小林信彦の「和菓子屋の息子 -ある自伝的試み-」

jpeg000 223小林信彦の「和菓子屋の息子 -ある自伝的試み-」を再読了。「小説新潮」に1994年3月号から1996年3月号まで連載され、1996年8月に出版されたもの。
「自伝的試み」であって、ノンフィクションであり、「東京少年」や「流される」などの「自伝的小説」とは違います。しかしながらその辺りの境界線は流動的です。作者は集団疎開を描いた「冬の神話」を「東京少年」で書き直し、また父方の祖父を描いた小説「兩國橋」を「日本橋バビロン」で書き直しといったことを延々とやっていて、そういう「しつこさ」が小林信彦の特徴の一つです。
作品は、小林信彦の母親の玉が青山という山の手から、両国という下町へ嫁に行く所から始まり、1988年にその玉が亡くなる所で終わります。ですが、中心となっているのは小林信彦が生まれた昭和7年から太平洋戦争の終わる頃までです。その頃の「中流の上」の下町の商家の暮らしや町の様子が描かれています。小林信彦は生まれ育った両国という町を戦争で無くし、それにも関連して生家であった九代続いた名門の和菓子屋「立花屋」の終焉という二重の喪失を体験しており、基調としては詠嘆的にならざるを得ません。小林信彦の弟の小林泰彦がイラストを描いており、当時の様子を理解する助けになっています。

三遊亭圓生の「三人旅、小言幸兵衛、洒落小町」

jpeg000 209本日の落語、三遊亭圓生の「三人旅、小言幸兵衛、洒落小町」。
「三人旅」は、そのタイトル通り、三人で旅する噺で、圓生が演じているのはその一部です。中山道の宿屋で「おしくら」と呼ばれる女を買う噺です。
「小言幸兵衛」は家主の幸兵衛が、家を借りたいとやってくる人に対し、色々と難癖をつけて断る噺ですが、このCDでは仕立屋の所だけが語られています。
「洒落小町」は、亭主の浮気が頭に来ている女房が、在原業平の妻の例を教えてもらって、和歌で亭主を諫めようとするけど、間違えて別の歌を使ってしまう噺です。

NHK杯戦囲碁 鈴木歩7段 対 余正麒7段

jpeg000 233本日のNHK杯戦の囲碁は黒が鈴木歩7段、白が余正麒7段です。鈴木7段は1回戦で淡路修三9段を見事破っての勝ちあがり、余7段は1回戦シードです。対局は序盤鈴木7段が右下隅に厚みを築きます。それに対し白が左下隅にかかって行きましたが、黒はこの白を攻める展開になりました。結果的に白は黒の包囲網の中で治まり、黒は中央で厚みを築きました。上辺が黒模様になったので白は上辺に打ち込みました。この白を攻める過程で、黒は左上隅の白に対し、地をえぐって攻めましたが、白はここで挟み付けを打って黒の厚みを分断しました。その後の折衝で大きな劫になりました。白は左上隅に潜り込んだ黒の眼を取る劫立てを打ち、黒はそれを受けずに劫を解消しました。黒の課題としては左上隅で取られた黒をうまく利用して締め付け、上辺の白を取ってしまうことでしたが、結果的にうまくいかず、ここで白が優勢になりました。ヨセでは白は固く打ったので黒は頑張って追い上げ、一時はかなり形勢が接近しました。しかしながら、白が左上隅から上辺に渡ろうとしたのが大きく、黒はこれを劫で阻止しようとしました。しかし劫立ては白の方が多く、劫は白が勝ってここで白が再度優勢になりました。終わってみて、白の2目半勝ちでした。今期のNHK杯戦で女流が3人2回戦に進みましたが、2人が敗れ、残りは謝依旻6段のみとなりました。

