現時点の剃刀コレクション

今年の1月5日に岩崎の日本剃刀を購入してから、にわかシェービングマニアと化し、今日届いたThiers-issardのHalf Hollowで西洋剃刀が10本丁度になりました。一応これで打ち止めにしたいと思います。毎日とっかえひっかえしてもまあこれからの一生楽しめると思います。まあ剃刀の研ぎ方、ストロッピングのコツも少しずつ分かってきたように思います。
ちなみに、Full Hollowが3本(Dovo、Thiers-issard、Böker)、Half Hollowが4本(Dovo、Thiers-issard、GBS、Giesen&Forsthoff)、1/4 Hollowが1本(Salamander)、ほぼWedge(ベタ)がJ.A. HellbergとNTCです。

Thiers-issardのLe Dandy(Half Hollow)

ebayで2月24日に購入した、2本目のThiers-issardが今日(3月14日)やっと到着。これもhollowについて書いてなかったんで当然Full hollowだと思ってみたら、またも1/2 hollowでした。これは”Le Dandy”という多分Thiers-issardでも主力商品の筈で、とすると、Full hollowが各メーカーの主力というのは、たまたま最初に買ったDovoとThiers-issardのがそうだっただけで、実は1/2の方が多いんでしょうか。
それで1/2 hollowは中途半端で剃りにくいと書いてきましたが、このThiers-issardのは1/2でもジョリジョリ音がそれなりに快く響きますし、また刃の硬さもあるように思います。なのでまず剃ってみたら剃り残しがなく綺麗に剃れましたが、若干いつもよりも深めに皮膚を切ってしまいました。Hollowによる刃の厚みに合わせて、剃る力も加減しなければならないんだと思いますが、まだまだその辺りが未熟です。

原子力潜水艦シービュー号の”Thing from Inner Space”

原子力潜水艦シービュー号の”Thing from Inner Space”を観ました。またも出ました、海の怪物ものです。ストーリーとして多少新しいのは、何故か人間サイズとその30倍の大きさのと2種類いることですが、その謎は最後まで解明されずに終わりました。また冒険番組を撮って金を稼いでいる科学者もどきが、そもそもこの怪物をおびき寄せたのですが、その際に怪物に襲いかかられ自分だけ助かろうとし、カメラマン達を犠牲にしますが、そのカメラマンがクルーのパターソンの父親であったということで、パターソンは海中でフィルムを見つけ、それを現像しその科学者の行為を暴きます。しかし全体的にはイマイチで、ネタに詰まるとこのような海の怪物ものに逃げているように思います。

「新・北斎展」と「奇想の系譜展」

12日(火)は、お休みを取って2つの美術展をはしごしてきました。一つが六本木ヒルズの森美術館で行われている「新・北斎展」。もう一つは上野の東京都美術館で行われている「奇想の系譜展」です。チケットはこの2つをセット販売しているのをWebで購入しました。実は「新・北斎展」は先日9日の土曜日に一度行ったのですが、入るまで40分待ちとのことで、AEONの英会話の授業に間に合わなくなるので断念し、今日改めて仕切り直したものです。今日は平日なのでさすがに40分待ちは無かったですが、それでも15分待ちでした。北斎はしばらく前の「北斎とジャポニズム」展も行っていますが、あの時も相当の人手でゆっくり観られませんでした。今回はそれに比べるとマシでした。北斎は天才ですが、ともかく描いた量がすごいと思います。大体において天才はイコール多作であるように思います。
「奇想の系譜展」はこの本を学生時代に読んでおり、また最近Eigoxのレッスンで、大学で美術史を学んだという先生相手に日本の画家を紹介しており、この本に出てくる6人も全てカバーしています。そういう意味で観たことのある絵が多かったのですが、この展示会の準備で初めて発見されたものというのも結構あり、その中に意外な大作があるのに驚きました。また一つの大きな発見は屏風絵は、画集に載っているようにフラットに並べて観るのではなく、折り曲げて立てた形で観ないといけない、ということでした。以前から日本の絵画で遠近法の発達がなかったのは何故なんだろうと考え続けていましたが、屏風絵では折りたたんだ状態で観ることにより、それ自体が絵の立体感や奥行きを増す効果があります。画家も当然それを意識して描いています。曾我蕭白の「群仙図屏風」なんかは特に、平面では観てはいけない作品ではないかと思いました。しかも屏風絵は折りたたむ角度を変えることで、同じ絵を違った見方でも観ることができます。そういうのが逆に日本画で遠近法を発達させるのを疎外したんじゃないかな、と思い始めました。

中里介山の記念碑(羽村)

昨日は、勤めている会社が所属するある工業会の行事で、日野自動車の羽村工場の見学に行ってきました。羽村駅改札の待ち合わせが結構早く着いたので駅の回りを探索したら、中里介山の記念碑と介山公園というのがありました。百姓弥之助とは介山自身のことで、晩年の作品に「百姓弥之助の話」というのがあります。Googleマップによると、そのすぐ近くに「中里介山の家」というのがありましたが、かなり怪しい(古ぼけた洗濯機とかありました)ので、ここでは紹介しません。