小林信彦の「時代観察者の冒険」を再読了。小林信彦の1977年から1987年のコラムを集めたものです。この時代の小林信彦は、「唐獅子シリーズ」、「夢の砦」、「ビートルズの優しい夜」、「ぼくたちの好きな戦争」、「極東セレナーデ」などの代表作を発表しており、一番脂がのった頃だと思います。エッセイで取り上げられているテーマは多岐に渡りますが、中でも1985年の「アイドルの時代」が鋭いと思います。その中で指摘されているように、この頃は色々な分野で活躍する人物のアイドル化が進んでいました。本家の芸能界を見ても、中森明菜、小泉今日子、南野陽子、中山美穂、岡田有希子、浅香唯といったアイドルが活躍していました。今から見てもアイドルの全盛時代でした。個人的に覚えているのは1985年頃のニッポン放送のラジオで土曜日の19時から、中山美穂、南野陽子、小泉今日子の番組が続けてあったということです。アイドル化は学問の世界にも及び、この頃、浅田彰、中沢新一といった「アイドル」学者が流行していました。
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櫻井忠温の「肉弾」
櫻井忠温(さくらいただよし)の「肉弾」を読了。日露戦争で中尉として、旅順攻囲戦に参加し、第1回の総攻撃で瀕死の重傷を負いましたが、奇跡的に一命を取り留め、その戦いの記録を文書にしたものです。戦前1000版を超える大ベストセラーになったものです。この本のことは、乃木将軍経由で明治天皇に伝わり、明治天皇はこの本を読んで感動し、櫻井忠温は拝謁の栄を賜ることになりました。また英語を始め15カ国語に翻訳され、アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトはこの本を自分の二人の息子にも読ませ、また作者に感謝状を送っています。さらにはドイツ皇帝ヴィルヘルム2世は、この本をドイツ軍の全将兵に配布したといいます。なお、「肉弾」という言葉は、櫻井忠温が初めて使ったもので、後に日本軍の行きすぎた精神主義の象徴的な言葉になります。ただ日露戦争当時の、多大なる犠牲を伴いながらも日本軍が志気の高さを維持したことはこの本を通じて伝わって来て、現代の眼で読んでも感動を覚えます。櫻井忠温はこの本が有名になったこともあって、戦前少将にまで出世しますが、戦後は公職追放になり苦労します。
櫻井忠温は四国松山の出身で、松山中学の時は夏目漱石に英語を教わっています。
小林信彦の「オヨヨ島の冒険」
筒井康隆の「ビアンカ・オーバースタディ」
筒井康隆の「ビアンカ・オーバースタディ」を読了。
昔、「時をかける少女」のジュブナイル小説を書いた筒井康隆がライトノベルに挑戦したもの。といっても筒井康隆なんで、そのまま単なるライトノベルを書くはずがなく、ライトノベルでありながら、ライトノベルのパロディ、からかいになっています。
「涼宮ハルヒ」シリーズのいとうのいぢのイラスト付き。
目次を見るだけで既に爆笑で、全部の章が「~スペルマ」で終わっています。
第一章 哀しみのスペルマ
第二章 喜びのスペルマ
第三章 怒りのスペルマ
第四章 愉しきスペルマ
第五章 戦闘のスペルマ
何でかというと、美少女高校生のビアンカが生物部という設定で、放課後にウニの生殖実験をやっていて、それにあきたらず人間の生殖を観察したくなって、自分のファンの下級生の男子のスペルマを採取する(つまり抜いてあげる)から、こういうタイトルになっています。
ラノベながら、ちゃんとSFにもなっていて、かつ文明批判的な要素も入っており、また筒井康隆自身の60-70年代のスラップスティックの雰囲気がよく出ています。
筒井康隆ももう80歳を超えているんでしょうが、こういうのをまだ書ける、っていいと思います。
小林信彦の「一少年の観た<聖戦>」
小林信彦の「一少年の観た<聖戦>」を再読。「ぼくたちの好きな戦争」と対になる本で、小林信彦自身が体験した戦前・戦中・戦後の時代を主として映画の観点からまとめたものです。なので「見た」ではなく「観た」になっています。戦争は特撮技術とアニメの技術を進化させ、また戦争中でありながら、黒澤明の「姿三四郎」や、稲垣浩の「無法松の一生」といった優れた映画が封切られています。戦争に入っても映画を見続けた小林少年ですが、それは集団疎開、縁故疎開の二度の疎開で中断を余儀なくさせられます。
戦争中、チャーチルやルーズベルトに対するどぎつい風刺漫画を書いていた近藤日出造が、戦争が終わると同じタッチで獄中の東条英機を風刺する漫画を発表し、小林信彦は「それはないだろう」という感想を述べています。
フレドリック・ブラウンの「火星人ゴーホーム」
