黒澤明の「生きる」

結局、オリジナルの「生きる」をAmazon Primeで見直しました。その結果、今回のカズオ・イシグロ版は単なる二流のダイジェスト版だな、と思うようになりました。今回のイギリス版が時間を短縮して色んなオリジナルの小さなエピソードをはしょっていますが、それらの小さなエピソードが実は本当にオリジナルの感動を増幅していることが良く分りました。またオリジナルでは、お役所仕事への批判という要素も強くありますが、イギリス版はそれをかなり弱めてしまっています。このお役所仕事の巨大な無力さが観る人に実感されないと、最後の仕事で公園を作り上げた主人公の鬼気迫る熱情が十分理解出来ないと思います。またイギリス版で、マーガレットとウィリアムズがUFOキャッチャーみたいなので獲得するウサギのオモチャは、オリジナル版で小田切とよが工場で作っていたものがそのまま使われていて、これはオリジナルへのオマージュだなと思いました。
それからオリジナルのもう一つの素晴らしさとして、主役の志村喬は言うまでもなく、とよ役の小田切みき(あのチャコちゃんのお母さんです)、文士の伊藤雄之助を始めとして、出てくる役者が皆本当に上手いのに感心しました。この時代はまさに日本映画の黄金時代だったのだと改めて思いました。
また主人公が胃癌であることを知って歓楽の世界を知るのは「ファウスト」ぽいなと思っていましたが、オリジナルではちゃんと伊藤雄之助演じる文士が「僕がメフィストフェレスの役を務めます」と言っていました。

オリバー・ハーマナスの「生きるーLIVING」

「生きるーLIVING」を観ました。ご承知でしょうが、黒澤明の不朽の名作を、カズオ・イシグロがイギリスを舞台に翻案したものです。十二分に感動的で良く作られていますが、それでもオリジナルに及ばない映画と思いました。残念だった点は、
(1)主人公がブランコに乗って口ずさむのがオリジナルは「ゴンドラの歌」でその歌詞が「命短し恋せよ乙女」で見事に映画の内容と共鳴していましたが、この映画では「ナナカマドの木」というスコットランド民謡で、単なる子供時代に親しんだ懐かしい歌、になってしまっていました。(ググったら、これはカズオ・イシグロがオリジナルはあまりに直接的過ぎるとしてこの歌に変え、歌によって亡き妻(スコットランド出身)と亡き妻が生きていたころもっと精力的に働いていた自分を懐かしむ、ということでこの歌にこだわったようです。しかし亡き妻なんて写真一枚しか出てきませんし、またオリバー・ハーマナス監督もこの歌は別のに変えたかったようで、カズオ・イシグロのこだわりは独りよがりなものになっていると思います。)
(2)オリジナルでは元部下の女性でオモチャ工場で働いていた人に「あなたも何か作ってみたら」と言われ、公園建設を思いつきますが、この映画はそういう理由付けがなく唐突に主人公が公園作りを開始します。
(3)主人公に歓楽の世界を教える文士が、オリジナルでは伊藤雄之助によって演じられ、名演でしたが、この映画の同じ役の俳優はあまり存在感がないです。

オリジナルには無い、新人の部下を付け加えたのは、悪いアイデアでは無いと思いますが、逆にそれほど効果的とも思いませんでした。

一つ心に刺さったのは、「何か(前向きなこと)をやろうとすると憎まれ役になる」というセリフで、実際に最近もそういう経験をしたので、ちょっと身につまされました。
オリジナルを観ないでこれを観た方には、是非オリジナルを観ていただきたいです。リメイクがオリジナルを超えることはまず無いということです。

トワイライト・ゾーンの”The Jungle”

トワイライト・ゾーンの”The Jungle”を観ました。アフリカのある国にダムを作るプロジェクトが進行していました。水力掘削機のエンジニアであるリチャードの妻のドリスは、アフリカの魔法使いによる呪いを恐れ、現地のシャーマンからもらった怪しげな魔除けを所持していましたが、リチャードは迷信だと言ってそれを火にくべてしまいます。リチャードが家を出る時にドリスは、二度と帰ってこれない、と言います。馬鹿な、とリチャードがドアを開けるとそこには山羊の死体がありました。リチャードはそれによって会社の経営層に、現地民による呪いの危険性を訴えますが誰も相手にしません。リチャードは家に帰ろうとしますが、そこで車が故障したり、タクシーに乗ったら運転手が急死したりします。家に電話しようとしたら、怪しげな動物の鳴き声が聞こえます。何とか家にたどり着いたリチャードですが、そこでライオンの鳴き声を聞きます。寝室のドアを開けるとそこには本物のライオンが居てリチャードに襲いかかり…という話です。
ちょっとお話の出来としてはレベルが低いです。トワイライト・ゾーンだから何でも起きる、というだけのお話です。

アウター・リミッツの”I, Robot”

