クリスチャン・ゲアハーアーの「美しき水車小屋の娘」

クリスチャン・ゲアハーアーの「美しき水車小屋の娘」の再録音を聴きました。ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ以降、ドイツ人歌手には大した人が出てこなくてかなり衰退していましたが、このゲアハーアーが一時騒がれました。ただ、私はあまりいいとは思わなくて、今回のも一応買ってみましたが、特に印象に残る点はありません。このCDは歌だけではなくて、所々にドイツ語で歌曲の内容を説明するような朗読がついています。はっきり言ってなくてもいいようなものですが。
この「美しき水車小屋の娘」は完全に恋愛と失恋の歌で、恋敵に対する激しい憤怒の歌も含まれています。これが「冬の旅」になると、単なる失恋の歌を超えて、「共同体からの追放」にまで至る重い内容になります。

波多野睦美+高橋悠治の「冬の旅」

高橋悠治(ピアノ)+波多野睦美(メゾソプラノ)の「冬の旅」を聴きました。これが多分60種類目以上の「冬の旅」です。高橋悠治が「冬の旅」の伴奏をするのは、以前岡村喬生とのものがあるようですが、私は聴いていません。また、波多野睦美という人も初めて知りましたが、1964年生まれなのでもう結構なお年ですが、普段高橋悠治と一緒に活動している歌手のようです。私が持っている「冬の旅」のCDでは、ナタリー・シュトゥッツマン(コントラルト)のものと比較的に近い感じで割と最近流行りの歌い方という感じです。好感が持てるのは、日本人リート歌手の場合、「劇場ドイツ語」という古くさい歌い方で、wiederをヴィーデルのように発音する人がとても多いのですが、この波多野睦美は普通の歌い方です。白井光子以来、やっと日本人歌手も普通になって来たと思います。高橋悠治の伴奏は、非常に普通で特にどうってことはないです。

獅子文六の「父の乳」

獅子文六の「父の乳」を読了。「主婦の友」に1965年1月から1966年12月にかけて連載されたもので、「娘と私」(同じく「主婦之友」に以前連載された)と対を成す自伝的作品です。「娘と私」に描かれる時代の前までの、生まれてから成人するまでの話と、それから「娘と私」で最後に娘さんが結婚した時に、獅子文六も三度目の結婚をしてそれ以降の話が語られます。そしてその三番目の奥さんとの間に、獅子文六が60歳の時に長男が生まれます。これはまったく知りませんでした。この長男は私の8つぐらい上です。前半の部分で、獅子文六が10歳の時に実父が病気で死にます。文六はこの父親にとても可愛がられました。溺愛といってもいいくらいです。正直な所前半部分はまったく面白くないのですが、この父親に可愛がられたということが、後半の伏線になります。60歳にして初めて長男を得た文六は狂喜して、自分が本当は男の子が欲しかったんだということを初めて自覚します。そして父親が自分にしてくれたように、この晩年の子供を溺愛します。また、最初のフランス人の奥さんとの出会いも書いてあって、獅子文六という人を知る上では貴重な記録となっています。最後の方は70歳を越して段々と体調が悪くなり、一種の老人性のうつ病みたいになってきて、陰鬱なトーンになります。そういう調子なので、万人にお勧めするような本ではありませんが、獅子文六自身にご興味があれば一読をお勧めします。

