「第36期本因坊戦 全記録」

「第36期本因坊戦 全記録」(毎日新聞社)を読了。この棋戦が私が囲碁を覚えて最初に経験したリアルタイムの7大タイトル戦なのでとても印象が強いです。1981年の5月から7月頃にかけての対局です。また、趙治勲二十五世本因坊が碁界のトップに上り詰める途中の非常に大きなステップという感じです。武宮正樹9段、趙治勲二十五世本因坊の二人とも本因坊戦には相性のいい棋士です。武宮9段は、本因坊を合計で6期取っていますし、趙二十五世本因坊はそのタイトル通り、本因坊を合計12期、しかも10連覇しています。実は1989年の本因坊戦もこの二人の激突で、武宮9段は、それまで本因坊戦を4期連覇していて、名誉本因坊の称号がかかっていましたが、趙二十五世本因坊に0-4で負けて阻止されてしまいました。そしてその時から趙二十五世本因坊の10連覇が始まっています。この1981年はそんな二人の最初の本因坊戦での対戦でしたが、今改めて棋譜を追ってみた印象では、二人ともかなり出来が悪い対局だということで、全局を通じて双方に多くのミスがあって決して名局ではありません。そういう双方とも問題がありながら、趙二十五世本因坊の方が勢いと必死さが上回っていたと思います。

1981年第36期本因坊戦第3局 武宮正樹本因坊 対 趙治勲名人

囲碁を覚えて、初めてのリアルタイムの7大タイトルの戦いは、1981年の本因坊戦で、本因坊の武宮正樹に名人の趙治勲が挑戦した戦いでした。この棋譜はその時の第3局で、武宮の黒番です。上の棋譜の右半分の黒の打ち方が、いわゆる宇宙流で、特に上辺の白を平行に打って囲んだ手は何と美しくて簡素な打ち方だろうと当時感動しました。しかし、宇宙流は大模様の中にどかんと打ち込んで活きてしまうのが得意な趙治勲に対しては勝率が悪かったです。この時の碁も黒の中央の打ち方で問題があって、下の棋譜のように、黒模様の中の半分くらいに白が殴り込むように入り込んで生きてしまい、結局この碁は白の三目半勝ちになりました。この結果、武宮は三連敗になりました。その後武宮が二勝を返しましたが、最終的には四勝二敗で、趙治勲が自身初めての名人本因坊になりました。

韓国国家代表チームの「新手/新型 定石の解析」

韓国国家代表チーム(囲碁の)著の「新手/新型 定石の解析」を読了。私が囲碁を覚えたのは大学の時で、もう35年くらい経っています。当然定石もその頃覚えたのですが、今や定石は大幅に進化し、昔はまったくあり得なかったような手が登場していて、NHK杯の囲碁とかを観ていてもついていけないことがあります。そういう訳で、この本を買ったのですが、かなりの種類の最先端の定石が載っていて有用でした。しかしながら、その変化はかなり高度で、私の棋力ではついていくのが大変でしたが…また、日本の定石の本だと、一つの隅の図しか出てきませんが、この本は常に碁盤全体が示されていて、常に回りの配石との関係で、定石の結果の優劣が判定されています。考えてみればこれは当たり前のことなのですが、日本では古くからの慣習に左右されて、これができていません。そういう意味で、この本は単に定石の本と言うだけでなく、布石、序盤の戦いを兼ねた本になっています。序盤の戦いも、昔だったら、割り打ちを打って、それから開いてとじっくり行く所を、今の碁は相手の囲んでいる石にいきなり横付けしたりしますので、どこから戦いが始まるかがまったく読めません。そういう最新の打ち方に触れるのにいい本です。高段者向けです。

NHK杯戦囲碁 山下敬吾9段 対 羽根直樹9段

本日のNHK杯戦の囲碁は、黒番が山下敬吾9段、白番が羽根直樹9段の平成四天王同士の見応えのある対戦です。黒と白が上辺で競い合っていましたが、黒は左上隅で地を取っていたので上辺の戦いは白が有利かと思いましたが、そういう時でもひたすら攻めるのが山下9段です。上辺右の白にはいざとなったら左の白に連絡する保険があったのですが、それをふくらんで、白が押さえたのに切り込んで、この切った一子を取らせて先手で渡りを止め、そこから右辺へと延びた白を切断しました。この結果、上辺の白は攻め合い一手負けで、攻め取りとはいえ取られてしまい、まずは山下9段のパンチが入りました。さらに黒は2つに切られた白のもう一方の石も攻め、なんとこれも取ってしまいました。黒地は概算しただけで90目ぐらいになり、黒の勝勢になりました。しかし白は中央に厚みを築き、中地を囲って何とか挽回しようとします。黒は左下隅にかかっていき、白地の削減を図ります。その折衝の途中で白は上辺の取られていた石に手をつけてうまく劫に持ち込みました。劫材は右辺の取られている白を生きようとする手が何手もあり、白は劫に勝ってこの白が生還しました。その後白は右下隅の黒地に侵入し、また劫に持ち込むことを狙いましたが、その前に左下隅を黒に打たれて、本劫にされてしまいました。黒からは右下隅に侵入した白を取る手がすべて劫材になり、白は両方を持ちこたえることは出来ず、ここで白の投了となりました。一貫して、山下9段の豪腕が見事だった一戦でした。

