読売新聞社の「第二十一期 棋聖決定七番勝負 激闘譜 棋聖趙治勲 九段小林覚」を読了。二人の三年越しの棋聖戦での対決の最後の年。1年目は小林覚が勝利して棋聖位をもぎ取り、2年目にすかさず趙治勲がタイトルを奪い返し、決着の3年目。この棋聖戦が始まる直前までの二人の対戦成績は小林覚から見て18勝19敗とほぼ互角でした。しかしながら、第1、2局と趙が連勝し、小林が第3局で一矢報いたものの、第4、5局とまた趙が連勝し、ある意味あっけなく趙の防衛が決まりました。最終局は小林にとっては惜しい一戦で、ヨセに入るまで白の小林がリードを保っていましたが、左下隅へのハネツギにかけついだのが一路違っていたためにその後黒からの先手のヨセを喰い、折角の好局を逆転されてしまいました。趙治勲名誉名人はこの前年、二度目の大三冠を達成しており絶好調でした。小林覚は敗れたとはいえ、全盛期の趙治勲名誉名人に互角に近い所まで戦ったということで、十分評価される内容だと思います。小林覚九段は、2007年の第31期棋聖戦でも挑戦者として登場しますが、この時も棋聖位は奪取ならず、今の所棋聖位は1期だけに終わっています。
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読売新聞社の「第二十期 棋聖決定七番勝負 激闘譜 棋聖 小林覚 挑戦者本因坊 趙治勲」
読売新聞社の「第二十期 棋聖決定七番勝負 激闘譜 棋聖 小林覚 挑戦者本因坊 趙治勲」を読了。趙治勲と小林覚の、3年に渡る棋聖戦での激闘の2年目です。棋聖戦というのは不思議な棋戦で、一度棋聖になった棋士は何期も続けて棋聖を防衛するケースが多く、2016年まで棋聖戦は40回行われていますが、棋聖になった棋士はわずか9人です。(藤沢秀行、趙治勲、小林光一、小林覚、王立誠、山下敬吾、羽根直樹、張栩、井山裕太)趙治勲名誉名人は、19期に小林覚に2勝4敗で敗れ棋聖位を渡してから、すぐに次の年に挑戦者になって晴れ舞台に帰ってきます。これは簡単にできそうでなかなかできないことです。棋聖戦の40年の歴史で趙治勲名誉名人だけです。19期の棋聖戦では、小林覚が木谷門下の棋士で初めての年下の挑戦者ということがあって、色々気持ちの上で戦いに徹しきれない点があったのと、また秒読みで多く間違えたのが趙の敗因でしたが、この20期はそれをきっちり修正してきます。出だしこそ小林が1勝しましたが、その後趙が3連勝します。しかし、小林もその後粘り、ついに3勝3敗のタイにこぎつけます。こういう場合、最終局は追いついてきた方が有利な場合が多いのですが、この時の趙は黒の小林の大模様に斬り込んでいくような手を打ち、見事しのぎきって勝ちを納めます。小林覚は残念ながら防衛ならず1期で棋聖の地位を明け渡してしまいます。しかし、次の年、再度挑戦者として趙の前に立ちはだかったのは小林でした。
獅子文六の「コーヒーと恋愛」
獅子文六の「コーヒーと恋愛」を読了。元々、「可否道」(かひどう)というタイトルで、1962年から1963年の読売新聞に連載されたものです。タイトルにもあるように、「コーヒー」が重要な役割を負っていて、主人公の坂井モエ子は、43歳のTV女優で、美人ではないけど脇役をやらせるとピカイチという、今で言えば市原悦子みたいな感じです。モエ子はこの時代としては珍しく、本格的なコーヒーを自分で入れており、コーヒーを入れる名手です。そんな関係で「可否会」(かひかい)というコーヒーマニアが集まる会の会員にもなっています。一緒に暮らしていた、8歳年下で新劇の劇団で装置担当だけどほとんどヒモみたいな勉ちゃんが、16歳年下のアンナという女優の元に行ってしまいます。