マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史」の日本語訳の第9回目を公開しました。今回の箇所は比較的長いラテン語の引用が2箇所あり、いいラテン語の演習になりました。しかし、このペースだと早くて後一年半くらいかかりそうです。
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Oxford Latin Dictionary
「ローマ土地制度史」の日本語訳の8回目を公開
マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史」の日本語訳の8回目を公開しました。
ここは、ローマの植民市における入植者への土地の配分についての特殊なケースについて述べており、最初意味を掴むのに苦労し、自分なりに図を書いてみたりしていました。何のことはない、ヴェーバー自身が添付図を付けてくれており、それを見たら一目瞭然でした。しかし何だか長方形の区画と正方形の区画の組み合わせで、昔懐かしのテトリスをやっている気分でした。
オーランド・ファイジスの「クリミア」
オーランド・ファイジスの「クリミア」を読書中。19世紀のクリミア戦争に関する本です。最初日本語訳を買おうとしたら、上下分冊で2冊で14,000円以上するので、英語版を買ったもの。こちらは1,800円です。なんでクリミア戦争の本を読んでいるかというと、どこかで今回のロシアのウクライナ侵攻とクリミア戦争について結構共通点が多いとあったからです。
まだ二割くらいしか読めていませんが、確かに色々と共通点があります。
(1)今回はロシアのウクライナ侵攻ですが、クリミア戦争の直接のきっかけはロシアのポーランド侵攻です。それで欧州での反ロシア機運が盛り上がりました。
(2)今回のプーチンのウクライナ侵攻をロシア国内のギリシア正教会が支持していますが、クリミア戦争の性格は、ギリシア正教会(ロシア)とイスラム教(オスマン帝国他)とカトリック(フランス)とプロテスタント(イギリス国教会)の戦いです。(一種の変形した十字軍。オスマン帝国の首都イスタンブールは元の名前はコンスタンチノープルでギリシア正教における聖地でした。またエルサレムも当時オスマン帝国が支配していました。)
(3)クリミア戦争では、産業革命を経験したイギリスとフランスと経験していないロシアの兵器の差が如実に出ました。今回ロシアの旧態依然の兵器がNATOの最新兵器で撃破されているのはご承知の通りです。
(4)クリミア戦争では、多くのrussophobia(ロシア恐怖、ロシア嫌い)の人がかなりのフェイクな本でロシアへの恐怖感と嫌悪感を煽りました。今はSNS上でフェイクニュースが飛び交っています。
(5)それまでは「光栄ある孤立」を貫いていたイギリスがクリミア戦争には参加しています。今回のウクライナ侵攻にもイギリスはかなりウクライナへ積極的に関与しています。
(6)ロシアの拡張主義。これはクリミア戦争も今回のウクライナ侵攻も同じです。
(7)クリミア戦争当時のニコライ1世とプーチンの強権的政治という共通性。
クリミア戦争は結局勝者無き戦争だったようですが、果たして今回のウクライナ侵攻はどう結着するか。クリミア戦争は結局20世紀の2つの大戦につながりました。そういう意味でプレ世界大戦でした。
豊下楢彦の「昭和天皇・マッカーサー会見」
豊下楢彦の「昭和天皇・マッカーサー会見」を読了しました。久し振りに大きな衝撃を受けた本で、またこれこそ「自分の属する階級の上にも下にも嫌がられることを(けど正しいことを)言う」というマックス・ヴェーバーが言う所の「学者の本分」を全うしている本だと思いました。
この本を読み始めたきっかけが、通説のようになっている昭和天皇とマッカーサーの最初の会見で、昭和天皇の「全ての(戦争)責任は私にある。私の身柄を貴方に委ねる。」という発言が、本当はどうだったのか、という興味からです。
結論から言えば、このエピソードのソースはマッカーサーの回顧録だけであり、それは老人になったマッカーサーが自分の過去をある意味脚色して述べているという文脈の中で述べられているもので、事実関係でその回顧録はかなり信憑性が低い、ということを多数の資料にあたって突き止めています。昭和天皇が一度は「自分が退位して責任を取れば治るのではないか」という考え方を持ったのは事実のようですが、しかしそれはおそらく周りの天皇制存続のための論理にかき消され、結局は東条英機や松岡洋右が自分の意思をねじ曲げて戦争に走った、という風になってしまいます。これについては昭和天皇自身がイギリス王室に書いた手紙に出て来るので信憑性は高いです。また終戦までは自分の言ったことをすぐ実行してくれるということで、東条英機を高く評価していたのに、一旦戦犯の中心という風に見なすと今度は不倶戴天の敵のような見方に変わります。その証拠にある時からA級戦犯が靖国神社に合祀されると、それ以来靖国神社への参拝を取りやめ、亡くなるまで一度も行っていません。
