白井喬二の「國を愛すされど女も」の上巻を読了。便宜的に「上巻」と書きましたが、学芸書林の白井喬二全集の第11巻と第12巻にこの作品は収録されていて、11巻の分を読んだということです。この作品は白井喬二が69歳である昭和32年から、夕刊紙である「内外タイムス」に連載されたものです。この「内外タイムス」というのが、今はありませんが、風俗情報で売った二流新聞で、白井喬二はこの新聞の格を高めるために利用されたようです。白井の自伝「さらば富士に立つ影」によれば、白井はそうした事情は知っていて、自身大衆文学の原点に戻るような気持ちで、「内外タイムス」の読者を低く見るようなことをせず、連載を承知したみたいです。ちなみに、この「内外タイムス」はプロレスを扱っていたのでも有名で、その「内外タイムス」がつぶれる時の話を、原田久仁信が漫画にしていて、私は読んだことがあります。
掲載誌の話に偏りました。戦後の白井喬二作品はどうなのかと偏見がありましたが、この小説は冒頭からきわめてドラマチックです。主人公である塩谷一木之助はいきなり「父を殺してやる!」と叫びます。恋人である小峰を、父が暴力で犯したからです。ですが、一木之助は父親を斬ろうとして、逆に父親に押さえ込まれてしまいます。そういったある意味情けない主人公で、何をやってもうまくいかないのですが、途中で大鳥逸平と氏名を変えてからは、運勢が好転し、逆に何をやってもうまくいくようになり、特に剣の腕は上達して、達人になります。逸平は、父を果たし合いで殺した来迎寺(大須賀)獅子平を仇としてつけねらいますが、獅子平はそんな逸平を倒すため、次から次に強い剣士を呼び寄せて逸平と対決させます。しかしながら逸平はそのことごとくに勝ってしまいます。最後は柳生まで出てきますが、その柳生にさえ、逸平は勝ってしまいます。白井喬二の作品に出てくる剣豪は、このように、何故強いのかがよくわからない不思議な剣士が多いようです。
また、もう一つの特徴として、この巻では舞台の大部分が佐渡になっています。白井喬二は「金色奉行」でも佐渡を舞台としていましたが、佐渡に対して土地勘を持っていたのではないかと思います。もしかすると住んだことがあるのかもしれません。
後半では舞台が江戸に移ります。
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谷崎潤一郎の「武州公秘話」
谷崎潤一郎の「武州公秘話」を読了。この作品は博文館の「新青年」に1931年から32年にかけて連載されたものです。小林信彦の「四重奏」の所で紹介したように、博文館から渡辺温が谷崎の原稿の催促にやってきますが、その渡辺が夙川の踏切で乗っていたタクシーが貨物列車にぶつかるという事故で亡くなります。谷崎はこれに責任を感じ、「新青年」にまず随筆を載せ、その後この「武州公秘話」を連載します。
お話は、ある種の変態的(嗜虐的)な性欲を持った武将の話です。小林信彦が谷崎の真似をして、フェティシズムにふける人物を小説に登場させることがあるのですが、小林が描く人物は単なる「ヘンタイさん」レベルの軽いものでしかありません。それに対し、本家の谷崎の書くものはどっしりと重く、おどろおどろしさが半端ではありません。
またこの作品は、谷崎が大衆小説を高く評価していて、自分でも試みたものですが、ストーリーテリングとしては、必ずしもうまくはなく、途中で筆を擱いたという感じになっています。そのため、武州公の本格的な変態ぶりはほとんど描かれることなく終わってしまっています。これについては、谷崎はずっと続編を書く気持ちを持ち続けていたようですが、結局果たせませんでした。
