真空管アンプにおける突入電流

真空管アンプの突入電流について、実際はどうなのかと思って色々ググってみましたが、何かほとんどの人が真空管のヒーターの電流が点灯後しばらくは定常電流の倍くらいなのを突入電流と呼んでいるようです。突入電流(ラッシュカレントと書いている人が多いけど正しくはインラッシュカレント、inrush currentでは?少なくともULではinrush currentですし、富士通もパナソニックもリレーのデータシートではinrush currentを使っています)は、その名前の通り、電源を入れた瞬間(おそらくせいぜい0.1秒以内)に、私のイメージでは最低でも定常電流の5倍から10倍もの電流が流れることを言うと理解しています。ULでテレビ用の電源スイッチ(ブラウン管TVはブラウン管が巨大な電球なんで、それが冷えている時にスイッチを入れると非常に大きい突入電流が流れます)についてTV定格という規格がありますが、例えば一番低いTV-3でも通常電流が3Aに対し突入電流は51Aです。もっとも高い規格のTV-15だと通常電流が15A、突入電流は実に191Aです。ちなみにテレビは今はご承知の通りブラウン管は使いませんが、しかし現在のデジタルTVはスイッチング電源を使っており、これはこれで大容量の電解コンデンサーを使うので突入電流が大きく、今でもテレビ用の電源スイッチはTV定格を取ったものを使う必要があります。(より細かいことを言えば、デジタルTVは当初はスタンバイスイッチだけで本当の意味の電源スイッチはありませんでした。しかし、待機電力を消費し続けるのが電気代もかかるのと環境的にも良くない、ということで7~8年前くらいからデジタルTVにも電源スイッチが復活しました。その時各社はブラウン管じゃないからTV定格は不要と思っていたようですが、ULがやはりいると言って来て色々騒ぎになったことがあります。)
ヒーターが冷えている間は抵抗が低くて、定格電流の倍くらいの電流が流れるのは、まあ突入電流の一種と言えないことはないのでしょうが、上記の51Aとか191Aに比べたら可愛いもので、その程度でヒーターの寿命が著しく短くなることはまず無いと思います。(トランスレスのラジオの整流管のヒーター電圧35Vとかだったらそれなりに突入電流の影響はあったと思います。そういった整流管は、ある意味他の真空管の保護という意味もあったと聞いています。その頃は整流管というのは寿命があって交換するものだ、という前提で製品が作られていたように思います。当時整流管は大量に使われていて今よりずっとコストは低かったと思います。{今オークション等で買うと35W4で1000~3000円くらいします。})
それから直流点火だと整流回路にコンデンサーが入っているので突入電流が大きくなりこれもヒーターにダメージを与えるといったことを書いている人もいましたが、整流回路のコンデンサーが害を成すのは主に電源スイッチの接点です。真空管側から見れば、スイッチON直後は整流回路のコンデンサーがほとんどの電流を吸ってしまいますので、ヒーターから見ればむしろAC点灯よりも突入電流が少なくなります。
ちなみに、今回作ったアンプは直流点灯でしかも4,700μFが3つという電解コンデンサーを入れている(元の回路では10,000μFx3でしたがいくらなんでも過剰すぎると思って減らしました)ので、電源ON時にヒーターの下部が一瞬光ったりはまったくせず、数秒してからじんわりとヒーターが明るくなっていきます。逆に電源をOFFにしても5秒くらいはヒーターが点いたままです。(ちなみにこの写真はカメラのISO設定をかなり上げて撮っていますので誇張されて見えます。室内灯を点けた状態では、ヒーターが点いているのはほとんど確認出来ないレベルです。)

定電流回路に必要なスタートアップ回路

何回か書いているように、今回の真空管アンプは、何もしないと(単に電源スイッチを入れただけだと)右チャンネルがフル音量になるまで約10分、左チャンネルは30分かかります。これの対策で今はスタート時に0.01mAの電流を意図的に付加しており、これの処置後はすぐにフル音量になります。
これの理由ですが、定電流回路というのは、最初にスタートアップ回路と言われるものである程度の電流を流してやらないと、定電流に行き着く前に平衡状態に入ってしまうことがあるようです。MOS-FETを用いて、温度に依存しない定電流回路というのが提案されています。ぺるけ氏は、定電流ダイオードが負の温度係数を持っていて、アンプの中が例えば50℃を超えた場合などは定電流の電流値が下がる問題点を指摘されていますが、その解決策は出されていません。その答えがこの「温度に依存しない定電流回路」なんだと思います。そしてこういう回路を組んだら、最初にスタートアップ回路で一定の電流を流す必要があるみたいです。これまでの全段差動プッシュプルアンプであまりそういう問題は指摘されていませんが、電力増幅部も含めて全ての定電流回路を定電流ダイオードだけで組んだのはおそらく私が最初であり、これまでの実装例ではおそらく突入電流のようなものがスタートアップ回路の代用となっていたのか、あるいは三端子レギュレータだとそういう現象が起きにくいとか、そういうことではないかと思います。

