中山典之の「昭和囲碁風雲録」(上)

中山典之の「昭和囲碁風雲録」(上)を読了。ここの所、ずっと白井喬二ばかりを読んできたので、ちょっと目先を変えました。文字通り昭和の囲碁史で、日本棋院が成立する直前から、戦後関西棋院が分離・独立するまでを描きます。筆者は囲碁ライターではなく、執筆当時6段の専門棋士です。(死後7段を贈られています。)大体は知っている話でしたが、知らないエピソードもたくさんありました。特に昭和20年の本因坊戦は「原爆下の対局」として有名で、当然知っていましたが、元々は広島市内で対局する予定で、当局に危険だと言われて五日市に場所を変えたということを知りました。わずか10Km移動しただけですが、それが明暗を分けました。本来の広島市内で対局が行われていたら、岩本薫も橋本宇太郎も原爆の犠牲になっていた訳です。
後は、新聞社にとって囲碁が今では考えられないくらい大事なコンテンツだったということで、読売新聞は、何回か囲碁のお陰で部数を大幅に伸ばしています。囲碁がなかったら、読売新聞は三流新聞のままでした。読売新聞は今でも一番賞金の高い棋聖戦を主催していますが、そういう歴史的経緯がある訳です。
後は何といっても呉清源の活躍で、昭和囲碁史の前半は間違いなく呉清源のためにあります。

白井喬二の小説ベスト10

白井喬二の小説は、現在入手できるものはすべて入手して、読了したので、白井の小説について私なりのベスト10です。
1. 富士に立つ影
 白井喬二とくれば、まずこれ。大衆文学の傑作というだけでなく、日本文学史上に輝く金字塔。築城家の赤針流熊木家と賛四流佐藤家の三代68年に及ぶ対立と和解を描いた作品。明朗で正直な、熊木家二代目の公太郎が実に魅力的。日本版の「戦争と平和」。
2. 新撰組
 新興の週刊誌だったサンデー毎日の部数を大幅に伸ばし、また平凡社の「現代大衆文学全集」の第1回配本となり、30万部を売り上げこの全集を成功に導いた作品。独楽同士の勝負で、一方の独楽から怪しげな風が出てきて相手の独楽の回転を落とそうとするけど、もう一方の独楽はちゃんとその対策がしてあった、などという極めてマニアックな独楽勝負が中心の作品。「新撰組」というタイトルだけど、その新選組はほんのちょっと背景に出てくるだけ。
3. 盤嶽の一生
 義に飢え渇く武士、阿字川盤嶽の理想を追い求めては裏切られる繰り返しを描いた作品。名匠山中貞雄によって昭和8年に映画化された。西瓜畑の中でのラグビーシーンで有名。完結していないのが残念な作品。
4. 珊瑚重太郎
 基本設定がアンソニー・ホープの「ゼンダ城の虜」の借用なのがイマイチだが、次から次に主人公に危機が訪れ、読み出すと止まらない作品。一貫した主人公の正義感が爽やかな印象を与える。
5. 神変呉越草子
 怪しげな仙人がからんだお宝の争奪戦。首尾良くお宝を手にした主人公のその後の行動もちょっと意表を突く。この作品と「忍術己来也」が芥川龍之介によって激賞された。
6. 翡翠侍
 武芸に秀でているけど極めて口下手なお嬢千之助と、町人で腕はからっきしだけど弁舌はきわめて達者な宇治徳五郎の凸凹コンビが、怪しげな新興宗教の串曳教と対決し、その虚偽を暴いていく、極めて痛快な小説。
7. 坊ちゃん羅五郎、続坊ちゃん羅五郎
 お代官様の一人息子のお坊ちゃまの羅五郎が、陰謀によって代官の地位を追われた父を助け、父を陥れた者たちの悪を暴いて大活躍するお話。
8. 国を愛すされど女も
 戦後の作品。主人公の大鳥逸平が父の敵である大須賀獅子平を越後、佐渡、江戸と追い求め、ついには敵を討つ。その過程で逸平は剣の腕を上げて、獅子平が雇う一流の剣士を次から次に撃破していく。一方で逸平の想い人の小峰は、ある事件のために獄につながれている父親を救い出すため、十万両という保釈金を己の才覚で用意し、父を釈放させる。実は小峰は物語の冒頭で逸平の父に陵辱されていたため、二人の仲はうまくいかないのだが、最後にどんでん返しが。
9. 霧隠繪巻
 これも戦後の作品。真田十勇士を主人公にした作品には、猿飛佐助を主人公にした「帰去来峠」もあるが、こちらの方がずっと面白い。徳川方の阿茶の局と河原大隅が霧隠才蔵と対決し、また紀州浅野藩のお姫様であった照花姫は、才蔵に会って城を出奔し、忍術を習って才蔵の妻になる。
10. 地球に花あり
 白井喬二としては珍しい「現代」作品で、大正末期から昭和初期を舞台にする。植物学者の島崎博士の息子が国際スパイの嫌疑を受けて糾弾されるのを、博士の娘の家庭教師であった卯月早苗が見事その冤罪を晴らし、また博士の研究も助けるという、昭和初期としては珍しい自立した理性的な女性を描いた作品。

