ちばてつやの「おれは鉄兵」と村上もとかの「六三四の剣」

今まで誰も指摘しているのを見たことがありませんが、ちばてつやの「おれは鉄兵」と村上もとかの「六三四の剣」には結構共通項があります。といっても、「六三四の剣」の方が後なので、村上もとかがちばてつやの影響を受けているというのが正しいのでしょう。むしろオマージュと言ってもいいかもしれません。ちばてつやは村上もとかの漫画のファンのようなので、別にちばてつやも何も気にしていないと思います。

(1)「六三四の剣」で六三四が小学生の時に中学校の剣道部に武者修行に行って、そこで出会う剣道部の主将が、「おれは鉄兵」の東大寺学園剣道部の一人にそっくり。(2)「おれは鉄兵」で鉄兵は、中学生大会の個人戦で、菊池と対決するのに、菊池のお祖父さんに、「竹刀を弾き飛ばされないように」というヒントを受け、それが「巻技」だと思って急遽その技を身につけます。「六三四の剣」では小学生の大会で、東堂修羅が六三四との対戦で追い詰められて「巻技」を使います。
(3)「おれは鉄兵」では結局菊池の取って置きの技は巻技ではなく「木の葉落とし」でした。この「木の葉落とし」は「打ち落とし」(面打ち落とし面)です。「六三四の剣」で高校生の大会で修羅がこの技を決め技とします。

梶原一騎と合理性

マックス・ヴェーバーの学問の最大のキーワードは「合理性」で、ヴェーバーは西洋近代が他の文明から区別される最も顕著なものが「合理性」だと考え、その起源を探ることが彼の一生のテーマになりました。
この「合理性」は戦後の日本の社会科学の学者にとっては、便利な概念で、要は日本が戦争に負けたのは、日本が合理主義を十分に発達させることが出来なかったから、という形で受け入れられ、盛んに研究されました。それがピークに達するのが1960年代前半くらいで、何とそれは大衆文化にまで影響を及ぼしています。

ここで紹介するのは梶原一騎原作の漫画です。「巨人の星」で、星飛雄馬の投げる「消える魔球」に対し、外人選手のフォックスは「ア…悪魔ノボールダ!」といって驚きますが、それに対してTV中継のアナウンサーが「なにごとにも合理的な外人には理屈に合わぬ奇跡はいっそう恐怖をそそるのか…」と解説を付け加えています。まったく同じようなシーンが「新巨人の星」にも出てきて、星飛雄馬が投げる今度は「分身(蜃気楼)の魔球」が阪急ブレーブスのおそらくバーニー・ウィリアムス選手にショックを与えますが、それについての上田監督のコメントが、「ウ~~~ン!外人は考えかたが合理的 理論的やさかい ようけショックが大きいようやな」と関西弁(より正確に言えば徳島弁)で解説してくれます。外人といっても、フォックスはアメリカ、ウィリアムスはプエルトリコの出身ですが、ひとまとめに「外人」とされ、「外人は合理的」とされています。

「外人」を「合理的」とするステレオタイプの見方を導入するだけでなく、梶原は自分が提供する漫画原作にも「合理性」を持ち込みました。栗本薫が正しく指摘したように「消える魔球」は、梶原が初めて使ったものではなく、「巨人の星」の前にいくつもの漫画で既に使われていました。例えば福本和也原作の「ちかいの魔球」とか、一峰大二の「黒い秘密兵器」などです。(「黒い秘密兵器」のは正確に言えば「消える魔球」ではなくもっと荒唐無稽な魔球群ですが。)「巨人の星」の「消える魔球」が他と一線を画しているのは、その消える理由に「合理的な」説明を与えようとしたことです。その理屈は皆さんご存知だと思うので詳細は略しますが、今考えると無茶苦茶な理屈ながら、伴宙太から消える魔球の秘密を打ち明けられた川上監督は、「恐るべき理論的裏付けがある」と評します。梶原一騎は後に「侍ジャイアンツ」の「分身魔球」あたりになると、手を抜いてもはや魔球の合理的な説明を省くようになります。また「新巨人の星」の「蜃気楼の魔球」でも何故そうなるかはまったく説明されませんでした。しかしこの頃はまだ説明しようとする意欲がありました。

他のスポーツの漫画原作ではどうかというと、野球以外に梶原が得意とした柔道漫画にもその例を見ることができます。「ハリス無段」は東京オリンピックの直前の1963年に連載された梶原の最初の柔道漫画です。「ハリス」は「ハリスの旋風」と同じようにハリス食品(当時ガムで有名だった)とのタイアップ作品ですが、最初「科学的な柔道を追求する」「ハリス博士」という「外人」が登場し、主人公に「科学的な柔道」を伝授します。もっともこの博士はすぐに祖国に帰ってしまって、主人公は三船久蔵十段と知り合って、伝統的な柔道に戻ってしまい、この路線はきわめて不徹底でしたが。

「科学的な柔道」は、後にTV化され人気作となった「柔道一直線」の漫画の方でもう一度登場します。ここでは、ガリ勉でスポーツ音痴の秀才君が、昔スポーツが出来なくて女の子に笑われたのに発憤して、「物体ひっくりかえし科学」を完成し、力を使わずに相手選手を吹っ飛ばして、主人公の強敵として登場します。

以上が、梶原一騎の例ですが、他にも白土三平がその忍者漫画で、忍術を「合理的に」説明しようとしたことも例として挙げられると思います。(画像は白土三平の「サスケ」における「炎がくれの術」の「合理的な」説明。)

