1/2 hollowの西洋剃刀(西洋剃刀2本目)

西洋剃刀の1本目はドイツのゾーリンゲンのDovo製のFull hellowタイプ(刃の両側にスキを入れて、かなり薄くしたもの。髭を剃った時に音が響くのと、ある程度肌に合わせて刃がしなります。)でしたが、アメリカのAmazonで1/2 Hollowのも購入してみました。送料除くと$20で安物ですが、刃はステンレスではなく炭素鋼です。予想通りというか、ジョリジョリ音の高さがFull Hollowタイプより低くなっていて落ち着いた感じです。Full hollowよりも刃に剛性感があります。剃り味は、価格の割りには健闘している、という感じでDovoに比べて極端に切れ味が悪くなっていたりはしません。値段からいっても入門用に手頃かも。ただ、柄はさすがにDovoに比べるとかなり安っぽさがあります。この柄もシェービングの教科書によれば、剃る場所で刃との角度を変えるんですね。

英語でのシェービングの本

西洋剃刀を使ったシェービングについて、日本語で書かれたものはほとんど見つけられなかったので、Amazon.comで2冊ほど英語の本を取り寄せてみました。中を開いてびっくり。タイトルも著者も違いますが、中味は8割方一緒です。何より使われている写真風イラストがまったく一緒。おそらく、この2冊ともオリジナルではなく、元はアメリカの理髪師の学校で使われていた教科書ではないかと思われます。007のSkyfall(2012年)の中に、ストレートレザーで髭を剃るシーンがあって、それ以来ストレートレザーがブームになっているそうで、この2冊はそういうブームに乗って、昔の本に少し手を加えて復刻したんでしょうね。出版年は2018年と2019年でごく最近です。

岩崎航介氏の「刃物の見方」に、「アメリカの理髪師用の教科書に、剃刀の拡大図が出ていて、それには刃がノコギリ状になっているのがあって、その影響で日本人は剃刀の刃がノコギリ状になっていると思っている。(けどそれは間違いである。)」というのがありましたが、多分最後の写真がそれでしょう。いくらなんでもこんなギザギザにはなっていないです。

ちなみに、砥石による研ぎ方は、いわゆる「8の字研ぎ」になっています。日本の理髪師が剃刀を8の字研ぎで研ぐ人が多くいたのはおそらくこの教科書の影響かと。私は8の字研ぎなんかせずに、普通に研いでいます。

西洋剃刀と日本剃刀の比較

日本剃刀での髭剃りは、既に10回くらい行いましたが、そうすると今度は西洋剃刀(両刃)の剃り心地はどうなんだろうか、と気になり、調べてみてゾーリンゲンのDovoというメーカーの西洋剃刀を試してみました。DOVO Solingen – Razor Pakkawood red, 1/1 full hollow ground, 141583というのです。(hollowというのは刃の断面のカーブの付け方の急さ加減を言う物です。)
まず、髭を剃る道具としての完成度は、西洋剃刀の方が長い歴史があるだけ若干優れていると思います。刃渡りが日本剃刀よりも長く、また刃の厚みが若干日本剃刀よりも太い感じがし、その分剛性感があります。日本剃刀だと力を入れすぎると、刃が歪んであらぬ所を切りそうな気がして恐る恐る剃っている感じですが、西洋剃刀だとある程度力を入れても平気な感じです。なので結果としてその分日本剃刀よりも剃り残しが少なかったです。でも深剃りが利く、という程ではないのは日本剃刀と同じです。また刃渡りが長い分、もみあげ部を剃るのが速いように思います。更には柄がついているということも、全体の重量のバランスが取りやすく、悪くありません。刃が若干太く感じるといってもそれは多分片刃と両刃の差で、刃の鋭さが日本剃刀に比べて落ちるということはなく、十分なシャープさを持っています。
また、両刃で方向性がない、というのも自分で剃る時は大きなメリットです。しかしだからといって、顎部のような所は直線的な刃では剃りにくいのは日本剃刀と同じです。
日本剃刀でも西洋剃刀でも単刃のメリットというのは、皮膚が傷つきにくいということかと思います。私は元々剃刀負けしやすく、安ホテルの備え付けの安全剃刀で剃った時は血だらけになったこともあります。日本剃刀でも西洋剃刀でも、若干血が滲んだり、また軽く切ってしまうことはありますが、ほとんど痛みはない感じです。また剃った後がヒリヒリしたりもしません。その意味で一枚刃の剃刀は多枚刃や電気シェーバーより肌には優しいんではないかと思います。
日本剃刀も西洋剃刀も、剃るのに時間がかかるのでは、と思われる方もいるかもしれませんが、実際には5分くらいしかかかりません。結構最近お風呂で剃るのが楽しみになっています。