山中貞雄の「人情紙風船」

山中貞雄の「人情紙風船」を視聴。実はこの作品、Amazonの履歴を見ると以前も買っているのですが、ディスクは探しても見つからず、また視聴した記憶もないので、再度買い直したものです。
山中貞雄は白井喬二の「盤嶽の一生」を映画化しています。自作の映画について、白井はそのほとんどを嫌っていましたが、唯一の例外が山中の「盤嶽の一生」です。晩年になって「大衆文学百首」という短歌集を出した時の中に、「戦死せし山中貞雄をしのぶかな 盤嶽の一生 あの巧さ 良心 映画のふるさと」というのがあります。「盤嶽の一生」の中に、主人公の阿地川盤嶽が鉄砲で撃たれて足に怪我をし、他人から医者を世話をしてもらったのですが、その礼金を持ち合わせないため、夜中に西瓜畑の番をすることになります。そこに西瓜泥棒がやってくるのですが、山中の映画では、このシーンを西瓜をボールの代わりにしたラグビーのシーンで描いているそうです。(残念ながらフィルムは失われ現在観ることができません。)
結局、現在も残っている山中のフィルムは、この「人情紙風船」を含めてわずか3本だけです。山中貞雄は「人情紙風船」を撮った後招集されて中国大陸に渡り、28歳の若さでそこで病死します。
そういう経緯があってこの作品を観たのですが、私にはとても怖いホラー作品でした。海野という浪人の奥さんがとても怖く、こういう普段は従順だけど、突然無茶なことをする人って実際にいますよね。正直な所、これが山中貞雄の遺作というのは可哀想な気がします。明るい王道を行く時代劇を撮って欲しかったです。

白井喬二の「柳沢双情記」

白井喬二の「柳沢双情記」を読了。徳島県立図書館から取り寄せたのはいいのですが、何故か「禁帯出」扱い(それにしては誰も借りた形跡がない)で、神奈川県立図書館の中で読まないといけなかったのですが、全448ページでかつ2段組という大作で、結局一回では終わらず二回神奈川県立図書館に行かないといけませんでした。
タイトルに「柳沢」が出てくる通り、「柳沢保明(吉保)」とその配下である矢守田鏡圓とその弟の矢守田富次郎が悪役で、松平右京太夫(松平輝貞)とその配下である權堂倭文馬、さらにその部下である大木諄之介が、側用人同士で権力争いをして戦う話です。主人公は、その松平右京太夫の落とし胤で、大木諄之介の妹の小夜の子である大木十太郎です。小夜は綱吉の側女として献上される話があったのを、矢守田鏡圓が辻斬りで殺します。残された十太郎を叔父である大木諄之介が秘かに育てています。十太郎は世間知らずですが、剣の腕は道場で師範代にも負けないレベルになります。この作品は他の多くの白井作品を彷彿させる作品で、貴人の血を引く者が敵討ちを行うという設定は「伊賀之介飄々剣」ですし、世間知らずの若者が親の敵を相手に大活躍するというのは「坊ちゃん羅五郎」です。矢守田鏡圓と權堂倭文馬は、綱吉から命ぜられた儒教の聖堂(今の湯島聖堂)の建設地の調査を巡って争いますが、權堂倭文馬は相手の卑怯な罠にかかって、表に出られなくなり、切腹を決意しますが、一ヵ月の猶予期間の間に十太郎が矢守田鏡圓の旧悪を暴けば助かるということで、十太郎が活躍します。この十太郎がかつて大木諄之介がだまし取られた馬と家禄を取り戻すために、源八というならず者とその助っ人である榊原鐵山と戦い勝ちますが、その過程で榊原鐵山の二人の娘の内、妹の美佐保が十太郎に恋します。この美佐保は柳沢保明の屋敷に奉公に上がり、十太郎の敵討ちの証拠探しに協力します。
まあ全体のストーリーは予定調和的というかすぐ予測できるようなもので、新鮮さはあまりありませんが、白井の戦後の作品らしさが随所に見られます。
ところで、柳沢吉保って本当に色んな大衆時代小説で悪者扱いになっていますが、実際は結構善政を行い、武の時代から文の時代に幕府を導いた人で、決して悪人ではないと思いますが、例の赤穂浪士事件で浅野内匠頭に切腹を命じたのが柳沢保明ということになっていて、嫌われているようです。

