小林信彦の「オヨヨ島の冒険」

jpeg000 69小林信彦の「オヨヨ島の冒険」を再読。いうまでもなくオヨヨ大統領シリーズの第1作で、最初は子供たちに向けて書かれて、小学五年生の女の子が主人公です。この女の子は、小林信彦の長女がたぶんモデルで、私とほぼ同年齢なので、この作品に出てくる1970年当時のギャグはほとんど説明不要でわかります。逆に今の子供だったら、ニコライとニコラスのモデルがコント55号だっていっても何のことだかわからないでしょう。パパのあだ名がヒゲゴジラっていうのも。
ルミのおじいちゃんが瀬戸内海の孤島で一人暮らしているという設定は、ちょっと高橋和己の「散華」を思い出させます。

筒井康隆の「ビアンカ・オーバースタディ」

jpeg000 63筒井康隆の「ビアンカ・オーバースタディ」を読了。
昔、「時をかける少女」のジュブナイル小説を書いた筒井康隆がライトノベルに挑戦したもの。といっても筒井康隆なんで、そのまま単なるライトノベルを書くはずがなく、ライトノベルでありながら、ライトノベルのパロディ、からかいになっています。
「涼宮ハルヒ」シリーズのいとうのいぢのイラスト付き。
目次を見るだけで既に爆笑で、全部の章が「~スペルマ」で終わっています。
第一章 哀しみのスペルマ
第二章 喜びのスペルマ
第三章 怒りのスペルマ
第四章 愉しきスペルマ
第五章 戦闘のスペルマ
何でかというと、美少女高校生のビアンカが生物部という設定で、放課後にウニの生殖実験をやっていて、それにあきたらず人間の生殖を観察したくなって、自分のファンの下級生の男子のスペルマを採取する(つまり抜いてあげる)から、こういうタイトルになっています。
ラノベながら、ちゃんとSFにもなっていて、かつ文明批判的な要素も入っており、また筒井康隆自身の60-70年代のスラップスティックの雰囲気がよく出ています。
筒井康隆ももう80歳を超えているんでしょうが、こういうのをまだ書ける、っていいと思います。

小林信彦の「一少年の観た<聖戦>」

jpeg000 59小林信彦の「一少年の観た<聖戦>」を再読。「ぼくたちの好きな戦争」と対になる本で、小林信彦自身が体験した戦前・戦中・戦後の時代を主として映画の観点からまとめたものです。なので「見た」ではなく「観た」になっています。戦争は特撮技術とアニメの技術を進化させ、また戦争中でありながら、黒澤明の「姿三四郎」や、稲垣浩の「無法松の一生」といった優れた映画が封切られています。戦争に入っても映画を見続けた小林少年ですが、それは集団疎開、縁故疎開の二度の疎開で中断を余儀なくさせられます。
戦争中、チャーチルやルーズベルトに対するどぎつい風刺漫画を書いていた近藤日出造が、戦争が終わると同じタッチで獄中の東条英機を風刺する漫画を発表し、小林信彦は「それはないだろう」という感想を述べています。

フレドリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」

jpeg000 58フレドリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」をこの歳になって初めて読みました。フレドリック・ブラウンは学生時代に短編集を読みましたが、長編を読むのは今回が初めてです。読み終えての感想は、これってSFである必要あるのかな?ということでした。「火星人」として描写されているものが、たとえば「悪魔」でも何の問題もなくこの小説は成立してしまうように思います。訳者の稲葉さんも指摘していますが、この小説はSFというより哲学小説(唯我論をテーマにした実験小説)と思うからです。
この作品はSFの中でのベスト作品の一つとして扱われていますが、今の時代の眼で見て、SFって何なんだろう、と改めて考えてしまいます。

小林信彦の「オヨヨ大統領の悪夢」

jpeg000 54小林信彦の「オヨヨ大統領の悪夢」を読了。オヨヨ大統領シリーズの8作目です。「クネッケ博士のおかしな旅」を除くと、オヨヨ大統領が明示的に登場する最後の作品です。作者自身はオヨヨ大統領シリーズには入れていない、という情報もあります。この作品では、オヨヨ大統領は作者と同じ世界に所属して、作者に電話をかけてくる、という形で登場します。その意味でオヨヨ大統領は今回脇役で主役は作者である小林信彦自身です。オヨヨ大統領が作者を脅迫するために睡眠薬を買い占めたり、沖田総司が現代に蘇って芸能界でスターになったり、作者が真奇郎という編集者を様々なミステリーのトリックやあげくの果てはSFのトリックで殺そうしてことごとく失敗したり、と趣向を凝らした4つの話が収められています。また最後の「華麗ならざるエピローグ」ではシリーズ全体をひっくり返しかねないようなオヨヨ大統領の述懐が登場します。