怒濤のマックス・ヴェーバー批判

しかし私も9月に「ローマ土地制度史」を脱稿してから、以下のようにブログ(日本マックス・ヴェーバー研究ポータル)に怒濤のようにヴェーバー批判+折原浩批判を書きまくっています。(私もちょっとした躁状態?)これをまとめると、イグノーベル賞社会学部門で表彰されませんかね。(笑):

(以下、上が新しいポスト)
ヴェーバーの著作は体系的か?
ヴェーバーの学問は科学か?
マックス・ヴェーバーと森鴎外(2)
「経済と社会」における「理解社会学のカテゴリー」破綻例
マックス・ヴェーバーと森鴎外
折原浩先生訳の問題点(5)
折原浩先生訳の問題点(4)
折原浩先生訳の問題点(3)
大学文系学部不要論の実証?
数学者岡潔のIdealtypusアプローチ
「布置連関」のおかしさ
折原訳 persönlich =「即人的」の理由推測
オープン翻訳の理念への誤解
キュルンベルガーの「アメリカにうんざりした男」についての補足
翻訳革命
折原浩先生訳の問題点(2)
プロ倫におけるフランクリンについて
理解社会学ではなく誤解社会学
またも変な創文社の訳(とそれをそのまま採用する折原訳)
「宗教社会学」折原浩訳、丸山補訳、R3
折原浩先生訳の問題点
創文社訳の「宗教社会学」もひどいです。
AbschichtungとAusschichtung
ヴェーバー学ではなく折原学
「経済と社会」の「頭」問題への現時点の個人的まとめ
ドイツ語を日本語に訳するということ。
折原浩先生の日本語訳の特殊さ
「宗教社会学」折原浩訳、丸山補訳、R2
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ7
Entweberung der Wissenschaftenー諸学問のヴェーバーからの解放
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ6
折原浩先生による他者の誤訳指摘
「理解社会学のカテゴリー」と「経済と社会」の本文が合っていないもう一つの例
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ5
もう一つ折原浩先生の「理解社会学のカテゴリー」解釈への疑問
「経済と社会」旧稿の「再構築」への疑問
折原社会学の問題点
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ4
「宗教社会学」折原浩訳、丸山補訳、R1
問題の多い「理解社会学のカテゴリー」
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ3
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ2
ヴェーバーの「宗教社会学」の怪しさ

マックス・ヴェーバーと森鴎外

「マックス・ヴェーバーと森鴎外」というのを簡単ですが、「日本マックス・ヴェーバー研究ポータル」に書きました。実はこの二人ほぼ同時代人で、ご承知の通り鴎外はドイツに留学しており、その時代はヴェーバーが活躍していた時代でもあります。日本のヴェーバー学者は見方が狭い人が多いので、こういう発想をした人は多分いないと思います。

手動生成AI

約20年ちょっと前に羽入辰郎の「マックス・ヴェーバーの犯罪」の批判を書いた時に集めた資料をちょっと棚卸しして、生成AIに「さすがに全部は知らないだろう?」とやったら、何と一冊以外は全部当てられてしましました。なんか悔しい…(笑)当てられなかったのは旧約聖書外典の「ベン・シラの知恵(集会の書)」のヘブライ語版(ドイツ語解説)。まあこれはかなり特殊なんで当てられないのは無理はないですが。しかし今生成AIがプログラムでやっていることを、私は20年以上前人間の力で、手動でやっていたような気がします。

折原浩先生風哲学ラブレター

折原浩先生の「宗教社会学」でのあまりにも「哲学的」な日本語訳がおかしくて、生成AIに清水義則風折原浩哲学ラブレターのパスティーシュを作ってもらいました。いや、これは傑作!(本当は「日本マックス・ヴェーバー研究ポータル」ネタですが、さすがにあっちに書くと色々支障がありそうなので、こちらで公開します。(笑))

『現象学的恋愛論序説 ―あるいは愛の超越論的構成―』
(清水義範風・折原文体パロディ)

 彼女を見た瞬間、私は即人的に恋に落ちた。
 この「即人的」という語をここで用いることに抵抗を感じる読者がいるかもしれない。しかし他に適当な語がないのだから仕方がない。
 なぜなら、恋とは媒介的ではなく、あくまで即時的な布置的連関なのである。
 つまりこれはヘーゲル的な意味での「推転」なのだ。
 夏から秋への推転、孤独から二人称への推転。
 推転しすぎて、私は階段から落ちた。
 彼女は言った。「あなた、難しいこと言ってないで、黙ってデート誘えば?」
 私は驚いた。これはまさに定言命法の発動ではないか。
 恋愛のカント的構造がここにあった。
 私は胸の中で叫んだ。
 ――“行為の格率が、同時に普遍的立法の原理となるように愛せよ!”
 だが私の愛は、やがてパラクレートス的段階に入る。
 すなわち、電話番号を訊けないまま、内包が外延を超えるという苦行。
 この弁証法的ジレンマを前にして、私はついにオッカムの剃刀を手に取った。
 ――髭を剃った。

宗教社会学関連の読書

ローマ土地制度史」の翻訳が一段落したので、折原浩先生の私家版「宗教社会学」日本語訳に注釈を入れる作業を開始しています。写真はその作業の準備として「ローマ土地制度史」の翻訳をやる一方でこの2年ぐらいで読んで来た本。(一部まだ読書中)折原浩先生もここまで幅広く読んでいないと思います。ちなみに新約聖書関係はほとんど入れていませんが、学生時代に荒井献先生に半年ですが教えてもらっています。

私のマックス・ヴェーバー関係三部作

私のマックス・ヴェーバー関係三部作。
1.ナカニシヤ出版「日本マックス・ウェーバー論争」収録の「羽入式疑似文献学の解剖」
2.マックス・ヴェーバー「中世合名・合資会社成立史」日本語訳
3.マックス・ヴェーバー「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」日本語訳
この三部作完成に20年以上かけています。

マックス・ヴェーバー「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」Amazonで発売中

マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」、Kindle版、ペーパーバック版ともAmazonで発売になりました。
ペーパバック版(モノクロ)が税込み2,090円、Kindle版(カラー)は$0.99です。
無償のPDFはこちらにあります。

マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」初版公開

マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」ついに校了し、正式版を私のブログで公開しました。また、AmazonでKindle版を数日中に、ペーパバック版を9月3日から販売します。

ローマ土地制度史-公法と私法における意味について」の日本語訳正式0.8版公開

ヴェーバーのローマ土地制度史-公法と私法における意味について」の日本語訳の正式0.8版を公開しました。訳者の序文を付けてほぼ完成形に近い形になっています。
これから紙での校正を再度行い、それが終了したら初版公開を行います。

チョンドリーノ

イタリア語ももう5年ぐらいやっていて、最近は文法書は何冊かやったので色々リーダー読んでいますが、今度は子供の時読んで懐かしいバンバ(Vamba)のチョンドリーノにチャレンジしてみます。子供の時小学館の子供向け世界文学全集の南欧編で読みました。シャツの端をズボンからはみ出させている子がアリをいじめていたのが自分がアリになってしまうという話しです。