今村俊也の「世界一厚い碁の考え方」

今村俊也九段の「世界一厚い碁の考え方」を読了。今村九段は、タイトルの通り「世界一厚い碁」を打つと言われている棋士です。碁の最終目的は相手より多く地を取る、ことです。「厚い碁」というのは、どちらかというとその正反対で、相手に地を与え、自分は外回りの勢力と好形を得る打ち方です。現在の囲碁は、足早に展開していく打ち方や、地を先行して取っていく打ち方が主流です。というのは「厚い碁」というのはなかなか勝ちにくいからです。「厚い碁」は相手にまず地合でリードを与え、後半で盛り返して逆転する勝ち方をする必要があり、これが簡単そうでなかなかできません。そういう訳で今村九段のような打ち方はプロでは少数派ですが、「厚い碁」を打ってなおかつ勝っているというのがすごいです。今村九段はタイトルこそ取っていませんが、7大タイトルで2回挑戦者になっていますし、NHK杯の囲碁でも2回準優勝しています。この本はそんな今村九段のノウハウを書いた本ですが、内容はどちらかというと初級者~中級者向けです。もう少し実戦例を多く載せて欲しかったです。

井山裕太、黄翊祖の「井山、黄の定石研究 進化する流行定石」

井山裕太、黄翊祖の「井山、黄の定石研究 進化する流行定石」を読了。私の囲碁は典型的な本で覚えた碁で、理屈には詳しいけど、実戦経験が不足しているのでなかなか強くならなかったのですが、コンピューター囲碁が進化して私の棋力を追い越して、ようやく稽古相手として不足がなくなって、対局の数をこなして多少強くなることができました。しかし、最近伸び悩みを感じているので、また少し棋書に戻ってみようと思います。最近の囲碁でついて行けないのは、定石がどんどん変わっていることです。この本の表紙に出ているのなんかいい例で、昔はこんな打ち方をする人は皆無でした。定石は、隅での黒白の攻防を、ある程度机上で研究して、または実戦で試されて、黒白互角とされる攻防をまとめた手順ですが、碁は隅で完結している訳ではなく、他の箇所との関連があるので、その部分だけ見た最善手が全局的に見た最善手とは限りません。そういった関係で、プロの実戦では定石はどんどん変わっています。そういうのにちょっと追いつくにはいい本でした。かなりレベルの高い本で、アマ高段者向け。

新春お好み囲碁対局 東西対決!スーパー早碁

本日のEテレで12:00~14:00で新春の特別番組の「新春お好み囲碁対局 東西対決!スーパー早碁」がありました。東は武宮正樹九段・吉原由香里六段・芝野虎丸三段、そして西は 石井邦生九段・吉田美香八段・谷口徹二段で、解説が石田秀芳二十四世本因坊、そして聞き手が田村千明三段という陣容でした。普段のNHK杯戦では1手30秒で、途中1分単位で10回の考慮時間というものですが、本日は1手15秒のスーパー早碁です。考慮時間は30秒で、若手組が1回、女流が2回、ベテランが3回となっています。
若手同士の対戦は、黒が芝野虎丸3段、白が谷口徹二2段です。黒の芝野3段が中央に武宮9段好みの大模様を築いて打ちやすい碁だったんですが、白に抱えられていた石を逃げ出して攻め合いにし、劫になったのがどうだったか、劫立てで取られていた中央の白が堂々と逃げ出してしまい、逆転の白勝ちでした。
女流同士の対戦は、黒が吉田美香8段、白が吉原由香里6段でした。白が上辺の3子を捨てて、右下隅から下辺にかけての黒を狙ったのですが、左辺の攻防で黒の痛恨のポカミスが出て、黒のタネ石が抜けてしまいました。白の中押し勝ち。
ベテラン同士の対局は、黒が武宮9段、白が石井9段です。黒が2連星に対し、白は4手目が目外しで、棋風とは逆に黒が実利を取り、白は余し作戦でした。しかし、武宮9段が1手15秒とは思えないほど終始見事に打ち回し、上辺と下辺に大きな地を作って白の投了となりました。
という訳で、東が2勝1敗で勝利しました。

