Weberの日本語訳をしつつ思うこと

ここ2ヵ月くらい、ヴェーバーの「中世合名会社史」を日本語訳していて思うこと。私がこれを初めて日本語に翻訳するのに最適な人間とは決して思っていません。しかし、実際のところ、
(1)ヴェーバーをある程度理解している(ヴェーバーの他の著作をそれなりに読んでいる)
(2)ヴェーバーのドイツ語をある程度読解し意味が理解出来る、過去にヴェーバーの著作を一部でもドイツ語原典で精読した経験がある
(3)英語がそれなりのレベルで出来る
(4)ラテン語が分かる
(5)古典ギリシア語が分かる
(6)イタリア語の知識がある
(7)貿易のことを良く知っている
(8)日本語能力が上級以上(私は高校の時、旺文社の全国模試で、現代国語の偏差値86という普通あり得ないような得点を取っています。また当時実質全国2位の実力の進学校で現代国語の成績は学年1位でした。また前職で日本語入力ソフトの開発に従事しています。)
という人が日本に他に何人もいるとは思えないので、そういう意味では訳していて何というか変な自信みたいなのが付いてきて、「どんなものにも負けるものか」という感じになっています。そういう意味でブラックな会社と戦うことを躊躇わないような気持ちになってきています。(現在、パート社員から無期契約になった社員に対するあまりにひどい扱いを巡って、会社とバトル中です。私は社労士試験合格+研修修了です。)
まあ、この翻訳はオープン翻訳で無償で公開しているので、これでお金は一銭も取れませんが。

宇宙家族ロビンソンの”West of Mars”

宇宙家族ロビンソンの”West of Mars”を観ました。何というか、シーズン2のこの辺り、最低レベルの話が続きます。今回は宇宙のお尋ね者”Zeno”が宇宙保安官に追われていて、ロビンソン一家のいる星にやって来ます。それが何故かドクター・スミスそっくりで、スミスを銃で脅して衣装を替え、自分がドクター・スミスに入れ替わります。保安官は結局ドクター・スミスとついでにウィルを証人として奇妙な宇宙船で連れて行ってしまいます。途中でドクター・スミスが宇宙船の操作を乗っ取り、宇宙船はある星に墜落します。そこは西部劇の町そっくりの星で、そこの住民はドクター・スミスを見て「Zenoが戻って来た」と怯えます。
という感じで、もうSFというより三流以下の西部劇のパロディーです。2役を演じ分けるジョナサン・ハリスの演技は素晴らしいですが。

消えゆく正社員

ウーバーという会社をご存知でしょうが、その運転手というのはすべて独立の個人事業主として扱われ、ウーバーの社員ではありません。なのでウーバーは残業代も払う必要はなく、事故が起きても運転手自身の保険で処理せねばならず労災の扱いもなく、使用する自動車の減価償却費も運転手持ちです。契約の打ち切りもいつでもOK。それが今問題になってアメリカや欧州では沢山裁判になっています。これは他人事ではなくて、日本の会社もどんどん正社員の数を減らして、外部委託契約社員に切り替えていくことが予想されます。まあ日本の会社すべてがブラック会社化する訳です。

https://www.afpbb.com/articles/-/3215558

中世ラテン語辞書ソフト

ヴェーバーの「中世合名会社史」を訳す上で、中世ラテン語の辞書を探していたのですが、ちゃんとしたのは六分冊で一冊が1万円以上でちょっと手が出ません。それでAmazonのアメリカサイトを見ていたら、一冊で150ドルくらいのがあったので注文。今日届いたら本では無くてソフトウェアでした。それで必要スペックを見たら「Windows 98以上」とか書いて嫌な予感がしましたが、インストール後起動したら見事にエラーで動かず。それでネットで調べてプロパティーの互換性でWindows XP SP2互換モードで動かしたら無事に動きました。ヤレヤレ。

大松博文監督の「なせば成る! 続・おれについてこい」と谷田絹子の「東洋の魔女と呼ばれて 私の青春」

大松博文監督の「なせば成る! 続・おれについてこい」と谷田絹子の「東洋の魔女と呼ばれて 私の青春」を読みました。個人的にすっかり大松監督ファンになっています。前著の「おれについてこい!」は1962年の世界選手権優勝の後に出版されていますが、続篇は1964年12月の東京オリンピックの後に出ています。やはり大松監督の合理性を強く感じたのは、1962年の世界選手権がピークだったニチボーチームを、日本全国からの東京オリンピックに出て欲しい!という願いに応えて出ることを決心した時に、1962年の時は4:6でソ連に負けていたのを精神力でカバーして勝った、というのを東京オリンピックでは7:3で圧倒して勝とうとします。そのため前回は「柔よく剛を制する」でどちらかと言えば守備力(回転レシーブ)とチームワークで勝ったものを、東京オリンピックでは「剛」も鍛え、攻撃力、スパイク力でも負けないようにします。もちろん平均身長ははるかに日本が低いですから、それを補うために今回編み出されたのが「移動攻撃」で、スパイクを打つ選手が右に左に平行移動してスパイクを打つ位置を相手から読めないようにします。後のミュンヘンオリンピックでの男子バレーの各種クイック攻撃とちょっと似ている所があります。更に、サーブも、ソ連は1962年の敗因の一つだった「木の葉落とし」サーブを徹底的に研究し、それを拾う練習も積み重ねていました。しかしニチボーチームは、木の葉落としの回転を微妙に変化させ、ネットを越えたらすぐ落ちるのではなく、落ちる位置も何種類にも分けて攻撃力をアップします。そして睡眠時間は1962年までより更に短くなり、オリンピックの直前にはチームはボロボロ状態になります。しかし「これだけ練習している私達が負ける筈がない」というある意味絶対的な自信になり、ついに東京オリンピックの決勝戦で、ソ連を3-0のストレートで下します。大松監督は、ソ連の敗因は1962年時点のニチボーチームを越えることを目標にし、その後のニチボーチームの進化を計算に入れていなかったことだと断言します。
谷田選手の本は、ちょっとしたエピソードみたいなものが中心ですが、大松監督が鬼どころか、映画をねだるとすぐ自腹で連れて行ってくれて食事までおごってくれた「仏」だったと言っています。
印象に残るのは、大松監督も谷田選手も猛練習が楽しかったと言っている所です。ともかく元気をくれるいい本でした。