金原亭馬生の「そば清」

jpeg000-237今日の落語、金原亭馬生の「そば清」。落ちについてはどこかで読んだか何かで知っていました。蕎麦賭け(蕎麦の大食いの賭け)の名人の清さんが、山の中でうわばみが人を吞む所を目撃する。うわばみは腹が膨れて苦しんでいる時に、側に生えていた赤い草を舐めて、たちどころに腹の膨れが治まる。それで清さんはそれを消化の薬だと思いこむ。蕎麦賭けで食べ過ぎた時にその草を清さん自身が試してみたら、蕎麦が消化されるんじゃなくて、自分が溶けちゃった、というお噺。

谷崎潤一郎の「武州公秘話」

jpeg000 229谷崎潤一郎の「武州公秘話」を読了。この作品は博文館の「新青年」に1931年から32年にかけて連載されたものです。小林信彦の「四重奏」の所で紹介したように、博文館から渡辺温が谷崎の原稿の催促にやってきますが、その渡辺が夙川の踏切で乗っていたタクシーが貨物列車にぶつかるという事故で亡くなります。谷崎はこれに責任を感じ、「新青年」にまず随筆を載せ、その後この「武州公秘話」を連載します。
お話は、ある種の変態的(嗜虐的)な性欲を持った武将の話です。小林信彦が谷崎の真似をして、フェティシズムにふける人物を小説に登場させることがあるのですが、小林が描く人物は単なる「ヘンタイさん」レベルの軽いものでしかありません。それに対し、本家の谷崎の書くものはどっしりと重く、おどろおどろしさが半端ではありません。
またこの作品は、谷崎が大衆小説を高く評価していて、自分でも試みたものですが、ストーリーテリングとしては、必ずしもうまくはなく、途中で筆を擱いたという感じになっています。そのため、武州公の本格的な変態ぶりはほとんど描かれることなく終わってしまっています。これについては、谷崎はずっと続編を書く気持ちを持ち続けていたようですが、結局果たせませんでした。
さらに、この作品では「筑摩軍記」「見し夜の夢」「道阿弥話」といった架空の書物から引用するという形で書かれていて、この辺りが大衆小説から学んだ技法かもしれません。

三遊亭圓生の「百川、文七元結」

jpeg000 226本日の落語、六代目三遊亭圓生の「百川、文七元結」。
「百川」は、有名な料亭の百川に勤めることになった、田舎者で百姓出身の百兵衛が、訛った言葉で勘違いを引き起こすお噺です。「主人家に抱えられた」が「四神剣の掛け合い人」に聞こえてしまい、魚河岸のお兄いさん達は、祭の出費が嵩んで、預かった「四神剣」を質入れしてしまっていたから、パニックになります。
「文七元結」は、これまで志ん朝、志ん生のものを聴いています。圓生はさすがにうまいと思います。この噺の聴かせ所は、長兵衛がお久を吉原に預けて作った五十両の金を、見ず知らずの文七にくれてやってしまうのにいかに不自然さを出さないかだと思いますが、圓生は長兵衛の葛藤がよく表現できていると思います。

白井喬二の「神曲 左甚五郎と影の剣士」

jpeg000 230白井喬二の「神曲 左甚五郎と影の剣士」を読了。白井喬二の1972年の書き下ろし作品。白井喬二の作品はほとんどが雑誌や新聞に連載されたもので、書き下ろし作品とされたものを読んだのはこれが初めてです。1972年といえば、白井喬二はもう83歳です。何でも昔の読者から、以前のような作品を書いて欲しいと頼まれて書いたものだそうです。さすがに戦前の作品に比べるとかなり落ちる作品ですが、主人公の「影の剣士」こと、森十太郎は、なかなか不思議な魅力のある人物です。学者であった父親に学問と武芸を仕込まれて、若くして天才児と呼ばれ、文武両道に優れた人間になるのですが、ある時から逆に身についたものをどんどん捨てていこうとします。その過程で妻を7人変えたりしています。(もっともこれは本人がそういうだけで本当かどうかは分からないのですが。)結果的に剣については、十全剣法というものを完成し、名だたる剣の名人と斬り合ってもまったく危なげなく勝ってしまう程の腕になります。この「影の剣士」が、ある幕閣から、ある人物の顔を持った「貘(ばく)」の像を彫って欲しいと頼まれた左甚五郎の用心棒をします。この幕閣は、政敵を追い落とそうという陰謀を込めて、左甚五郎に像を頼んだのでした。しかしながら、甚五郎はそうした背景をある程度知りながらも、芸術家らしい野心でその像を引き受けます。
これがもしかしたら白井喬二の最後の長編なのかもしれません。そう考えるとちょっと寂しいです。

三遊亭圓生の「夏の医者、庖丁、佐々木政談」

jpeg000 226今日の落語、六代目三遊亭圓生の「夏の医者、庖丁、佐々木政談」。
「夏の医者」は以前、桂枝雀で聞いたことがあります。枝雀のは所作がかなり大きいダイナミックなものでしたが、圓生のはごくオーソドックスです。
「庖丁」は、友達に間男の役を演じさせ、女房に難癖つけて縁を切って売り飛ばしてしまおうとたくらむけど、結局その友達と女房が出来てしまうという、「駒長」にちょっと似た噺。
「佐々木政談」は以前志ん朝ので聴きました。一休さん頓知噺にも似た、利発な子供のお噺。