NHK杯戦囲碁 村川大介9段 対 河野臨9段(2022年9月18日放送)


本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が村川大介9段、白番が河野臨9段の対戦です。両者棋士の中のポジション的には近い位置にありがっぷりかみ合う対局です。白は珍しく両三々の布石、黒は両小目でした。黒が左上隅に二間にかかり白がケイマに受けたのに、黒は左辺から両ガカリ風にはさみ、白がコスミツケて黒が立って、白が中央に一間トビして上辺と左辺を見合いにしました。黒が上辺で二間に開いたので、白が左辺の星下へ挟む展開になりました。ここで左下隅の三々に対し星に肩付きしたのがいわばAI風の打ち方でした。白の這いに軽く一間に飛び、白が割り込んで黒が上から当て、白が継いだところで黒は手抜きし、左辺の白にボウシしました。ここからギシギシと石の絡み合う戦いになりました。結局白は左辺を捨てて中央を厚くし、切り離された下辺の黒4子を小さく取るのは出来ましたが、右下隅の黒の肩を衝いて下辺を目一杯拡げました。こうなると黒は取られかけていた4子を動き出す一手でした。この後の黒のサバキが見事で、黒は中央への進出を見せながら巧みにサバキました。その代償として右下隅を若干利かされましたが、結果として白の一等地で無理なく活きて、ここで黒が優勢になりました。白はその後上辺の黒模様に打ち込んでいったりして挽回を図りましたが、差は縮まらず、結局白の投了となりました。

ジョー90の”See You Down There”

ジョー90の”See You Down There”を観ました。この時期のドラマによくある幻覚もの。悪辣だが合法のギリギリの範囲で株価を操作して会社を乗っ取っていくある会社の経営者に、その行動を止めさせるために、WINが乗り出すという話です。マクレーン教授がまずその会社に乗り込んで、給仕人に化け、その経営者にお茶を飲ませます。マクレーン教授はそのお茶にはドラッグが入っていて、解毒剤を飲まないと幻覚を見続けると言ってその経営者を脅します。その経営者はそれをブラフとして信じません。そこからWINとジョー90が、その経営者に対して幻覚を見ていると信じさせるための、色んな馬鹿げた仕掛けを作ってその経営者がこれまでのような行動を止めさせることが条件の契約書にサインさせようとします。ジョー90は今回は、声帯模写の名人の脳波を移して、その経営者の声で部下に無意味な命令を出したり、架空のテレビ番組を作ってその経営者の家のテレビに映したりします。まあ原子力潜水艦シービュー号でもシーズン4あたりはこうしたドラッグでラリったような話がいくつかありましたが、1960年代後半の一種の流行ですね。

トワイライト・ゾーンの”The Mighty Casey”

トワイライト・ゾーンの”The Mighty Casey”を観ました。トワイライト・ゾーンには珍しい野球ものです。ホーボーケン・ゼファロスというプロ野球チームは32年間優勝したことがなく、その年も首位から大幅に離されて下位に低迷していました。そのチームのトライアウトに、変な科学者がやって来て、ケイシーというピッチャーを連れていました。このケイシーをテストしてみたら、超剛速球、信じられない軌道の変化球、そして打者が待ちきれないで2回も空振りするスローボールと、スーパー投手でした。早速採用されたケイシーでしたが、実はその科学者が作ったロボットですが、球団はそれは内緒にして雇います。チームはケイシーの活躍でたちまち白星街道を突き進みます。しかしある日ケイシーはビーンボールを頭に受けて、入院することになります。そこで医者の診察により、ケイシーには心臓が無く、ロボットであることがバレます。医者がコミッショナーに連絡し、選手は人間でなけらばならず、心臓が無いものは人間ではないので、ケイシーは試合に出場出来ないと言います。それならと、科学者はケイシーに心臓があればOKなのか、と聞き、コミッショナーはYESと答えます。科学者は首尾良くケイシーに人工心臓を付けて、ケイシーがまたマウンドに立ちました。しかし彼の投げるボールは威力が無くなっていて、めった打ちでKOされます。実は心臓を付けたことによってケイシーには人間のような同情心が生れ、相手の選手に同情して速い球を投げなくなったのでした。ケイシーは首になって慈善活動を行うためにチームを離れます。科学者が別れ際に監督にケイシーの設計図を渡します。そこでおそらく監督が、ケイシー2号、3号(但し同情心抜き)を作ってもらうことを思い付き、それでチームがワールドカップで優勝、というのが匂わされて終ります。
なんかちょっと捻りが単純すぎてあまり感心しませんでした。人造人間キカイダーの良心回路による葛藤とかの方がよほど話としてはレベルが上のように思います。なお、ケイシーという名前は「ケイシー打席に立つ」という有名な野球詩から取ったもので、ホーボーケン・ゼファロスも当時観ていた人には、おそらくあのチームがモデルだな、と分ったものらしいです。

50シングルアンプのキット、製作中。

50シングルアンプのキット、少しずつ配線しています。配線だけなら2/3は終ったと思います。後はコンデンサーと抵抗の取り付けです。ともかく重くてでかいので動かすのが大変です。また配線材について、これまで私が使っている配線材は太すぎるかな、と思っていたのですが、このキットに付いていた配線材は私の手持ちのものより太めでした。細い線材の方がまとめやすくて、見た目は綺麗になりますが、音質的には太い配線材の方がいいと思います。なお、私はシールド線は使わない方針だったのですが、このアンプは縦のサイズが長く結構線を引き回さなければならないのと、シャーシアースじゃないんで線をシャーシに這わせてもノイズ削減効果が期待出来ないので、大人しく付いていたシールド線を今回は使いました。

デイヴィッド・グレーバーとデイヴィッド・ウェングロウの”The Dawn of Everything”

Facebookの紹介でこの本が出てきて、内容が学生の頃から私が思っていることにかなり近いので、取り寄せてみました。私は昔から「発展段階説」が大嫌いで、例えば日本のいわゆる「縄文時代」について、原始共産制みたいなユートピアでもなく、逆に現代から見て文字通り「原始的」で常に飢えに脅かされて必死に狩猟採集を行っていた時代とも思っていません。この本は、いわゆる原始時代の社会構造がきわめて多種多様であって、現代人が考えるような低レベルのものではないことを、様々な考古学や文化人類学の事例を元に論じているようです。同様の本にマーシャル・サーリンズの「石器時代の経済学」がありますが、そこでの議論からどう発展しているかに興味があります。
ちなみに、日本の原始時代を「縄文時代-弥生時代ー古墳時代」とするのはマルクス主義的な発展段階説に毒された結果であり、私は異を唱えています