宇宙家族ロビンソンの”The Android Machine”

宇宙家族ロビンソンの”The Android Machine”を観ました。ドクター・スミスがエイリアンが残していった目的不明の機械をいじっていると、中から女性のアンドロイドが出てきました。彼女は注文したのがドクター・スミスだから彼の言うことを聞くと言います。このアンドロイドは優秀で、ロボット(フライデー)が子供たちに地球の歴史を教えていたのを、その役目を奪って宇宙の歴史を教えたりします。その内に、この機械は宇宙の商人の自動注文機だったことが分かります。ドクター・スミスは衣服を注文して着てみたらそれが脱げなくなり、クレームのボタンを押すと、空からクレーム受け付け係がやって来ます。その係員は料金が払えないのであればアンドロイド(名前はヴェルダ)を連れて帰ると言います。ドクター・スミスは彼女は不良品であると言います。しかし、結局彼女は子供たちと触れあう内に人間の感情を身につけ、より高機能のアンドロイドに進化していました。それで結局代金を払うことは不要になり、ヴェルダは自分で元の店に帰ることを選択します。
どうでもいいけど、途中で出てきた洞窟のモンスター(写真)がとてもチャチ。

山上正太郎の「第一次世界大戦 忘れられた戦争」

山上正太郎の「第一次世界大戦 忘れられた戦争」を読了。最近ずっとアメリカの動向を追いかけていて、トランプがモンロー主義の昔に戻ろうとする意向を強く感じ、またアメリカと中国の経済的対立、中国の急激な軍事力強化、ときな臭さ一杯の状況に憂慮してこの本と、A・J・P・テイラーの「第二次世界大戦の起源」を買ってみたもの。山上氏は第1次世界大戦の終わった翌年に生まれています。まず第2次世界大戦の本を書いた後、第2次世界大戦を理解するためには1次も理解しなければ、ということでこの本を書かれたようです。副題に「忘れられた戦争」とありますが、まさにその通りで、実は11月11日は第1次世界大戦の終わった日なのですが、「独身の日」というオンラインストアのセールスの話ばかりで、第1次世界大戦について触れたニュースはほぼ皆無だったと思います。日本はこの戦争には限定的に参加し、色んな意味で得をし、経済的にも欧州の産業が戦争で止まっている間に大儲けし、工業力を強めることが出来ました。中国についても欧州列強がそれどころではない隙間を狙って「対華21ヶ条の要求」などで進出を図ろうとし、アメリカとの対立が深まることになります。
この大戦は最初はオーストリアとセルビアの局所的な戦いで始まったものが、やがて欧州の多くの国を巻き込み、最後はアメリカや中国まで参戦しという文字通りの世界大戦になります。またこの大戦の結果、ロシアのロマノフ王朝、オーストリアのハプスブルク家、ドイツのホーエンツォレルン家という3つの王朝がすべて無くなります。正直な所、大学の入試で世界史を選択しなかった私は、未だに欧州史にうとい所があるのですが、多少は知識を増やすことが出来ました。

大松博文監督の「おれについてこい!」

大松博文の「おれについてこい!」を読みました。今さらですが、1962年の世界選手権と1964年の東京オリンピックでバレーボール日本女子(日紡貝塚チーム)を金メダルに導いた監督。
私の子供の頃、「巨人の星」や「アタックNo.1」などのスポ根ものの漫画やTVがブームでしたが、それは漫画などが先にあった訳ではなく、現実の方がはるかに先を行っていました。ソ連女子チームに比べて平均身長で10cm低いハンデを補うためにあみだされた「回転レシーブ」、世界の他のチームを翻弄した「木の葉落とし(無回転サーブ)」を始めとする多彩なサーブ(その頃の日紡貝塚チームの得点の1/3はサーブポイント)、漫画の「魔球」を先取りしていました。なんせ「東洋の魔女」「世界の魔女」と呼ばれた訳ですから。
何で今頃これを読んだかというと、今会社で私が管理しているグループのメンバーの8割が女性で、私は今の会社でも前のJ社でも自分の部下になった人にはどこへ行っても生きていける実力をつけて欲しいと思って、結構高い要求をしてスキルを磨いてもらっているんですが、そうしたことがものすごい負荷になっているんじゃないかとちょっと悩んでいて、それで「おれについてこい!」というすごいセリフを言えるこの人の本を古書店で求めたものです。(Amazonでは入手出来ませんでした。)
大松監督は、戦争中ラバウルからビルマに送られ、いわゆるインパール作戦の数少ない生き残りです。はっきりいって今大松監督のスタイルでやったら、パワハラ、セクハラ、ブラック企業、過労死とあらゆる非難が巻き起こりそうな気がします。当時ですら「女性の敵」「会社の敵」と言われ、日紡貝塚の労働組合からもやり過ぎを非難されたりしています。しかし、ソ連チームのように幼い頃からスポーツの英才教育を受け、基礎訓練を十分積んだ上で選抜された選手に対し、高校出てただバレー部にいただけ、という平凡な選手を、1日6~7時間という驚異的な練習で鍛え上げ、選手は監督を信じてついていき、ついにはソ連を破ってNo.1という偉業を成し遂げます。選手も監督も毎日の睡眠時間が5時間で、これは遠征で時差などで十分睡眠時間を取れない場合でも万全のゲームが出来るという対策も兼ねていたそうです。1962年の世界選手権の3年前までは日本では時代遅れの9人制バレーが主流で、6人制に転じてわずか3年でトップまで上り詰めます。
まあ大松監督は後にいわゆるタレント候補として自民党から国会議員に立候補(1度目は当選、2度目は落選)したなんてのはまったく感心しませんが、この本に書かれていることは、ただアナクロと非難して済ましてしまうことの出来ない貴重な何かを感じました。

NHK杯戦囲碁 謝依旻6段 対 六浦雄太7段


本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が謝依旻6段、白番が六浦雄太7段の対局です。謝6段は現在無冠なのがちょっと不思議ですが、現在の女流碁界は次々に有望な若手が出て来て大変な戦国時代で、さすがの謝6段も苦戦しています。序盤は白が下辺で黒の開きに打ち込み、それに対して黒が逆に右辺の白の開きに肩を突いて競い合いになりました。黒は右辺の白を封鎖し、中央をアタリにした所で白が右辺上方にツケコシを打ったのが好手で黒は右辺を受けずに中央をポンヌキましたが、右辺は白が地を持って治まり、白がポイントを上げました。その後左上隅でも黒がハネ出して白を分断し(写真の場面)競い合いがありましたが、結局白が左辺で治まりまた上辺にも入り込んで優勢を維持しました。その後まず中央の黒を攻める手を打って自分の上辺から延びる白を補強した後、右上隅の大ゲイマジマリの弱点に打ち込みここでも地を稼ぎました。地合では追いつけなくなった謝6段がここで下辺で白の腹中にあった1子を伸びて動き出したのが、謝6段らしい強烈な勝負手でした。その後しばらくは六浦7段も意表を突かれて対策に苦慮していましたが、下辺の白2子を継がずに中央を厚く打ったのが好判断でした。この結果上辺から延びる黒の一団に眼が無く、黒は左辺の白との攻め合いに持ち込もうと粘りましたが、黒のダメが詰まっていて攻め合いはまったく駄目であり、ここで黒の投了となりました。