小林信彦の「オヨヨ大統領の悪夢」を読了。オヨヨ大統領シリーズの8作目です。「クネッケ博士のおかしな旅」を除くと、オヨヨ大統領が明示的に登場する最後の作品です。作者自身はオヨヨ大統領シリーズには入れていない、という情報もあります。この作品では、オヨヨ大統領は作者と同じ世界に所属して、作者に電話をかけてくる、という形で登場します。その意味でオヨヨ大統領は今回脇役で主役は作者である小林信彦自身です。オヨヨ大統領が作者を脅迫するために睡眠薬を買い占めたり、沖田総司が現代に蘇って芸能界でスターになったり、作者が真奇郎という編集者を様々なミステリーのトリックやあげくの果てはSFのトリックで殺そうしてことごとく失敗したり、と趣向を凝らした4つの話が収められています。また最後の「華麗ならざるエピローグ」ではシリーズ全体をひっくり返しかねないようなオヨヨ大統領の述懐が登場します。
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もりたなるおの「芸術と戦争―従軍作家・画家たちの戦中と戦後」
もりたなるおの「芸術と戦争―従軍作家・画家たちの戦中と戦後」を読了しました。この本を読んだきっかけは、小林信彦の「ぼくたちの好きな戦争」で戦争中に風刺漫画家で活躍する秋間広次のモデルが近藤日出造であることを知り、その近藤日出造について小林はさらに「一少年の観た『聖戦』」の中で、戦犯ではないかと非難しているのを知ったことです。もりたなるおは相撲小説が有名で以前よく読みましたが、作家になる前は漫画家で近藤日出造の弟子です。なので近藤日出造の戦中の活動について書かれていないかと思ってこの本を取り寄せました。
この本では近藤日出造は直接小説の主題としては取り上げられていませんが、風刺漫画家岸丈夫の章で登場し、近藤日出造と加藤悦郎が戦争中、どぎつい風刺漫画を書いていたことは出てきます。
その他、この本で取り上げられている人は、井伏鱒二、火野葦平、藤田嗣治、東郷青児、吉川英治、横山大観、林芙美子、柳家金語楼など色々です。
藤田嗣治については、戦争画に打ち込み、非常にリアルな戦争画を多数書きますが、アッツ島玉砕、サイパン玉砕といった絵でリアルになりすぎて、軍部から「戦意を削ぐ」として活動を止められ、それでありながら、戦後は逆に戦犯として活動を差し止められそうになり、それで日本を捨てフランスに移住したとあります。こうした事情は今回初めて知りました。
また、日露戦争の旅順攻防戦を書いた戦記小説「肉弾」の著者の櫻井忠温が戦後公職追放になって苦労したりなども初めて知りました。
小説家、画家、漫画家などの戦争との関わりは様々ですが、戦争に積極協力した人も一概には責める気にはなれません。
小林信彦の「地獄の観光船」
小林信彦の「地獄の観光船」を再読了。「地獄の読書録」「地獄の映画館」に続く、「地獄の」シリーズの3作目です。キネマ旬報誌にて1977年1月号から1981年3月号まで連載された「小林信彦のコラム」を単行本化したものです。元々2年の予定だったのが、読者に好評だったため、2回延長されて4年2ヵ月間の連載になっています。この間、1978年と1981年の2回、キネマ旬報の読者賞を受賞しています。テーマは映画が大部分ですが、それに限定されることなく、TV番組や本まで幅広く取り上げられています。1978年のコラムには「入谷映画村」で「進め!ジャガーズ 敵前上陸」が上映された時のことが書かれていますが、これが「袋小路の休日」での「根岸映画村」の題材になっています。
小林信彦の「変人十二面相」
小林信彦の「変人十二面相」再読。ジュブナイル小説で、元は中三時代とバラエティに1980年4月から1981年4月にかけて連載されたもの。小学二年生の女の子ミキが主人公ですが、これは小林信彦の下の娘さんが想定されています。家族構成も連載当時の小林家そのままです。小林信彦ファンの私ですが、その私でもあまり褒める所のない小説で、ストーリーもほとんどないも同然です。小学二年生の女の子の視点という点も成功しているとは言い難く、その子がパパの日記を盗み見て語る、など苦しい手法が使われています。タイトルの「変人十二面相」もまったく内容とは関係ありません。ただ、当時の世相はよくわかって、巨人に入った江川がその頃世間からどう思われていたかだとか、長島が突然解任されて世間にショックを与えたとか、1980年が冷夏だったとか、ジョン・レノンが殺された、とかそういうことを思い出すことができるだけです。ちなみに、小林信彦はマスコミに登場した最初の頃のキャッチフレーズは「長島を知らない男」で、まるっきりの野球音痴でしたが、いつの頃からかかなりの野球ファンに変わっていて、それがこの小説にもよく反映されています。
後、峰岸達さんのイラストはなかなかいいです。
小林信彦の「超人探偵」
