Gerry Anderson’s (Thunderbirds, UFO), and the original series of Star Trek by Gene Roddenberry. By watching them, I can now understand how I was brainwashed or imprinted during the 1960’s as a then kid. In 2018, very few people care about cold war (except concerns for the start of “new” cold war with China), only limited people talk about possible “doomsday”, but such topics were quite seriously considered in many of the above dramas.
Honestly to say, I’m living 50% of my life still in the 1960’s. You can check out any time you like, but you can NEVER leave!

荒木飛呂彦原画展(東京新美術館)

荒木飛呂彦原画展を観に、六本木の国立新美術館行ってきました。とても良かったです。
18:00~20:30の時間指定のチケットなのに、17:45くらいに行ったら既に行列が出来ていて、入場するまでに20分近く待たされました。しかしそういった厳しい入場制限のお陰で、中では比較的ちゃんと観ることが出来ました。
私はジョジョのシリーズは一番最初の奴はある程度リアルタイムで読んでいましたが、Part2以降は読んだのは電子版でであり、比較的最近です。また最新版のジョジョリオンも途中まで読んでいましたが、出版の間が空くと前の話を忘れてよく分からないので最近は追いかけていません。個人的には「スタンド」が登場するようになった最初の頃のが一番好きです。
とにかく良かったのは、漫画ではあまり見られないカラーの絵が多数見られたことで、その独特の色彩感覚(空の色をピンクにしたり、影の部分に緑を使ったりといったもの)に感銘を受けました。しかしどことなく荒木飛呂彦の絵はある種ののくどさ、脂っこさがあり、水彩画というより油絵感覚です。また60年代、70代のロックのLPジャケットのデザインと共通するものを感じます。実際にスタンドの名称にもキング・クリムゾンとかエアロスミスとかキラークィーンとかロックから取ったのが多数登場しますし。(荒木は1960年生まれ)
また、私は最近、日本の漫画やアニメに、日本の伝統的な絵画の影響を感じることが多いですが、荒木のは日本の絵の伝統ももちろんありますが、かなりの部分ヨーロッパなどの美術の影響を受けているように思います。20世紀の絵画は、本格的な絵画よりもこの荒木のようないわばポップカルチャーの部分に神髄があるのではないかと思います。
添付写真は隠し撮りした訳ではなく、今回作られた大判の絵は撮影OK、漫画の原画類は撮影NGでした。

藤田嗣治展(没後50年記念)

上野の東京都美術館で行われている藤田嗣治展に行って来ました。素晴らしい展示会で藤田の作品がこれだけの規模で集められる機会はそうそう無いのではないかと思います。事前に本(Eigoxのレッスン用に買ったもの、「もっと知りたい」シリーズの「藤田嗣治」)を見てから行きましたが、本に掲載されている作品のほとんどの実物を見ることが出来ました。
ただ残念だったのは、藤田の「戦争画」がわずか2点(「アッツ島玉砕」と「サイパン島 同胞臣節 全うす」)しか展示されていなかったことです。購入した目録によれば東京都美術館は藤田の他の戦争画数点を含む戦争画全153点を収録しているそうです。今回の展示会とは別に戦争画だけの展示会を是非開いて欲しいです。以前読んだもりたなるおの「芸術と戦争―従軍作家・画家たちの戦中と戦後」によれば、今回展示されている藤田の戦争画は国民の間で評判になりましたが、軍部からはこのような悲惨な場面の絵は国民の戦意を削ぐ、ということでそれ以降は藤田は戦争画を描くことを止められます。にも関わらず戦後は、画家の中での戦争協力者の筆頭として戦犯として糾弾されかけます。その結果藤田はフランスへ移住することを決意します。
後絵を実際に観て思ったのは、藤田の戦前・戦後の子供の絵は、奈良美智の描く子供の絵とちょっと共通点があるのではないかということです。どっちもある意味人工的な子供です。(藤田は5回結婚していますが、子供はいません。)
ちなみに、藤田をフランスで有名にした「乳白色」は鉛をベースとする絵の具に炭酸カルシウムとタルクを混ぜていたようです。戦前土門拳が撮影した藤田の作画風景に、シッカロールの缶が写っています。シッカロールは一般的に言えばタルカムパウダーで主成分はタルクです。