白井喬二作品についてのエントリー、リンク集

このブログ「知鳥楽」においての白井喬二作品及び白井喬二に関わるトピックについてのエントリーは2019年9月時点で合計200を軽く超えております。このために記事を参照される方の便宜を考え、リンク集をここに作成し公開することにしました。
インターネット上での白井作品についてのレビューはこれまで私が見た限りではごく限られた作品(せいぜい「富士に立つ影」、「新撰組」、「盤嶽の一生」程度)についてのものしか見当たりませんし、書籍でも大衆文学に関する書籍はこれまで10数冊程度読みましたが、これだけのレベルの白井作品を紹介したものは私の知る限り皆無です。大衆小説の実質的な命名者でありかつ創始者でもあり、実質的にこの分野を矢継ぎ早に発表した初期の傑作群で確立させた作家ながら今はほとんど忘れられている、白井喬二について少しでも理解を深めていただけたら幸いです。(このブログで新たに発見した白井作品については適宜Wikipediaの白井喬二のページの書誌情報に反映しています。{2019年8月付記:Wikipediaへのコンテンツ追加は中止しました。今後はそちらは更新しません。書誌情報はこちらを参照ください。}この書誌情報は国立国会図書館の検索、古書店検索サイト(「日本の古本屋」)での検索、そしてヤフオクでの検索で得られた情報を集めたもので、白井自身の著作(自伝である「さらば富士に立つ影」と評論集の「大衆文学の論業 此峰録」)の巻末に載っているものよりも更に詳細になっており、他で得られない唯一のものです。)

(尚、以下のリンク先のレビューは、白井喬二作品の多くが現状入手困難であることを考え{白井喬二の著作権保護は2050年まで有効なので青空文庫にも現時点では何も収録されていません。また雑誌や新聞掲載だけで終わり、単行本未刊行の作品も多数あります。古書店での入手も限定的で手間とお金がかかります。}、その多くがある程度ストーリーを明らかにするものになっております。その点をあらかじめご承知の上、参照願います。)