さらに、この作品では「筑摩軍記」「見し夜の夢」「道阿弥話」といった架空の書物から引用するという形で書かれていて、この辺りが大衆小説から学んだ技法かもしれません。
白井喬二の「神曲 左甚五郎と影の剣士」
白井喬二の「神曲 左甚五郎と影の剣士」を読了。白井喬二の1972年の書き下ろし作品。白井喬二の作品はほとんどが雑誌や新聞に連載されたもので、書き下ろし作品とされたものを読んだのはこれが初めてです。1972年といえば、白井喬二はもう83歳です。何でも昔の読者から、以前のような作品を書いて欲しいと頼まれて書いたものだそうです。さすがに戦前の作品に比べるとかなり落ちる作品ですが、主人公の「影の剣士」こと、森十太郎は、なかなか不思議な魅力のある人物です。学者であった父親に学問と武芸を仕込まれて、若くして天才児と呼ばれ、文武両道に優れた人間になるのですが、ある時から逆に身についたものをどんどん捨てていこうとします。その過程で妻を7人変えたりしています。(もっともこれは本人がそういうだけで本当かどうかは分からないのですが。)結果的に剣については、十全剣法というものを完成し、名だたる剣の名人と斬り合ってもまったく危なげなく勝ってしまう程の腕になります。この「影の剣士」が、ある幕閣から、ある人物の顔を持った「貘(ばく)」の像を彫って欲しいと頼まれた左甚五郎の用心棒をします。この幕閣は、政敵を追い落とそうという陰謀を込めて、左甚五郎に像を頼んだのでした。しかしながら、甚五郎はそうした背景をある程度知りながらも、芸術家らしい野心でその像を引き受けます。
これがもしかしたら白井喬二の最後の長編なのかもしれません。そう考えるとちょっと寂しいです。
小林信彦の「四重奏 カルテット」
小林信彦の「四重奏 カルテット」を再読。2012年に出版。
「夙川事件 -谷崎潤一郎余聞-」(2009年)、「半巨人の肖像」(1971年)、「隅の老人」(1977年)、「男たちの輪」(1991年)の四つの中篇を収録したもの。「隅の老人」は「袋小路の休日」に入っていたものと同じですが、固有名詞が他の中篇と合わせるために一部変更されています。
ここのところ、小林信彦の1990年代のはっきりいって出来の良くない小説をずっと読んできて、正直辟易してきていましたが、ここに収められた四篇はいずれも読み応えがあり、小林信彦の作品の中では上位に入るものと思います。
「夙川事件」は、谷崎潤一郎の原稿を依頼に行っていた博文館の渡辺温が西宮の夙川の踏切で事故死する話を中心に、江戸川乱歩や横溝正史と谷崎潤一郎の関わりを描きます。(谷崎潤一郎は、この渡辺温の事故に責任を感じ、「新青年」に「武州公秘話」を連載することになります。)
「半巨人の肖像」は、その江戸川乱歩を氷川鬼道の名前で描く物で、小林信彦が宝石社でヒッチコックマガジンの編集者として乱歩に抜擢され、その下で雑誌を作っていた頃のことが描かれます。
「隅の老人」はその宝石社に嘱託として雇われていた真野律太の話です。真野律太は、博文館で「譚海」という児童雑誌の編集に携わり、出版部数を一桁台から最終的には三十万部を超えるまでにした伝説の編集者でした。しかし人間関係で博文館を退社し、その後小さな新聞社を転々とし、宝石社に拾われる前は浮浪者でアル中になっていました。最初、真野律太は新しく宝石社に入ってきた小林信彦を煙たく思うのですが、ふとしたきっかけで小林信彦が国枝史郎に興味を持ってその本(「神州纐纈城」)を探していることを知り、親しくなります。
「男たちの輪」は、その宝石社での編集長時代に翻訳家の稲葉明雄や、常盤新平と知り合い、稲葉明雄とは友情を育みますが、常盤新平には裏切られたのですが、そのことをある意味執念深く書いています。「夢の砦」の後半部とかなりかぶります。
