小泉志津男の「日本バレーボール五輪秘話② ポスト魔女の激闘」

小泉志津男の「日本バレーボール五輪秘話② ポスト魔女の激闘」を読了しました。③を先に読んで順番的には逆になりました。しかし、この日本の男女のバレーボールのオリンピックにまつわる話は本当に面白いです。ほとんど三国志か、日本の戦国時代の戦国大名同士の争いかという感じです。また、バレーによって日本という国の良い所と悪い所が洗い出されている感じです。
ニチボー貝塚の、東洋の魔女の内5人が引退した後、日本の女子バレーは戦国時代に入ります。1969年から70年頃、「サインはV」というTVドラマがあり、非常に人気がありました。朝丘ユミ(演:岡田可愛)という主人公が所属するチームが「立木大和」、ライバルチームが「レインボー」と「ミカサ」でした。これはそれぞれ、「日立武蔵」、「ニチボー貝塚」、「ヤシカ」がモデルで、その設定の通り、東洋の魔女引退後はこの3チームの争いになります。(元々は日紡、倉紡、鐘紡などの繊維会社が強かったのですが、1960年代の後半、次第に繊維産業が衰退し、電機や精密機械などが伸びたということを反映しています。)大松博文監督の後を継いだ小島孝治監督は、魔女5人引退後も、ニチボーの連勝記録を延ばし続けます。そこに立ちはだかったのが、何と元魔女6人(東京オリンピックの時の磯辺選手以外の5人と、世界選手権優勝の時の増尾選手)が中心となって作った「フジクラブ」で2年ぐらいのブランクをものともせず、国体を連覇して一般選抜としてNHK杯に出場し、鐘紡やヤシカなどの企業チームを蹴散らし、決勝でニチボーとの対決になります。この先輩・後輩対決は、フジクラブが最初の一セットを取ったものの、体力と練習量の差が出て、ニチボーが勝ちました。しかし元魔女はニチボーの守備は優れているものの、攻撃が単調であることに気がつきます。この危惧は当たり、1966年8月のアジア選手権大会代表選考会で、ニチボーはフルセットでヤシカに敗れ、さらにそのショックでかその後に日立武蔵戦では0-3で敗れ、ついに栄光の連勝記録は258連勝でストップします。(大松監督は175勝までで、その後83勝が小島監督時代)
そしてその後この3強以外にも鐘紡や東洋紡といったチームも強くなり、日本女子バレーは完全に戦国状態になります。ここで問題になったのがメキシコに派遣するチームを単独チーム主体で行くか、あるいは全日本選抜チームでベストチームを作るかですが、男子が松平康隆監督のイニシアチブで早くから選抜チームという方向を打ち出したのに対し、女子の方は大もめにもめ、結局これが後までたたります。
そしてメキシコオリンピックになりますが、男子がソ連だけでなく、ブルガリア、チェコスロバキア、ポーランドといった強豪の中でよく戦い、見事に銀メダルを取ります。これに対し、女子は最後までAチーム、Bチームというベースになる企業チームが違う2つのチームを作って最後までまとまりませんでした。そんな中、ソ連は日本を徹底的に研究し、日本側がソ連は左からの攻撃が無い、と読んでいたのに、本番ではまったく裏をかいて左からの攻撃を連発し、また日本の速攻に対してはマンツーマンの守備で日本を封じ、日本女子は完敗します。それでも銀メダルでしたが、男子の銀が上り坂のチームの途中の結果としての銀だったのに対し、女子は金が当たり前と期待された中での惨敗の結果の銀で明暗を分けました。
日本の良くないところはまだあって、非常に残念なのが多くの女子選手が結婚と共にバレーを辞めて現役引退をしてしまうことです。これに対し、ソ連チームで最強のアタッカーだったインナ・リスカル(ルィスカリ)選手は、結婚して子供を産んでもバレーを続け、実に東京・メキシコ・ミュンヘン・モントリオールと4つのオリンピックに出場し、金2つと銀2つというこれまで誰も達成していない成績を挙げています。日本の女子選手も同じことが出来たのではないかと思うと残念です。
それから男子については、結局ミュンヘンオリンピックの本番まで、日本男子は世界一になったことは一度も無いということです。1970年のブルガリアの世界選手権では、東ドイツが優勝、ブルガリアが2位、日本は3位(ちなみにこの時ソ連は何と6位転落)でした。やっぱりミュンヘンオリンピックでの男子優勝は松平監督の執念が可能にした奇跡だと思うようになりました。