一人になったモエ子に色んなドタバタが、というまあいかにも獅子文六という作品です。ただ、もう70歳を超えてからの作品で、ちょっと展開がもたもたするような所もあります。ただ、ちょっと面白かったのは初期のTV局の舞台裏が書かれていることで、この辺りは小林信彦の小説でおなじみの世界です。また、今はあまりインスタントコーヒーを飲む人も少なくなりましたが、この時代はインスタントコーヒーが10種類くらいも発売されていたのだとか。(そういえば三木鶏郎のCDに、森永インスタントコーヒーのCMソングが入っていました。これが、Dance in the kitchen, kiss in the kitchen という感じでとても洒落た名曲なんですが。森永は1960年に日本で初めてのインスタントコーヒーを売り出しています。輸入物のネスカフェはもっと早く1953年から日本に入っています。)
また、ちょっと嬉しかったのは、私は「おちゃをいれる」は「お茶を入れる」という表記が一番いいと過去に書いています。
獅子文六もこの小説の中で、「コーヒー」は「入れる」だと断言してくれています。
読売新聞社の「第十九期棋聖決定七番勝負 激闘譜 趙治勲棋聖 小林覚9段」
読売新聞社の「第十九期棋聖決定七番勝負 激闘譜」を読了。趙治勲棋聖に、小林覚が挑戦したもの。実はこの19期、20期、30期はこの2人の3年連続の対決になります。囲碁の7大タイトルでの3年連続同一カードは、以前紹介した本因坊戦での趙治勲対小林光一、そしてこの棋聖戦での趙治勲対小林覚、天元戦での河野臨対山下敬吾、そして再び棋聖戦でつい最近の井山裕太対山下敬吾というのがあります。
小林覚はこの時棋聖初挑戦で、4勝2敗で見事に趙治勲から棋聖を奪取します。趙治勲名誉名人がそれまで戦ってきた同じ木谷一門の棋士は、大竹英雄、加藤正夫、武宮正樹、小林光一などすべて年上でした。しかしながらこの時初めて、同じ木谷一門の棋士で3歳年下の挑戦者を迎えます。これでやりにくかったのか、趙治勲名誉名人らしい粘りがなく、1日目で投了せざるを得ない見損じをしたり、またシチョウを見落としたりして、特に秒読みになった時の正確さが無くなったと言われました。大して小林覚は読みがさえ、2勝2敗の後、あっさり連勝して、大タイトルを手にします。
獅子文六の「青春怪談」
獅子文六の「青春怪談」を読了。獅子文六の9回目か10回目の新聞小説(読売新聞)で、本人は「世間の標準からいって、多く書いたともいえないであろう。」なんて言ってますが、十分多いですよ、先生!というかこんなにたくさん新聞小説を書いた作家って他にいるんでしょうか。「悦ちゃん」の時も感じたんですが、獅子文六の小説に出てくるキャラクターはどれも現代でも十分通用しそうなくらい「新しい」です。主人公の宇都宮慎一は、現代風に言えば「草食系男子」、絶世の美男子に生まれていながら、性にはまったくがつがつしておらず、幼馴染みで男性的なバレリーナ志望の奥村千春とは仲良くつきあっていますが、情熱的に一緒になろうという感じではなく、亡くなった父親が残したお金を元手に高利貸しになろうと冷静に計算したりしています。お話しは、この慎一と千春が、自分達が一緒になる前に、慎一の母親(未亡人)と千春の父親(男やもめ)をくっつけてしまおうと画策するのですが、そうこうしている内に、自分達の仲もそれを妬む人間が出てきて、ドタバタに巻き込まれます。どんな展開になっても、最後は獅子文六のことだからハッピーエンドでまとめてくれるだろうと期待して裏切られません。後半部の「男性とは、女性とは」という問いかけも非常に現代的です。