白井喬二の「帰去来峠」
白井喬二の「帰去来峠」(ききょらいとうげ)を読了。1933年(昭和8年)の作品で「東京日日新聞」「大阪毎日新聞」に連載されたもの。
いわゆる「猿飛佐助」物ですが(この作品では「佐介」の表記)、主人公的な人物が少なくとも三人出てきます。つまり野武士の生駒八剣と、その八剣に父親を殺された鯉坂力之助、そして猿飛佐介です。
物語は、真田幸村の真田家と、平賀源信の平賀家は、一触即発の状態で対立していましたが、両家に「銅鈴」と呼ばれる宝器がそれぞれ伝わっています。しかし、両家ともその鈴には「舌」と呼ばれる音を出す部分が欠けています。この「舌」を手に入れて音を出すと、この鈴の上には、真田家、平賀家のそれぞれの城にまつわる秘密が浮かび上がってくるとされるため、この「舌」をどちらが手に入れるかが、両家の戦いの行方を左右することになります。鯉坂力之助の父親はその「舌」を首尾良く見つけて持ち帰ろうとしていたのですが、帰りの山中で追い剥ぎとなった生駒八剣に殺され、「舌」を奪われてしまいます。このため、鯉坂家は、論敵であった砂田胡十郎からあらぬ非難をあびせられ、力之助は胡十郎と「舌」の行方を巡って争うことになります。そういう訳で、最初は力之助と胡十郎の争いで、それに生駒八剣がからむのですが、途中から中々見つからない「舌」の行方を巡って、猿飛佐介が山の中から召し抱えられて、「舌」の争奪戦に加わります。「舌」はしかしながら、平賀家の帆足丹吾という一騎打ちの得意な武将の手に落ち、佐介と丹吾が対決します。この対決は引き分けに終わりますが、丹吾は何とか「舌」を平賀家の城に持ち帰ります。佐介はそれを取り返すため、単身平賀家の城に忍び込みます。ここがこの小説のクライマックスですが、平賀源信の娘でお呱子(おここ)というのが出てきて、男勝りで才気煥発で勇気もあり、忍術書を研究して佐介対策を立て、佐介をあわやという所まで追い詰めます。
佐介のキャラクターが、山育ちで、真っ正直で思ったことを何でもずばずば言ってしまい、また世の中の不正を許せないと思うという感じで、「富士に立つ影」の熊木公太郎と、「盤嶽の一生」の阿地川盤嶽を併せたようなキャラクターとなっています。
後面白いのが、作中に歴史上の有名な築城家に言及する所があります。赤針流熊木伯典、賛四流佐藤菊太郎、と自身が「富士に立つ影」で創作した人物をちゃっかり歴史上の人物みたいに紹介しています。
小林信彦の「和菓子屋の息子 -ある自伝的試み-」
小林信彦の「和菓子屋の息子 -ある自伝的試み-」を再読了。「小説新潮」に1994年3月号から1996年3月号まで連載され、1996年8月に出版されたもの。
「自伝的試み」であって、ノンフィクションであり、「東京少年」や「流される」などの「自伝的小説」とは違います。しかしながらその辺りの境界線は流動的です。作者は集団疎開を描いた「冬の神話」を「東京少年」で書き直し、また父方の祖父を描いた小説「兩國橋」を「日本橋バビロン」で書き直しといったことを延々とやっていて、そういう「しつこさ」が小林信彦の特徴の一つです。
作品は、小林信彦の母親の玉が青山という山の手から、両国という下町へ嫁に行く所から始まり、1988年にその玉が亡くなる所で終わります。ですが、中心となっているのは小林信彦が生まれた昭和7年から太平洋戦争の終わる頃までです。その頃の「中流の上」の下町の商家の暮らしや町の様子が描かれています。小林信彦は生まれ育った両国という町を戦争で無くし、それにも関連して生家であった九代続いた名門の和菓子屋「立花屋」の終焉という二重の喪失を体験しており、基調としては詠嘆的にならざるを得ません。小林信彦の弟の小林泰彦がイラストを描いており、当時の様子を理解する助けになっています。
