「露営の歌」の歌詞について

古関裕而の戦前の大ヒット曲の「露営の歌」をCDで聴いて意外だったのは、「進軍ラッパ聴く度に、瞼に浮かぶ母の顔」だと思っていたのが、CDは「瞼に浮かぶ旗の波」になっていたことです。「旗の波」というのは出征兵士の見送りで、人々が振った日の丸の波のことでしょうが、いかにも建て前的な歌詞です。2番に父親が出て来て、「死んで帰れと励まされ」と極めて建て前的なことを言います。それと対照的にするのであればここは「母の顔」にする方がはるかに合います。(今も当時も、父親は子供に対し建て前的・論理的に接し、母親は本音で感情的に接するという傾向があるように思います。)もしかすると最初は「母の顔」だったのを、軍部から軟弱だとか何だかの圧力がかかってか、あるいは誰かが軍部に対して「忖度」して「旗の波」に変えられたんじゃないかと思います。しかし実際に歌った人は自分の気持ちにピンと来る自然な歌詞である「母の顔」に戻して歌ったのではないかと推測します。Webで検索してみても「母の顔」で記憶している人がかなりいました。また、よく考えたら長谷川伸の有名な戯曲の「瞼の母」があり、演劇や映画になったのは昭和6年で、瞼に浮かぶのは母、というイメージは人口に膾炙していた筈です。また、この曲はレコードやラジオで広まったというより、人から人へ自然と広まったようなことがあったのではないかと思います。ちなみにここによれば、歌い出しも「勝ってくるぞ」ではなく「行ってくるぞ」だったみたいです。

ヒュー・スモール著、田中京子訳の「ナイチンゲール 神話と真実」

ヒュー・スモール著、田中京子訳の「ナイチンゲール 神話と真実」を読了。これを読んだのは、こういう時期で治療の現場で奮闘する看護師さん達の元祖がどういう人だったのか、ちゃんと知りたくなったからです。既に一冊読んだのですが、それは中学生ぐらい向けのもので、物足らなかったので更に購入したものです。この本は、ナイチンゲールが成し遂げたことで本当に偉大であったものは何だったのかを明らかにし、逆に今まで「クリミアのランプの天使」として称賛され続けてきた彼女のスクタリの野戦病院での活動の彼女自身の評価はどうだったのかを明らかにします。
ナイチンゲールが実際に看護婦として働いた期間はわずか2年程度であり、彼女はクリミア戦争の現場から帰って来て以来、一度も看護婦として再度働くことをしていません。その理由の解明がこの本の主題です。ナイチンゲールは自身が働いたスクタリの野戦病院でのひどい状態が、一つはやたらと重傷の患者ばかりが送られて来ること、そして食料を含む物資が、非能率的な官僚組織のせいで不足して、患者が栄養不足に陥っていたことが原因だと信じていました。そして後者については自費で食料を調達したりして改善に努めています。しかし戦後の調査分析で明らかになったのは、そのスクタリの野戦病院での死亡率は他の野戦病院の倍でした。そして統計学と衛生学の専門家であるファー博士から、スクタリの高い死亡率は重症患者が他より多かったことでもなく、また食糧不足によるものではなく、病院それ自体の衛生状態の劣悪さ(湿度の高い湿地に作られ、下水処理はまずく、換気は悪い上に患者である兵士は高密度に詰め込まれ、等々)でした。多くの兵士は元の怪我で死んだのではなく、スクタリで新たに感染病にかかって死んでいました。これはナイチンゲールにとって衝撃の事実で、彼女は「不作為の罪」で多くの役人や医者、軍人を攻め立てましたが、知らなかったとはいえ、スクタリの基本的な衛生を改善することをせず、多くの兵士を死に追いやったのは自分だと思うようになりました。(実際に彼女は基礎的な衛生状態を改善すること無しに病棟の拡張までやってより多くの患者を受入れ、そして多くを死なせている訳です。)これこそナイチンゲールが帰国後二度と看護の現場に戻らなかった理由です。その代りに彼女は公衆衛生改善の権化となり、残りの人生の多くの力をそれに注ぎ込みます。そしてついに1875年に公衆衛生法を制定させ、各家庭の下水設備を整備する義務を定めます。ナイチンゲールの頃の平均寿命はわずか40歳ぐらいで、1930年頃にはそれが60歳ぐらいにまで延びます。これまでそれの主因は主として栄養状態が改善されたためとされていましたが、実際はこの法律のおかげでイギリスの家庭の衛生状態が大きく改善し、感染症にかかる人が激減した結果なのだそうです。
丁度今コロナ禍の真っ最中にあって、まさしく三密のような環境による感染が議論されている真っ最中に、この本でナイチンゲールの本当の功績を知ることが出来たのは良かったと思います。

ヴェーバーの「中世合名会社史」の日本語訳の24回目を公開

ヴェーバーの「中世合名会社史」の日本語訳の第24回目を公開しました。
合名会社と合資会社の違いは合名会社が無限責任社員だけで構成されるのに対し、合資会社では無限責任社員以外に有限責任社員がいます。
ヴェーバーは家ゲマインシャフト、家計ゲマインシャフトにおいて、その成員が契約した場合の債務がその人の出資分だけの責任となるのか、あるいはゲマインシャフトの財産全体の責任になるのかという点についての、イタリアの諸法規の変遷を追いかけて行きます。なかなか面白い所ですが、難解でもあります。
これでお陰様で既訳分が全体の50%を超え、折り返し地点を過ぎました。

下関市の市立小学校の校歌の作曲者

私は出身の小学校は下関市立文関小学校(正確には6年生の10月で転校で卒業はしていません)ですが、その校歌を作曲したのは「海ゆかば」「海道東征」の信時潔です。それは子供の時から知っていましたが、文関小学校の校区に隣接する名池(めいち)小学校と同じ市内の清末(きよすえ)小学校の校歌を作曲したのは、何と今「エール」で志村けんが演じている山田耕筰でした。
https://www.kanmonnote.com/school-song/#i-2
http://kam.edu.city.shimonoseki.yamaguchi.jp/…/%E6%A0%A1%E…/

うーん、何か下関市すげー、って感じです。