白井喬二の「ほととぎす」

白井喬二の「ほととぎす」を読了。昭和22年に出版されたもの。短篇集で「時鳥」、「鬼傘」、「感化れ」(かぶれ)、「阿らず」(おもねらず)、「西南役」、「第二の巌窟」、「悔武者」、「玉の輿」、「胡粉妻」、「残生記」、「平凡小次郎」、「写真伝来」を収録。「第二の巌窟」は以前既に出ていたものの再録。いずれの作品もなかなか気が利いていて面白いです。傘職人の意地を描いた「鬼傘」、仕官を志していた浪人が、長屋で隣に住んでいる手妻遣い(手品師)を手伝う内に段々と影響を受けてしまい、折角仕官が決まったのにそれを辞めて手妻遣いの手伝いをする「感化れ」、関白秀次が自害した後を追って殉死しようとしたのに、別れの盃を交わしすぎてふと居眠りをしてしまい、その間に太閤秀吉から殉死禁止の命令が出て死に損なった侍の話の「残生記」などが面白いです。

白井喬二の「洪水図絵」

jpeg000-103白井喬二の「洪水図絵」を読了。昭和16年に出版されたもの。「洪水図絵」、「贋花」、「つばくろ槍」、「蛍扇」、「出世外伝」、「妬心の園」、「子とろ殺陣」、「火紋」を収録。このうち「妬心の園」は「沈鐘と佳人」にも収録されていたものです。ある経済的に行き詰まった武士が、妻があるのに独身と偽ってある裕福な家の養子になって、妻には三ヶ月以内に迎えに来ると言います。しかし、実際は別の女を嫁に取らされそうになります。必死に断っていたのですが、ふとしたすれ違いで妻が浮気をしていると勘違いし、かっとなって別の女と結婚してしまうという話です。
「洪水図絵」には戦前の白井には珍しくちょっとエロチックな描写があります。「そのくせ、死んだ先夫鴫野義介の愛撫の名残らしい性の技巧をも心得た」という表現が出てきます。
いずれの作品も白井らしくちょっとひねってあって楽しめる作品です。

白井喬二の「河上彦齋」

jpeg000-100白井喬二の「河上彦齋」(かわかみ・げんさい)を読了。1943年(昭和18年)の出版。この時期の白井喬二の作品にありがちな、時局迎合的な小説。河上彦斎は、幕末の肥後の藩士で、人斬りで知られ、佐久間象山を斬り殺したのが河上彦斎です。徹底した尊王攘夷の人で、長州藩と一緒になって蛤御門の変で戦ったり、高杉晋作を助けて奇兵隊に参加したりしています。その後肥後藩に戻りますが投獄され、明治になってから恩赦で許されます。しかし、明治政府が開国の方針を採ったのに対し、一貫して攘夷を主張し続けたので疎まれるようになり、ついには無実の罪を着せられ、東京で死刑になります。白井はこの河上彦斎を何か理想の人のように描いていて、そこが時局迎合的です。もっとも国を挙げて「攘夷」を実行中に書かれたものですから、やむを得ないのかもしれませんが。私は読んでいませんが、「るろうに剣心」という漫画の主人公がこの河上彦斎をモデルにしたんだそうです。