小林信彦の「超人探偵」を再読了。「神野推理氏の華麗な冒険」の続篇です。前編でオヨヨ大統領と思われる人物に香港で拉致された名探偵神野推理が、「シャーロック・ホームズの帰還」ばりに、華麗に復活します。前編は1話原稿用紙30枚だったのが今回のは50枚になったとのことで、その分ミステリー部分が本格的になっています。特に「ヨコハマ1958」のトリック破りが秀逸で、1950年代に横浜に住んでいたことがある小林信彦ならではの、土地勘がよく生かされています。
シリーズ全体でオヨヨ大統領とクロスオーバーしていますが、本巻ではさらに唐獅子シリーズともクロスオーバーし、須磨組(須磨組自体は既にオヨヨ大統領シリーズで登場していますが)や、学然和尚、ダーク荒巻などが登場します。
小林信彦の「地獄の映画館」
小林信彦の「ぼくたちの好きな戦争」
小林信彦の「ぼくたちの好きな戦争」、たぶん3回目くらいですが読了。小林信彦の一連の「喜劇的想像力」に基づく作品の集大成ともいえる作品で、同時に小林信彦の作品の中でもベスト1ではないかと思います。
冒頭の、日本軍が酔っ払って玉砕する場面は、元々は筒井康隆がネタを提供したものだと思います。
お話しは、秋間三兄弟(秋間大作、秋間公次、秋間史郎)と大作の息子の誠を中心に進みます。三兄弟がそれぞれ、和菓子屋の主人、風刺画家、コメディアンという設定は実に小林信彦らしいです。また誠に関しては当然のことながら小林信彦自身が投影されています。ただ、誠は集団疎開には参加せず東京に残り、3月10日の東京大空襲を経験します。
秋間三兄弟の話に挿入された、架空戦記(日本がアメリカを占領する)が、「素晴らしい日本野球」、「ちはやふる奥の細道」などで発語訓練を重ねた上で生み出された傑作と思います。
戦争を喜劇として描写する、という困難な試みに、かなりの部分まで成功している、よくできた作品だと思います。
小林信彦の「神野推理氏の華麗な冒険」
小林信彦の「神野推理氏の華麗な冒険」を再読。いわゆる名探偵物のパロディーですが、ちゃんとトリックと謎解きは含まれています。私はミステリーファンではなくてほとんど読んでいないので、トリックについては論評しかねますが、やや強引なものが見受けられます。オヨヨ大統領シリーズとつながっていて、鬼面警部と旦那刑事が登場します。それどころか最後の話では、「総統」の名前でオヨヨ大統領ご本人らしきキャラも登場します。
お話しの中に、杉田久美というジャズシンガー志望で、整形して普通の歌手になったというのが出てきますが、これは明らかに弘田三枝子がモデルですね。小林信彦は、「シャボン玉ミコちゃん」という弘田三枝子が主演の番組の台本を書いていました。
小林信彦の「地獄の読書録」
小林信彦の「地獄の読書録」を再読。この本は、1959年から1969年までに出版された本へのブックガイドです。前半が雑誌宝石の「みすてりぃ・がいど」、後半が平凡パンチ・デラックスに連載されたものの単行本化です。前半は名前の通り、海外ミステリーの翻訳に限定されています。(この当時はSFもミステリーの一分野として扱われていたため、SFも含まれています。)1960年代前半はミステリーブームで、毎月10点以上の翻訳ミステリーが出版されていますが、小林信彦はヒッチコックマガジンの編集長としての仕事の傍ら、これらの翻訳ミステリーのほぼすべてを読んで書評を書いています。平凡パンチ・デラックスでの連載では、書籍の範囲が広がり、日本人が書いたものやノンフィクションにも対象が広げられています。前半部のミステリーに関しては、私自身がほとんど読んでいないので、書評としての妥当性はわかりません。後半部になると少しは知った本が出てきます。全体として見た場合、SFの勃興ぶりがよくわかりますし、後半になると日本人SF作家も台頭してきています。また007のブームでスパイ物が非常に多く出ていたことがわかります。小林信彦の「地獄の~」シリーズには、他にも「地獄の映画館」「地獄の観光船」があります。どれも非常に小林信彦らしい、マニアックな労作です。
小林信彦の「素晴らしい日本野球」
小林信彦の「素晴らしい日本野球」をかなり久し振りに再読。最初の発売の時は「発語訓練」というタイトルでした。W.C.フラナガンという、日本通という設定の架空のアメリカ人が書いたものを翻訳したという、「素晴らしい日本野球」「素晴らしい日本文化」が含まれており、これは後に「ちはやふる奥の細道」につながります。「素晴らしい日本野球」がBrutusに載った時には、フラナガンが架空の人物だということが理解されないで、まともに受け取った批評が出たりしました。「素晴らしい日本文化」はその批評に応える形を取った続篇です。この頃の小林信彦は何かに取り憑かれたかのようにアイデアが噴出しており、「少女の復讐を大藪春彦風に書いたら」、「ハーレクインロマンスの主人公を老人にしたら」、「もしも日本がアメリカではなくソ連に占領されていたら」などの突飛な設定を元に喜劇的想像力を膨らませたのが、この本に入っている作品群です。「サモワール・メモワール」がソ連占領ものですが、この作品の元々のアイデアは、朝鮮戦争の頃、小林信彦が友人から「来年は日劇でコサックダンスを見ているのではないか」と言われたことに基づいているんではないかと思います。