白井喬二作品についてのエントリー、リンク集
このブログ「知鳥楽」においての白井喬二作品及び白井喬二に関わるトピックについてのエントリーは2019年9月時点で合計200を軽く超えております。このために記事を参照される方の便宜を考え、リンク集をここに作成し公開することにしました。
インターネット上での白井作品についてのレビューはこれまで私が見た限りではごく限られた作品(せいぜい「富士に立つ影」、「新撰組」、「盤嶽の一生」程度)についてのものしか見当たりませんし、書籍でも大衆文学に関する書籍はこれまで10数冊程度読みましたが、これだけのレベルの白井作品を紹介したものは私の知る限り皆無です。大衆小説の実質的な命名者でありかつ創始者でもあり、実質的にこの分野を矢継ぎ早に発表した初期の傑作群で確立させた作家ながら今はほとんど忘れられている、白井喬二について少しでも理解を深めていただけたら幸いです。(このブログで新たに発見した白井作品については適宜Wikipediaの白井喬二のページの書誌情報に反映しています。{2019年8月付記:Wikipediaへのコンテンツ追加は中止しました。今後はそちらは更新しません。書誌情報はこちらを参照ください。}この書誌情報は国立国会図書館の検索、古書店検索サイト(「日本の古本屋」)での検索、そしてヤフオクでの検索で得られた情報を集めたもので、白井自身の著作(自伝である「さらば富士に立つ影」と評論集の「大衆文学の論業 此峰録」)の巻末に載っているものよりも更に詳細になっており、他で得られない唯一のものです。)
(尚、以下のリンク先のレビューは、白井喬二作品の多くが現状入手困難であることを考え{白井喬二の著作権保護は2050年まで有効なので青空文庫にも現時点では何も収録されていません。また雑誌や新聞掲載だけで終わり、単行本未刊行の作品も多数あります。古書店での入手も限定的で手間とお金がかかります。}、その多くがある程度ストーリーを明らかにするものになっております。その点をあらかじめご承知の上、参照願います。)
※富士に立つ影
裾野篇 江戸篇 主人公篇 新闘篇 神曲篇 帰来篇 運命篇 孫代篇 幕末篇 明治篇 総評
読み直し(2回目)
裾野篇 江戸篇 主人公篇 新闘篇 神曲篇 帰来篇 運命篇 孫代篇 幕末篇 明治篇 総評
※新撰組
新撰組 上
新撰組 下
※盤嶽の一生
盤嶽の一生
盤嶽の一生(続き)
由公の回顧録(「嶽の一生」別篇)
怪建築十二段返し
神変呉越草紙、柘榴一角
金色奉行
翡翠侍
珊瑚重太郎
金襴戦
帰去来峠
神曲 左甚五郎と影の剣士
※国を愛すされど女も
国を愛すされど女も(上)
国を愛すされど女も(下)
さらば富士に立つ影
兵学大講義
忍術己来也
※祖国は何処へ
民人篇 革新篇 尖端篇 心影篇 島嶼篇 海奴篇 異邦篇 結晶篇 寸終篇 総評
寶永山の話
※雪麿一本刀
雪麿一本刀(上)
雪麿一本刀(下)
東遊記
※南総里見八犬伝
南総里見八犬伝(上)
南総里見八犬伝(下)
上杉謙信
石童丸
桐十郎の船思案、蜂の籾屋事件、傀儡大難脈
初期短篇集(「寶永山の話」以外)
※源平盛衰記
源平盛衰記(上)
源平盛衰記(中)
源平盛衰記(下)
露を厭う女
桔梗大名
※瑞穂太平記
瑞穂太平記(上古篇、大化篇)
瑞穂太平記(奈良篇、平安篇)
瑞穂太平記(源平篇)
瑞穂太平記(続源平篇、中興篇)
瑞穂太平記(戦国篇)
白井喬二 戦後作品集 天の巻 坂田の金時
白井喬二 戦後作品集 地の巻 石川五右衛門
白井喬二 戦後作品集 人の巻 明治媾和
沈鐘と佳人