※富士に立つ影
裾野篇 江戸篇 主人公篇 新闘篇 神曲篇 帰来篇 運命篇 孫代篇 幕末篇 明治篇 総評
読み直し(2回目)
裾野篇 江戸篇 主人公篇 新闘篇 神曲篇 帰来篇 運命篇 孫代篇 幕末篇 明治篇 総評
※新撰組
新撰組 上
新撰組 下
※盤嶽の一生
盤嶽の一生
盤嶽の一生(続き)
由公の回顧録(「嶽の一生」別篇)
怪建築十二段返し
神変呉越草紙、柘榴一角
金色奉行
翡翠侍
珊瑚重太郎
金襴戦
帰去来峠
神曲 左甚五郎と影の剣士
※国を愛すされど女も
国を愛すされど女も(上)
国を愛すされど女も(下)
さらば富士に立つ影
兵学大講義
忍術己来也
※祖国は何処へ
民人篇 革新篇 尖端篇 心影篇 島嶼篇 海奴篇 異邦篇 結晶篇 寸終篇 総評
寶永山の話
※雪麿一本刀
雪麿一本刀(上)
雪麿一本刀(下)
東遊記
※南総里見八犬伝
南総里見八犬伝(上)
南総里見八犬伝(下)
上杉謙信
石童丸
桐十郎の船思案、蜂の籾屋事件、傀儡大難脈
初期短篇集(「寶永山の話」以外)
※源平盛衰記
源平盛衰記(上)
源平盛衰記(中)
源平盛衰記(下)
露を厭う女
桔梗大名
※瑞穂太平記
瑞穂太平記(上古篇、大化篇)
瑞穂太平記(奈良篇、平安篇)
瑞穂太平記(源平篇)
瑞穂太平記(続源平篇、中興篇)
瑞穂太平記(戦国篇)
白井喬二 戦後作品集 天の巻 坂田の金時
白井喬二 戦後作品集 地の巻 石川五右衛門
白井喬二 戦後作品集 人の巻 明治媾和
沈鐘と佳人
坊ちゃん羅五郎
続坊ちゃん羅五郎
天晴れ啞将軍
霧隠繪巻
男一匹
満願城
地球に花あり
隠密道三道中記
第二の巌窟
至仏峠夜話
古典の小咄
薩英戦争
釈迦・日蓮
後の月形半平太
孔雀屋敷
大衆文学の論業 此峰録
維新櫻
斬るな剣
従軍作家より国民へ捧ぐ
文学者の発言
捕物時代相
伊達事変
伊賀之介飄々剣
河上彦齋
洪水図絵
ほととぎす
小説ベスト10
戦国武将軍談
中江藤樹・孔子
西郷と勝安芳・孫文
小村寿太郎・汪精衛
北条時宗・忽必烈
伊藤博文・袁世凱
侍匣
唐手侍
華鬘(げまん)の香爐(贋花)
わが憂国の教壇記(エッセイ)
国民童話 自然のめがね 科学知識篇
維新の志士を憶ふ(エッセイ)
盟路
綺羅の源内
修羅春告鳥
春雷の剣
江戸市民の夢
築城秘話(エッセイ)
宇都宮釣天井の真相(エッセイ)
十両物語
※幽閉記
幽閉記(1)
幽閉記(2)(完読)
独楽の話(エッセイ)
※外伝西遊記
外伝西遊記(1)
外伝西遊記(2)
外伝西遊記(3)(完読)
白井喬二の作品での女性の主人公
※黒衣宰相 天海僧正
黒衣宰相 天海僧正(1)
黒衣宰相 天海僧正(2)
黒衣宰相 天海僧正(3)
黒衣宰相 天海僧正(4)
黒衣宰相 天海僧正(5)(完読)
※陽出づる艸紙
陽出づる艸紙
陽出づる艸紙(2)(つるぎ無双)(完読)
天誅組(18回中2回のみ読了)
白井喬二と「万能児、万能人間」
東海の佳人(一部未読)
白井喬二と佐渡金山
無辺と瓢吉槍
※豹麿あばれ暦
豹麿あばれ暦
豹麿あばれ暦(2)(完読、但し中断作品)
人肉の泉(連載第1回目)
人肉の泉(連載第9回目)
先覚者(後半未読)
本能寺前夜の織田信長
※捕物にっぽん志
捕物にっぽん志(1)
捕物にっぽん志(2)
捕物にっぽん志(3)
捕物にっぽん志(4)
捕物にっぽん志(5)
捕物にっぽん志(6)
捕物にっぽん志(7)
捕物にっぽん志(8)
捕物にっぽん志(9)
捕物にっぽん志(残り全部)
守綱雨
平凡社の白井喬二全集全15巻の内容
平凡社の白井喬二全集の第5巻の「中篇集」の内容
平凡社の白井喬二全集の第15巻の「随筆感想集」の収録内容
学芸書林の「定本・白井喬二全集」の収録内容
東亜英傑伝 一 豊臣秀吉・成吉思汗
東亜英傑伝 七 山田長政・張騫
電碁戦後日、実話の罐詰、掌篇フースーヒー(エッセイ)
※昼夜車
昼夜車(1)
昼夜車(2)
元禄快挙(未完作品)
想い出の中谷 博
紫天狗
葉月の殺陣
湖上の武人
名工自刃(漫画原作)
桃太郎病
虞美人草街
「国史挿話全集」と「日本逸話大事典」の関係
随筆感想集(平凡社の全集第15巻収録)
捕物源平記
竹林午睡記
登龍橋
大膳獵日記
巷説怪猫の城 -久留米城-
風流名士手帖(エッセイ)
魂を守りて 金属工芸に躍進の大器岩井清太郎伝
2017年11月7日時点での白井喬二未読作品
柳沢双情記
「富士に立つ影」の映画(1942年)
Kyoji Shirai and Niju-ichi-nichi kai
The life of Kyoji Shirai and his works (1)
The life of Kyoji Shirai and his works (2)
玩具哲学(エッセイ)
Fuji ni tatsu kage (A shadow standing on Mt. Fuji)
信長と鉄火裁判
「富士に立つ影」を高く評価した人達
白井喬二のポートレート(昭和7年)
民主のおもかげ 福翁自伝の話(エッセイ)
若衆髷(わかしゅわげ)(連載2回分)
若衆髷(わかしゅわげ)(完読)
小説義塾(エッセイ)
春月を語る(エッセイ)
Bangaku no Issho (The life of Bangaku)
筒井女之助
新藤兼人と「盤嶽の一生」
逍遙の歴史小説論と現代のそれと(エッセイ)
Shinsen-gumi
山中貞雄監督の映画「盤嶽の一生」のプログラム
TVドラマの「盤嶽の一生」の第1回
梁川庄八
読切小説 白井喬二自選集(梁川庄八、相馬大作、関根弥次郎、風流刺客、平手造酒、般若の雨)
梁川無敵伝 他七篇(「梁川無敵伝」、「鬼傘」、「鉄扇の歌」、「大膳猟日記」、「柳腰千石」、「後藤又兵衛」、「心学牡丹調」、「殖民島剣法」)
ロンドン爆撃(シュタッケンベルク原作)
白井喬二著作書誌情報
江戸から倫敦へ(連載一回分のみ)
仕事部屋を覗く3 白井喬二氏
銀の火柱(厨井道太郎名義)
山中貞雄監督の「盤嶽の一生」のシナリオ
時代日の出島(連載三回分のみ)
白井鶴子(喬二の奥さん)の「我が良人(をっと)への衷心よりの願ひ」
鳳雀日記、他のエッセイ(雑誌「騒友」掲載)
「大衆文学はどうなるだろうか」(「新潮」1933年4月号の座談会)
国民文学論
熊木公太郎も白井喬二の分身?
白井喬二の未読本(龍ケ崎市歴史民俗資料館蔵)
麒麟老人再生記――久米城クーデター余聞
私の歴史文学観(エッセイ)
彦左一代・地龍の巻
日本刀(「序曲」のみ)
彦左一代・天馬の巻
強い影武者
名乗り損ねた敵討(戯曲)、紙城(エッセイ)

