タイムトンネルの”Revenge of gods”

タイムトンネルの”Revenge of gods”を観ました。今回ははるか昔に飛ばされて、何と「トロイの木馬」で有名なトロイア戦争です。トニーとダグがギリシア軍に会って、いきなり英語で話し始めます。19世紀のインドネシアで現地人が英語しゃべるというのは絶対にあり得ないということはないですが、さすがに紀元前12世紀にはまだ英語どころかその元になっているゲルマン諸語だって無いと思うのですが…
で、この回もう無茶苦茶。トニーがトロイとの戦いに参加して危なくなると、タイムトンネルの総責任者の司令官は、「マシンガンを転送しろ!」と命じます。マシンガンだけの転送は失敗に終わり、今度はジグスという警備員にマシンガンを持たせて紀元前12世紀に送り込みます。もう歴史にひたすら介入しまくりで「戦国自衛隊」状態。そしてトニーをマシンガン乱射で救ったジグは、すぐに現在に戻されます。それが出来るんだったら、何故トニーとダグが戻れないのか、何の説明もありません。
後逆に、トロイの兵士が間違って転送されてタイムトンネルの基地に現れます。彼は警備員と戦った後、剣を投げつけて元の時代に帰って行きましたが、残された剣を見て、「トロイア戦争は神話じゃなくて本当にあったんだ!」とスタッフが話しますが、トロイア戦争が歴史的事実であることは、シュリーマンが遺跡を発掘してとっくに知られていた筈ですが…
また、「イーリアス」を始めとするこの戦争の記録は、事実と神話をごちゃごちゃにしていますが、何故かこの話に登場するユリシーズ(オデュッセウス)を始めとする登場人物は神話の話を事実のように語ります。

歴史は科学か?邪馬台国関連フェイクニュース

相変わらずWeb上にはフェイクニュースが多いです。
これ(「モモの種で「邪馬台国論争」終止符か」)もその典型。奈良県の纏向遺跡から桃の種が大量に出土し、その年代鑑定が邪馬台国の時代と一致するから、纏向遺跡が邪馬台国だという、無茶苦茶な論理。

魏志倭人伝の邪馬台国の箇所には、かなり詳細な邪馬台国の植生の記述が出てきますが、そこに「桃」の記述はまったく出てきません。「桃支」という単語は出てきますが、これは竹の種類の一つです。

この作者は「中国でモモ(核果類)が栽培された歴史は6000年以上ともいわれ、やがて日本にも伝えられたのだろう。もしも卑弥呼が不老不死の西王母にならってモモを食べていたなら、今回の纒向遺跡で大量のモモの種が出土したこととつなぎ合わせ、また年代も合致することから邪馬台国の場所である可能性が高い。」と書いているが、こんなデタラメな論理は見たことがないです。卑弥呼が桃を食べていた証拠は一体どこにあるのでしょうか?西王母信仰と卑弥呼との関連も何の説明もない論理の飛躍そのものです。また、日本の遺跡での桃の種の出土例は今から約6,000年前の縄文前期の遺跡に遡るそうなので、中国と同じくらいの歴史が日本にもあることになり、たまたま桃の種が多く出土したから、それが邪馬台国と関連がある証拠にはまるでなりません。

纏向遺跡から邪馬台国と同じ時代の桃の種が多数出てくるなら、それはむしろ纏向遺跡が邪馬台国ではない有力な証拠としか思えません。(そもそも纏向遺跡には、その出土品の中に大陸との交流を示すようなものがほとんどなく、邪馬台国関連の遺跡であるというのは元々無理があります。)(こういう単純な論理がわからなくて、今回の件をほぼそのまま報道している毎日新聞、朝日新聞、日経新聞の新聞各社も、無責任きわまりないと思います。)

