白井喬二の「竹林午睡記」を読了。わずか12ページの短い作品。江戸の捕物制度の基礎を作った蘭学者の倉田九五が、自分が学んだ探偵術を実践しようと隠密に成ることを願い出て許されるが、なかなか適当な事件は起きず昼寝を繰り返す毎日。そこに大和小僧という盗賊が間もなく処刑されるという話を聴き、大和小僧の犯罪とされている西洋時計の紛失の謎を解こうとします。大和小僧の処刑の日に、犯人と目星を付けた人物を糾弾するのですが、その話を聴いていた別の人物が逃亡して、犯人はそっちだったという、探偵術が役には立たなかったお話です。
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白井喬二の「捕物源平記」
白井喬二の「捕物源平記」を読了。読了といっても、第26席より第30席まで欠落しており、なおかつ第40席で終わってしまって未完という作品です。ですが、白井喬二の捕物小説の中では一番良く出来ているのではないかと思い、完成していないのが非常に残念です。お話は、徳川綱吉が将軍だった頃の話で、平家の子孫が平家再興を目指して同志を集めていこうとするのに対し、名与力の島桐助太郎がその動きを察知し、その同志を捕らえようとして丁々発止の争いをするというものです。おそらく与力方が源氏と見なされていて「源平記」になっていると思います。最初に平家の子孫の一人大鹿毛舎人がそうだと分かるのが面白く、絵師の狩野雪信がある宿の主人に頼まれてある屏風に平家の公達の絵を描くために、平家の公達の面影があるモデルを探していて、それで舎人を見いだすというものです。舎人は雪信から、もう一人モデル候補がいたことを聴き、それが住月庫人で庫人も平家の子孫でした。舎人が庫人に会いに行くと、庫人は与力の助太郎によって捕らえられており、舎人は庫人の破牢を手伝います。
途中をはしょりますが、舎人はある日平家の時代から伝わる大切な緞子の財布を掏摸に擦られてしまいますが、その掏摸がたまたま助太郎に捕まって、助太郎はその財布が平家の子孫に関係があると睨み、ある商人に鑑定を頼みます。鑑定は見事に行われたのですが、その財布は途中で盗まれてしまいます。しかし、それは助太郎がその商人が唐人西僚というどちらの味方になるか分からない怪しい学者と昵懇なのを知っていたため、財布が盗まれたのは実は助太郎の自作自演で自分が平家の子孫を探っていることを西僚に知られないようにするためでした。という感じでなかなかストーリーは凝っています。
何故未完の作品が平凡社の全集に収録されたかの事情は不明ですが、一部だけでも読む価値は十分にあったと思います。
白井喬二の「随筆感想集」(平凡社の全集の第15巻収録)
平凡社の白井喬二全集の第15巻に収録されている「随筆感想集」を読了。全体に、随筆として非常に面白いという物は少なかったですが、白井喬二に関する色々な事を知る資料としては貴重でした。
一つ後悔したのは、「幸吉君の印象」というエッセイを読んだ時で、このエッセイは夭折した画家の小野幸吉と白井喬二の交わりの話なのですが、調べてみたら、小野幸吉は酒田市の生まれで、その作品は本間美術館に展示されているとのことでした。旅行前にこのエッセイを読んでいたら、8月の旅行で本間美術館に行ったのに!と残念に思いました。(今回、本間屋敷には行ったのですが、そこで入場券を買う時に、本間美術館と共通券にしますかと聞かれて、時間もあまり残っていなかったので断ってしまったのでした。)
また、いくつかのエッセイで小説と歴史の区別が論じられます。以前もこのことについて書いたことがありますが、白井は「歴史」はその時々の為政者によって都合良くでっち上げられたものであるという考えを持っており、小説の役目はむしろそういう「正史」には出てこない本当の真実をあぶり出すことだと考えていたようです。また白井によれば「史」が最後に付く歴史書はそういう為政者によるでっち上げがほとんどですが、「志」が最後につくものは比較的真実が書かれていることが多いといのことです。白井の「捕物にっぽん志」で何故「志」が使われているのか、これで謎が解けました。
後は細かいことですが、白井が夏の暑さを「九十度」と表現しているのが気になりました。これは明らかに華氏での表現ですが、日本で華氏が一般的に使われたことがあったのでしょうか?