昭和29年に連載されたもので、小林信彦風に言えば、本当に平和だった戦後の一時期が終わって朝鮮戦争が起こり、日本が逆コースを歩み始めたと言われた頃で、この年に自衛隊が発足しています。また第五福竜丸の死の灰の事件があり、初代ゴジラが封切られた年でもあります。
カバーのイラスト(高橋由季)もなかなかいいです。
「村正の妖刀」定石でのアルファ碁の新手
NHK杯戦囲碁 井山裕太棋聖 対 伊田篤史8段
本日のNHK杯戦の囲碁は、準決勝の2局目で、黒番が井山裕太棋聖、白番が伊田篤史8段の対局。序盤、黒が左下隅の白に一間高ガカリし、白がそれを2間に高く挟み、黒が大ゲイマにかけて、これは通称「村正の妖刀」と呼ばれる難解定石です。井山棋聖は、アルファ碁が打った、従来は黒が悪いと言われていた手を打ち、隅の地を取りました。これに対し白は厚みを得て下辺が大きな模様になりました。この白の模様と黒の上辺から右辺にかけての模様のどちらがどのくらいまとまるかが勝負になりました。白は上辺の黒にボウシし、さらに隅につけていきました。その後、上辺の黒に打ち込んで、攻め合い含みの激しい戦いになりました。白は包囲する黒に切りを入れ、その効果で中央に脱出出来ましたが、切った石を取られて、この黒をはっきり生かしてしまいました。その後白は右辺に侵入し、先に隅に付けていた石を活用して劫に持ち込みました。この劫は黒が勝ったのですが、白はその代償に下辺を大きく囲い、見た感じでは白地の方が多く、白有望かと思われました。しかし黒は各所で白の薄味をついて追い上げ、左上隅で大きな劫に持ち込みました。この劫は白が負けると左辺の白の眼持ちも必要になる大きな劫で、白は何とか劫には勝ちましたが、代償に上辺の黒地に侵入した白を取られてしまいました。この収支ははっきり黒が得で、ここで勝負がつき、黒の中押し勝ちになりました。来週はいよいよ決勝戦で井山裕太棋聖と一力遼7段の対戦です。どちらが勝っても初優勝です。特に井山棋聖はあれだけタイトルを独占していながら何故かNHK杯戦だけは、これまで準優勝が最高ですので、今回はかなり気合が入ると思われます。なお、井山棋聖は棋聖戦で河野臨9段を4勝2敗で下して5連覇を達成、3人目の名誉棋聖の称号を得ました。
読売新聞社の「第十三期棋聖決定七番勝負 激闘譜 挑戦者本因坊武宮正樹 棋聖小林光一」
読売新聞社の「第十一期棋聖決定七番勝負 激闘譜 棋聖小林光一 本因坊武宮正樹」
栗田信の「醗酵人間」
栗田信(くりた・しん)の「醗酵人間」を読了。戦後SF最大の怪作と呼ばれているそうですが、何というか超C級作品でした。主人公の九里魔五郎は、墓場から蘇り、お酒などの醗酵物を口にすると、体が膨張して、かけられた手錠などは簡単に引きちぎり、怪力になって無敵になり、挙げ句の果ては宙に浮かんでしまうという設定。膨張すると「こけっか、きっきっ」という怪しい叫び声を上げます。それで海外メディアに報じられるときにつけられた名前が「ヨーグルト・マン」、ここでがくっと脱力します。ヨーグルトは確かに発酵食品ですが、膨張したりはしないと思うんですが…どうもこの作者の趣味はよくわかりません。かと思うと、九里魔五郎が捕まえた人間を拷問するのに、「ワサビ責め」という手法が使われていて、何でも手ぬぐいにすり下ろしたワサビを塗り込めて、それで相手の口を覆う拷問だそうで、これをやられると二三日血尿が止まらないそうです。本当かな…「醗酵人間」以外にも、中篇が2作、短篇が4作収められていますが、さすがに他の作品を読む気はしませんでした。