「北斎とジャポニズム」展

上野の国立西洋美術館で、「北斎とジャポニズム」を観てきました。(11月4日)まず、駐車場を探すので一苦労。結局美術館から5分以上歩かなければならないパーキングエリア(1時間以内)をやっと確保しました。そういう訳でかなり急いで回りました。また、三連休中日ということで、人が多く、並んでいたので、ほとんどの展示で近寄ってじっくり観ることは出来ていません。一応小さな図録を買ったので後でじっくり観てみます。感想としては、北斎を始めとする浮世絵が日本が開国してから大量にヨーロッパに流出し(それはちゃんとした芸術作品として流出したというより、多くは日本製の陶器の包装や茶箱の装飾としてです)、それが印象派の画家に影響を与えたのは事実でしょうが、日本側からそれを過大評価するのは、「クール・ジャパン」みたいな自国文化中心主義を感じざるを得ません。技法としてより珍奇な素材として使われたケースが多かったのではないかと思います。

NHK杯戦囲碁 芝野虎丸7段 対 柳時熏9段

本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が芝野虎丸7段、白番が柳時熏9段の対戦です。芝野7段は、最近名人戦リーグにも入り絶好調。黒は3手目でいきなり左上隅の白にかかりましたが、白が受けたので、普通の布石に戻りました。その後は非常にオーソドックスな布石で逆に最近珍しいです。黒が左辺でも模様を拡げるため中央に一間に飛んだのに対し、白がその飛んだ石に付けていって、そこからちょっとした折衝になりました。黒は白が1子当てたのに手を抜いて、白にポン抜かせました。黒の構想としては、そのポン抜いた白全体を攻めていこうとしたようです。しかし、白は左辺に絡めながらうまく打ち回し、このポン抜いた白は黒1子を切り離してはっきり活きてしまいました。この辺りでは白が良かったと思います。先手の白はその後下辺を右下隅に迫りながら目一杯拡げ、黒が中央に飛んだのに更に中央に飛びました。そこで黒がケイマして、右辺の白の打ち込みを匂わせたのに対し、白はそれを受けず、中央に一間に飛んだ所からさらにケイマして黒を煽りました。黒は右辺の白の真ん中に打ち込みました。白はその石に付けていって、結局右辺で劫が始まりました。この劫は解説者の淡路修三9段には予想外だったようですが、芝野7段は予想していたようです。この劫は2段劫でお互いに1手では解消できない面倒な劫でした。芝野7段は中央への白の攻めを見せながら劫を続け、最終的には黒が下辺で白4子を取込み、劫は白が勝つという展開になりました。しかしその過程で白は左辺の石に眼を持つための手入れをさせられたりと、ちょっと固く打ち過ぎた感じです。右辺の劫は解消にもう一手かかりましたので、あまり白が得をしていない感じでした。その後先手の黒は左下隅の三々において、隅の地を稼ぎ、それから更に上辺の白地に手を付けていきました。ここの攻防は難解で攻め合い含みでしたが、結局黒はうまく活き、その代わり白は黒2子を取って中央でつながりました。しかし元が白地だったことを考えると黒の稼ぎの方が大きくここで差が開きました。その後、黒は下辺の白に対し切り込んだ後、石塔シボリで絞り、3子をアタリにしました。白はこの3子を継ぐと下辺全体で眼がなくなってしまい、ここで白の投了となりました。芝野7段の冷静な打ち回しと形勢判断が光った1局でした。

1996年製日立の洗濯機、未だに稼働中

家で使っている日立の洗濯機。1996年製造品なので今年で21年目ということになります。稼働時間を計算すると2800時間くらいになりますが、まだまったく問題なく動いています。交換したのは糸くずを取るための布のフィルターだけ。日立系の会社にいましたが、日立の家電品はまったく愛用しておらず、辞める時に記念に買ったもの。今、日立の新しいのに買い換えてもおそらく21年は保たないのでは。