日本剃刀を研ぐ(刃こぼれ修正)


日本剃刀の刃の状態を数回使った後X15倍のルーペでチェックしたら、一箇所刃こぼれがありました。念のため中国製のデジタル顕微鏡の「PlumRiver デジタル顕微鏡 デジタルマイクロスコープ 最大倍率 300倍〜500倍」で撮影してみましたが、結構ちゃんと写りご覧のように明らかに刃こぼれがあるのを確認できます。
これは#1000ぐらいから研ぎ直さないとダメだと思い、次の順で研ぎました。

(1)キングハイパー1000→(2)ナニワ研磨 日本製 堺伝 和砥石 20mm厚 粒度:4000→(3)キング 研ぎ器 刃物超仕上用砥石 台付 #6000 最終超仕上用 S-1→(4)天然砥石奥殿戸前→(5)奥殿戸前に液体石けんを数滴垂らしたもの→(6)革砥で仕上げ
その結果、2枚目の写真のように刃こぼれは消えてきれいな直線状の刃になりました。天然砥石に液体石けんを垂らすというのは、岩崎航介氏の本にあったものを採用したものです。(本ではシャンプーでしたが。)

岩崎重義作の日本剃刀


岩崎重義作の日本剃刀1丁掛を購入。¥32,400とかなり高価ですが、替え刃式剃刀を買うのを止めて、3年ぐらい使い続ければ元が取れるかと。
岩崎重義氏は、「刃物の見方」の岩崎航介氏の息子さんです。本当は玉鋼製なんですが、今は材料の入手に問題があるのか、これはスウェーデン鋼製です。ヤフオクで玉鋼のが出ていましたが、私が見た時点で100,000円を超していたので、さすがに入札はしませんでした。
で、早速自分の髭を剃ってみましたが、おっかなびっくりで剃ったので、結局ちゃんと剃れていなくて、シェーバーでもう1回剃り直しました。これ日本式の刃物なんで、片刃です。断面を見るとかなり強い裏スキがしてあります。片刃ということは剃る方向性があるということで、理髪師がお客さんの髭を剃る分には問題ないでしょうが、自分の顔を剃る時は結構これ大変です。
で、研ぎですが、附属の説明書ペラ一枚には、
・始め強めに、最後は剃刀の重さだけで研ぐ
・最初はストロークを長めにし、徐々に短くしていく
というコツが書いてあります。
包丁の研ぎの場合は、ミクロで見ると微小なノコギリ状の刃の状態で仕上げます。その方が切れ味としてはいいからです。しかし剃刀の場合は肌に当てるので、ノコギリ状の刃はダメで、刃先が一直線になるまで研ぐ必要があります。砥石は天然砥石の堅めのもの、私が持っているのでは戸前がいいと思います。人造砥石の場合は#12,000を使います。シャプトンとナニワ研磨工業から製品が出ています。岩崎航介氏が紹介しているように、シャンプーを数滴垂らして潤滑性を上げて研ぐといいかもしれません。