太宰府天満宮

jpeg002 8jpeg000 231jpeg001 13会社で所属している業界団体の1年に1回の総会で、九州(福岡)に行ってきました。おそらく40年ぶりくらいの太宰府天満宮です。来年のTOEICでの高得点獲得を祈りました。台風12号の接近が懸念されましたが、何とか保ちました。

白井喬二の「金襴戦」

jpeg000 220白井喬二の「金襴戦」(きんらんせん)読了。
「珊瑚重太郎」と一つの巻に入っていた小説ですが、白井喬二の作品としては、今一つよく分からない作品です。大正14年に婦人公論に1年間連載されたものです。白井喬二の自伝によれば、何故かこのあまり出来がよくないと思われる作品が、太平洋戦争の時に陸軍恤兵部により兵隊に慰問品として送る小説として7-8回も選ばれて、大変な部数が前線に送られたとのことです。「戦」とついているのが兵隊向けと思われたのか、遊女が出てくるのが兵士の慰めになると思われたのか、理由は不明です。
お話は、飛騨の山奥の村で、金襴(金色の派手で高価な織物)を織っているのですが、その染め加工の時に出る鉱毒で、下流の村の農作物が被害を受け、金襴の村と下流の村で戦いになるという話です。主人公が、蝉の抜け殻を集めて漢方薬屋に売るという実に変わった職業の男なのですが、この主人公が白井喬二の主人公にしてはまるでいい所がなく、物語の冒頭で山の中の牢に捕らわれた死刑囚から伝言を頼まれるのですが、それを伝えるのをすっかり忘れてしまいます。その事が金襴の鉱毒を巡る戦いの直接的な原因になってしまいます。また、この男は、湯屋の遊女が人買いの男を殺したのに立ち会い、その遊女を連れて逃げるのですが、途中で遊女に心中を迫られまれ、遊女を置いて一人で逃げてしまいます。白井喬二はこの物語にきちんと結末をつけないまま終わらせてしまいます。

「仁義なき戦い 完結篇」

jpeg000 213「仁義なき戦い 完結篇」視聴。
この第五部は笠原和夫の脚本ではありません。で、脚本の出来不出来を言うより、どこまで腹をくくって事実を抉って脚本化するかという点で笠原脚本よりも劣るように感じます。
また、配役もかなり変に感じます。第2部の主人公だった北大路欣也が復活するのはまあ許せるとしても、第4部で殺されたばかりの松方弘樹がいきなり別の役で復活するのは違和感ばりばりです。(しかもすぐまた殺されるし…)第2部では千葉真一が演じた大友勝利がこの部では宍戸錠ってのもイマイチかな。(宍戸錠は日活作品ではいいけど、他社作品ではイマイチという評あり。)また、柔道一直線の桜木健一が、格好いい所のまったくないチンピラ役で登場し、最後に殺されて、それで広能が引退を決意するというのも、何だかなあ、です。やっぱりこの作品は第4部までかなと思います。

