ヴォルフガング・シュルフター+折原浩 共著の、「『経済と社会』再構成論の新展開 ーヴェーバー研究の非神話化と『全集』版のゆくえ」

ヴォルフガング・シュルフター+折原浩 共著の、「『経済と社会』再構成論の新展開 ーヴェーバー研究の非神話化と『全集』版のゆくえ」を読了。
まず、モーア・ジーベック社による、「ヴェーバー全集」での、「経済と社会」旧稿部分の刊行は2010年までですべて完了しており、その構成は以下のようになっています。

Band I/22,1: Wirtschaft und Gesellschaft. Gemeinschaften(諸ゲマインシャフト)
Hrsg. v. Wolfgang J. Mommsen in Zus.-Arb. m. Michael Meyer

Band I/22,2: Wirtschaft und Gesellschaft. Religiöse Gemeinschaften(宗教ゲマインシャフト)
Hrsg. v. Hans G. Kippenberg in Zus.-Arb. m. Petra Schilm, unter Mitw. v. Jutta Niemeier

Band I/22,3: Wirtschaft und Gesellschaft. Recht(法)
Hrsg. v. Werner Gephart u. Siegfried Hermes

Band I/22,4: Wirtschaft und Gesellschaft. Herrschaft(支配)
Hrsg. v. Edith Hanke in Zus.-Arb. m. Thomas Kroll

Band I/22,5: Wirtschaft und Gesellschaft. Die Stadt(都市)
Hrsg. v. Wilfried Nippel

上記のように、テーマ別に分けられた五分冊ですが、折原先生はこれを、「頭のない五肢体部分」として厳しく批判します。従来は「合わない頭を付けたトルソ」でしたが、確かに「合わない頭」は取り除かれたのですが、それに替わる「新しい頭」は据えられないまま、しかもヴェーバーの構成では前半に来るべき「法」(従来「法社会学」と呼ばれていたもの)の部分が第三分冊に置かれ、後に置かれるべき「宗教ゲマインシャフト」(従来「宗教社会学」)が二番目に来るなど、順番もかなり恣意的です。

この本は、「ケルン社会学・社会心理学雑誌」に発表された折原浩先生とヴォルフガング・シュルフター教授の論争を収録したものです。シュルフター教授は1990年代初め頃までは折原浩先生とほぼ同じ考えで、「理解社会学のカテゴリー」を頭とした旧稿の再構成に賛成していたのですが、その後ヴェーバーと出版社のやりとりを分析したことによる作品史的研究が進み、従来旧稿としてひとまとめにされていた論考群が1910年~11年と1913年~14年の二つの時期にそれぞれ書かれたものに分かれていたことが明らかにされています。シュルフターはなおかつ、その後半の時期については「理解社会学のカテゴリー」の「頭」としての役割がもはや失われ、ヴェーバーは「新しい頭」を書く予定だったが果たせなかった、という主張に変わります。
それに対して折原浩先生はこの作品史研究による新事実は受け入れるものの、そうであってもなお旧稿全体を統一的にまとめることをヴェーバーは放棄していなかったとし、また「理解社会学のカテゴリー」の「頭」としての役割も後半の時期になっても失われていない、と主張します。
この「論争」で注意しなければいけないのは、双方が同じ立場には立っていない、ということです。この論争の時点では、ヴェーバーの出版社のやりとりの手紙は全集の編纂陣には公開されていましたが、折原先生は見ることができませんでした。
折原先生は、旧稿が不完全なものであったことは認めますが、その再構成については「前後参照句」と「論理的なつながり」という、徹底したテキストに内在した証拠にこだわります。それに対してシュルフター教授の方は、しばしばヴェーバーと出版社のやりとりに言及してそこから構成案を推理しようとします。それは論争としてフェアでない上に、手紙の証拠としての効力を過大評価している所があり、結局の所空理を積み上げているような印象を受けます。
結果的に全集の編纂陣は折原先生の批判を採り入れず、単に原稿の素材をそのまま加工せずに提示する、という消極的な出版に留まっています。「経済と社会」の諸論考は、どういう順番で読めばいいのか、初学者には特に分かりにくいのですが、この全集に最初に触れる限り、適切な指導者無しには「理解社会学のカテゴリー」をまず読むべき、ということもわからず、今後もこれまでと同様、断片的な利用が続いてしまう、という困ったことになっています。
この問題に関する読書は、後一冊、折原先生の「日独ヴェーバー論争」(2013年)があり、これまで読むと一応最新の状況までフォローできたことになります。