真空管アンプの電源スイッチの定格について

真空管アンプの電源スイッチの定格ですが、主としてギター用の真空管アンプの作り方を紹介しているページに以下のような記載がありました。

「スイッチにも定格電圧 と定格電流 というものがあり、これ以上かけてはいけない電圧値と、これ以上流してはいけない電流値というものが決まっている。この回路では100VのAC電圧がかかり、大雑把に考えてヒューズの最大電流ぐらいには耐えられるものを使いたいので、100V、2A以上のスイッチを使う。」

このスイッチの定格選定の方法は大いに問題があります。(大雑把過ぎです。)(更にスイッチでは「定格電圧」「定格電流」という言い方はせず、「電流容量」でAC125V10Aのように、使用する電源の種類と電圧、その時の(抵抗負荷での)最大容量としての電流値が通常記載されています。メーカーによってはもっと厳密な「AC-12 フォトカプラによって絶縁された抵抗負荷及び半導体負荷の制御」での容量のような記載をしている所もあります。)
スイッチの定格で考慮しなければならないのは、
(1)そのスイッチを使う回路での定常電流
(2)スイッチを開閉する際に発生する突入電流
(3)(2)の突入電流に関係する負荷の種類

の3つです。ヒューズの場合は原則的に(1)、(2)を考慮します。ヒューズが切れるのは電流が流れて発生するジュール熱(の短時間での累積値)が一定の限度を超した時にヒューズが溶けて回路が切れます。(2)の突入電流については、発生するジュール熱を積分した結果がヒューズの溶断限界を超えていなければ、そのヒューズは電源ON時に溶断しません。しかしスイッチの接点にとっては、積分したジュール熱よりもアークがどの程度の強さでどの位の時間流れるかが重要であり、ヒューズが切れないからスイッチもヒューズと同じ定格でOKということにはなりません。

(3)の負荷については、真空管アンプの場合は、スイッチは直接的には電源トランスにつながっており、間接的にその先の平滑回路である電解コンデンサーにつながっています。実はコンデンサーというのはONの瞬間に大量の電流を吸い込もうとしますので瞬間的に非常に大きな突入電流が流れ、スイッチにとってはもっとも過酷な負荷の一つです。またトランスも誘導負荷といって、単純な抵抗負荷に比べるとスイッチのダメージが大きくなります。(詳しくはここをどうぞ。これを書いた中の人は私です。)

従ってスイッチの定格としては、この場合は大きければ大きいほど良い、ということになります。(スイッチの定格は抵抗負荷という、抵抗だけの回路を前提にした値が書いてあります。実際の回路で抵抗成分だけというものは存在しませんので、ある意味バーチャルな数字です。定格が6Aだから6Aの電流が流れる回路で使えるというのは間違いです。)(微小電流の回路で大きな定格のスイッチを使うのは問題がありますが、真空管アンプの電源スイッチではそれは考慮不要です。)
目安としては、最低でもヒューズの電流定格の3倍以上、余裕を見るならば5倍以上をお勧めします。私が今回作製したアンプはヒューズは2Aで、スイッチの定格は125VAC15Aで7.5倍

にしています。(左の写真が今回使ったNKKスイッチズのS-21Aというトグルスイッチです。2極のスイッチを使ったのは「両切り」にしたからです。なお丸ナットは六角ナットに変更しています。)
以前キットで作ったPCL86超三結アンプの時は、125VAC10Aのロッカースイッチを使いました。この時もヒューズは2Aだったので5倍です。)十分余裕がない定格の電源スイッチを使うと、最悪接点が溶着してスイッチが切れなくなったり、またメーカーが保証している電気的操作回数よりも少ない回数でスイッチが駄目になるということになります。(特に安いギターアンプとかだとスパークキラーなどの突入電流を緩和する部品も入っておらず、スイッチオンで「ボツッ!」といったノイズが入るのがあります。こういうのはそのままスイッチの接点にもかなりのダメージを与えています。)

P.S. 2022年7月20日 上記ページの作者に連絡して、不適切な記述は修正していただきました。

今回の真空管アンプ→メインシステムに採用

結局、今回作った真空管アンプはメインシステムの一部に採用しました。そういうつもりで作製したのではないのですが、予想外に音が良かったためです。特に良い所は、
(1) S/N比
真空管アンプなのにボリュームを最大にしてもまったくノイスがありません。これは、ショットキーバリアダイオードによる整流ノイズの減少、定電流回路で三端子レギュレーターを使わず全て定電流ダイオードを使ったこと、およびツイストペア配線を使うべき所に使ったこと、などの複合の効果だと思います。アナログ録音を聴いた時に、テープのヒスノイズまでがはっきり確認出来る位に静寂なバックです。
(2) 定位の良さ
全段差動プッシュプルアンプは原理的に他Chからの同相信号が抑制されてクロストークが0になり、定位が非常に優れています。なんですが、今回のアンプは手持ちのKT88の全段差動プッシュプルアンプと比べても更に定位が良く、かつ音像が引き締まっています。
の2点です。いやー、真空管アンプもまだまだ色々な可能性を秘めていますね。