小林信彦の「決壊」

jpeg000 228小林信彦の「決壊」を再読了。2006年に講談社文芸文庫として出たもの。
「金魚鉢の囚人」(1974年7月号「新潮」掲載)
「決壊」(1975年11月号「新潮」掲載)
「息をひそめて」(1977年10月号「文学界」掲載)
「ビートルズの優しい夜」(1978年2月号「新潮」掲載)
「パーティー」(1980年5月号「新潮」掲載)
の5本の作品を新たに一つにまとめたもの。このうち、「金魚鉢の囚人」と「ビートルズの優しい夜」は、最初1979年の「ビートルズの優しい夜」に収録されたもの。「パーティー」は弓立社版「小林信彦の仕事」に収録されたものです。「息をひそめて」以外は、最初、文芸雑誌「新潮」に掲載され、名編集者の坂本忠雄氏のやりとりの結果として生まれてきた作品です。
「金魚鉢の囚人」は、作者が自分で言っているように、中年のDJである「テディ・ベア」に小林信彦自身を投影した作品です。投影はしていますが、他の私小説的作品と一線を画した純粋な虚構の作品で、よく出来た作品と思います。特にラストでのアクシデントと、主人公がそれを処理するやり方が印象的です。
「決壊」は葉山に自宅を買った著者の体験が反映された私小説的作品。放浪を続けて、収まるところを求め続けた筆者がやっと手にした安住の地が、土地の「決壊」によって脅かされる様子を描いたものです。この経験は、「ドリーム・ハウス」などの他の作品にも使われています。
「息をひそめて」は、これも私小説的作品で、筆者が大学は出たものの、空前の就職難の時期に遭遇し、やむを得ず叔父の経営する自動車用塗料の会社でセールスマンとして働く様子、それから横浜でイギリス人の遠い親戚が経営する不動産会社に移り、それから失業して池袋のアパートでひっそりと暮らす様子が描かれます。
「ビートルズの優しい夜」は、1966年のビートルズ来日公演のすぐ後で行われたあるTV番組関係者向けのパーティーでの様子を描いたものです。放送作家だった当時の小林信彦の不安定な心理が描かれている作品です。
「パーティー」は、ある不遇の映画監督に作者自身を投影させて、その監督がパーティーに出席した時の様子を描くものですが、三回連続で芥川賞候補になりながら、ある審査員から「小林信彦は既に放送作家などで活躍しており賞の資格がない」として受賞を取り逃がしたことへのルサンチマンがあふれる作品です。
どの作品も、「唐獅子シリーズ」や「オヨヨ大統領シリーズ」の作者とは思われないくらい、陰鬱な調子で一貫していますが、これが小林信彦のある意味本来の姿かと思います。坂本忠雄氏とのやりとりによる彫琢を経ているために、どの作品も完成度はそれなりに高いと思います。

「仁義なき戦い 代理戦争・頂上作戦」

jpeg000 212jpeg001 12「仁義なき戦い」第3作代理戦争と第4作頂上作戦を続けて視聴。まだ第5作完結篇が残っていますが、笠原和夫が脚本を書いたのは第4作までです。
「代理戦争」の名前の通り、広島・呉の地元のやくざの戦いながら、バックにいた神戸の山口組と本多会の代理戦争が描かれています。ただ、小林信彦の「われわれはなぜ映画館にいるのか」に出てくる笠原和夫の解説によると、何故広島で争う必要があったかについては、中国地方進出を模索する山口組と下関の合田一家の争いが背景にあるということです。
個人的には、役者の豪華さに酔いしれます。菅原文太、成田三樹夫、小林旭、松方弘樹、梅宮辰夫、田中邦衛、金子信雄、山城新伍といった綺羅星のごとき役者の見せる、裏切りにつぐ裏切りの群像劇に心を奪われます。

白井喬二の「珊瑚重太郎」

jpeg000 220白井喬二の「珊瑚重太郎」を読了。昭和5年、白井喬二が42歳の時から1年半、「講談雑誌」に連載されたもの。
これは本当に面白いです!こんなに面白い本を読むのは久し振りという感じです。お話は、若侍の珊瑚重太郎がふとしたことで牢中に囚われている武士を救うため、ある大名屋敷に失踪中の若殿様に化けて乗り込むのですが、その重太郎に次から次に難題が持ち上がります。まずはその大名屋敷の宝物について、偽物か本物かの鑑定を迫られ、その鑑定の結果によって、人質となっている若侍2人のどちらかが死ななければならないということになります。それを何とかごまかすと今度は、ある高貴な家のお姫様と結婚させられそうになります。重太郎自身が次の日に結婚式を控えた身でした。それを何とか日延べしてごまかすと、今度はお家の存亡をかけた訴訟事になりますが、その訴訟の相手方というのが何と自分自身でした。お奉行所で重太郎は双方の訴え人となり、一人二役で大忙しで何とかごまかそうとします。その訴えは、重太郎個人が勝てば、大名家がお取りつぶしになって高貴な家のお姫様が悪者の元に嫁がなければならなくなり、また大名側が勝てば、貧しい女性が何人も苦界に身を売らなければならない、というジレンマの状況です。そうした重太郎を、陰からこっそり助けるのが、実は本物の若殿様で、二人はそっくりなのですが、重太郎が本物に早く入れ替わるように頼んでも、何故か若様は首を縦に振りません。その理由が実は…とこの設定がまた素晴らしいです。この作品は言ってみれば、日本版「王子と乞食」ですが、白井喬二はストーリーテリングに関しては天才的です。また、主人公は何度も何度も危機的状況に陥って苦悩するのですが、その行動が一貫して倫理的なのがさわやかな印象を与えます。
この小説は昭和9年(1934年)に片岡千恵蔵主演の映画になっています。