研ぎ水が酸性になる砥石を中和するには→重曹ではなく洗濯用ソーダ

Wikipediaの「日本刀研磨」の項は、ほとんど私が持っている永山光幹の「日本刀を研ぐ」を参照して書いてあり、あまり目新しい情報はありません。また、研ぎ水を弱アルカリ性にするため炭酸水素ナトリウム(重曹)を加えると最初書いて有りましたが、炭酸水素ナトリウム(重曹)ではなく炭酸ナトリウム(洗濯用ソーダ)の間違いです。(証拠として、日本で日本刀の研ぎ用の砥石その他のほぼ唯一の専門店といってよい並川平兵衛商店でも、販売しているのは精製ソーダ{炭酸ナトリウム}です。
それで家の研ぎ桶(キッチンシンクに丁度収まるサイズ)で一応実験してみました。熱帯魚の水槽用のpHメーターで測定しました。(一応pH7の校正用の水で校正しました。)
(1)炭酸水素ナトリウム(重曹)の場合
何も入れないで、水道水だけを貯めた状態:pH6.67
炭酸水素ナトリウムを計量スプーン大すり切り一杯を入れてかき混ぜた後:pH7.74
(2)炭酸ナトリウム(洗濯用ソーダ)の場合
何も入れないで、水道水だけを貯めた状態:pH6.57
炭酸ナトリウムを計量スプーン大すり切り一杯を入れてかき混ぜた後:pH10.38
ちなみに、炭酸ナトリウムはまだ水に溶けますので、pHを11ぐらいまで上げられます。それに対し炭酸水素ナトリウムは水にあまり溶けないので、これ以上増やしてもpHは大きくならないと思います。

結論:炭酸水素ナトリウム(重曹)では、気休め程度の弱アルカリ性にしかならず、一部の天然砥石によって研ぎ水が酸性になるのを防止するには炭酸ナトリウム(洗濯用ソーダ)を使った方が効果的。(ただ、炭酸ナトリウムは洗濯に使われるくらいで脱脂効果が強く、ゴム手袋などを使わないと手が荒れます。)

ちなみに、炭酸ナトリウムは洗濯用だけでなく、こんにゃくを作る時にも使われるため、並川平兵衛商店でなくてもAmazonその他で簡単に買えます。

なお、天然砥石でどのくらい酸性になるかは、以前手持ちの天然砥石をいくつかリトマス試験紙でテストしたことがあります。その中では「巣板」が2種類ありますが、どちらも青色のリトマス試験紙をピンク色に変えました。リトマス試験紙で正確なpHを測定することは出来ませんが、それなりの酸性になっているようです。(pHメーターは溶液がある程度の量ないと測定出来ないので、砥石の砥汁のpHをpHメーターで測定することはほぼ不可能です。)ちなみに、以前からこのコッパの巣板で鋼の刃を研ぐと、研いだ後すぐに刃が茶色く変色する(錆が発生している)ことに気がついていました。京都の砥取屋さんのページでも巣板の中にそのようなものがあることが記載されています。

 