同じく1960年代に忍者ブームを作った山田風太郎も、その「忍法帖」シリーズに登場する荒唐無稽の極地のような忍法に、自身が医者であることからの「医学的」な説明を付け加えていました。例えばスパイダーマンのような忍者には、その唾液の中に「ムチン」と呼ばれる粘性物質が多く含まれているため、非常に強度を持った糸を吐き出すことができた、みたいなものです。

他にも60年代のSFブームも「合理性」と大いに関係があると思いますが、長くなりすぎたのでこの辺にしておきます。

ビルギット・ヴァイエの「マッドジャーマンズ ドイツ移民物語」

ビルギット・ヴァイエの「マッドジャーマンズ ドイツ移民物語」を読了。Amazonで「移民」で検索して上位に出てきたもので、ドイツで出版された漫画です。正直な所、今私が調べているような日本の移民受け入れ問題とはあまり関係はなかったのですが、内容的には重かったです。今のドイツの話ではなく、1980年代後半の東ドイツのモザンビークからやってきた労働者の話。当時モザンビークは、ポルトガルに対し独立運動を進めて成功し、社会主義の国となっていました。同じ社会主義の国同士ということで、当時の東ドイツとは仲がよく、東ドイツで不足していた単純労働の労働者を補うため、モザンビークからの移民を受け入れます。モザンビークからは政府が行う試験にパスしたある意味優秀な人達が、ドイツで何か技術を身につけようとやってきたのですが、実際の仕事は単純な肉体作業でした。しかも、支払われる給料の60%がモザンビークの左派政府によってピンハネされ、それはプールされて、将来この労働者達がモザンビークに戻って来た時に返却されるという約束でしたが、実際はこの左派の政府の幹部が贅沢をするのとか、あるいは武器の購入に消費され、労働者達にそのお金が返却されることはありませんでした。しかも1990年代になると、東西ドイツの統一が起き、東ドイツとモザンビークで交わされた契約は無効になり、モザンビークの労働者達は単なる邪魔な存在となってしまいます。多くの労働者はモザンビークに戻りましたが、そこで待っていたのは碌な仕事が無いという失業状態と、自分達がプールした金がどこかに行ってしまって、支払われないという厳しい現実でした。しかもドイツ帰りは現地の人から「マッドジャーマンズ」(Made in Germanyの意味)と蔑称で呼ばれ差別されつことになります。一部の人はドイツに残り、そこで教育を受け、ドイツ人となる道を選び、ごく少数の人だけがそれに成功します。しかし、モザンビークはその後、資本主義と共産主義の代理戦争としての内乱が起こり、多くの国民が殺され、ドイツで成功した人も二度と故郷に戻ることはできませんでした。
という重い内容で、この漫画は2016年のドイツでマックス&モーリッツ賞を受賞しています。(マックス&モーリッツはドイツ人なら誰でも知っている絵本のキャラクターです。)おそらくドイツ人の中でもモザンビーク移民の悲劇についてはほとんど知られていなかったんだと思います。

古谷三敏の「BARレモン・ハート」第32巻

古谷三敏の「BARレモン・ハート」の第32巻読了。このコミック、始まったのが1986年で私が就職した年だから、本当に長いです。サントリーから出ている「バーテンダーズマニュアル」と並んで、私のお酒の先生みたいなコミックです。このコミックで初めて知ったお酒は本当に多いです。
以前カクテル作りにはまっていたことがあって、一時期家にシェーカー、バースプーン、ミキシンググラス、ストレーナー他一式揃っていて、またリキュールやスピリッツの瓶も40本以上あって、試しに作ってみたカクテルも50種類くらいあったと思います。肝臓が悪くなったので止めましたが…(というか、リキュール類には多く砂糖が入っているので、糖尿病には絶対良くないです。当時はまだ血糖値は高くなかったですが。)
お勧めのカクテルは、ジントニックの昔のレシピでミルクを入れるもの。風呂上がりに飲むと非常に良いです。バーに行っても、年配のバーテンダーは知っていますが、若いバーテンダーは知らない人が多いです。
私がバーに行って頼むお酒は、ザ・グレンリベット、タラモア・デュー、コーンウィスキーのプラット・ヴァレーなんかですが、ザ・グレンリベットは違いますが、他のはこのコミックの影響のように思います。(共通しているのはスモーキーフレーバーの無いお酒ですが。)

白井喬二原作、平田弘史の漫画による「名工自刃」

白井喬二原作、平田弘史の漫画による「名工自刃」を読了。「コミックマガジン」の1968年2月27日号に掲載されたもの。マガジン・ファイブ社から出た「平田弘史作品第四集 御用金」に収録されています。まず、白井喬二が漫画の原作を担当したという事実に驚きます。しかも漫画家が平田弘史というのはうれしい驚きです。お話は医者でありながら自ら手術刀を鍛え、それが昂じて日本刀を鍛えることになる加卜のお話。自分の信念に従って真っ直ぐ生きる主人公が非常に白井らしいです。加えて平田弘史の絵がまさにぴったりはまっています。故郷を出奔し、江戸で荒んだ生活を送っている加卜を長屋の人が助けて、それがきっかけで高田藩の御典医として取り立てられます。高田藩で若君の大怪我を見事な手術で救い、次第に名を上げていきますが、憎むものも多く…といった内容です。こういう作品が漫画とはいえ読めて良かったです。