坊ちゃん羅五郎
続坊ちゃん羅五郎
天晴れ啞将軍
霧隠繪巻
男一匹
満願城
地球に花あり
隠密道三道中記
第二の巌窟
至仏峠夜話
古典の小咄
薩英戦争
釈迦・日蓮
後の月形半平太
孔雀屋敷
大衆文学の論業 此峰録
維新櫻
斬るな剣
従軍作家より国民へ捧ぐ
文学者の発言
捕物時代相
伊達事変
伊賀之介飄々剣
河上彦齋
洪水図絵
ほととぎす
小説ベスト10
戦国武将軍談
中江藤樹・孔子
西郷と勝安芳・孫文
小村寿太郎・汪精衛
北条時宗・忽必烈
伊藤博文・袁世凱
侍匣
唐手侍
華鬘(げまん)の香爐(贋花)
わが憂国の教壇記(エッセイ)
国民童話 自然のめがね 科学知識篇
維新の志士を憶ふ(エッセイ)
盟路
綺羅の源内
修羅春告鳥
春雷の剣
江戸市民の夢
築城秘話(エッセイ)
宇都宮釣天井の真相(エッセイ)
十両物語
※幽閉記
幽閉記(1)
幽閉記(2)(完読)
独楽の話(エッセイ)
※外伝西遊記
外伝西遊記(1)
外伝西遊記(2)
外伝西遊記(3)(完読)
白井喬二の作品での女性の主人公
※黒衣宰相 天海僧正
黒衣宰相 天海僧正(1)
黒衣宰相 天海僧正(2)
黒衣宰相 天海僧正(3)
黒衣宰相 天海僧正(4)
黒衣宰相 天海僧正(5)(完読)
※陽出づる艸紙
陽出づる艸紙
陽出づる艸紙(2)(つるぎ無双)(完読)
天誅組(18回中2回のみ読了)
白井喬二と「万能児、万能人間」
東海の佳人(一部未読)
白井喬二と佐渡金山
無辺と瓢吉槍
※豹麿あばれ暦
豹麿あばれ暦
豹麿あばれ暦(2)(完読、但し中断作品)
人肉の泉(連載第1回目)
人肉の泉(連載第9回目)
先覚者(後半未読)
本能寺前夜の織田信長
※捕物にっぽん志
捕物にっぽん志(1)
捕物にっぽん志(2)
捕物にっぽん志(3)
捕物にっぽん志(4)
捕物にっぽん志(5)
捕物にっぽん志(6)
捕物にっぽん志(7)
捕物にっぽん志(8)
捕物にっぽん志(9)
捕物にっぽん志(残り全部)
守綱雨
平凡社の白井喬二全集全15巻の内容
平凡社の白井喬二全集の第5巻の「中篇集」の内容
平凡社の白井喬二全集の第15巻の「随筆感想集」の収録内容
学芸書林の「定本・白井喬二全集」の収録内容
東亜英傑伝 一 豊臣秀吉・成吉思汗
東亜英傑伝 七 山田長政・張騫
電碁戦後日、実話の罐詰、掌篇フースーヒー(エッセイ)
※昼夜車
昼夜車(1)
昼夜車(2)
元禄快挙(未完作品)
想い出の中谷 博
紫天狗
葉月の殺陣
湖上の武人
名工自刃(漫画原作)
桃太郎病
虞美人草街
「国史挿話全集」と「日本逸話大事典」の関係
随筆感想集(平凡社の全集第15巻収録)
捕物源平記
竹林午睡記
登龍橋
大膳獵日記
巷説怪猫の城 -久留米城-
風流名士手帖(エッセイ)
魂を守りて 金属工芸に躍進の大器岩井清太郎伝
2017年11月7日時点での白井喬二未読作品
柳沢双情記
「富士に立つ影」の映画(1942年)
Kyoji Shirai and Niju-ichi-nichi kai
The life of Kyoji Shirai and his works (1)
The life of Kyoji Shirai and his works (2)
玩具哲学(エッセイ)
Fuji ni tatsu kage (A shadow standing on Mt. Fuji)
信長と鉄火裁判
「富士に立つ影」を高く評価した人達
白井喬二のポートレート(昭和7年)
民主のおもかげ 福翁自伝の話(エッセイ)
若衆髷(わかしゅわげ)(連載2回分)
若衆髷(わかしゅわげ)(完読)
小説義塾(エッセイ)
春月を語る(エッセイ)
Bangaku no Issho (The life of Bangaku)
