ポン・ジュノ監督の「パラサイト 半地下の家族」

「パラサイト 半地下の家族」を観てきました。観た理由はアカデミー作品賞を取ったからではなくて、3ヵ月くらい前にEigoxの先生が面白いと言って勧めてくれたからです。途中まではコンゲームの映画としてとても面白かったです。ある半地下の住居に住むことを余儀なくされている家族が、まず息子がある金持ちの家の娘の家庭教師に友人の代理ということで成ることに成功し、続けてその姉が絵画療法士という触れ込みで、その娘の弟の絵の教師に、更に父親が運転手に、母親が家政婦に、ということで金持ちの一家に全家族がうまく入り込んで毎月かなりの収入を得ることになります。(家族と言ってもまるで似ていないのでばれないのですが。)とまあここまでは良かったのですが、息子の誕生日で金持ち一家がキャンプに出かけている時に、一家は金持ちの家で酒飲んで大騒ぎしますが、そこに策略で追い出した家政婦が「忘れ物を取りに来た」と訪ねてきて…
以下は省略しますが、私はまったく好きじゃない展開になります。正直な所、何故これがアカデミー作品賞なのかも私は疑問ですし、韓国人がこの映画がアカデミー賞を取って喜ぶのかも疑問です。何か韓国人的な考え方や行動がアメリカ人には珍しく思えた、ということに過ぎないような気がします。またアメリカも今や完全な格差社会ですが、格差社会の先輩である韓国の、典型的な上流階級を下流階級の人間が食い物にするストーリーが受けたのかも、と思います。

宇宙家族ロビンソンの”The Mechanical Men”

宇宙家族ロビンソンの”The Mechanical Men”を観ました。いやー、なかなか、これはこの作品のこれまでのエピソードの中で一番良かったかも。ドクター・スミスが疲れて荒野で寝ていた所、いつの間にか彼は小さなロボット(ジュピター2号のロボットと同じ形状でサイズは1/50ぐらい)によってまるでガリバー旅行記のリリッパット国で捕まったガリバーのように板に縛り付けられます。彼らはある星から来た機械人間で、1000年の間リーダーを捜し求めていました。それがジュピター2号のロボットでした。ロボットはロビンソン一家に別れを告げて彼らの王になりますが、性格が穏健過ぎて、冷酷さを求められるリーダーにはふさわしくないとされます。そこで小さなロボットはドクター・スミスとロボットの性格を入れ替えてしまいます。ジュピター2号に戻って来たドクター・スミスはまるでロボットのようにしゃべり行動します。一方ドクター・スミスの性格が移されたロボットは、冷酷で、ジュピター2号への総攻撃を命じます。しかし、ドクター・スミスの姿をした中身はロボットがロボットの形をしたドクター・スミスに決闘を呼びかけた隙に、ロビンソン博士とドンがロボットを撃って機能を停止させました。そうするとミニロボットは戦意喪失で引き返して行きました。結局その銃撃のショックでロボットとドクター・スミスは元に戻るという話です。ともかく、ミニチュアのロボットが多数出て来るというビジュアルが面白かったです。

手書きのメリット

ヴェーバーの「中世合名会社史」の翻訳はこうやってノートにまず万年筆で書いて、それを後でキーボードで打ってテキストにしてブログにアップしています。そのノートがもうすぐ一冊終わります。この万年筆で書くという行為、それ自体はキーボードの入力よりははるかに遅いですが、メリットとして書きながら同時に考えるということが可能です。さらにそれをキーボードである程度のスピードで入力することで、スピードを上げて読んだ場合に文章が不自然でないかチェックすることが出来ます。この二重のプロセスって、一見無駄のようですが、実は良い翻訳のためには非常に有効であるように思います。また万年筆って、大学の時以来長らく使うのを止めていたのですが、再度使ってみるとすべりが非常によくて本当にすらすら書けて気持ちがいいですし、中字のペンですがある程度線に太さがあるのも気に入っています。後、実は手で書くという行為は暗記には非常に有効です。高校の時、私は歴史などの暗記物は必ずノートに書いて覚えました。そうしたやり方を原始的だとか効率が悪いと批判したのが一人いましたが、高校の三年を通じてそいつより私の方が成績が上でした。目で追うだけですらすら量をこなしていっても、結局記憶出来た部分が少ないのであれば意味が無いです。

NHK杯戦囲碁 河野臨9段 対 張栩9段


本日のNHK杯戦の囲碁は黒番が河野臨9段、白番が張栩9段の対戦です。この碁は下辺の左側での折衝がすべてと言って良く、黒がほとんど取られかけていた2子を活用しようと動き出しのはいいのですが、それを捨てて中央を厚くしても、この碁ではあまり厚みが働かない、ということで、丸ごと活きに行ったのですが、果たしてそれが良かったかどうか。結局劫付きの攻め合いになりましたが、白はどさくさに紛れて下辺で出切りを敢行し、黒はあちらこちらが薄くなりました。劫は一度白が勝ち、黒は原型からすると左辺で若干の厚みを築いた以外は何も得ていない形でした。それで黒は再度劫を蒸し返してこの石を復活させに行きましたが、劫材で中央を覗かれたのに受けず、黒2子を取り込まれてしまいました。こうなると右下隅から延びた白にまったく不安がなくなり、黒は劫に勝っても地だけのことであり、何も寄り付きの狙いが無くなったのは辛かったと思います。その後も打ち続けられましたが、結局中央にも黒地は大して付かず、黒の投了となりました。

小泉志津男の「日本バレーボール五輪秘話④ 世界三冠の舞台裏」

小泉志津男の「日本バレーボール五輪秘話④ 世界三冠の舞台裏」を読了しました。全日本女子の、1974年の世界選手権、1976年のモントリオールオリンピック、そして1977年の日本開催でのワールドカップの3つで全て優勝という栄光の日々と、全日本男子のミュンヘンの後の凋落ぶりが描かれます。まあ日本バレーの最後の栄光の日々という感じで、このシリーズは後1巻ありますが、さすがにそれは読む気がしません。女子の三冠を達成した監督は山田重雄で、強引に選手をスカウトしたり自分勝手な振る舞いが多くて、かなり敵が多かった人のようですが、ともかくもモントリオールオリンピックで、決勝のソ連戦を含めて一セットも落とさないパーフェクトな勝利を達成したチームを作り上げたことは、称賛し過ぎるということはないと思います。日本が作り上げたとも言えるコンビネーションバレーが、ミュンヘンの男子でとモントリオールでの女子で花開きます。これ以降は各国が日本のコンビネーションバレーを取り入れた上でさらにパワーで押しまくる強打のバレーも併用し、次第に日本が勝てなくなります。また、従来はソ連と共産圏の国々が主な相手でしたが、キューバやブラジルの中南米勢、そしてアジアでも中国や韓国が成長してきて日本を脅かすようになります。ただ、ミュンヘンへの後、男子はモントリオールではついにメダルに届かない4位と、後は凋落するばかりかと思っていたら、1977年の日本開催のワールドカップでは銀メダルで、最後の意地を見せたみたいです。この銀メダルには久し振りに全日本に復帰した森田選手の活躍が大きかったようです。
私の、日本バレー界を振り返る読書もこれで打ち止めです。後は2020年東京オリンピックで、日本がどこまで見せてくれるのかを期待しています。