さらには、ベースとなっている放射線炭素年代測定もかなり怪しいです。2800個の桃の種の内調べたのはわずか12個(0.4%)で、それでいて「この12個は同じ時期に捨てられた可能性が高い」とし、にも関わらず「西暦135~230年のほぼ100年間」と断定していますが、この記述が正しければ、単にその100年のどこか1年で食べられたということに過ぎないのに、わざと幅を持たせてその時代ずっと桃が食べられていたかのように記述し、邪馬台国の時代と一致するような印象操作を行っています。更にはその12個が本当に同じ年代なのであれば、サンプリングとして適切だったかどうか、なおさら別の試料も調べて対比するべきだと思います。(私の想像では多分実際はもっと多くの桃の種を測定し、その中から都合の良いデータだけを選んだのではないかと思います。)

藤村新一による旧石器時代の遺物捏造事件は記憶に新しい所ですが、考古学界の体質は変わっていないようです。
(私は大学の時に、教養学科の選択科目としてですが、考古学を1年ほど学んでいます。東京大学の考古学教室そのものは本郷にありますが、駒場の教養学科でも文化人類学をやっている関連で、考古学の授業がありました。)

マックス・ヴェーバーの「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」」(富永祐治・立野保男訳、折原浩補訳)

マックス・ヴェーバーの「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」」(富永祐治・立野保男訳、折原浩補訳)を読了しました。元々富永祐治・立野保男訳で「社会科学方法論」という書名で岩波文庫で出ていたもので、この論文の初の日本語訳だったものです。実は日本語訳については他に4種類くらい出ていて、たとえば「中世商事会社史」や「ローマ農業史」が未だに日本語訳が一つも出ていないのと著しい対照を成しています。折原先生は元々岩波書店から「新訳」を頼まれたそうですが、最初の翻訳を参照しながら、どこが新しくなったのか分からないような「新訳」が多数出る状況に疑問を抱かれ、実際には訳文の全面的な見直しをされたにも関わらず敢えて「補訳」と称されています。更には雑誌「アルヒーフ」に載った「移行予告」「告別の辞」「緒言」も一緒に掲載し、その上折原先生による丁寧な解説が付いているという、この論文の日本語訳の決定版です。
この論文をこのタイミングで読み直しているのは、今「経済と社会」の旧稿部を読んでいる訳ですが、そこで「決疑論(カズイスティーク)」について考えた際に、決疑論でまず行われる歴史の諸事例の類型化というのはまさに「理念型」なのであり、ヴェーバーが「理念型」にどのような意味を込めているのかを再度確認したくなったからです。結局の所ヴェーバーの学問は(というよりちゃんとした社会科学は)歴史事象を分析してある理念型を作り、それを元に理論を組立て、その結果更に考えが発展したら一旦設定した理念型を壊してまた新しいものを作り、ということを延々と繰り返していくものなのだ、と理解しました。
話は少しずれますが、ヴェーバー的方法論というのは、私にとって学問だけの問題ではなく、たとえばビジネスにおいても非常に役に立っています。ビジネスにおける様々な問題も社会科学の設定する問題とかなり近いものがあり、例えば自然科学の天文学のように、月食の日時を正確に予測する、といった精度で理論を組み立てることが不可能な事象が多数存在します。そういった場合に、(ビジネス上の)価値判断とは切り離した上で、自分なりに理念型を構成し、曖昧模糊とした先行きを少しでも正確に予測する、ということの方法論として十分に役立っています。なのでヴェーバーの学問は私にとって、閉じた象牙の塔だけのものでは決してない訳です。

タイムトンネルの”Crack of doom”

タイムトンネルの”Crack of doom”を観ました。この回は、インドネシアのクラカトア火山の1883年の大爆発の直前にトニーとダグが送り込まれます。例によって何故か英語がペラペラの現地人とかは置いておいて、この回は色々新しいことがあって、なかなか面白かったです。タイムトンネルのスタッフによる新しい試みで、2人一度に転送するのではなく、1人にエネルギーを集中させる、ということを行い、トニーが首尾良く「現在」に戻ります。しかしトニーがそこで見たのは時間が止まった世界でした。仕方なくトニーは、メモを残して、自分でタイムトンネルを操作して、クラカトアに戻ります。その後、今度はトニーとダグの世界とタイムトンネルのコントロール・ルームの間の通信が、短い時間だったけど成功します。その通信(まるで天から降ってくる声)を聞いて、それまでトニーとダグの言うことを信じなかったイギリス人の火山学者とその娘が避難することを了承します。なおこの時の大爆発で、島は全て吹っ飛び、またその時発生した大津波によって、全部で3万6千人もの死者が出ています。
次の回は、トロイア戦争で、あの木馬が出てきます。(要するに、製作会社である20世紀フォックスがかつて映画にしたことがあるものの、そのフィルムがそのまま使われています。)