アウター・リミッツの”I, Robot”を観ました。アシモフの同名の小説と2004年の映画とは別で、エアンド・ビンダーの1939年と1942年のアダム・リンクシリーズに基づいています。アダム・リンクは登場するロボットの名前です。ドクター・リンクはヒューマノイド形ロボットの開発に成功します。しかしある日不幸な事故が起き、棚が壊れて発電機が落下してきてドクター・リンクは頭を強く打って死にます。ロボット、アダム・リンクは声を聞きつけ博士を助けようとしていましたが、そこに運送業者がやってきて、アダム・スミスが手に持っていた棚の金具を見て、ロボットが博士を殺したと思い、警察を呼びます。アダム・リンクは逃げている途中で水際で遊んでいた小さな女の子に出会い、女の子は驚いて水の中に落ちます。アダム・リンクは女の子を水の中から引っ張り上げますが、力が加減できず、その腕を骨折させてしまいます。結局、博士の姪のニーナが、引退していた弁護士カトラーを呼び、その意見もあってロボットは裁判にかけられることになります。カトラーは手を尽くして弁護しますが、検察側は、博士の家にあったフランケンシュタインの本に言及して、ロボットがこれを読んだ筈だと言います。また助けられた女の子は恐怖のあまり、ロボットに襲われ傷付けられたという証言をします。さらに別の博士が呼ばれ、ロボットの回路を少しいじると、ロボットは法廷内の椅子や机を破壊し始めます。これらの諸々の不利な証拠で、結局ロボットは有罪の判決を受け、解体されることになります。解体場に連れて行かれる途中で、例の女の子がロボットを見つけ走って来ますが、そこにやってきた輸送用のワゴンに轢かれそうになります。ロボットはダッシュして女の子を拾い上げニーナに向かって投げ、女の子は助かりますが、ロボットはワゴンにぶつかりバラバラになります。
というアイロニーの利いた、なかなか感銘を受けたエピソードでした。なお、ニーナの夫の新聞記者の役で、ミスター・スポックのレナード・ニモイが登場しています。

トワイライト・ゾーンの”Still Valley”

トワイライト・ゾーンの”Still Valley”を観ました。アメリカで南北戦争の最後の頃です。南軍の兵士が近くの村に北軍の部隊がやってきたのを偵察に来ますが、そこでは何故か北軍の兵士達が全員動作の途中で固まってしまって動かない状態になっていました。そんな中ある家の中に一人の老人がいて、この老人だけが動いていました。兵士が問い質すと、老人は一冊の古ぼけた本を差し出します。それには「魔術」と書いてありました。老人が言うにはこの本に書いてあることを読んだだけで、北軍の兵士達は動けなくなったそうです。実際に南軍の兵士もその老人のある呪文で動けなくなります。しかしその老人は死の間際だったため、その本を兵士に託して死にます。兵士はその本を使って北軍のある部隊の進撃を止めます。しかし、上官に咎められ、悪魔の力を使うべきではない、ということでその本が焼かれます。そこはゲティスバーグでした。
ということで、アメリカのこの手のドラマだと必ずといっていいくらい出てくる南北戦争ものでした。アメリカの図書館では「ハリー・ポッター」が魔術が出てくるから禁書になっているという話を聞いたことがありますが、例え戦争に勝てるとしてもアメリカ人は悪魔の力を借りるのは好まないということでしょう。

ウルトラQの「あけてくれ!」

ウルトラQの「あけてくれ!」を観ました。これが第28作で最終回です。最終回でようやく怪獣の出ない、トワイライト・ゾーン的な話になりました。実は撮影順では第4作で、途中で怪獣ものの人気が出たため、お蔵入りになっていて、ようやく最後に放送された、ということのようです。現実から逃避してどこか遠くへ行ってしまいたい人が迷い込む、空飛ぶ電車がちょっと銀河鉄道999を思わせます。(こちらが先です。)ウルトラQの元々のタイトルであるアンバランス・ゾーンというのにはぴったりの話です。うだつの上がらないサラリーマンを演じているのは、ケムール星人の回で敏腕刑事を演じていた人です。SF作家の友野は仮面ライダーの死神博士で有名な天本英世です。うーん、ずっとこの路線だと子供には人気が出なかったと思いますので、怪獣路線にしたのは正解と思います。

アウター・リミッツの”Wolf 359″

アウター・リミッツの”Wolf 359″を観ました。
ある科学者が、Wolf 359という太陽系のある惑星とそっくりのミニチュアの星を作り、時間をその星の1日が地球の一秒程度にして、その星の変化を観察しようとします。驚くべきことにその星は地球とほぼ同じ進化の道をたどり、植物の後動物も発生します。しかし科学者がもっとよく観察するために20万倍くらいの顕微鏡を取り付けて観察した所、そこに写ったのはゴーストかエイリアンのような邪悪な気を持ったものでした。その星は進化を続けますが、常に争いに満ちており、地球の20世紀相当になった時には核兵器も登場します。ゴーストみたいなものはその装置から出て研究所のモルモットや小鳥を殺し、ついには研究者自身を殺そうとします。しかし電話が通じなかったのを訝しんだ研究者の妻が駆けつけます。研究者は妻にその惑星を入れているガラスケースを破壊するように言い、妻はそれに従います。危うい所でゴーストみたいなものは消えますが、研究者は地球の未来がどうなるかを見損ないました。
という話ですが、いやー、アングロサクソンというのは本当にオカルト好きですね。科学的な実験をしていたらゴーストみたいなものが現れる、というのは他にも何話かありました。アングロサクソンにとってはSFはオカルトの一分野に過ぎないのでは、と思いました。

