平凡社版完訳四大奇書の「西遊記 上巻」

平凡社版完訳四大奇書の「西遊記 上巻」を読了。写真だと大した分量じゃないように見えますが、字が小さい上に何と1ページ3段組なので、実際はかなりの分量がありますし、ちょっと老眼には辛いです。でも読み出すと面白くて止まらなくなります。上巻だけで54回に分かれていて、1回1回はそれほど長くないので飽きずに読み進めていくことができます。内容は元祖「伝奇小説」という感じで、本当に面白いです。よくもまあこれだけの妖怪を出してくるなあ、というのが正直な感想で、悟空も万能でいつも勝利するのでは決してなくて、逆にほとんど常に危なくなって、かなりのケースで観音様その他の助けを借りてやっと何とかしのいでいるという感じです。一つ大人として読んで気がついたのは、この小説では道教と仏教がほとんど対等のものとして混淆して出てくるということです。三教ということで儒教も一応形だけは出てきますけど、実際は儒教に関係する登場人物は上巻には登場しません。仏教というのは日本でも神道と混淆しますが、この小説では菩薩が蟠桃会に招かれて出かけたりと、道教と仏教の世界がごちゃごちゃです。また、「封神演義」とも結構共通するものを感じますが、「封神演義」もまた明代の小説でした。三蔵と八戒が川の水を飲んで妊娠する話も確かに出てきました。話としては短く、無くてもいい話なので、子供向け版で削除されたのはわかるような気がします。後は、三蔵法師と三人の弟子と、竜が化した馬のチームのチームワークがかなりばらばらだということ。そこがきれい事ではないリアルなお話を作っているような気がします。三蔵法師も理想的な人物ではなく、すぐ悟空のことを疑い、八戒に簡単に騙されたりする人物として描かれています。

2017年11月7日時点での白井喬二未読作品

白井喬二の作品もかなり読んできましたが、2017年11月7日時点で未読の作品をまとめておきます。エッセイ、評論、児童向け、翻訳書を除きます。

単行本として出版歴のあるもの。
・『若衆髷』サイレン社 1936
・『平手造酒』(任侠小説傑作選)博文館 1940
・『彦左一代・地龍の巻』淡海堂 1942
・『彦左一代・天馬の巻』淡海堂 1942
・『新説岩見重太郎』文芸図書 1952
・『時代小説 しぐれ草紙』恭誠社 1958
・『麒麟老人再生記(久米城クーデター余聞)』(絶筆)ぎょうせい(ふるさと文学館第37巻鳥取)1995

単行本として出版歴のないもの。
・『銀の火柱』淑女画報 1920年4月-1921年3月
・『鼓の仇討』人情倶楽部 1921年12月
・『極秘天狗評定』人情倶楽部 1923年1月
・『銭面群像』文化画報 1923年9月
・『日本阿房宮』サンデー毎日 1923年4-6月
・『隠蓑道中記』人情倶楽部 1924年1月
・『正雪塾の大模擬戦』中学世界 1924年2月
・『町の編纂者』猟人 1924年7月
・『古代マーチ』(戯曲)苦楽 1924年8月
・『真言秘密大全』苦楽 1924年1-2月(モデルにされた人物よりの抗議のため、連載2回で中断[28])
・『講談浦島』人情倶楽部 1924年6-10月
・『六韜三略大巻』苦楽 1924年8月-1925年3月
・『怪畜楼秘話』独立 1925年1月
・『密状霊験記』写真報知 1925年2月
・『続怪畜楼秘話』独立 1925年5月
・『白欄谷の秀吉』人情倶楽部 1925年6月
・『侠客神髄』苦楽 1925年6-8月
・『明暗の峠』主婦之友 1925年7月-1926年12月
・『銭番義塾』大衆文藝 1926年3月
・『孔雀茶屋論争』演芸画報 1927年10月
・『鞍馬多門の話』サンデー毎日 1928年9月
・『日本鉄仮面』講談倶楽部 1928年1-12月
・『時代日の出島』婦人倶楽部 1928年1-12月
・『経国美談の冒頭』自由評論 1929年1-3月
・『人肉の泉』主婦之友 1930年4-12月(一部読了)
・『白痴』朝日 1931年1月
・『猩々の唄』文藝倶楽部 1931年1月
・『江戸から倫敦へ』現代 1931年1月-1932年6月
・『明治偉仰記』日本青年新聞 1932年?月
・『恋華落人』婦人公論 1932年12月
・『大石内蔵之助』モダン日本 1933年1月
・『天誅組』講談倶楽部 1933年1月-1934年6月(一部読了)
・『忠常の善政』文藝春秋 1934年4月
・『山中鹿之介』オール読物 1934年6月
・『花火の史実』経済往来 1934年8月
・『愛憎火事』オール読物 1934年10月
・『国史逸話拾遺』話 1934年6-7月
・『へり下りの利七』サンデー毎日 1934年?月
・『風流刺客』冨士・増刊号 1935年10月
・『東海の佳人』キング 1935年1月-1936年3月(一部読了)
・『鷹の羽頭巾』日の出 1936年2月
・『景清坂』講談倶楽部・増刊号 1936年9月
・『繍線菊』婦人倶楽部 1936年9月
・『女清正』冨士・臨時増刊号 1936年10月
・『荒城の娘』掲載誌不明 1936年?月
・『昼夜車』モダン日本 1936年1月-1937年9月(一部読了)
・『般若の雨』・『関根弥次郎』日の出 1937年2月
・『鯖倉政談』講談倶楽部 1937年9月
・『親心紅白陣』冨士 1938年5月
・『日本刀』現代 1938年6月
・『剣士平手造酒』日の出 1938年6月
・『蝦夷菊刀』週刊朝日 1938年9月
・『相馬大作』日の出 1938年11月
・『強い影武者』冨士・増刊号 1939年6月
・『後藤又兵衛』現代 1939年10月
・『梁川無敵行状』冨士 1939年10月
・『鶴亀武士道』冨士 1939年11月-1940年12月
・『椿の大獄』週刊朝日 1940年1月
・『風雲』報知新聞 1940年9月-1941年5月
・『戦国志』中部日本新聞 1942年9-10月
・『橘軍記』毎日新聞 1945年2-6月
・『層雲』時事新報 1945年
・『梶原恋慕流』講談倶楽部 1950年1月
・『稚児頭巾』面白倶楽部 1950年7月
・『いがみの権太』オール読物 1950年10月
・『水滸伝』週刊読売 1950年4-9月
・『岩見重太郎』京都新聞 1950年5-12月
・『石切梶原』掲載誌不明 1950年?月
・『盤嶽の仇討』オール読物 1951年12月
・『覆面英雄』オール読物 1952年3月
・『品川老人』小説朝日 1952年10月
・『新説相馬大作』共同通信系の地方紙夕刊 1952年12月-1953年6月
・『修羅・楽園』京都新聞 1953年7月-1954年9月
・『戦国紳士録』社会タイムス 1953年
・『追討ち地獄』 1954年3月
・『猿の剣法』小説の泉 1954年4月
・『ごろつき人情』傑作倶楽部・特集号 1954年12月
・『筒井女之助』週刊朝日別冊 1960年11月
・『捕物にっぽん志』歴史読本 1961年6月-(約2年間)(一部読了)
・『真刀水滸伝』京都新聞 1961年6月-1962年4月
・『平家の羽左』NHK 1962年
・『人物スケッチ』日本読書新聞 1963年3月
・『日本三景』東京タイムズ 1963年7月~終了不明
・『家康の素描』歴史読本 1964年4月
・『鳴龍日記』小説新潮 1964年7月
・『伊藤一刀斎』歴史読本 1964年10月

