白井喬二の「元禄快挙」を読了、と言っていいのか…非常に惜しい傑作で、読んでいる途中で「これは白井喬二の小説ベスト10をまた書き換えなければいけないな」と思っていたのですが、何と前篇で終わってしまい、後篇が書かれていません!連載としてはサンデー毎日で1925年11月から翌3月までですが、何故途中で終わってしまったのか、白井喬二の自伝にも何も説明がありません。1925年から26年にかけては、「新撰組」も「富士に立つ影」も出版されており(「富士に立つ影」は逐次刊行中)、白井喬二の人気も絶頂期です。おそらく非常に多忙だったため、後篇に取りかかれなくなりそのままになってしまったのではないかと推測しますが、非常に残念です。
まずタイトルが人を喰っています。「新撰組」というタイトルで近藤勇や沖田総司はほんの脇役にして独楽師の争いを書いた白井らしいですが、「元禄快挙」と聴けば誰もが「忠臣蔵」だろうと思います。(実際にそう勘違いしているWebサイトがありました。)しかし、この小説には赤穂浪士の話はまったく出てきません。それでは何の話かと言うと、お祭りの山車を二つの町で作って、それの出来映えを競うというのがメインで、それに兵学者の剣持楽山が一方に味方し、もう一方は老中柳沢保明(柳沢吉保)を中心とする一派で、金持ちの商人や怪しげな手品師がからみます。ある時、剣持楽山を含む7人の古老、かつて江戸でそれぞれ活躍した武士、が柳沢保明から「武仙講」というものをやるから江戸へ出仕せよというお達しが来て、7人は江戸へ集まります。その7人の中には、大村春道も含まれています。大村は「兵学大講義」の登場人物で、師である諏訪友山と一緒に由井正雪と軍学の戦いをした人で、この物語ではその老後の姿が描かれます。剣持楽山と大村春道は友情を育みます。実は柳沢保明の7人の呼出しは、これらの古老を利用して「敵討ち禁止」の令を出そうとした陰謀でした。剣持楽山と大村春道はそれぞれこの陰謀に気付き、口実をつけて柳沢保明の招きの席から退席します。楽山はこの集まりに出る前に、偶然山車大工の美濃吉と知り合い、その知り合いである大村右近の敵討ちを手伝うことになります。しかし柳沢保明の陰謀を調べていくと、実はその大村右近の敵と狙う武士が、柳沢保明の愛妾の父親であることが判明し、「敵討ち禁止令」と話がつながっていきます。この敵討ちに加えてもう一方で、山車大工の名人美濃吉の師匠であって現在は病に伏せっている大鏡左行の一番弟子の大八が、金に目がくらんで柳沢保明一派の手伝いをして金に飽かした山車を造ることになります。それに対抗して美濃吉が、元々大鏡左行が長年山車を造っていた町を助けて山車をこしらえることになり、話は結局山車造りの職人同士の戦いという、「新撰組」と良く似た展開になります。
白井喬二が後篇を書かなかったのは、「新撰組」と似た展開にちょっと途中で興醒めになったのかもしれません。極めて残念な作品です。
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白井喬二の「外伝西遊記」(2)
白井喬二の「外伝西遊記」の連載第25回を読了。「大法輪」の昭和52年1月号です。昭和52年というと私が高校に入学した年で、改めて白井喬二の創作活動の長さに感心します。
この連載もかなり終わりに近づいていて、三蔵法師一行はかなり天竺の近くに来ていますが、まだまだ苦難が待ち受けています。この回ではすべてが逆の鏡国をやっとの思いで抜けてきたら、今度は僧侶を取って食うという化け物の国である滅法食肋三昧国に迷い込みます。ここで悟空は一行6人(通常の西遊記の一行に、この物語では吾呂という少年が加わっています)を蝶に変えて、呑亀大王の館に乗り込もうとします。この「外伝西遊記」がオリジナルと違う点は、吾呂という少年が語り部のように加わっているという点以外に、悟空が使う仙術について白井喬二がかなり創作しているということが言えます。このことは「忍術己雷也」以来の白井の得意技です。この回の蝶に化ける術も白井の創作だと思います。
モダン日本 昭和16年3月号
モダン日本の昭和16年3月号を入手。これも白井喬二の小説が目当てですが、載っていたのは「玉の輿(侍匣)」で、「侍匣」に収録されていたもので既読でした。
そういう意味で空振りでしたが、ただこのモダン日本を昭和12年のものと比べてみると差は歴然としています。まず紙質が明らかに低下してこちらの方が若いのに色落ちも激しいです。また、昭和12年8月号に水着のグラビアが載っているのに対し、昭和16年3月号は「空ゆく若人 グライダー部隊」という色気も素っ気もない記事が載っています。本文も「ヒットラー総統の私生活」とか「座談会・傷痍軍人が職域より叫ぶ翼賛の声」とかの戦時色丸出しのものがかなりの部分を占めています。モダン日本は戦時中は敵性語である「モダン」を嫌って「新太陽」に名前を変えたみたいですが、いつからかは不明です。
白井喬二の「昼夜車」(2)