真空管アンプ-左Chの音量がフルになるまで30分かかる問題の解決

今回作成した真空管アンプの左Chの音量が電源ONしてから30分ぐらい経たないとフル音量にならない問題ですが、偶然発見した解決策ですが、NF(負帰還)の回路の電圧をテスターで測定すると、プローブを当てて3秒くらいでフル音量になるということを発見しています。しかしこの方法は一旦底板をネジ止めしてしまうと使えないため、まずはリード線を外に出して、底板が付いた状態でも出来るようにしました。しかし、毎回起動時にテスターを取り出してプローブを当てるのも面倒です。要はわずかな電流を該当の箇所に流してやればいいのだと考え、単三乾電池二本に抵抗をつないで簡単な回路を作りました。それで抵抗はどのくらが適当かかを試行錯誤で1,000Ωから段々強くしていったのですが、結局300KΩぐらいが適当でした。この場合の電流はわずか0.01mAに過ぎません。この程度の電流で何故回路の目が覚めるのかは、まだ突き止められていません。しかしながら、これで使い勝手は非常に良くなりました。電源ONして30秒くらいで真空管が温まったら、この装置のスイッチをONにして3秒ぐらいしてOFFに戻すだけです。
この回路は電源を内部から取るようにして、タイマー付きリレーで起動時に3秒だけ動かすということは可能でしょうが、根本的な解決はNFの量を変えてみるとか、初段の定電流ダイオードのピンチオフ電流値を変えてみるとかそういうことではないかと思いますので、場当たり的対策を永続化させるようなことはしません。

松本市の日本ラジオ博物館(3回目)

連休中の5月2日にまた松本市の日本ラジオ博物館に行って、訪問客は私一人だったので、館長の岡部さん(「ラジオの技術・産業の百年史」の作者、アキュフェーズ社員)に一時間半たっぷりお話を伺いました。
(1)テレビの初期の組立てキット。テレビの中は例えばブラウン管を駆動するフライバックトランスの電圧は3,000V以上になりますので、私はキットに手を出したいとは思いません…どちらかというと、NHKが中心になって標準的な受像機の仕様をまとめ、それを各メーカーのエンジニアが理解するためのキットだったようです。
(2)第2次世界大戦中のアメリカ軍の無線機2つ。歩兵用と、B-29などの爆撃機に積んであったもの。どこでこんなもの手に入れたのですかと聞いたら、何とヤフオクだそうです。特に爆撃機用は、1940年代に既にこのレベルのものを作っていたということで、日本との技術力の差は歴然としています。また爆撃機用は航空兵が操縦の片手間にいじるということで、操作も可能な限り簡素化していてUIのデザインもシンプルで機能的です。
また歩兵用の無線機の方はトグルのON-OFFスイッチが何と横方向の操作です。会社でトグルスイッチが使われた製品についてはかなり調べていますが、パネル用のON-OFFスイッチを横方向の操作にしたのは初めて見ました。この理由はこの無線機はリュックサックに入れて担ぐもののようで、リュックサックに入れる時に縦操作だと間違ってスイッチがONになったりするためかなと想像します。

自作真空管アンプ最後の仕上げ

自作真空管アンプの最後の仕上げ。若干だけ定位が右寄りなんで、11本持っているITT LorenzのPCL86の中から、若干プレート電流が大きめのペアを選別してそれを左チャンネルに適用して解決。
それから自作の真空管ガードを適用。これで地震などで何かが落ちて来ても真空管は大丈夫です。
残った問題:
ちゃんとした音になるまで右チャンネルが10~15分、左チャンネルが30分ほどかかります。それまでは音量も小さく歪んだ音。
これの回避手段は分かっていて、NF(負帰還)の回路の両端をテスターの電圧測定モードで3秒ほどプローブを当てればすぐ正常状態になります。もしこの問題が続くようでしたら、これ用の端子を外に出すなどを考えます。でもまあ30分待てばいいだけなんで特に大きな問題ではありません。なおこの問題はもう一台の全段差動プッシュプルアンプにもあって、こちらは電源ON直後では右チャンネルが弱く(プリのバランスボリュームで10時くらいにしないと真ん中に音像が来ない)フル音量になるまで3時間くらいかかります。なのでこれは私の配線が間違っているとかどこかの半田付けが外れているとかの問題ではなく、全段差動プッシュプルアンプの固有の問題ではないかと思います。