小林信彦の「オヨヨ大統領の悪夢」
小林信彦の「オヨヨ大統領の悪夢」を読了。オヨヨ大統領シリーズの8作目です。「クネッケ博士のおかしな旅」を除くと、オヨヨ大統領が明示的に登場する最後の作品です。作者自身はオヨヨ大統領シリーズには入れていない、という情報もあります。この作品では、オヨヨ大統領は作者と同じ世界に所属して、作者に電話をかけてくる、という形で登場します。その意味でオヨヨ大統領は今回脇役で主役は作者である小林信彦自身です。オヨヨ大統領が作者を脅迫するために睡眠薬を買い占めたり、沖田総司が現代に蘇って芸能界でスターになったり、作者が真奇郎という編集者を様々なミステリーのトリックやあげくの果てはSFのトリックで殺そうしてことごとく失敗したり、と趣向を凝らした4つの話が収められています。また最後の「華麗ならざるエピローグ」ではシリーズ全体をひっくり返しかねないようなオヨヨ大統領の述懐が登場します。
もりたなるおの「芸術と戦争―従軍作家・画家たちの戦中と戦後」
もりたなるおの「芸術と戦争―従軍作家・画家たちの戦中と戦後」を読了しました。この本を読んだきっかけは、小林信彦の「ぼくたちの好きな戦争」で戦争中に風刺漫画家で活躍する秋間広次のモデルが近藤日出造であることを知り、その近藤日出造について小林はさらに「一少年の観た『聖戦』」の中で、戦犯ではないかと非難しているのを知ったことです。もりたなるおは相撲小説が有名で以前よく読みましたが、作家になる前は漫画家で近藤日出造の弟子です。なので近藤日出造の戦中の活動について書かれていないかと思ってこの本を取り寄せました。
この本では近藤日出造は直接小説の主題としては取り上げられていませんが、風刺漫画家岸丈夫の章で登場し、近藤日出造と加藤悦郎が戦争中、どぎつい風刺漫画を書いていたことは出てきます。
その他、この本で取り上げられている人は、井伏鱒二、火野葦平、藤田嗣治、東郷青児、吉川英治、横山大観、林芙美子、柳家金語楼など色々です。
藤田嗣治については、戦争画に打ち込み、非常にリアルな戦争画を多数書きますが、アッツ島玉砕、サイパン玉砕といった絵でリアルになりすぎて、軍部から「戦意を削ぐ」として活動を止められ、それでありながら、戦後は逆に戦犯として活動を差し止められそうになり、それで日本を捨てフランスに移住したとあります。こうした事情は今回初めて知りました。
また、日露戦争の旅順攻防戦を書いた戦記小説「肉弾」の著者の櫻井忠温が戦後公職追放になって苦労したりなども初めて知りました。
小説家、画家、漫画家などの戦争との関わりは様々ですが、戦争に積極協力した人も一概には責める気にはなれません。
小林信彦の「地獄の観光船」
小林信彦の「地獄の観光船」を再読了。「地獄の読書録」「地獄の映画館」に続く、「地獄の」シリーズの3作目です。キネマ旬報誌にて1977年1月号から1981年3月号まで連載された「小林信彦のコラム」を単行本化したものです。元々2年の予定だったのが、読者に好評だったため、2回延長されて4年2ヵ月間の連載になっています。この間、1978年と1981年の2回、キネマ旬報の読者賞を受賞しています。テーマは映画が大部分ですが、それに限定されることなく、TV番組や本まで幅広く取り上げられています。1978年のコラムには「入谷映画村」で「進め!ジャガーズ 敵前上陸」が上映された時のことが書かれていますが、これが「袋小路の休日」での「根岸映画村」の題材になっています。
小林信彦の「変人十二面相」
小林信彦の「変人十二面相」再読。ジュブナイル小説で、元は中三時代とバラエティに1980年4月から1981年4月にかけて連載されたもの。小学二年生の女の子ミキが主人公ですが、これは小林信彦の下の娘さんが想定されています。家族構成も連載当時の小林家そのままです。小林信彦ファンの私ですが、その私でもあまり褒める所のない小説で、ストーリーもほとんどないも同然です。小学二年生の女の子の視点という点も成功しているとは言い難く、その子がパパの日記を盗み見て語る、など苦しい手法が使われています。タイトルの「変人十二面相」もまったく内容とは関係ありません。ただ、当時の世相はよくわかって、巨人に入った江川がその頃世間からどう思われていたかだとか、長島が突然解任されて世間にショックを与えたとか、1980年が冷夏だったとか、ジョン・レノンが殺された、とかそういうことを思い出すことができるだけです。ちなみに、小林信彦はマスコミに登場した最初の頃のキャッチフレーズは「長島を知らない男」で、まるっきりの野球音痴でしたが、いつの頃からかかなりの野球ファンに変わっていて、それがこの小説にもよく反映されています。
後、峰岸達さんのイラストはなかなかいいです。