上坂冬子の「東京ローズ 戦時謀略放送の花」を読了。
Tokyo Roseとは、太平洋戦争中にNHKが英米豪軍向けの謀略放送として短波で放送していたゼロアワーという番組に参加していた女性DJに対して、米軍兵士が付けたあだ名です。この放送には4~5人の英語がネイティブレベルの女性アナウンサーが参加していました。その中の一人がアイバ・戸栗・ダキノで、彼女は日系2世のアメリカ人で、昭和16年の夏に重病だった叔母を見舞うために日本を訪れ、その父親から日本の暮らしを体験して欲しいということで滞在を続けている内に真珠湾攻撃で日米の戦争が始まり帰国出来なくなります。生活のためタイピストをしていた所、英語に堪能ということでNHKに引き抜かれ、アメリカ国籍ということを隠してゼロアワーのDJとして働き始めます。謀略放送といってもジャズをかけて、「あなたたちのお船は全部日本軍が沈めたから、アメリカに帰る船はないはよ」といった他愛も無いもので、むしろ女性の声に飢えていたアメリカ兵士の間で人気になり「東京ローズ」というあだ名が付けられました。戦後アメリカの多くのジャーナリストが来日して、東京ローズの正体を突き止め、独占インタビューをしようとします。そこに軽薄にも名乗ったのがアイバ・戸栗さんで、そのことが彼女の運命を狂わせます。最初戦犯として東京裁判で裁かれますが、実際的に放送は大した効果は上げていないので無罪になります。しかし、アメリカに帰国した彼女は「国家反逆罪」の容疑で逮捕され、裁判で懲役10年、アメリカの市民権剥奪という重罪を受けます。懲役そのものは模範囚として6年半ぐらいで釈放されますが、その後も市民権は回復されず、特赦の請願が3回目の1976年にようやく認められます。このルポは丁度その前後に書かれています。それで彼女の周りの色んな人の証言が丹念に集められていますが、ほぼ全てにおいて真相は藪の中で、歴史というものを客観的に扱うということの困難さが非常に良く分かります。またちょっと感動したのは、アメリカやオランダの捕虜で謀略放送に無理矢理参加させられた人があの手この手で、放送の効果を無くそうとしていたことで、たとえば日本軍発表のフェイクニュースを読んだ後で、ネイティブだけが分かるスラングで「今のは全部冗談です」といったことを付け加えるようなことをしていました。また中には頭が弱い振りをしてアナウンサーの役を免れる一方で、トイレの中で毎日の記録を残していたオランダ人もいます。
東京ローズその人に対しては、アメリカの「国家への裏切り者」への制裁がいかに厳しいか良く分かりましたが、彼女がやったことがそれほどの裏切り行為とは私は思いません。ある意味戦争の犠牲者と言えると思います。