更に驚くのは、日本国憲法が制定され、天皇は「象徴」となり一切の政治的な活動が禁じられたにもかかわらず、サンフランシスコ条約の締結時などに、吉田茂他に働きかけ、方針を変更させたりしています。サンフランシスコ条約の時は朝鮮戦争のすぐ後で、対共産圏への前線として日本国内の米軍基地の価値がアメリカにとっても高くなっており、それを利用して対等な立場で基地の設置を認めるということが可能であったのに、昭和天皇が「アメリカにお願いして駐留してもらっている」ということにこだわり、結局アメリカ側の要求を全て受け入れたような形になります。サンフランシスコ条約だけでなく、その後の安保条約締結まで、その陰に昭和天皇が深く関わっていることが、資料調査で実証されます。
個人的に、今さら昭和天皇の戦争責任や憲法違反を蒸し返せ、とは思いませんが、神話というのは古事記や日本書紀が編纂された当時だけでなく、現代においても作り続けられているのだということを分からせてくれた本でした。未読の方は是非一読をお勧めします。
マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史」の日本語訳7回目を公開
マックス・ヴェーバーの「ローマ土地制度史」の日本語訳、前回は2021年12月末で5ヵ月も間が空いてしまいましたが、7回目を公開しました。(真空管アンプ作りで約3ヵ月取られました。)
カムカムエヴリバディの和菓子屋のモデル?
白井喬二の「私の歴史文学観」(エッセイ)
白井喬二のエッセイ「私の歴史文学観」を読了。「季刊 歴史文学」という雑誌の1974年11月発行の創刊号に寄せたものです。この時白井喬二は85歳ですが、「歴史と文学」という名前の雑誌からまだ意見を求められるぐらいの知名度はあったようです。内容については、これまで白井が色んな所で述べていることと大きなずれはないのですが、ちょっと面白いのは「国史挿話全集」について言及していることです。これは白井が全国のいわゆる歴史上の有名人物に関する逸話(アネクドーツ)を集めたものですが、全国の知事が収集に非常に協力してくれたと書いています。白井の真骨頂の一つは、怪しげな文献(多くは実在しない)に基づいているとする不思議なエピソードをちりばめることですが、単なる想像だけではく白井の場合はどのような文献があるかを小説家としてこれ以上いないくらい知った上でそうした怪しい文献を創作しているのであり、そこに「いかにもありそうな」という疑似リアリティーが生れます。白井の「国史挿話全集」はさすがの私でも、全部読むことは出来ず、パラパラと眺めた程度ですが、実は日本の大衆の歴史観を知るという意味で貴重な文献なのかもしれません。
本日の「カムカムエヴリバディ」と獅子文六の「悦ちゃん」
今日の「カムカムエヴリバディ」(朝ドラはいつも最初の5分くらいだけ観て家を出ますが、カムカムの後半の怒濤の伏線回収が見事で録画して観ています)、怒濤の展開で今日はついにアニー・ヒラオカがラジオ番組のインタビュー中で突然日本語で自分のことを語り出し、るいに対して「普通の暮らしがしたかっただけなのに…」と呼びかける内容でした。浜村淳さんお年を召されたなあ、と思って見ていました。いわゆる放送事故ですが、これはひょっとしたら獅子文六の「悦ちゃん」へのオマージュもあるのかなと思いました。「悦ちゃん」では和製テンプルちゃんとして売り出した悦ちゃんがラジオに出演し、「パパママソング」を歌うのに途中で歌詞を変え、「碌さん(悦ちゃんのお父さん)どこにいるの、帰って来て!」と叫ぶ放送事故を起こし、それで和製テンプルちゃんの地位は失うけど、放送を聴いた行方不明だった碌さんがスタジオに駆けつけ、という話です。ちなみにNHKの朝ドラの最初のは1961年の「娘と私」ですが、この原作が獅子文六で、ここで言っている「娘」が悦ちゃんのモデルです。「カムカム」の中でも雪衣さんがこのドラマを一生懸命観ているという話がありました。
川口マーン惠美の「メルケル仮面の裏側 ドイツは日本の反面教師である」
川口マーン惠美の「メルケル仮面の裏側 ドイツは日本の反面教師である」を読了しました。私はちょっと前まではドイツのメルケル元首相を現在の世界の政治家の中では優れた政治家だと思っていました。しかし最近ちょっと違うのではないかと思うようになり、この本を読んでみました。作者は右よりの人で出版社もPHPなんで、内容には注意して読みましたが、作者はメルケル元首相の才能自体は認めており、また大体において事実を追っていっており、特に偏見丸出しでメルケルを批判している本ではありません。しかし、読み進める内に、今まで知らなかったメルケル元首相の隠れた面が色々見えて来て有用でした。