岩崎航介の「刃物の見方」

岩崎航介の「刃物の見方」を読了。ある日本刀屋のHPに紹介されていて買ったもの。著者は1903年の明治生まれで、刃物の町として有名な新潟の三条市の出身。父親が刃物の卸をやっていて、第一次世界大戦の間にドイツやイギリスの刃物が供給されなくなった間隙を突いて、インドなどのアジアへナイフの輸出を拡大します。しかし戦争が終わってゾーリンゲンなどにある欧州のメーカーが復興すると、その性能にはまったく敵わず、次第に押されてその会社は結局他社に買収されます。主人公はその息子としてドイツ製の刃物に品質で打ち勝つには、日本伝統の日本刀の技術、正宗の名刀の技術でナイフを作れば絶対に負けないと考えます。それでまず日本刀の研師に入門し、その後鎌倉のある刀鍛治の弟子になり、日本刀鍛造の基礎技術を身につけます。それだけに留まらず、日本刀の品質の秘密を知るためには、多数残されている刀鍛治達の秘伝書を読むことが必要だと考え、逗子高校の教師として働く一方で東大の国史に入学し、古文書の読み方を学びます。そこを卒業した後、更に刀剣の金属としての分析が必須であると考え、理系科目も独習して今度は東大の工学部に入り直します。学部で5年間、大学院でも3年間学び、卒業した時には36歳になっていました。学びながら全国の刀鍛治を訪ね歩き、そこに伝えられている秘伝書をほぼすべて見せてもらい、その内容を解読します。しかし秘伝書はそのほとんどが江戸時代に書かれたもので、日本刀の品質がもっとも優れていた平安時代から鎌倉時代のものは一つもありませんでした。また江戸時代の刀鍛治が「正宗の刀の秘密を見出した」と書いているのは、筆者が確認した限りでは全て嘘か思い違いで、刀鍛治は炎を見続けた結果、晩年には目を悪くして、正宗に遠く及ばない技術を正宗に追いついたと誤解したのだろう、と結論づけます。こうして、「正宗の日本刀の秘密を解き明かし、それをナイフなどの刃物に応用する」という筆者の一生の夢は挫折します。
その後筆者は、昭和天皇の理髪師だった人が、「日本製の剃刀で天皇陛下のお顔は剃れない」と発言しているのを知り、ドイツやイギリスなどの剃刀と日本製の剃刀の硬度などを調べ、確かに日本製の方が品質が劣っていることを確認します。それで世界でもっとも純度の高い鋼である出雲の玉鋼で剃刀を作ったら外国製に負けない剃刀が出来ると考え、国の助成金をもらって日本剃刀の製造に従事します。試行錯誤があって、玉鋼での剃刀製造は難航しましたが、最終的には欧州メーカー製の切れ味、切れ保ちをはるかにしのぐ日本剃刀が完成します。しかし、玉鋼は焼き入れの工程で一定部分が割れてしまったりして歩留まりが悪く、玉鋼で作った剃刀は高価になって、かつ製造本数も限られていて商売としては成功しませんでした。(なお、この日本剃刀は、航介氏の息子さんの岩崎重義氏によって今でも作り続けられています。しかしAmazonで買えるものは現在スウェーデン鋼製であり、玉鋼のものはもうほとんど入手出来なくなっているようです。)
面白いエピソードとしては、吉川英治の「宮本武蔵」の空の巻に、「厨子野耕介(ずしのこうすけ)」という本阿弥光悦の弟子である日本刀研師が登場しますが、これが岩崎航介氏をそのままモデルにしたものだそうです。(岩崎氏は当時逗子市に在籍。)何でも、氏が日本の大衆小説での日本刀の描かれ方が間違いだらけなのに立腹し、その代表者として吉川英治氏を選んで談判に言ったそうです。吉川英治がその談判の内容を面白がって、そのまま宮本武蔵の中で、厨子野耕介に武蔵に対して語らせているそうです。また、私にとって嬉しかったのは、ある時岩崎氏が大衆小説の挿絵画家に対し、日本刀の絵が間違っていることを指摘した事があります。白井喬二がその画家から話しを聞いたのではないか、ということで白井喬二が日本刀について書いたエッセイには間違いがなかったことを紹介しています。
最後の方に天然砥石について書いてあって、これがまた目から鱗です。三河の名倉の砥石は元々刀剣用のコマだけが売られていて、残りのものは砥山の坑道を支える詰め物に使われていただけだった。その内良質なコマの産出が減ると、コマ以外も売れるようになり、詰め物にしていたのが再度引っ張り出されて販売されたのだそうです。また、京都の本山砥のうち、からす砥がもてはやされるけど、あれは昔は不良品として捨てられていたもの。それを頭の良い行商人が安く買って、良い砥石と宣伝して高く売ったので、高価で取引されるようになった。しかし元々不良品なので決して最良の刃はつかないので、剃刀には使ってはいけないと主張されています。また剃刀研ぎの仕上げに、天然砥の上にシャンプーを2、3滴垂らして研ぐという方法が紹介されています。
ともかくも、こんな面白いかつ素晴らしい方がかつていたんだということが分かって楽しい読書で、得る所も多かったです。