モリエサトシの「星空のカラス」

Amazonで本を物色していて、「ヒカルの碁」以後も囲碁コミックが出ているのを発見しました。それも二つも。一つは「みことの一手!」で、もう一つは「星空のカラス」でした。二つとも買ってみました。
「みことの一手! 」は、女子高生の部活の四コマ+萌えというよくあるパターンのもので、三流の作品で論評外でした。
「星空のカラス」は全8巻でそれなりに読み応えがありました。主人公の設定が、名誉名人と呼ばれた人の孫娘ということで、しかも本妻の孫ではなく、別の女性の孫ということで、ほとんど藤沢里菜を思わせます。(藤沢里菜は藤沢秀行名誉棋聖の孫ですが、その父親の藤澤一就は、秀行さんの本妻のモトさんの子ではなく、二番目の女性の子です。全部で女性が五人くらいいてそれぞれ子供もあったみたいです。)ストーリーもまあまあ面白かったですが、出てくる囲碁の盤面には、局所だけを出しているせいかもしれませんが、結構違和感ありました。調べて見たらプロ3段が監修しているとのことですが…

NHK杯戦囲碁 井山裕太6冠 対 余正麒7段

本日のNHK杯戦の囲碁は黒番が井山裕太6冠王、白番が余正麒7段の対局です。この2人はついこの間、王座戦挑戦手合を戦っていますが、井山6冠王の3連勝で終わっています。余7段はまだ井山6冠王に勝ったことがないとのことです。対局は井山6冠王が小目をたすきに打ったのに対し、余7段が4手目で左下隅にかかり、井山6冠王は右下隅を放置したまま左上隅にかかり返しました。左上隅の定石の折衝で井山6冠王は途中で手抜きし、右下隅を打ちました。この結果、白は左上隅でかなりの実利を得ました。しかし黒は上辺から右上隅を地にしようとしています。白は右上隅に対し1間高ガカリをし、黒は下につけました。これに対し白はなだれていきました。小ナダレ定石になるかと思いきや、白は跳ねている黒を切る所を切らないで下から当てました。この手が解説の依田紀基9段によれば、江戸時代以来の囲碁の歴史で初めての手ということです。でも、なだれていく打ち方は昭和になって初めて打たれたのであって、江戸時代にはなかった打ち方だと思うんですが…ここの折衝で白は黒の跳ねた所に切り込んでいきましたが、その後更に追求せず、あっさり切った3子を捨ててしまいました。この結果は、黒が25目ほどの確定地を得たのに対し、右辺に展開した白はまだはっきり活きておらず、この結果は明らかに黒良しでした。その後白は左下隅で黒の石に対し大斜にかけました。これに対し黒はコスミツケの簡易型を選択しました。その後白は右下隅につけていき、ギリギリの手を打ったので、黒からは白を丸取りにする手がありましたが、黒は手厚く白を活かしました。その後黒は左辺で左下隅の白に目いっぱい迫る手を打ち、隅への置きを決行し、白地を削減するのと同時に白の眼を奪いました。その後の折衝で中央が劫になりましたが、劫のやり取りの中、白は黒の中地を破りましたが、黒も右下隅の白を取りました。その後しばらく打って白は投了しました。黒は終始巧みに打ち回し、白にはつけいる隙がありませんでした。

ホン・ミンピョ他の「人工知能は碁盤の夢を見るか? アルファ碁 VS 李世ドル」

「人工知能は碁盤の夢を見るか? アルファ碁 VS 李世ドル」を読了。アルファ碁と李世ドルの対戦については、これまで棋譜をじっくり眺めておらず、今回初めて全局の棋譜を見ました。碁盤に一手一手並べた訳ではないのですが、アルファ碁が決して完全なソフトではないことはわかりました。多くの人は、コンピューターは部分の読みで人間に優り、人間は全体の構想力でコンピューターに優ると思われると思いますが、5局の棋譜を眺めた限りでは、実際は逆です。コンピューターは決していつも部分的に正しい手を打っている訳ではなく、李世ドルの読みや他の棋士が後から発見した手の方が良かったケースが何度もありました。また第4局で李世ドルの「勝着」となった白78の「神の手」も正しくコンピューターが応じていれば成立していませんでした。むしろコンピューターが優れているのは数手のセットで、人間が考えつかないような構想を見せてくれた所で、囲碁というゲームの奥深さがいっそう明らかになったように思います。また、第1局から第3局までは李世ドルはほとんどいいところがなく、コンピューターにやられっぱなしでしたが、第4局で初勝利し、第5局も惜しい戦いでした。このことは、李世ドルがアルファ碁との戦いに慣れてきて学習効果が出てきたことを意味します。もし、5局で終わりでなく、さらに対局が続けば李世ドルがもっと勝つ場面があったように思います。また、持ち時間が2時間というのも人間にとって不利です。アルファ碁の打ち方は、間違いなく人間が打った碁をベースにして学習したものですし、第4局で見せた明らかにバグであるような2手もあって、まだまだこれからという風に思いました。オセロも今は人間はとても勝てないですが、森田オセロが出てきた頃は最初の頃は人間に連勝していても、やがて研究されて人間の勝率が良くなった、ということもありました。コンピューター囲碁もまだこの段階で、完全に人間がコンピューターに負けたという段階までにはまだ来ていないように思います。