マックス・ヴェーバーの「経済行為の社会学的基礎範疇」(富永健一訳)

マックス・ヴェーバーの「経済行為の社会学的基礎範疇」を読了。これは、折原浩先生による「経済と社会」旧稿の再構成案で、「理解社会学のカテゴリー」に続いてトップに置かれているものです。但し注意が必要なのは、この部分は第一次世界大戦後にヴェーバー自身が旧稿を見直して校正を終了した「新稿」だということです。中を読めばこのことを裏付けるものはいくらも出てきて、戦争中の各国の金本位制の停止の話だとか、戦争中の統制経済の話、または終戦後にドイツの労働者が力をつけて経営者と話し合う協議会みたいなものを作って企業の経営に参加した話などが出てきます。
また、この「基礎範疇」部は、ヴェーバー自身が何度も書いているように、「決疑論(カズイスティーク)」の典型例だということも重要です。「決疑論」というのはあまりなじみのない言葉で、説明を聞いてもなかなか理解できない概念ですが、元はカトリックから出てきた言葉で、カトリックの教会の神父が、信者から告解(懺悔)を聞いた時に、基本的なことしか定めていないカトリックの教義体系からは、どう扱っていいか分からないような複雑で時には教義と矛盾する個別の事実に対し、どのように神学として処理して現実的な指針を与えるか、ということを研究した学問のようです。ラテン語の”casus”(事例、ドイツ語化するとKasus)に学問や技術を表す接尾辞である”istik”がくっついたものと言えます。
このように、元はカトリック神学から来ている言葉なのですが、ヴェーバーの文脈では、むしろ法学的な発想が元になっていると思います。法学の世界においても、既に存在している法が規定する事態と、現実に起こる数々の事例の間には、簡単に既存の法概念を適用すれば終わり、ということではなく、どのような法概念を持ちだしてくれば、新しく出てきた事例をきちんと法的に処理できるか、という問題が常に発生しています。ヴェーバーにおいては、理念型として設定された歴史上の事実を描写するための各類型が、実際の事象にどのように適合するのかしないのか、しないのであれば各類型をどのように考え直せばいいのか、そういったせめぎ合いがまさにヴェーバーのいう「決疑論(カズイスティーク)」なのではないかと思います。
ちなみに、私がこの語の意味を理解するきっかけとなったのは、森鴎外の小説「カズイスチカ」を読んだ時です。その中で、若い医者である花房がある農民の息子が破傷風にかかったのを往診し、実際の患者を診て「内科各論の中の破傷風の徴候が、何一つ遺(わす)れられずに、印刷したように目前に現れていたのである。」ということに感心する、といった話です。医学の世界でも医学書が規定する各種の病気の病態と、現実の患者に現れる様々な病状を照らし合わせて病名を決定していく時に、まさしく神学や法学と同じような「決疑論」が使われる訳です。
また、ヴェーバーの社会学を理解する上で重要なのは、この決疑論の部分もそうですが、やはり原点は法学からだということです。ヴェーバーより25年若いドイツの法制史家のハインリヒ・ミッタイス(ヴェーバーの先輩の法制史家でRentenkaufの概念を古代ギリシアの事例を分析するのに適用したルートヴィヒ・ミッタイスの息子)は、「ドイツ私法概説」の中でこう書いています。「人間の団体に関する理論は、ドイツの法律学の最も重要な部分である。諸国民の社会的・文化的・政治的生活は団体の中でおこなわれ、団体は国家とその部分団体において頂点に達する。」「ローマ法は個人法の領域で、ドイツ法は社会法の領域で、その不滅の功績をあげたのである。」(創文社、世良晃志郎・廣中俊雄共訳、1961年初版、P.82)ヴェーバーの社会学はこうしたドイツ法学の伝統と切り離して考えることは出来ないと思います。
また、もう一つ興味深いのは、この「基礎範疇」の中で、ヴェーバーは貨幣論を取り上げますが、その内容のほとんどが、クナップの「貨幣国定学説」の再構成だということです。クナップは金属貨幣に見られるような実質的な使用価値よりも、紙幣に見られるような国家権力によって支えられた「シンボル性」を重視します。しかし、私はそれをさらに進めて、「貨幣とは言語と同じようなシンボルの体系である」と言い切る、カール・ポランニーの貨幣論を既に知っていますので、まったく驚きませんし、またヴェーバーは1920年に亡くなっていて、いわゆるハイパー・インフレーションの初期の状態は経験しているのですが、後数年生きてその後の大インフレーションの時期を経験していたら、その後自分の貨幣論をどう書き直したであろうか、という興味があります。

