原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」

原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」を観ました。この有名な映画を観たことがなかったのでDVDを買ったものですが、あまり予備知識がなく観たので、最初普通の映画と同じく俳優が演じているのだと思っていたら、途中からどうもこれはドキュメンタリー、つまり奥崎本人なんだということにようやく気がつきました。奥崎の過激な思想にはついていけませんが、それよりショックを受けたのは戦時中のニューギニアのあまりにも悲惨な話です。ニューギニア戦線での日本軍の飢えとの戦いは、水木しげるの漫画などでも扱われていますが、戦争が既に終わって20日も経っている(しかも戦争が終わったことは皆知っている)にもかかわらず、2人の兵隊に敵前逃亡の罪を着せて軍法会議も無しに5人の人間で射殺し、なおかつその死肉を皆で食べた、というのに衝撃を受けました。さらに別の部隊ではくじ引きで犠牲者を決めていたとも。おそらく関係者が口をつぐんでいるだけで、この手の話は他にも山のようにあったのではないかと。所詮私たちが知っているのは氷山の一角だと思いました。
奥崎謙三本人については、その暴力肯定の思想は承服出来ませんが、ある意味筋を通している人という感じはしました。また昭和天皇が責任を取っていないので皆無責任のまま、というのは丸山真男の「無責任の体系」と同じ発想です。

マックス・ヴェーバーの「中世商事会社史」の英訳

(以下は4月17日に書いたものです。)
マックス・ヴェーバーの「中世商事会社史」の英訳がアメリカのAmazonから到着。モーア・ジーベック社の全集のこの論文を含む巻は既に到着済みですから、これで翻訳を開始できます。懸念点であった中にかなりたくさん出てくるラテン語の引用文もこの英訳ではきちんと英訳されていました。これならラテン語の初級文法を終わっただけの私でも、ラテン語と英語を見比べてラテン語の内容を理解することは十分できると思います。開設済みのmax-weber.jpのサイトを使い、準備が出来たら「オープン翻訳プロジェクト」を開始したいと思います。
「オープン翻訳プロジェクト」とは、
(1)翻訳の途中経過を逐一インターネット上で公開する。(ドイツ語原文と日本語訳を並記する形で公開する。)
(2)出来上がった翻訳に対し著作権主張をせずに利用自由とする。(日本の法律では確か著作権を完全に放棄することは出来ないと思いますが。)
(3)翻訳の途中で広く各種専門家に協力を呼びかける。
(4)翻訳中に理解できない箇所があった場合は、その箇所を明記して公開する。
(5)可能な限り訳者注を付ける。インターネット上のリンクも含めて。

このプロジェクトで、日本における学術書の翻訳に新たな流れを作ることが出来ればいいなと思います。

ヴォルフガング・シュルフターの「ヴェーバーの再検討 -ヴェーバー研究の新たなる地平-」

(この記事は4月14日に書いたものです。)
ヴォルフガング・シュルフターの「ヴェーバーの再検討 -ヴェーバー研究の新たなる地平-」を読了。例のテンブルックの「「経済と社会」からの訣別」への応答である論考が含まれているの読んでみたもの。既に「「経済と社会」仮構の終焉」も読んでいるため、重複する部分が多く、あまり新しい知見は得られませんでしたが、シュルフターという人は論点を整理するのがうまい感じで、その面での益はありました。ちなみに、シュルフターは一貫して「経済と社会」ではなく「経済及び社会的秩序と勢力」であると主張しており、「全集」でも「経済と社会」に固執するモムゼンとの妥協が行われず、結果的に「経済と社会」と「経済及び社会的秩序と勢力」が並記される(但し後者はあくまでも副題的な扱い)ことになっています。後書きでこれまでのシュルフターの経歴が示されていましたが、意外だったのは元々はシュルフターは決して「ヴェーバー学者」ではなかったということです。

NHK杯戦囲碁 中野寛也9段 対 鈴木伸二7段

本日のNHK杯戦の囲碁は黒番が中野寛也9段、白番が鈴木伸二7段の対戦です。鈴木7段は7年ぶりの出場だということです。布石は双方が隅にかかった石を挟まれたまま放置するというのが何ヶ所も出来た不思議な進行でした。右上隅では黒はかかった白にコスミツケて、白は立たずにケイマにかけて打ち、黒がぐずんで切りに行った時手を抜いて他に打ちました。結局黒はぐずんだ所から出て右上隅は完全な黒地になりました。その後白は上辺に左上隅にかかった黒へのハサミというか打ち込みを行い、黒が中央に一間に飛んだ後、上辺に渋く一間に開きました。黒は左上隅にすべりましたが、ここで白は元々かかった石の上の2線に付けました。黒は押さえずにコスミで打ち、結局白が隅を取り、黒は白の左辺の1子を切り離す振り替わりになりました。この結果は黒に不満がないものでした。その後白はすぐ左辺で切り離された1子を動き出しました。黒はそれをすぐに受けずに上辺の白に利かしに行きました。これに白が反発し、中央での戦いとなりました。結局黒は左辺で動き出した白を取りました。中央の左側の白は左辺を犠牲にしてほとんど活き形になったのですが、黒はしかしこの白への攻めを決行しました。結果から見ると、左側の白より右側の白を攻めた方が良かったのではないかと思います。ただ黒の攻めも厳しく、白は一眼しかありませんでした。黒が攻めながら左下隅になだれ込んだ時、三々にまで踏み込んだのがある意味手拍子で、白に割り込まれて黒3子か三々の黒かのどちらかが取られることになり、結局黒は隅で活きて3子を捨てました。この結果左側の白がはっきり活きてしまうと今度は中央の黒が非常に薄くなりました。しかし黒は形勢不利と見て、右辺を目一杯囲い、中央は放置しました。その後の白の攻めに黒は右下隅の黒に悪影響を与えないように活きようとしましたが、さすがにこれは無理があり、結局中央の黒は一眼も出来ずに取られて、ここで黒の投了となりました。

マックス・ヴェーバー全集の一部が届く。

(以下は2018年4月14日に書いたものです。)
モーア・ジーベック社に注文していた、マックス・ヴェーバー全集の内の「経済と社会」旧稿相当分5巻+「理解社会学のカテゴリー」を含む科学論集の1巻、そしてAmazon.deで注文した「中世商事会社史」の1巻が揃いました。後1冊Amazon.deで注文した「経済と社会 文献史」の巻1冊がまだ輸送中です。今回かかった費用は2,267ユーロで、実に30万円を超しており、かなりの散財です。でも、この全集が出来なかった「経済と社会 旧稿」のあるべき配置によるドイツ語テキストをこちらで出そう、というプロジェクトですから、この全集を買わない訳にはいきません。しかし、「ヴェーバー産業」と揶揄されるだけのことはありますね。この馬鹿高い価格設定は、オープンソース的な考え方とはおよそ逆です。また前にも書いたかもしれませんが、この全集を一番買っている国は疑いなく日本です。(日本全国でヴェーバーのドイツ語をある程度読める人となるとそんなに多くはいないと思うのですが、おそらく大学図書館などが主に買っているのでしょう。)