山形県の天童市の「天童ホテル」

ちょっと仕事で、山形県の天童市に行きました。泊まったのが天童ホテルです。将棋の町だけあって、過去に何度か将棋のタイトル戦がこのホテルでおこなわれています。2回将棋の名人戦が行われており(昨年の羽生善治 対 佐藤天彦、その前は羽生善治 対 森内俊之)、その前にも棋聖戦が行われていたようです。それからしっかり藤井ブームにも便乗していました。

手持ちのブラームス交響曲全集

手持ちのベートーヴェン交響曲全集はついに36種類になりました。では、手持ちのブラームス交響曲全集は?と思って取り敢えずすぐに見える所にあるのが21種類。でも、ベートーヴェン交響曲全集より少ない筈ないと思って家捜しして普段見えない所にしまってあるのを苦労して引っ張り出して数えてみたら何と60種類!まあブラ1を220種類集めた時の余波ですが。ブラームスの交響曲全集はたったの4曲だから、全集作るのが比較的簡単(今やCD2枚ですし)なんでしょう。

中里介山の「大菩薩峠」第10巻

中里介山の「大菩薩峠」第10巻を読了。ついに20代の自分が読み進めた所を追い越しました。といっても20代の時にどこまで読んだかをはっきり記憶している訳ではなく、もうとっくに追い抜いていたかもしれません。またこの長い小説のようやく半分を読み終わりました。この巻でも話は進まず、前巻で妊娠疑惑?のお雪ちゃんも結局どうなったのかはまだわかりません。宇津木兵馬は敵討ちを目指して白骨温泉に近づきながらも、またも偶然出遭った女性にうつつを抜かして道を逸れてしまう、というとことんヒーローになれない人物を演じ続けます。一方で道庵先生と宇治山田の米友は、色々なエピソードを残しつつ、木曽街道を西に向かいます。実家に一度戻ったお銀様は、継母とその子供(弟)への恨みから、屋敷に火を付け、二人をとうとう焼き殺してしまいます。また、水車小屋の与八を赤ん坊の時に青梅街道に捨てたのは、何と裏宿の七兵衛ではないか、という驚くべき展開もあります。この第10巻が書かれた頃は、関東大震災の後から昭和の初めで、白井喬二が大活躍していた頃です。この巻の中に道庵先生が「大岡政談」を「大衆政談」と読み間違えるという話が出てきて、「大衆」という言葉がその頃一般化してきたことがわかります。中里介山は「大菩薩峠」が大衆小説と呼ばれれることを終生嫌い、「大乗小説」と称していました。

クラウディオ・アバド/ベルリンフィルのベートーヴェン交響曲全集

クラウディオ・アバド/ベルリンフィルのベートーヴェン交響曲全集を聴きました。アバドは好きな指揮者ですが、ベルリンフィルとの組み合わせは何か水と油という感じがして違和感があり、これまでマーラーくらいしか聴いていませんでした。(何かの本で、ベルリンフィルの古参の団員が、カラヤンの時もフルトヴェングラーの時に比べベルリンフィルの音には変わりがなかった。しかしそれをアバドが目茶目茶にした、と言っていました。)しかし、先入観を排して聴いてみれば颯爽としたテンポの中々悪くないベートーヴェンでした。余談ですが珍しいと思ったのは、この全集はCD1が1番と2番、CD2が3番、4番という風に、完全にベートーヴェンの作曲順になっていることです。当たり前じゃないかと思われるでしょうが、手持ちの30数種類のベートーヴェン交響曲全集でこの順番になっているのはこのアバド/ベルリンフィルのだけです。何故ならば普通は3番と4番の演奏時間は合計で80分を超すので、一枚のCDには入らないからです。この全集では両方を合わせて79分29秒というCD収録時間の極限みたいな入れ方をしています。これはアバドのテンポがかなり速いからこそ可能になったのだと思います。

