岩田豊雄(獅子文六)の「海軍」

岩田豊雄(獅子文六)の「海軍」を読了。真珠湾攻撃で、特殊潜航艇に乗り込んで湾内に潜入し、魚雷攻撃を行い、ついに全員が帰還しなかったいわゆる「九軍神」の内の一人、鹿児島出身の横山正治少佐をモデルにした小説。(奇しくも「南国太平記」に続けてまた薩摩を舞台にした小説です。)特殊潜航艇による攻撃は、後の「回天」のような特攻攻撃ではありませんでしたが、極めて生還の確率の低いものでした。また戦争中は横山少佐の特殊潜航艇が戦艦アリゾナを撃沈したとされましたが、これは事実と違っていて横山少佐の艇の放った魚雷は目標には当たりませんでした。ただ、全部で5隻の特殊潜航艇(甲標的)が真珠湾内への潜入に成功しており、そのうち一隻の放った魚雷が戦艦オクラホマを撃沈しています。
獅子文六はこの小説を朝日新聞に連載し、朝日文化賞を受賞します。しかし、その影響で海軍関係の文章を戦争中に多く発表したため、戦後は「戦争協力作家」とされ一時追放の仮指令を受けてしまいます。しかし、今冷静にこの小説を読んでみると、主人公の谷真人が親友である牟田口隆夫と対比されながら、非常にさわやかな好感あふれる青年として生き生きと描写されており、どこにも「戦争賛美」のようなものは感じられません。またタイトルが「海軍」となっているように、単に軍神の伝記ではなく、主人公を一人前の軍人に育成していく海軍の仕組みがきちんと描写され、それは戦後の目で見ても優れたものがあることを否定できません。(例えば、「5分前精神」など。)また作中に出てくる、明治43年に潜水艇の訓練中の事故で亡くなった佐久間勉大尉の遺書は、獅子文六が書いている通り、まさに「これを読んで哭かざるは人に非ず」というものです。

王銘エン9段の「囲碁AI新時代」

王銘エン9段の「囲碁AI新時代」を読了。アルファ碁と、Zen及びそのディープラーニングを採り入れた強化版であるDeepZenGo、そしてアルファ碁の強化版であるMasterを取り上げ、棋譜を分析したものです。王9段といえば、隅よりも辺を重視する独特の棋風を持ち、その打つ囲碁は「銘エンワールド」として高く評価されています。また、ゴトレンドという台湾の囲碁ソフトの開発チームにも参加しています。Masterはアルファ碁の強化版ですが、王9段に言わせると、どちらかというとスマートな打ち方であったアルファ碁に対し、より戦闘的になったということです。また厚みを高く評価するアルファ碁に対し、より地に辛くなったということです。それに対し、日本発の囲碁ソフトであるDeepZenGoは、ディープラーニングを採り入れてかなり強くなりましたが、元々Zenが持っていた戦闘的でねじり合いに強いという特長が残っているとのことです。もうすぐ井山裕太棋聖とDeepZenGoの対戦があるので楽しみです。また、印象的だったのは人間がコンピューターに棋力で抜かれたのについて、写真が出てきて絵画がそれまであった「どれだけ似せられるか」という点から開放されて自由になった、というのを挙げていることで面白い比較だと思います。また、これからのコンピューター囲碁の課題としては、これまでは人間の棋譜を参考にしていますが、今後はどれだけコンピューター独自の手を打っていくようにするかだ、ということです。そうなって初めて囲碁の打ち方の本当の革命が起きるのだと思います。

直木三十五の「南国太平記」(下)

直木三十五の「南国太平記」(下)を読了。島津斉彬とその世継ぎを呪う牧仲太郎と、その師匠である加治木玄白斎は呪術で激しく戦いますが、年老いた玄白斎はついに仲太郎の呪いの前に命を落とします。妨げる者のいなくなった仲太郎の呪術は、最後に残った斉彬の世継ぎの哲太郎をも呪い殺してしまいます。それどころか、仲太郎の呪いは今度は斉彬本人を襲います。しかしながら、斉彬は自分の世継ぎを全て呪い殺されてもお由羅一派を恨んだりせず、斉彬を慕ってお由羅一派を除こうとする軽輩の武士達(西郷や大久保も入っていました)に対し、「藩のため国のためもっと大きなことをせよ」と説き、彼らに深い感銘を与え、後の明治政府でこれらの軽輩の武士達が活躍するきっかけを作ります。そして斉彬は藩主になってわずか7年で49歳の生涯を終えます。この「南国太平記」では呪殺となっていますが、現在ではお由羅一派による毒殺ではないかとされているそうです。
Wikipediaの「直木三十五」の所にはまったく書かれていないのですが、この「南国太平記」は昭和5年から6年にかけて書かれたもので、いわゆる「エログロナンセンス」の時代です。その影響はこの作品にも見られ、特に「グロ」が強く出た作品です。それは、(1)呪殺という陰惨な手法をその方法も含め詳しく描写したこと(2)斉彬派で蜂起が発覚して切腹を余儀なくされた高崎五郎右衛門の切腹のシーンを克明に描写したこと(3)切腹して墓に入れられた斉彬派の武士を島津斉興は、墓を暴いて獄門にさらすように命じますが、その暴かれた死体の様子を生々しく描写したこと、などの点で明らかです。
全体にそういう「グロ」趣味のせいもあるのかもしれませんが、大衆小説にしてはさわやかさに欠ける作品です。ただ島津斉彬という人物の英明さ、偉大さは十分に描写されていると思います。