NHK杯戦囲碁 蘇耀国9段 対 上野愛咲美女流棋聖

本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が上野愛咲美女流棋聖、白番が蘇耀国9段の対戦です。上野女流棋聖はまだ16歳ですが、女流棋聖戦で謝依旻女流本因坊を2-0のストレートで破って見事な初タイトル獲得で、NHK杯戦初出場です。
黒の右上隅の星打ちに対し、白は最近の流行りでいきなり三々に入り、白の実利、黒の厚みというワカレになりました。左下隅で両ガカリから双方の石がもつれた乱戦気味の展開になりました。この碁全体でそうでしたが、上野女流棋聖がひたすら攻め、それを蘇9段がかわし気味に打って、という展開でした。中央での戦いで、黒は白にコスミつけ、白が伸びたのにすぐ割り込んで、強引に切断に行きました。白はそれに対し、下辺の黒にノゾキのような置きを敢行し黒に継がせてから切られた所を下から当てました。白は結局切断されましたが、黒も中央が薄く、さらに下辺は白から動いて策動する手段を残して、という感じで白のかわし作戦が成功している感じでした。白は左側の黒が頭を出したタイミングで下辺の白に切りを敢行しましたが、黒は切られた左側の石を2線に曲がって受ける、という最強の手を打ちました。白は右側の石から下辺の黒にコスミツケて補強してから、下辺を動き出しました。これに対し黒はまたも曲がりという最強の手で応じました。白は下辺は保留し、中央でケイマで黒石を包囲気味に打ちましたが、黒も白に対して押しを打ってから、中央に顔を出し、右上隅の黒の壁に連絡気味に打ちました。白は今度は左辺でノゾキを打ちました。これによって左側の黒も弱くなり、盤面上で眼の無い石がからみ合う闇試合のような碁になってきました。白が中央を補強した後、右側の黒の連絡を確実にするために、黒は右辺の白にノゾキを打ちました。白はそれに対し継がずに右辺の黒に打ち込んで応え、結局黒1子を取って治まり、ここは白がポイントを上げた感じです。しかし、白は中央、左辺、左下隅と3箇所で眼がはっきりしていない石があり、黒はその3つを最強に攻め立てました。その過程で、白が右下隅の黒の目外しの位置の石に付けてきて、下辺で取られている石を利用して策動しようとした時、黒は左辺で2線のオサエを打ち、左下隅の白に響かせながら受けの代わりにしようとしました。黒はその後も左辺の白を攻め立てましたが、結局白が右下隅にもう一手打って連打した方になり、右下隅が白地になり、地合は白の大きなリードとなりました。黒は結局白のどこかを大きく取らないと負けでしたが、結局中央の石がターゲットになりました。この途中で黒は左下隅の白に対して劫を仕掛けましたが、本劫になるまで手数がかかり、白は余裕がありました。結局劫は白が勝ち、下辺の白3子取っている黒も辛い形で活きなければなりませんでした。白は後は中央の石を活きれば勝ちでした。この中央の白については、上辺で右上隅とつながる手を見た劫になりました。この劫争いで白に痛恨のミスが出て、無劫の手を打ってしまい、中央の白が全部取られてしまっただけではなく、右上隅の白も全部取られてしまい、さすがの白の優勢も吹っ飛び黒の逆転中押し勝ちとなりました。上野女流棋聖の可愛い顔に似合わない豪腕が光った一局でした。