トワイライト・ゾーンの”The Midnight Sun”

トワイライト・ゾーンの”The Midnight Sun”を観ました。地球の公転軌道がある日何かの理由で通常の軌道を外れ、太陽に向かってゆっくりと落下を始めます。ニューヨークは24時間昼になり、また気温も40℃、43℃、46℃という具合に日増しに上がって行きます。画家ノーマと、大家のミセス・ブロンソンは、そのアパートに残っている最後の2人になりました。他の人は北に引っ越したり、また熱にやられて死んでいったりしていました。警察当局はニューヨークを逃げ出そうとする車で一杯のハイウェイの警備に手一杯で、市内の治安は非常に悪化しています。ある日、屋上のドアから見知らぬ男がアパートに侵入します。ノーマは銃を取り出してその男にすぐに出ていくように言いますが、その男が出る前にミセス・ブロンソンがドアを開けてしまい、男が部屋に侵入します。男はノーマの銃を奪い、また冷蔵庫から最後の水を取り出し飲んでしまいます。しかしそこで男は我に返り、自分は普通の人間なんだと釈明し、彼の奥さんも子供も熱さで死んでしまったと言います。男は出ていきますが、ミセス・ブロンソンは倒れ、ノーマもまた倒れます。そこで暗転するとノーマがベットに寝かされています。その世界は逆に地球が太陽から離れていき、日一日と寒くなっていっていました。ノーマは夢を見ていたと言い、寒さと暗さがある世界は何と素敵なんだろう、と言います。
まあ、地球温暖化の今日この頃身につまされる話ではありますが、もう一ひねり欲しかったと思います。

ウルトラQの「206便消滅す」

ウルトラQの「206便消滅す」を観ました。日本が開発した超音速機の206便が香港から日本に向かう途中で巨大な渦のような空間に飲み込まれて姿を消す。その飛行機には万城目と一平も乗っていました。全員が気絶していたドサクサに紛れ、乗っていた護送注の殺人犯が警官の拳銃を奪って乗客達を脅します。外に出てみるとそこは雲の上のような空間でしたが、そこには壊れた零戦、グラマン、B29などまるで飛行機の墓場でした。そして巨大セイウチ(名前はトドラみたいですが)が突然出現します。そこにはダイヤも落ちていて、殺人犯はそれを拾うのに夢中になり、その隙に万城目が銃を奪い格闘になりますが、流れ弾で機長と副機長が負傷します。殺人犯は結局雲の隙間に飲み込まれて姿を消します。万城目達は傷ついた機長と副機長の代わりに206便を操縦し(普段セスナ機しか操縦していなかった筈ですが)、何とか空間の脱出口を見つけて、無事に元の空に戻ります。
別にセイウチの怪獣が出てきてもいいですが、その怪獣が作り出した空間だとかの説明は何もありませんでした。
ちなみに東京の空港の管制官を小泉博(クイズグランプリの司会者、レインボーマンのヤマト一郎)が演じていました。

トワイライト・ゾーンの”Deaths-Head Revisited”

トワイライト・ゾーンの”Deaths-Head Revisited”を観ました。ドイツのバイエルン地方のある町に、一人の紳士がやって来て宿を取ろうとします。そこの受け付けの婦人はその紳士の顔に見覚えがありましたが、紳士はシュミットと名乗ります。その土地の名前はダッハウで、第2次世界大戦中に強制収容所があった場所です。男の本名はギュンター・ルッツでSSの隊長でダッハウ収容所の所長でした。戦争後名前を変えて南米に亡命していたのを、故郷なつかしさに、帰国したものです。ルッツは収容所跡地を訪れ、かつて自分がやった残虐行為を思い出しては笑みをうかべます。そんな彼の前に、アルフレッド・ベッカーというユダヤ人が当時のままの囚人服で現れます。ルッツはベッカーを、連合軍が解放に来る直前に殺しており、また収容所に火をかけていました。ルッツの前にはベッカー以外の当時の収容者が多数現れ、ベッカーは裁判にかけられ、人道に対する犯罪の容疑で告発されます。ベッカーは目を覚まし、それが悪夢だっとと思いますが、しかしまたもベッカーが現れ、ルッツにマシンガンで撃たれた痛み、首を吊り下げされた苦しみ他を経験させます。その後ルッツは死体で発見されます。
ダッハウの収容所跡地は、現在は記念館になっており、私は2004年9月に行っています。なのであまり後味の良い話ではありません。このエピソードはドイツでは放送されなかったとのことです。まあそうでしょうね。