斉藤康己の「アルファ碁はなぜ人間に勝てたのか」

斉藤康己の「アルファ碁はなぜ人間に勝てたのか」を読了。といっても、斜め読みで、AIの歴史みたいな所はかなり飛ばして読みました。「アルファ碁」とは何かというと、この本によれば、「畳み込みニューラルネットワーク+モンテカルロ木探索」だということです。2000年代に入って囲碁ソフトが飛躍的に強くなったのはモンテカルロ法を採用してからですが、私はいくらコンピューターが進歩したといっても、囲碁の膨大の手数を全部試して勝敗を判定するなんて、一定の時間内に可能なのか、疑問に思っていました。この本によると、モンテカルロ法といっても、全ての手を読んでいるのではなく、ツリー検索と組み合わせて有望そうな手の周辺だけを読んでいるとのことでした。それが「モンテカルロ木探索」です。ここまでは今までの囲碁ソフトも同じですが、アルファ碁の特長はそれに「畳み込みニューラルネットワーク」を組み合わせたことで、KGSというネット碁会所での強い人の棋譜データ16万局分を学習して、「次の一手」をできるだけ正しく打つようにしたものです。この意味でアルファ碁の打ち方は人間の延長戦上にあり、決して突飛なものではありません。実はモンテカルロ木探索無しでも、アルファ碁は80%以上の確率でプロ棋士とほとんど同じ「次の一手」を打つそうです。アルファ碁に悪手が少ないのは「ニューラルネットワーク」のお陰で、また時に人間に理解ができない手を打つのは「モンテカルロ木探索」の結果でないかということです。
この作者は囲碁の実力は10級とのことなので、囲碁の方から見ての深い分析はありません。プロ棋士から見た本として、王銘エン9段の「囲碁AI新時代」が3月15日に発売予定であり、予約しています。
なお、先日たまたまFacebookで「巡回セールスマン問題」の話をしましたが、実はこれを解くアルゴリズムと囲碁ソフトのアルゴリズムは一部共通性があるとのことです。

直木三十五の「南国太平記」(上)

直木三十五の「南国太平記」(上)を読了。直木賞に名前を残す直木三十五の代表的な作品です。幕末の薩摩藩の「お由羅騒動」(藩主島津斉興の後継者として側室お由羅の子・島津久光を藩主にしようとする一派と嫡子島津斉彬の藩主襲封を願う家臣が対立して争ったお家騒動)を描いた小説です。ちなみに、最初に「お由羅騒動」を詳しく調べたのは、江戸研究家の三田村鳶魚で、直木の「南国太平記」はそれを断りもなく利用して書いたもので、三田村は激怒します。そしてその報復として直木を含む当時の大衆時代作家の作品の歴史考証のおかしさをばったばったと斬りまくった、「大衆文藝評判記」を出します。白井喬二もこの被害にあった内の一人です。この「大衆文藝評判記」の影響で、後の司馬遼太郎のような歴史考証のしっかりした時代小説を書く作家が登場します。しかし、私に言わせれば、そのことは逆に初期の時代小説が持っていた荒唐無稽な面白さを奪ってしまうことになります。(まあ、山田風太郎のような歴史考証と荒唐無稽さを両立させた、稀有な例外も現れましたが。)
まだ上巻なので、どのように話が進むかはまだ途中ですが、久光派と斉彬派の争いは、表面的な暴力によって行われるのではなく、久光派が、薩摩藩に代々秘かに伝わる「呪術師」の力によって、斉彬の三人の子供(幼児)を呪い殺す、というある意味陰惨なものになっています。これに対し、その呪術師の師匠が登場し、逆に斉彬の子の無病息災を祈る、ということで呪術対呪術の戦いになります。この先どうなるかわかりません。