「富士に立つ影」は「デューン」に似ている?

本日、Eigoxというオンライン英会話のレッスンがあって、その中で私が白井喬二の「富士に立つ影」のストーリーについて説明したのですが、何とその先生にフランク・ハーバートの「デューン」(「砂の惑星」の名前で映画化されて有名)とストーリーが似ていると言われました。このSFは兄が好きだったので家にありましたが、私は読んでいません。今度トライしてみます。

角田喜久雄の「妖棋伝」

角田喜久雄の「妖棋伝」を読了。徳川家秘蔵の将棋の駒「山彦」の内、銀4枚が偽物であり、失われた本物の山彦の銀将には秘められた謎が…ということで、髑髏銭とも共通して、この謎を誰が解いてお宝を得るかという、伝奇小説としては王道であるお宝の争奪戦が話の中心になります。主人公は武尊流縄術の名人である武尊守人ですが、この主人公が何故かぱっとしなくて、仙殊院という一種の妖婦の罠にあっさりかかり、媚薬を大量に飲まされてほとんど死にかかるなど、いい所がありません。それに対し、与力の赤地源太郎が逆に知恵もあり、武にも秀でていてという感じでこちらが大活躍します。しかし最後にあっと言わせる展開があり、ミステリー的な意味で良く出来た作品だと思います。角田喜久雄としては最初期の作品になります。

白井喬二の「魂を守りて 金属工芸に躍進の大器岩井清太郎伝」

白井喬二の「魂を守りて 金属工芸に躍進の大器岩井清太郎伝」を読了。白井喬二としては極めて珍しい、他人の伝記です。たぶんこれ一作だけだと思います。白井によるとそれまで何度か伝記執筆を頼まれたことがあったそうですが、すべて断ってきたそうです。それが何故この岩井清太郎氏(当時岩井金属工業の社長、市川市会議員)の伝記を書いたかというと訳があります。この岩井社長が若い頃その師匠の元で金属工芸の修行をしていた当時、時事新報に連載されていた白井の「祖国は何処へ」を二人が毎日愛読しており、特に岩井社長の方は主人公の臺次郎、ヒロインの金乃美に惚れ込んで、後に自分の4番目の娘に「このみ」という名前を付けたという程です。この岩井社長は子供の頃は理由があって実の両親とは離れて暮らし、別の養父母に育てられ、諸般の事情で学校は小学校を1年しか行けなかったという境遇の人です。その後岩井氏は苦労して小学校卒業程度の読み書きの力を身につけ、白井の小説も読めるようになった訳ですが、白井にとってみると大衆小説の理想的な読み手だったのではないかと思います。また、大衆小説という言葉から容易に連想される「俗悪」という要素が白井の小説にはまるでなかったのも、この岩井氏に愛読される大きな要素の一つになったのだと思います。また「祖国は何処へ」は、「富士に立つ影」が何度も単行本化されているのに対し、平凡社の全集に一度収録され、その後春陽堂の日本小説文庫で出ただけ、という不遇な作品でもあります。そんな作品を心から愛してくれた読者が白井には本当に嬉しかったのだと思います。
岩井社長は、不幸な生い立ちにも負けることなく、師匠の元で金属加工(煙草ケースやコンパクト、戦後はパイロット万年筆の軸の部分や、あるいはソニー製のトランジスタラジオの脚部など、様々な製品を出しています。)の腕を磨き、また生まれつきの創意工夫の才で何度か訪れる逆境にも折れることなく、戦後岩井金属工業を創立します。この会社は今は離合集散を経て、UACJ金属加工という会社になっているみたいです。その創意工夫と熱意は、今いる会社の亡くなった創業者を思い出させ、共通点があると感じました。
ちょっと特殊な本ではありますが、白井唯一の他人の伝記はそれなりに読ませるものでした。