EF English Liveのウソ広告

TOEICのL&Rは今年965点取れたので、もう良しとし、来年からはS&Wを受けることにしています。ライティングは以前いた会社の研修で半年間の講義を受けたことがあります。しかしスピーキングについては、元々貿易の仕事をこれまで通算で15年ほどやっていましたのでそれなりに経験はありますが、残念ながら今やっている仕事ではあまり英語をしゃべる機会がありません。(書く機会はそれなりにありますが。)
そういう訳で、スピーキングを強化する手段を考え、結論としては英会話学校(AEON)に週1回行き、それでは足らないのでオンライン英会話もやることにしました。オンライン英会話は調べてみると多数のサービスがありますが、ほとんどがフィリピン人を講師とするものです。別にフィリピンに偏見を持っている訳ではありませんが、初級者や中級者ならともかく、この段階にまで達したならやはりネイティブから習いたいと考えます。それで色々探したら、EF English Liveというサービスがネイティブ講師を売り物にしていました。この写真にあるように、講師はほとんどアメリカ人かイギリス人であるように見せています。
しかし、実際に契約して6回ほどプライベートレッスンをやってみた講師の実態は以下の通りです。
1回目:ボストンに在住のアメリカ人女性。しかし、名字が「チャン」で明らかに中国系。週末はいつも中華料理を食べに行くといっていたので間違いないでしょう。
2回目:南アフリカの男性。
3回目:ドミニカ共和国に在住のアメリカ人。
4回目:南アフリカの黒人女性。
5回目:南アフリカの黒人女性。(4回目とは違う人)
6回目:南アフリカの黒人女性。(4回目と同じ人)
という具合で、実に6人中4人が南アフリカの講師でした。気になってWikipediaで調べたのですが、南アフリカの第1の公用語は確かに英語でしたが、2011年の国勢調査によれば、国民の内、英語を母語(第一の言語)とする人の割合はわずかに8.6%で、ほとんど都市部に住むオランダ系の白人やインド系の人に限られるとのことでした。ということは、ほとんどの人はまず最初に英語以外の言語を覚え(南アフリカには実に11もの公用語があります)、それから学校で英語を習うということになります。このことは、フィリピン人講師とまったく違いがありません。
このことについて、EF English Live側にクレームしましたが、返ってきた回答は、「(予約)時間が偏っているので別の時間を試して欲しい」ということでした。つまりは時差の問題で、当たりやすい国とそうでない国があると言いたいようです。しかし、時差の問題なら、南アフリカと1時間の時差しかないイギリス人講師が一度も出てこないのはきわめて不自然です。(ちなみに予約していたのは夜の8時か9時で、南アフリカ、イギリスとも昼間です。)しかも、「ではどの時間にすればアメリカ人やイギリス人講師に多く当たるのか」と質問しましたが、「そういう事は教えられない」という木で鼻をくくった回答でした。なお、EF English Liveの講師はあらかじめ一覧などでこちらが見ることが出来る訳でなく、プライベートレッスンを予約すると自動的に割り振られます。一度レッスンを受けた講師については、名前が判明するので次回からその講師を再度指名することは可能ですが、6回やってちゃんとしたネイティブのアメリカ人としては1回だけです。(ちゃんとしたと言っても何故かドミニカ共和国在住の人ですが。)
あまりにひどい対応なので、EF English Liveとの契約はキャンセルしました。現在はEigoxという別のサービスを試しています。こちらはちゃんと講師の一覧が表示され、国籍、性別、経験年数などを指定して検索し講師をこちらから選ぶことが出来ます。EF English Liveよりはるかにマシと思います。
ともかく、EF English Liveの写真の広告は詐欺に近いと思いますので、ここで晒しておきます。