関連記事を出すプラグイン

Jetpackが出している、関連記事ですが、デフォルトは3つなのですが、それを6つにする方法をここに書きました。
しかし、何故か最近のWordPressのアップデートのせいではないかと思いますが、これが働かなくなって、また関連記事が3つに戻ってしまいました。
色々やってみたのですが、結局functions.phpに記述を追加するやり方では関連記事を6にすることは出来ませんでした。
結局のところ、いろいろ調べて”Contextual Related Posts”という関連記事を出すためのプラグインを入れました。こちらは最初から関連記事の数が6になっています。このプラグイン、最新のWordPressではテストされていない、という注が出ますが、今の所問題なく動いています。

原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」

原一男監督の「ゆきゆきて、神軍」を観ました。この有名な映画を観たことがなかったのでDVDを買ったものですが、あまり予備知識がなく観たので、最初普通の映画と同じく俳優が演じているのだと思っていたら、途中からどうもこれはドキュメンタリー、つまり奥崎本人なんだということにようやく気がつきました。奥崎の過激な思想にはついていけませんが、それよりショックを受けたのは戦時中のニューギニアのあまりにも悲惨な話です。ニューギニア戦線での日本軍の飢えとの戦いは、水木しげるの漫画などでも扱われていますが、戦争が既に終わって20日も経っている(しかも戦争が終わったことは皆知っている)にもかかわらず、2人の兵隊に敵前逃亡の罪を着せて軍法会議も無しに5人の人間で射殺し、なおかつその死肉を皆で食べた、というのに衝撃を受けました。さらに別の部隊ではくじ引きで犠牲者を決めていたとも。おそらく関係者が口をつぐんでいるだけで、この手の話は他にも山のようにあったのではないかと。所詮私たちが知っているのは氷山の一角だと思いました。
奥崎謙三本人については、その暴力肯定の思想は承服出来ませんが、ある意味筋を通している人という感じはしました。また昭和天皇が責任を取っていないので皆無責任のまま、というのは丸山真男の「無責任の体系」と同じ発想です。

マックス・ヴェーバーの「中世商事会社史」の英訳

(以下は4月17日に書いたものです。)
マックス・ヴェーバーの「中世商事会社史」の英訳がアメリカのAmazonから到着。モーア・ジーベック社の全集のこの論文を含む巻は既に到着済みですから、これで翻訳を開始できます。懸念点であった中にかなりたくさん出てくるラテン語の引用文もこの英訳ではきちんと英訳されていました。これならラテン語の初級文法を終わっただけの私でも、ラテン語と英語を見比べてラテン語の内容を理解することは十分できると思います。開設済みのmax-weber.jpのサイトを使い、準備が出来たら「オープン翻訳プロジェクト」を開始したいと思います。
「オープン翻訳プロジェクト」とは、
(1)翻訳の途中経過を逐一インターネット上で公開する。(ドイツ語原文と日本語訳を並記する形で公開する。)
(2)出来上がった翻訳に対し著作権主張をせずに利用自由とする。(日本の法律では確か著作権を完全に放棄することは出来ないと思いますが。)
(3)翻訳の途中で広く各種専門家に協力を呼びかける。
(4)翻訳中に理解できない箇所があった場合は、その箇所を明記して公開する。
(5)可能な限り訳者注を付ける。インターネット上のリンクも含めて。

このプロジェクトで、日本における学術書の翻訳に新たな流れを作ることが出来ればいいなと思います。

ヴォルフガング・シュルフターの「ヴェーバーの再検討 -ヴェーバー研究の新たなる地平-」

(この記事は4月14日に書いたものです。)
ヴォルフガング・シュルフターの「ヴェーバーの再検討 -ヴェーバー研究の新たなる地平-」を読了。例のテンブルックの「「経済と社会」からの訣別」への応答である論考が含まれているの読んでみたもの。既に「「経済と社会」仮構の終焉」も読んでいるため、重複する部分が多く、あまり新しい知見は得られませんでしたが、シュルフターという人は論点を整理するのがうまい感じで、その面での益はありました。ちなみに、シュルフターは一貫して「経済と社会」ではなく「経済及び社会的秩序と勢力」であると主張しており、「全集」でも「経済と社会」に固執するモムゼンとの妥協が行われず、結果的に「経済と社会」と「経済及び社会的秩序と勢力」が並記される(但し後者はあくまでも副題的な扱い)ことになっています。後書きでこれまでのシュルフターの経歴が示されていましたが、意外だったのは元々はシュルフターは決して「ヴェーバー学者」ではなかったということです。