NHK杯戦囲碁 井山裕太三冠 対 六浦雄太7段


本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が井山裕太三冠(棋聖・本因坊・天元)、白番が六浦雄太7段の対戦です。内容は序盤はお互いに我が道を行くような模様の張り合いでしたが、黒が下辺に侵入し、白が挟んで、その後更に黒が右辺に打ち込んで白がその間を割いていってと激しくなりました。黒は下辺の攻防で巧妙に左下隅と絡め、左下隅の地をえぐり、代償で下辺の黒は捨てて打つのかと思いましたが、1子も捨てずに全体を活きに行き、成功しました。これで下辺の白地がほとんど無くなり黒の大戦果でした。しかし代償で右下隅からの白が鉄壁になり、白は右辺の黒を出切って分断しました。この黒は単体では眼が無く、黒は右辺上方の白を包囲して攻め取りで締め付けを狙いました。白は攻め取りは面白くないので、単体で眼を作りに行きましたが、黒はそれを利用して劫に持ち込みました。黒は右辺を活きる手を劫材にして活き、代償に白は黒の包囲網を突き破ってポン抜きました。後は黒の上辺の地がどれだけまとまるかの勝負でしたが、白は左上隅に侵入し、かつ上辺も若干荒らして、後はヨセ勝負になりました。このヨセで白が下辺から左辺にかけての白地を確保する手を打たないで左辺上方の黒地を減らしに行ったのが疑問手で、黒にそちらに踏み込まれて、地が大きく減ってしまいました。中央にも白地はほとんどつかなかったため、地合で黒に及ばず白の投了となりました。

久石譲のベートーヴェンの交響曲全集

久石譲、フューチャー・オーケストラ・クラシックス(ナガノ・チェンバー・オーケストラ)のベートーヴェンの交響曲全集を聴きました。この全集が出たのは知っていました。しかし、ベートーヴェンの交響曲全集に関しては既に50種類以上持っているので、パスしていました。しかしながら「レコード芸術」のレコードアカデミー賞を取ったと聞いたので、やっと購入しました。

1.良い所
(1)オケが少人数で密度が濃く、レベルの高いアンサンブル
(2)ともかくエネルギー感がすごい
(3)ベートーヴェンのリズムの感覚の素晴らしさが良く分かる
2.悪い所
(1)あまりにもセカセカし過ぎ。タメとかコクがもう少し欲しい。特に8番。
(2)第9で1~3楽章と4楽章がなんだかチグハグ。

久石譲の指揮者としての技量は高いと思いますが、だからといってこれを何度も聴きたいかというと、そういう気にはあまりなれません。他の指揮者と比べると、ヘルマン・シェルヘンのと共通点があると思いますが、シェルヘンみたいな狂気は感じません。(芸術において狂気は必ずしも悪い意味ではありません。)

中世ラテン語との取り組み

今日もヴェーバーの本に出て来る中世ラテン語をぽちぽち訳しています。英訳本の訳は参考にはしますが、決してそのままは訳していませんという証拠写真を上げておきます。(今日も、英訳で「次のミカエル祭の時に返す」とあるのは「次のミカエル祭までに返す」であって、誤訳だと思いました。usqueという単語はキケロのカティリーナ弾劾演説の冒頭に出て来る単語で、キケロの文でも「一体いつまで」でした。{Quo usque tandem abutere, Catilina, patientia nostra?})今日の所で、in confeccioneというのが辞書になくて困っていたのですが、思い立ってスペイン語辞書を調べたら「製造」という意味でした。俗ラテン語からイタリア語とスペイン語は出来たんだから、古代ラテン語の辞書に無い時は、イタリア語・フランス語・スペイン語の辞書を引くと、意外と出ていることがあります。このヴェーバーの本に出て来る中世ラテン語の特徴として、文法的にはまったくもって難しくなく、単純な現在形かせいぜい完了、未来完了ぐらいです。しかしおそらく繊維関係の専門用語と思われる辞書に無い単語が時々出て来るのと、また古典ラテン語とは綴りが変わっていたり、また意味も微妙に変わっている単語があって、それで苦労します。中世ラテン語の辞書は売っているのですが、10万円近くするのでさすがに手を出しかねています。

ヴェーバーの「中世合名会社史」の日本語訳の第13回目を公開

ヴェーバーの「中世合名会社史」の日本語訳の第13回目を公開。最近ちょっとペースが落ち気味です。膝痛・腰痛と体にダメージが出ていたり、きちんとした英訳が出ていないラテン語文献の解読に時間がかかったりと色々ですが、まあ慌てず騒がず着実に進めて行きたいと思います。今回ので大体全体の24%ぐらいの進捗です。