白井喬二の「国史挿話全集」と「日本逸話大事典」の関係
白井喬二の本で、購入して唯一ほとんど読んでいないのが、「国史挿話全集」です。(全10巻)「畸人編」の最初の方をちょっと読んだだけ。一つ一つの話がそれほど面白くない上に、文語ですから、さすがにこればかりは敬遠していました。これ以外に、昭和42年になって出版された「日本逸話大事典」というのが、やはり白井ともう一人の編で出ています。この2つの本の関係がよく分からなかったのですが、今回「日本逸話大事典」全8巻を古書店で購入しました。それで分かったのが、カテゴリー別になっている「国史挿話全集」を登場する人物のあいうえお順で並べ替えたのが「日本逸話大事典」でした。全部を確認した訳ではありませんが、取り敢えず「井伊家」にまつわる話を3話確認した所、2つの本で収録されている話はまったく同じでした。「日本逸話大事典」の方が現代語訳されているなら、それはそれで価値がありますが、文語のままでした。どっちの本も読み通すのはかなり先になりそうです。
中里介山の「大菩薩峠」第20巻
中里介山の「大菩薩峠」第20巻を読了。とうとう全巻読み切りました。2ヵ月と10日くらいかかりました。(途中他の本を色々読んでいたので、これだけを読み続けていた訳ではありません。)
結局、最後の巻まで来ても、色んな伏線はほとんどが決着が付けられないままでした。唯一決着が付いたのが、駒井(元)能登守(駒井甚三郎)がお松に結婚を申し込み、お松がこれにすぐ承諾の返事をして二人が夫婦になったということです。お松はこの物語の冒頭で、龍之助に理不尽にも祖父を斬り殺された不幸な少女でしたが、最後になって理想的な夫を見つけたことになります。これに対して馬鹿を見ているとしか言いようがないのが宇都木兵馬で、元はお松と相思相愛の筈でした。しかし、お松は兵馬のことなどまったく忘れてしまったかのように、駒井のプロポーズを喜んで受けます。また、この小説の最大のテーマであった筈の兵馬の敵討ちは、結局最終巻でも果たされず、それどころか兵馬は琵琶湖の畔で、龍之助の卒塔婆(お銀様が龍之助とお雪が心中したと思って建てたもの)を見て呆然とします。
駒井(元)能登守が率いる無名丸は、南に向かって無事にミッドウェー諸島あたりの無人島にたどり着いて、そこで植民を開始します。植民は順調でしたが、しかし、無人島だと思っていた島にはフランス人の人間嫌いの先住者がおり、その者がユートピア建設を目指したものは古今多数いるが、その全てが失敗していると駒井に話し、駒井のユートピアも先行き破綻するであろうことがそれとなく匂わされます。
それから例のお雪ちゃんの妊娠疑惑は、結局最後まで曖昧なままで終わります。(まったくあれは何だったんだ…)
一方で龍之助ですが、前巻辺りから、それまでのニヒルで無口なキャラクターから一変して、やたらと饒舌になり、大原の寂光院に住む年増の美人の尼さんといい仲になります。作者の述懐によると、机龍之助のキャラを模倣したのがその当時の時代小説や映画にあふれていたのをうんざりしていたみたいで、元祖として龍之助のキャラ設定をいじったんじゃないかと思います。
お銀様の方のユートピア建設は、胆吹山の方は簡単に失敗して今度は山科の光悦屋敷を買い取って、そこで戦火に紛れようとしている古美術の類いを買い占めるということをやり出します。その中で不破の関守が、岩倉具視に取り入って何やら企んでいる様子が描かれますが、その先どうなるのかまったく不明のまま終わります。
ともかく、作者自身もここで終わらせたかった訳ではまるでなく、まだまだ先を考えていたんでしょうが、残念ながら唐突に終わってしまいます。この先の原稿も少しはあったようなのですが、空襲で焼けてしまったということです。
全体を通して言うと、正直な感想は「失敗作」だと思います。人間の有限な生、というのを考えないで書き継がれた小説のように思います。
天頂の囲碁7
天頂の囲碁7がAmazonに出ていて、予約購入できるようになっていました。11月17日発売予定。説明見ると、井山裕太六冠王を始めとしてプロ棋士に勝ったバージョンと同じみたいで、棋力は9段になっています。これは期待します。
天頂の囲碁6は九路盤互先で打っている限り、以前見いだした必勝パターンで勝つことが多くなり、つまらなくなって最近あまり対局しなくなっていた所でした。
中里介山の「大菩薩峠」第19巻
中里介山の「大菩薩峠」第19巻を読了。ついに後1巻までにこぎつけました。前巻で琵琶湖に舟を出して遭難し、死にたいと言ったお雪ちゃんに手をかけた龍之助ですが、この巻で結局二人は水の中に入り、まるで心中であるかのように水中を彷徨いますが、たまたま甲州の馬長者の伊太夫と琵琶湖へ舟を乗り出した女興行師のお角が二人を救います。二人とも命は助かりますが、お雪ちゃんは結局龍之助とは別れて道庵らと一緒に田辺に向かいます。妊娠疑惑の謎は未だに解き明かされないままです。おそらく終わりまでそのままじゃないでしょうか。一方で龍之助は京都に向かい、島原で遊んだ後、新撰組が2つに分裂して争うのに関わったりします。この巻まで来て、再び龍之助が京に戻って新撰組と関わったりして、音楽でいえばフランクの循環形式をちょっと思わせます。一方で駒井(元)能登守は、無名丸で北へ向かうか南へ向かうかに迷っていましたが、清教徒のアメリカへの移住の話を書籍で読み感銘を受け、結局南に向かいます。江戸の神尾主膳はこの所自伝めいたものを書こうとしていましたが、友人から勝麟太郎(勝海舟)の父の勝小吉の放蕩気ままな人生の手記(「夢酔独言」)を読んで感銘を受けます。かなりのページこの小吉の自伝が引用されています。中里介山もこの巻を書いている辺りで昭和15年になっていて、時局も迫ってきて、この長い小説に彼なりの決着をつけようという気に少しなってきたような感じがします。