(1)学生時代にロシア語を深く学び、ロシア語コンテストで優勝してご褒美でモスクワ旅行しているほどのソビエト・ロシア好き。(東ドイツはソ連の東欧支配時代、ソ連から見てワルシャワ条約機構加盟国の中の優等生でした。)
(2)ともかく権力の座への執着が非常に強く、選挙で勝つためにはそれまでと180度政策の方向性を変えても平気。政敵を陥れる権謀術数にも長けている。
(3)東ドイツ出身でしかも女性という政治家が、元々これ以上ない右より政党のCDU/CSU内で出世出来たのはヘルムート・コール元首相が取り立ててくれたからですが、そのコールが1999年に違法献金問題でマスコミに攻撃されると、新聞にCDUはコールと手を切るべきだという論文を発表し、平然とコールを斬り捨てます。(ちょっと小池百合子を思い出しました。)
最近、メルケルがまだドイツ首相だったらロシアのウクライナ侵攻は起きなかったといったことを、根拠も示さず言う人がいますが、話はまったく逆であり、プーチン政権をもっとも支えてきたのはある意味メルケル時代のドイツです。だからこそゼレンスキー大統領はドイツ議会での演説でドイツを強く批判しました。ちなみについ最近までドイツのエネルギー面でのロシア依存度は実にほぼ5割でした。(ウクライナ侵攻前で、石油が35%、天然ガスが55%、石炭が50%)参考までにイギリスは10%未満です。そうなった原因は、メルケルが元々は担当大臣として原発を推進していたのを、2011年の福島原発の事故をきっかけに180度転換して原発廃止に走り、元々の社会民主党や緑の党の原発廃止案よりむしろ過激で短期間での廃止案を実施に突っ走りました。その結果ドイツのエネルギー自給率は大幅に低下し、代替発電の開発も短期間には進まず、家庭の電気代は倍になり、ロシア依存が強まりました。
後はこれはメルケル元首相だけの問題ではありませんが、ドイツの議会における「大連立」のおかしさ。ドイツは西ドイツ時代の1960年代後半と、メルケル政権で2度の合計3度この大連立をやっており、保守のCDU/CSUとリベラル、左のSPD、緑の党、中道のFPDなどが連立を組んでいます。最初の大連立がどうなったかというと、議会内において野党がほとんどいなくなり、政府に反対する野党勢力は議会外で活動しました。これをAPO(Außerparlamentarische Opposition, 議会外反対勢力)と言います。その連中が何をやったかというとテロです。1970年代後半のドイツでは財界の要人の誘拐や殺害、ハイジャックなどのテロ事件が頻発しました。これを「ドイツの秋」と言います。(ファスビンダーの1978年の映画「秋のドイツ」にちなんだ用語)日本でも1970年代前半に左翼が内ゲバやテロに走り一般市民からの支持を失いましたが、この時のドイツでも同じでした。そしてその暴力路線の極左が暴力路線の行き詰まりの打開のために加入したのが「緑の党」で、この政党は元々保守派の環境運動団体でしたが、ある意味極左に乗っ取られました。なので私は緑の党は基本的に信用していません。
次にメルケル時代の2度の大連立(2005~2009年、2013年~2021年)で何が起きたかというと、
(1)メルケルが選挙に勝つため、SPDや緑の党のリベラル政策を積極的に取り入れ、この結果SPDの政策の新味が無くなり国民の支持を失って没落します。(日本で1990年代に自民党と組んだ社会党があっという間に没落したのと似ています。)
(2)本来これ以上右は無いという政党だったCDU/CSUをメルケルがリベラル路線に変えたため、元々の保守の支持層は離れCDU/CSUの代りにAfD(Alternative für Deutschland、ドイツのためのもう一つの選択肢、という意味)という極右勢力支持に流れ、AfDが5%条項を超えてそれなりの議席(2021年の連邦議会選挙では83議席)を確保することになります。(ドイツではワイマール時代の小党乱立からナチスが生れた反省から、得票率が5%を超えないと議席は0という仕組みがあります。)ちなみにAfDは一部でネオナチと批判されています。
まあこんな感じでドイツの政治の状況を整理出来たのは有用でした。メルケル元首相とトランプ元大統領は、ある意味ポピュリズムという同じコインの裏表ですね。しかし民主主義において何かをやろうとしたら選挙に勝つしかなく、政治家がポピュリズムに走ってしまうのはある意味仕方がないのかもしれませんが。