白井喬二の「昼夜車」、モダン日本の昭和12年8月号の回を読了。先日読んだ3月号が第15回でしたから、この月のが第20回にあたります。前号までのあらすじがついているので、大分話の見通しがついてきました。主人公の大瀬影喜は、女性問題で主家を追われていましたが、実はそれは冤罪であるとのことで、再度300石で取り立てるという使者がやってきます。しかし、影喜に許嫁のお美津を取られた松次郎があれこれ言い立てたのと、実際に不義の仲でお美津と同居していることが使者に知られ、使者は一旦引き上げます。そこに、一度影喜を襲って失敗している刺客が、再度影喜を狙ってやってきますが、影喜は逃げ回って相手を疲れさせて撃退してしまいます。その後使者が再びやってきて、500両のお金を差し出して…という所でこの回は終わります。この次の回がたぶん最終回なんですが、どういう決着になるのかまるで見当がつきません。
ちなみにこのモダン日本の昭和12年8月号ですが、80年経過しているのが信じられないくらいの美本で状態が良いです。
山形県鶴岡市/藤沢周平記念館
白井喬二の「捕物にっぽん志」(連載第9回)
「人物往来 歴史読本」の昭和37年2月号を入手。白井喬二の「捕物にっぽん志」の第9回が載っています。この9回は一話完結の話です。これがまた不思議で、いかにも白井喬二らしい極めて怪しげな文献(そんな文献が本当にあるのか不明)に基づいたもので、戦国時代に摂津の人である佐振延吉という武士のなれの果ての人が当時の中国(時代的には明)に渡るのですが、その目的が「中国の遊侠の徒を調べて、その遊侠道を日本に持ち帰る」ということなのが、極めて変わっています。お話はその延吉が明で見聞きした珍しい体験を四話記載したものです。どういう積もりで「にっぽん志」の中にこのような不可思議なお話をはさんだのかがよくわかりませんが、実に白井らしいお話ではあります。
白井喬二の「昼夜車」(1)
白井喬二の「昼夜車」の連載全21回の内の、第15回の分を読了。「モダン日本」に1936年1月-1937年9月の間連載されたものです。掲載誌の「モダン日本」は戦後こそカストリ雑誌に落ちぶれますが、元は文藝春秋から出たれっきとしたもので、1931年に文藝春秋から独立したものです。とはいえ、最初から路線は「エログロナンセンス」だったようです。誌名に「モダン」がつくように、モダニズムの趣味が横溢しており、表紙は洋装の女性です。外国女優のグラビアなどもあります。
「昼夜車」は1/21を読んだだけですので全体像はまるでわかりませんが、主人公の大瀬影喜は昼は勘定寺家という呉服屋に用心棒として勤め、夜は山口同心の見張り役として勤める二重生活でそれがタイトルの元になっています。影喜は腕の立つ無骨な男ですが、女性問題で主家を追われた、と登場人物紹介にはあります。
この年のモダン日本はもう一冊取り寄せ中で、それを読めばもう少し話の内容がわかるかもしれません。
中里介山の「大菩薩峠」第5巻
中里介山の「大菩薩峠」の第5巻を読了。ここまで再読してきて、少し中里介山のストーリーの進め方がわかってきたように思います。それは、これだけの長大な小説でありながら、登場人物があまり増えないということで、その代わり限られた登場人物がまるで順列組み合わせの全てのパターンをたどるかのように、それぞれがある意味ご都合主義の偶然で絡み合うようになり話が進みます。例えば、間の山のお君の愛犬であるムクは、東海道を旅している時に龍之助と同行するようになります。その時はそれだけだったのですが、この巻で笛吹川が氾濫して龍之助が家ごと急流に流されて死にかけた時に、それを助けたのはムクです。後で、龍之助は偶然夜中に駒井能登守の子を宿して気がふれてしまったお君を辻斬りの犠牲にしようとしますが、ムクが立ちはだかってそれを阻止します。さらにはこの巻では米友が吉原にて血を吐いた龍之助を助けて一緒に暮らしたりします。こういった登場人物(登場動物も)の間の不思議な縁の展開がこの小説の眼目のように思います。
この巻ではまた、軽業師だったお角が、安房に渡ろうとして船が難破し、洲崎の浜に半死半生で打ち上げられていたのを、駒井能登守が助けると、これまたご都合主義的偶然で話が展開します。しかし、この安房の国の巻では新たに茂太郎や盲目の法師の弁信が登場します。
これでようやく全体の1/4を読了です。
白井喬二の「捕物にっぽん志」(連載第8回)
中里介山の「大菩薩峠」第4巻
中里介山の「大菩薩峠」第4巻を読了。新しく甲府勤番となった駒井能登守は、馬を買いに馬大尽の許を訪れ、そこでお君を見初めます。お君は病気で江戸に残っている駒井能登守の妻にそっくりでした。お君をもらい受けた駒井能登守は、お君を溺愛します。一方で、牢に入れられていた宇津木兵馬は、同じ牢にいた浪士と共に脱牢します。逃げる場所に困った脱牢組は駒井能登守の屋敷に逃げ込みますが、そこで能登守と対決してみれば、脱牢者の一人と能登守は顔なじみでした。馬大尽の娘で顔にひどい火傷の跡があるお銀は、ふとしたことから神尾主膳の別荘にいた龍之助と知り合います。龍之助が目が見えなくてお銀の顔を見ることがないということにお銀は安心して、二人は男女の仲になります。しかし、その後二人は東山梨の八幡村に逃れますが、そこは龍之助が斬り殺した亡妻のお浜の実家でした。龍之助はお浜への思いから、また辻斬りを始め、お銀も龍之助の冷酷無残な正体を知ります。一方で駒井能登守は、自分の寵愛しているお君が被差別部落の出身であることを、お君が伊勢にいたころを知っていた神尾主膳に曝露され、甲府を去ることになります。
といった感じで、まだまだこの辺りはストーリーに一応の進展がありますので、読み進むのは苦痛ではないです。とはいえまだ全体の1/5を読んだに過ぎません。