NHK杯戦囲碁 一力遼7段 対 潘善琪8段
本日のNHK杯戦の囲碁は黒番が一力遼7段、白番が潘善琪8段の対局です。一力7段は若干20歳ですが、既にタイトル戦挑戦者になり、ポスト井山裕太の最有力候補です。布石はオーソドックスなものでしたが、左辺は黒が左下隅と左上隅に両方にかかり、白も大人しく受けたので、黒が言い分を通したような形になりました。先手を取った白は右下隅にかかり、黒が二間に挟んだのに対し白はカケ、黒が出切るという定石になりました。白が切られた後、定石通り挟んだ黒の右横に付けていきましたが、ここで黒は伸びました。白は黒の切った石を右から当てて行き、調子で左側の石を出て行って黒石を裂かれ形にしました。しかし白も右側の2子を犠牲にしており、互角のワカレでした。次に右上隅の攻防になり、白はかかった後挟まれて、両ガカリし、その後三々に入って隅の実利を取りました。その後黒は左上隅の白に肩付きした後右に一間に飛んで、右上隅の黒の壁に接近している白の攻めを狙いました。白は左側に大ゲイマし、中央へ逃げようとしました。黒は肩付きして一間に飛んだ所に一手かけてカケツギの形にしました。このカケツギへのノゾキが利くかどうかが結果的にこの碁の焦点になりました。白は準備した上でノゾキを決行しましたが、黒が継がずに覗いた白の上に付けたのが上手い受けでした。白はそれに対し更に上に付け返しました。しかし黒は1目を捨てて白を封鎖することが出来ました。白からは黒を切れば劫に出来たのですが、その劫に見合う劫材がどこにもなく、劫は決行出来ず、別の所から中央に逃げました。この結果、左上隅から中央にかけて黒が素晴らしい厚みを築きました。この厚みを背景に、黒は左下隅でツケコシを決行し、左下隅と中央の白を分断しました。結果的に白は左辺から中央の石、上辺から中央に伸びた石、そして下辺右の石と、3カ所に活きていない石が出来ました。白は色々手を尽くして、結果としては3カ所共に活きましたが、その間に黒に色々と余得を図られ、この時点で黒がはっきりリードしました。黒は更に左上隅の白にも手を付けていきました。これは二手ヨセコウでしたが、結局白に劫材がなく、白の投了となりました。
武宮正樹9段の「武宮の形勢判断 地を囲わない努力」
武宮正樹9段の「武宮の形勢判断 地を囲わない努力」を読了。武宮正樹9段の最近の本をマイナビのサイトで見かけて買ってみようとAmazonでレビューを見たら、「最近の武宮9段の本は同工異曲で、取り上げている棋譜も同じものが多くてまったく新鮮味がない」とされていました。それでその本を買うのは止めましたが、その人が褒めていたのがこの本です。(出版は2003年)武宮9段は若い頃は宇宙流と呼ばれる大模様の碁が有名でしたが、年が進むと単純な大模様は少なくなり、むしろ全体に厚い碁が多くなったように思います。この本はそんな厚い打ち方の解説の本です。「厚い」打ち方をすると、どうしても相手に先に地を与えるので、アマチュアである我々はつい焦ってしまいますが、この本で解説されている武宮9段の棋譜は素晴らしく、まったく地が無いように見えて、後半追い上げていく様が見事だと思います。また厚い碁で勝つには力も相当必要で、相手が無理手を打ってきたら的確に咎めて得をしなければなりません。そういう意味で厚い碁は、力のある人向けの戦法なのかもしれません。とはいえ、この本で解説されている打ち方はとても自然で、アマチュアにも非常に参考になります。
白井喬二の「虞美人草街」
白井喬二の「虞美人草街」を読了。浮世絵師間淵花宣が、ある良家の娘をモデルにして「浄婦請願」という絵を描いています。ところが花宣の弟子の忠泉が、「天女は処女か?」という突然謎かけのような質問を花宣に投げかけます。その真意を問うと、モデルのお浅は、良家の子女などではなく、あばずれ女がすり替わっているのだと言います。花宣は直接お浅に問い質し、お浅が両親に会わせるというので、そちらを信じます。しかし忠泉はその決定的証拠として、そのお浅と称する女性がある神社に奉納した額を持ってきます。といった感じでお浅が本物か偽物かでずっと引っ張ります。そして最後にそれが判明した後の、花宣の態度がちょっと意外で不思議な展開になります。芸術家がそのモデルに恋するというのは、ギリシア神話のピュグマリオン以来珍しくない話ですが(ピュグマリオンは正確に言うとモデルではなく創造した作品に恋するのですが)、このお話は白井喬二らしい、主人公の不思議な葛藤が描かれているなかなか捨てがたい作品です。