大月悠祐子の「ど根性ガエルの娘」3巻

大月悠祐子の「ど根性ガエルの娘」、第三巻を読了。予告で「衝撃の第15話」って書かれていたからどんなものかと思っていましたが、正直な所あまり衝撃を受けるようなものではなく、第1巻、第2巻の流れから十分予想できるような内容でした。ただ、1、2巻に比べると、より大月悠祐子自身が全面に出てきている内容になってきています。ある意味「親を克服しようとする子供」の普遍的なお話としても読むことができます。この巻では元々連載していて週刊アスキーの編集部が、「一度壊れてしまった家族だけど、その後元通りになって良かったね」的にまとめようとしたのを、大月悠祐子が拒否して原稿を引き上げ、結局連載が「ヤングアニマルdensi」に移ってそこで続くことになります。私はこの3巻で終わりかと思っていましたが、まだ続いています。ここで読めます。

大月悠祐子の「ど根性ガエルの娘」1、2巻

大月悠祐子の「ど根性ガエルの娘」1、2巻を読了。
吉沢やすみの「ど根性ガエル」については、私が9歳の時少年ジャンプでの連載が始まっており、まさにど真ん中世代です。ジャンプ特有の人気が出るととことん連載を引っ張るというシステムのせいで、当時から吉沢やすみがネタに詰まっていることは読んでいる方でも理解していました。その時、吉沢やすみが取った手段は、ネタに詰まると登場人物を増やすということで、たぶん連載の最後の方は登場人物が100人くらいになったんじゃないでしょうか。また、「ど根性ガエル」の後の作品もいくつか読んでいて、人気が出なくて苦労していたのも記憶しています。ギャグ漫画家というのは本当に大変で、継続してネタを出していくのはかなり至難の業だと思います。長く続けられる漫画家って、この本にも書いてありましたけど、さいとうたかおみたいにプロダクション作ってシステム化して他人の知恵を借りないと無理ですね。
この作品の吉沢やすみは、ギャンブル依存で、DVに走り、娘のお金を盗み、といい所がないようですが、それは結局吉沢やすみが本物のアーチストなんだと思います。そんな中、奥さんと結婚するきっかけは、本当のピュアラブという感じでほっこりします。
ストーリーとしては、第3巻の15話で衝撃の展開になるみたいで、それを読んでみないとまだ何とも言えません。

第二次「苦楽」

白井喬二の「先覚者」の続きが読みたくて、「苦楽」の昭和23年4月号を入手したのですが、何と載っていないです。しかも白井作品だけでなく、すべての連載の続きが掲載されておらず、ページ数も3月号が240ページあったのに対し、4月号は64ページと激減しています。Wikipediaで調べた所によると、用紙事情が悪化したのと、経営権を巡っての内紛があったみたいです。
(第二次苦楽は結局3年で廃刊になります。)
この表紙の美人画は鏑木清方で、当時「江戸趣味」と言われたみたいです。

佐藤卓己の「『キング』の時代 国民大衆雑誌の公共性」

佐藤卓己の「『キング』の時代 国民大衆雑誌の公共性」を読了。白井喬二の未読作品を求めて、「キング」の戦前のものを十数冊買い込んだことがこの読書につながりました。出版元は岩波書店で、戦前は「岩波文化と講談社文化」という形で対比された両出版社の片方である岩波が講談社の雑誌についての本を出すというのがまず面白いです。
色々事実関係で知らなかったことが多くありました。まずは大日本雄弁会講談社の出す9つの雑誌が、戦前の一時期の全雑誌の部数の実に8割を占めていたという驚きの事実です。講談社は今も一流の出版社でしょうが、今は一流の中の一つぐらいの存在感しかありませんが、戦前はもう圧倒的だったということです。もう一つは、大日本雄弁会講談社が「キング」を創刊するにあたって、婦人雑誌を真似したということです。創刊当時、一番部数が出ていたのが婦人雑誌だからです。その婦人雑誌がファッション小物などの高価なものを附録につけるということを既に大正時代にやっていました。割と最近女性誌がブランド小物を附録につけることをやっていましたが、それは大正時代から行われていたことでした。「キング」はこれに学んで毎号豪華な附録をつけます。特に色々な地図は中国大陸で戦っている兵士にも重宝がられました。もう一つ、これは白井喬二を理解する上で重要ですが、昭和一桁の頃は、キングの誌面のかなりの部分が大衆時代小説で占められていました。白井喬二も多くの作品を「キング」に発表しています。これに対し昭和10年代に入り、国民総動員体制が進んでいくと、掲載される文芸作品の多くが「現代物」になっていき、時代小説がどんどん減っていきます。国家の緊急時に、時代物は悠長すぎると思われたのでしょう。白井喬二は昭和14年に自身初めての現代物である「地球に花あり」をサンデー毎日に連載しますが、そういう時代の要求を受けて、敢えて慣れない現代物に手を染めたのでしょう。白井喬二を含む時代小説作家にとって不幸だったのは、戦争が終わったら今度はGHQから「封建思想を助長する時代物はけしからん」という圧力がかかったことで、結局白井喬二は戦後十分に活躍できなかったと思います。これに対し、吉川英治は戦前に書かれた「宮本武蔵」を戦後は書き直して出版して、国民作家になるのですが…
白井喬二に話が逸れましたが、この本は雑誌キングの性格を多面的に捉えて、かなり読ませるし情報量も豊富です。もっとも私からすると左翼から見たキングの章はなくてもいい感じでしたが。

白井喬二の「本能寺前夜の織田信長」

白井喬二の「本能寺前夜の織田信長」を読了。「歴史読本」の昭和36年5月号に掲載されたもの。織田信長の蘭語の通詞であった石井左内がある日空でトンビが何やら字を書いているように飛んでいるのを見ます。その字は「芙蓉」に読めました。左内はそれを天の知らせと解釈し、吉か凶かの判断に思い迷います。また、最初はそれを信長に上奏しようとしますが、蘭僧である有留巌(うるがん)に相談したら、不吉だから信長には言うべきではないと止められ、結局信長には言わないままになります。一方で信長自身は、自ら戒めとしていた、過去の勝ち戦を振り返らない、というのを破ってしまい、桶狭間の戦いの夜に信長が敦盛を歌ったのに合わせ舞った侍女と昔話をしてしまいます。そしてそれ以来国内にはもはや敵はいない筈なのに、桶狭間の時の今川軍のように敵に襲われて敗れる夢をしきりに見ます。そして結局本能寺の変が起き、左内のトンビの文字の解釈による不吉の予感も、信長の敵に襲われる夢も、どちらも的中する、という話です。