中里介山の「大菩薩峠」第9巻

中里介山の「大菩薩峠」第9巻を読了。この小説の本筋というものがあるならば、それは宇津木兵馬の敵討ちということになるのかと思います。この巻では一応兵馬が龍之助が滞在している白骨温泉に一歩一歩近づいては行きますが、ある意味どうでもいい話がいっぱいはさまって話がなかなか進みません。たとえば、松本で江戸から来たという「市川海老蔵」ならぬ「市川海土蔵」を懲らしめる話とかの話が出てきます。また、裏宿の七兵衛が江戸幕府の「竹流し分銅の黄金」を何とか一目見ようと思うのも物語全体の展開にとっては重要性は薄いです。(この「竹流し分銅の黄金」は、野村胡堂の「三万両五十三次」にも出てきましたが。)第6巻の感想で、この小説には心から共感できるような登場人物が一人も居ないと書きましたが、まあお松と与八とムク犬は多少共感できるかもしれません。しかしたとえば与八ですが、白井喬二の主人公的な活躍をする訳ではなく、段々新興宗教の教祖みたいになってくるところが、中里介山的です。また前巻から登場している善良な人好きのするキャラとして描かれるお雪はこの巻では、何と男性とまだ関係していないのに身籠もったと思い込んで、鬱々とする、という不思議な展開になってきています。20代の私はこの次の第10巻で読むのを止めたのですが、あの当時は英語とかコンピューターとか身につけようとしたものがたくさんあって、さすがにこんなだらだらした展開を読み続けて時間をある意味浪費するのに耐えられなかったのだと思います。中里介山のこの小説は、音楽で言えばシューベルトのピアノ・ソナタに似ています。ストーリーをひたすら追っかけるという読み方を止めれば、それなりに楽しめる小説です。

中里介山の「大菩薩峠」第8巻

中里介山の「大菩薩峠」第8巻を読了。
この小説の冒頭で保護者である老巡礼を龍之助に斬り殺されたお松ですが、その場面を見ていた訳ではありません。また目撃者もいません。なので龍之助がやったことはわかる筈はないのですが、この巻辺りではお松は何故か龍之助が犯人であることを知っています。京都の島原で龍之助と偶然出遭った時には、龍之助が犯人だとはまるで知らなかった筈でした。この辺り、どうもご都合主義的な展開です。また、そろそろ物語全体が停滞し出した感じがし始めています。この巻では龍之助は眼の治療に信州の白骨温泉に行き、そこで冬を過ごすことになります。中里介山の時代には、白骨温泉は秘湯という感じでほとんど一般には知られていなかったようですが、「はっこつ」とも読めるのが作者の気に入ったからではないかと思います。新たなキャラクターとして、飛騨高山の穀屋の後家とその男妾が登場します。また、龍之助を白骨温泉に連れてきたお雪は、この小説のキャラクターとしては珍しく順良で誰とも親しくなれる人好きのする女性として描かれています。

大法輪445冊、ヤフオクで落札

ヤフオクで、「大法輪」をまとめて445冊という信じられない出品があり、25,000円で落札できました。これで今まで読んだ分を合わせて、「天海僧正」を全85回の内70回分、「外伝西遊記」については全35話全部を読むことができます!ただ、段ボール6箱分らしいので、置く場所をどうするかが悩みの種ですが。

鶴見俊輔の「大衆文学論」

鶴見俊輔の「大衆文学論」を古本で購入。例によって白井喬二の所だけを読みました。読んですぐ「ああ、これはダメだ」と思いました。何かと言うと、白井喬二に関しては「富士に立つ影」しか読んでいなくて、しかもストレートに最初から読んだのではなく、尾崎秀樹が書いた荒筋を読んでから読んだということです。私に言わせれば、白井喬二の作品を一作しか読んでいなくて、「大衆文学論」などと題した本を出さないで欲しいということです。共感できたのはただ一点、「富士に立つ影」が映画よりもTVに向いているという指摘だけです。前から思っていますが、NHKは誰も聞いたことないような女城主の話を大河ドラマにする前に、「富士に立つ影」や「新撰組」を大河ドラマにすることを、プロジェクトチームを作って検討すべきと思います。
白井喬二の作品をかなり読み込んでいるのは、戦前では中谷博がいますが、戦後は誰もいません。特に戦前と戦後の両方の作品をきちんと読んでいる人を今まで一人も見つけられていません。白井喬二の長男でNHKの大河ドラマ「花の生涯」と「赤穂浪士」のプロデューサーであった井上博は、白井作品を全部読んでいたそうですが、既に故人です。