ドイツ科出身の新約聖書学者

東大の駒場は日本の新約聖書研究では結構重要な役目を果たしています。内村鑑三の無教会派に属していた矢内原忠雄が1949年に教養学部長になり(今は無くなってしまったみたいですが、昔駒場キャンパスには矢内原門というのがありました)、後に東大総長になりますが、その時代に、私の出身学科である教養学科ドイツ科から3人の新約聖書学者が出ています。
佐竹一郎 1953年卒
荒井献  1954年卒
八木誠一 1955年卒

この3人の内、荒井先生は私が学生の時に教養学科で教えられていて、私は半年だけですが、その授業を受けることが出来ました。その時の授業は「使徒行伝(使徒言行録)」が実際にはどのように成立したのかという内容でした。私の新約聖書に関する知識のかなりの部分はこの時に教えてもらったものです。その授業の中で、「死海文書」「クムラン教団」「エッセネ派」なんかも出てきました。(当時、イエス・キリストはエッセネ派の一員ではないかという説がありました。)後年、エヴァンゲリオンで死海文書が出てきた時はびっくりしましたが。

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