筒井女之助
新藤兼人と「盤嶽の一生」
逍遙の歴史小説論と現代のそれと(エッセイ)
Shinsen-gumi
山中貞雄監督の映画「盤嶽の一生」のプログラム
TVドラマの「盤嶽の一生」の第1回
梁川庄八
読切小説 白井喬二自選集(梁川庄八、相馬大作、関根弥次郎、風流刺客、平手造酒、般若の雨)
梁川無敵伝 他七篇(「梁川無敵伝」、「鬼傘」、「鉄扇の歌」、「大膳猟日記」、「柳腰千石」、「後藤又兵衛」、「心学牡丹調」、「殖民島剣法」)
ロンドン爆撃(シュタッケンベルク原作)
白井喬二著作書誌情報
江戸から倫敦へ(連載一回分のみ)
仕事部屋を覗く3 白井喬二氏
銀の火柱(厨井道太郎名義)
山中貞雄監督の「盤嶽の一生」のシナリオ
時代日の出島(連載三回分のみ)
白井鶴子(喬二の奥さん)の「我が良人(をっと)への衷心よりの願ひ」
鳳雀日記、他のエッセイ(雑誌「騒友」掲載)
「大衆文学はどうなるだろうか」(「新潮」1933年4月号の座談会)
国民文学論
熊木公太郎も白井喬二の分身?
白井喬二の未読本(龍ケ崎市歴史民俗資料館蔵)
麒麟老人再生記――久米城クーデター余聞
私の歴史文学観(エッセイ)
彦左一代・地龍の巻
日本刀(「序曲」のみ)
彦左一代・天馬の巻
強い影武者
名乗り損ねた敵討(戯曲)、紙城(エッセイ)
白井喬二の「金襴戦」
白井喬二の「金襴戦」(きんらんせん)読了。
「珊瑚重太郎」と一つの巻に入っていた小説ですが、白井喬二の作品としては、今一つよく分からない作品です。大正14年に婦人公論に1年間連載されたものです。白井喬二の自伝によれば、何故かこのあまり出来がよくないと思われる作品が、太平洋戦争の時に陸軍恤兵部により兵隊に慰問品として送る小説として7-8回も選ばれて、大変な部数が前線に送られたとのことです。「戦」とついているのが兵隊向けと思われたのか、遊女が出てくるのが兵士の慰めになると思われたのか、理由は不明です。
お話は、飛騨の山奥の村で、金襴(金色の派手で高価な織物)を織っているのですが、その染め加工の時に出る鉱毒で、下流の村の農作物が被害を受け、金襴の村と下流の村で戦いになるという話です。主人公が、蝉の抜け殻を集めて漢方薬屋に売るという実に変わった職業の男なのですが、この主人公が白井喬二の主人公にしてはまるでいい所がなく、物語の冒頭で山の中の牢に捕らわれた死刑囚から伝言を頼まれるのですが、それを伝えるのをすっかり忘れてしまいます。その事が金襴の鉱毒を巡る戦いの直接的な原因になってしまいます。また、この男は、湯屋の遊女が人買いの男を殺したのに立ち会い、その遊女を連れて逃げるのですが、途中で遊女に心中を迫られまれ、遊女を置いて一人で逃げてしまいます。白井喬二はこの物語にきちんと結末をつけないまま終わらせてしまいます。
小林信彦の「決壊」
小林信彦の「決壊」を再読了。2006年に講談社文芸文庫として出たもの。
「金魚鉢の囚人」(1974年7月号「新潮」掲載)
「決壊」(1975年11月号「新潮」掲載)
「息をひそめて」(1977年10月号「文学界」掲載)
「ビートルズの優しい夜」(1978年2月号「新潮」掲載)
「パーティー」(1980年5月号「新潮」掲載)
の5本の作品を新たに一つにまとめたもの。このうち、「金魚鉢の囚人」と「ビートルズの優しい夜」は、最初1979年の「ビートルズの優しい夜」に収録されたもの。「パーティー」は弓立社版「小林信彦の仕事」に収録されたものです。「息をひそめて」以外は、最初、文芸雑誌「新潮」に掲載され、名編集者の坂本忠雄氏のやりとりの結果として生まれてきた作品です。