紀田順一郎の「蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか」

紀田順一郎さんの「蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか」を読了。
予想通り、涙無しには読めない本でした。三万冊の蔵書を、諸般の事情でどうしても処分せざるを得なくなり、約600冊を残してすべてを古書店に処分してしまった辛さがひしひしと伝わってきます。
また、おそらくこれが紀田さんの最後の著作になるのではないか、という感じを強く受けました。巻末に紀田さんの詳細な年譜が載っていますが、今までの著作にはこんなものはありませんでした。また膨大なレファレンス文献を失った今、紀田さんがかつてのような著作を書くことを続けることはもう不可能なように思います。その年譜で紀田さんが大衆文学にも深く関わっていたことを知りました。また、J社との関わりについてもこの年譜にかなり載っているので、J社の方は読まれることをお勧めします。
今こそ紀田さんにお話を伺いたいことがたくさんあるのですが、残念ながら紀田さんのメールアドレスは変わってしまっており、現在連絡が取れなくなっています。
私個人で言えば、現在収集している白井喬二の作品を、いつかは公共機関に寄贈しようかと思っていたのですが、今はそれが非常に困難(受け付けてもらえない可能性が高い)なことがよく分かりました。後の書籍は私は引っ越しする度に処分しているので、それほどの数にはなっていません。それよりどちらかと言うと、クラシック音楽のCDの方が問題。私が死んだら大学の古巣のサークルに寄贈しようかと思っていましたが、たぶんそこの部室にはとても収録できないと思います。
後は、日本では公共図書館がイマイチ役に立たないので、個人が自分で蔵書するしかない、というのもよく分かります。先日、白井喬二の「黒衣宰相 天海僧正」の残りを読むために、福井県立図書館から雑誌「大法輪」を取り寄せましたが、その内のわずか数冊が国会図書館他の都内の図書館にもあるという理由で、図書館員からねちねち文句を言われました。日本の図書館には未だに「公共サービス」という視点が欠けています。この日本の図書館のレベルの低さを教えてくれたのも紀田さんでした。

平凡社版完訳四大奇書「西遊記」下巻

平凡社版完訳四大奇書「西遊記」下巻を読了。この日本語訳の底本になっているのは、康熙33年(1694年)刊行の「西遊真」とのことですが、バランスの良いダイジェスト版であり、しかも分量的には文庫本で4~5冊分ある量であり、一般的には岩波文庫の10巻本まで読まなくても、こちらで十分だと思います。しかも、岩波文庫版と本版の違いは、岩波文庫の方に漢詩とか本筋と関係のない蘊蓄などが追加されているのが主みたいです。
全100回を通して、結局三蔵法師は合計81回もの災難に遭います。9X9というのに意味があるみたいです。よくもまあこれだけ登場させたというぐらい大小の妖怪が登場し、三蔵法師を食べようとしたり、婿にして関係を結ぼうとしたりします。そのかなりの部分が単なる動物が化けたものではなくて、何らかの仏様か道教の道士の元から逃げ出した何かであって、大抵の場合特殊な武器を持っていて、悟空を悩ませます。結局、悟空達が自分達だけで解決できることはほとんどなく、多くの場合仏や道士達の力を借りて妖怪を退治します。そういう戦いを通じて、悟空達も次第に成長していき、始めばらばらだった三蔵法師と三人の弟子と竜が化けた馬のチームのチームワークも良くなっていきます。この辺り、ちょっとビルドゥングスロマンとしても読めます。
実際の玄奘三蔵が持ち帰った経典は675巻らしいですが、西遊記では1万5千巻以上ということに誇張されます。どう考えたってそんな量を馬一頭で持ち帰ることは不可能と思います。また、実際のお経はすべて梵字(サンスクリット語)で書かれていますので、それをいきなり読める訳ではなく中国語への翻訳が必要で、実際に玄奘三蔵はインドから帰った残りの日々をすべて経典の中国語訳に費やします。しかし、結局持ち帰った経典の内1/3だけを翻訳しただけで人生を終えます。
ともかく、この歳になって、子供向け版ではなく、ちゃんとした西遊記をきちんと読めたのは良かったと思います。