「金魚鉢の囚人」は、作者が自分で言っているように、中年のDJである「テディ・ベア」に小林信彦自身を投影した作品です。投影はしていますが、他の私小説的作品と一線を画した純粋な虚構の作品で、よく出来た作品と思います。特にラストでのアクシデントと、主人公がそれを処理するやり方が印象的です。
「決壊」は葉山に自宅を買った著者の体験が反映された私小説的作品。放浪を続けて、収まるところを求め続けた筆者がやっと手にした安住の地が、土地の「決壊」によって脅かされる様子を描いたものです。この経験は、「ドリーム・ハウス」などの他の作品にも使われています。
「息をひそめて」は、これも私小説的作品で、筆者が大学は出たものの、空前の就職難の時期に遭遇し、やむを得ず叔父の経営する自動車用塗料の会社でセールスマンとして働く様子、それから横浜でイギリス人の遠い親戚が経営する不動産会社に移り、それから失業して池袋のアパートでひっそりと暮らす様子が描かれます。
「ビートルズの優しい夜」は、1966年のビートルズ来日公演のすぐ後で行われたあるTV番組関係者向けのパーティーでの様子を描いたものです。放送作家だった当時の小林信彦の不安定な心理が描かれている作品です。
「パーティー」は、ある不遇の映画監督に作者自身を投影させて、その監督がパーティーに出席した時の様子を描くものですが、三回連続で芥川賞候補になりながら、ある審査員から「小林信彦は既に放送作家などで活躍しており賞の資格がない」として受賞を取り逃がしたことへのルサンチマンがあふれる作品です。
どの作品も、「唐獅子シリーズ」や「オヨヨ大統領シリーズ」の作者とは思われないくらい、陰鬱な調子で一貫していますが、これが小林信彦のある意味本来の姿かと思います。坂本忠雄氏とのやりとりによる彫琢を経ているために、どの作品も完成度はそれなりに高いと思います。
白井喬二の「珊瑚重太郎」
白井喬二の「珊瑚重太郎」を読了。昭和5年、白井喬二が42歳の時から1年半、「講談雑誌」に連載されたもの。
これは本当に面白いです!こんなに面白い本を読むのは久し振りという感じです。お話は、若侍の珊瑚重太郎がふとしたことで牢中に囚われている武士を救うため、ある大名屋敷に失踪中の若殿様に化けて乗り込むのですが、その重太郎に次から次に難題が持ち上がります。まずはその大名屋敷の宝物について、偽物か本物かの鑑定を迫られ、その鑑定の結果によって、人質となっている若侍2人のどちらかが死ななければならないということになります。それを何とかごまかすと今度は、ある高貴な家のお姫様と結婚させられそうになります。重太郎自身が次の日に結婚式を控えた身でした。それを何とか日延べしてごまかすと、今度はお家の存亡をかけた訴訟事になりますが、その訴訟の相手方というのが何と自分自身でした。お奉行所で重太郎は双方の訴え人となり、一人二役で大忙しで何とかごまかそうとします。その訴えは、重太郎個人が勝てば、大名家がお取りつぶしになって高貴な家のお姫様が悪者の元に嫁がなければならなくなり、また大名側が勝てば、貧しい女性が何人も苦界に身を売らなければならない、というジレンマの状況です。そうした重太郎を、陰からこっそり助けるのが、実は本物の若殿様で、二人はそっくりなのですが、重太郎が本物に早く入れ替わるように頼んでも、何故か若様は首を縦に振りません。その理由が実は…とこの設定がまた素晴らしいです。この作品は言ってみれば、日本版「王子と乞食」ですが、白井喬二はストーリーテリングに関しては天才的です。また、主人公は何度も何度も危機的状況に陥って苦悩するのですが、その行動が一貫して倫理的なのがさわやかな印象を与えます。
この小説は昭和9年(1934年)に片岡千恵蔵主演の映画になっています。